「リーマン超えの大恐慌か。」

画像の説明

リーマン超えの大恐慌か。日本を襲う「合意なきEU離脱」ショック

英国のEUからの離脱をめぐる問題は、離脱期限を延長することで一旦先延ばしとなりました。しかし、次なる期限が迫り、「Hard Brexit(合意なき離脱)」が回避されたわけではないと語るのは、EUとの交渉経験も豊富な島田久仁彦さんです。

島田さんは、自身のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で、「Brexit問題」を複雑にしたのは、EU側にも要因があったと指摘。「Hard Brexit」が世界に与えるショックを警戒しています。

Brexitが暴くEUの限界?

当初の離脱期限と、このメルマガの発行日が重なることもあり、今回はこの問題を取り上げてみたいと思います。ただし、視点を英国側から、EUの側に移してみたいと思います。

3月12日から14日にかけて、英国下院で連日掛けられた対応策では、英国としてはHard Brexit(合意なき離脱)は避け、EUに離脱の延長を申し入れることで合意し、「これで最悪の事態、つまりHard Brexitはない」との雰囲気が流れました。

それを受けて、メイ首相がEU首脳会議に参加し、EUから何とか猶予を引き出しました。結論から申しますと、3月29日(つまり今日)のHard Brexitはなくなりました。

その猶予の内容ですが、すでにメディアなどでも広く伝えられているように、

「英国議会が、EUとの離脱に関する協議内容に賛成できるのであれば、欧州議会選挙の前日である5月22日まで離脱を猶予する」

「もし、EUとの協議内容が否決された場合は、4月12日をもって離脱期限を迎え、英国は“Hard Brexitを選択するか”または、国民投票の再実施を含む“離脱決定の見直し”をEUに通告する」

との内容です。

メイ首相は最近になって、与党の幹部会議において、一つ目のオプションが英国下院によって選択された場合は、自らが辞任し、経済的なパッケージについては、次の政権に委ねる旨、公表し、最後の賭けに出ました。

自らの首を差し出すことで、EUと国内との板挟みの状況を解決したいと望んだわけですが、党内の反対派の翻意は難しい模様です。一応、3月29日に議会での討論が行われ、合意の可能性を探ることになっているようですが、見通しは限りなく暗いと思われます。(編集部註:英国議会は29日、メイ首相がEUとまとめた離脱協定を改めて否決した)

残されたのは4月12日の、もう延長されることが叶わない離脱期限と2つの可能性です。それは先述の通り、Hard Brexitか離脱の見直しですが、再三、労働党サイドからの要請があったり、ロンドンでの「国民投票の再実施」を求めるデモがあったりしても、頑なに国民投票の再実施を拒んできたメイ首相ですから、離脱の見直しをEUに通告する可能性は限りなく低いものと思われます。つまり、Hard Brexitの可能性が再度かなり高まった状況です。 なぜこんなことになったのでしょうか?

混迷のBrexit問題。その原因は?

「そもそもキャメロン前首相が、国民投票での“民意”を読み違えたのだ」「メイ首相にカリスマがなかった。彼女は、自分がEUとの窓口になることをこだわった」「英国の離脱派に、全く具体的なアイデアがなかった」

というように、英国サイドの問題が大きいとする意見が多く聞かれるのですが、私は、英国側に問題はないとは言いませんが、それよりも、今回のBrexitをめぐる協議を見ていて、EUが抱える根本的な問題が明らかになり、それが今回の協議を非常に複雑かつ困難にしてしまったと考えています。

1つ目は、本当のリーダーシップの欠如です。形式上、Tusk大統領が「EU加盟国首脳と並ぶEUの首脳」、そしてユンケル欧州委員会委員長が行政のトップと言う形でリーダーは存在するのですが、彼らはEU首脳会議の全会一致の決定なくしては、何も自由に発言できず、かつ、独自の方向性を示すことが出来ません。

今回のBrexitを巡っては、旧中東欧の加盟国やスペイン、イタリア、ギリシャなどの南側の加盟国の中には、英国からの要請に柔軟な立場を取っている国もあったのですが、ドイツとフランスという2大主要国に至っては、非常に批判的であり、今回の猶予策の内容に対しても最後まで反対していたらしいということもあり、なかなかコンセンサスは得られず、かなり長く、英国を退席させた形式での首脳会議での協議で、すでに述べた“絶対的な期限”を設定することに至っています。

このプロセスで、リーダーシップを発揮したのは、Tusk大統領でもなく、ユンケル委員長でもなく、実際にはフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相の意向が反映されたというのが事実のようです。二人に関しては、「もうこれ以上、英国の国内問題のために、こうやってブリュッセルで首脳会議を開くべきではない。もう終わりにすべきだ」と強硬に主張したそうです。

これまでにも、Tusk大統領とユンケル委員長は、英国を突き放すようなコメントを繰り返してきましたが、それらはお二人の“本心”というよりは、独仏の首脳の強い主張を受けて、コンセンサスがない中で取り得る最もハードなラインだったようです。

2つ目は、EU側が直面する時間的な制約です。リーダーシップの欠如に加え、欧州議会の選挙が5月23日に控え、すべての代議員が決まった段階で、次のEU執行部(大統領、委員長、閣僚)が一新されるので、EUサイドは、テクニカルに、その日付を超えるいかなる決定もできない、というジレンマに直面しています。

言い換えると、現執行部が機能している間にBrexitの問題を解決しておく必要がEU側にあるということです。リーダーシップの欠如の問題と関連してお話すると、現時点では、英国側から協議内容の再交渉を持ちかけられても、時間的に対応することが出来ず、出来ることと言えば、以前決めた内容を盾にハードラインを選択することだけです。

ゆえに、いろいろと英国側とは協議していても、EUそして欧州委員会側にクリエイティブな交渉を行う余地は残されていないという、とても不幸な事実があります。

EU側が抱える3つ目の問題

3つ目は、EUが抱える機能的な不全です。リーダーシップの欠如の問題とも絡みますが、とてつもなく長く煩雑な協議を経て、一度首脳会議及び閣僚理事会で合意された内容を、句読点すら、容易に変えることが許されないという点です。

話はずれますが、私も長年関わっている気候変動問題の交渉や、エネルギー、貿易、安全保障関連の交渉においても、実際の国際交渉に臨む前に、欧州の官僚組織に当たる欧州委員会の各担当部局が素案を作成し、それがまず関係イシューの閣僚理事会で議論し、いくつもの変更が加えられ、合意されても、それが首脳会議で再度議論され、修正されます。

そしてその“案”が各国から選ばれる欧州議会で議論されるという、非常に長く煩雑なプロセスを通じて、初めて「EUの交渉ポジション」となります。

ゆえに、実際の国際交渉の現場で、各国と諸々の折衝を行った結果、当然、いろいろな修正が必要になってくるのですが、EUの交渉官は、残念ながら、場の流れに従った形で、良かれと思って自由にEUの交渉スタンスを外れるような内容には合意する権限がありません。交渉の相手としては、よく内容が練られたアイデアですので、ご説ごもっともと感じることが多くありますが、実際には非常に交渉相手としてはやりづらいです。

今回のBrexit担当首席交渉官(閣僚級)のバルニエ氏も、次期委員長かEU大統領か、と言われたほどのEU政治界の超大物ですが、そんな彼でさえ、仮に英国の担当閣僚やメイ首相との協議の場で、「なるほど!それはいいアイデアだ!」と感心したとしても、その場で合意して、その内容をEUのスタンスというようにアピールすることは許されていません。

前述のようなプロセスを経ないといけないため、クリエイティブな合意を得るチャンス・タイミングを逸する結果になってしまっています。(それは、英国内で、合意案への否定的な意見が増殖する時間を与えてしまうため)

今さらEUにおける合意プロセスの機能的な不全に気づいていたとしても、EUの決定プロセスゆえに、その改定は容易ではないという、とてつもないジレンマがあるわけです。今回のBrexit“騒ぎ”で、以前より指摘されてきた数々の問題が、ついに露呈したといえると思います。

では、今回のBrexitはどのような結末を迎えるのか。

よほどの奇跡が起きない限りは、恐らく、もっとも恐れていたHard Brexit、『合意なき離脱』となってしまうでしょう。その場合、金融市場は大きなショックに見舞われますし、域内vs.域外の関税の差異化を完了するまでには、気の遠くなるような時間がかかります。

その間に非EUの多国籍企業はもちろん、EUでの生産に欠かせない部品メーカなども、対応の煩雑さを嫌ってEU市場からの撤退を決めるかもしれません。ニュースでは、英国市場からの撤退ばかりが報じられていますが、英国にハードラインを貫くドイツやフランスも、大きなバックラッシュに見舞われてしまうことになると予測できます。

どこかの国で「リーマンショック並みの問題がない限り」という条件を耳にしましたが、それ以上のショックが世界経済を見舞う可能性も出てきたのではないかと恐れています。

私の思い違いであることを切に願いながら、今回はここまでにいたします。

コメント


認証コード4023

コメントは管理者の承認後に表示されます。