「春節」

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中国人にとって春節が「憂鬱な休暇」となりつつある理由

春節休暇はどこでも混雑ぶりが凄まじい 

2月5日から中国の春節(旧正月)が始まった。多くの中国人にとっては、故郷の家族とともに新年を迎える楽しみな休暇だが、肉体的、精神的、経済的負担に感じる中国人も少なくないようだ。

春節休暇は
恐るべき“民族大移動”のシーズン
「有銭没銭回家過年!(お金があろうがなかろうが、田舎に帰ってお正月を迎えるのだ!)」

1月30日の深夜、私がいつも見ている中国のSNSに、友人の中国人女性(40歳)が家族と帰省中の写真とともに、こんなコメントを投稿していたのを見つけた。今年の中国の春節(旧正月)は2月5日。4日が大みそかとなり、この日から中国は7日間の正式な春節休暇に入った。

だが、実際は多くの中国人がその前の週から休み始める。約30億人ともいわれる、恐るべき“民族大移動”のシーズンだからだ。

日本でも年末年始になると空港やターミナル駅はごった返して大混雑する。だが、中国の春節と日本人の年末年始を「同じようなもの」だと思ったら大間違い。中国人の“民族大移動”はハンパないほど過酷で大変、精神的にもつらい “激務”だからだ。

例えば、冒頭で紹介した女性は広東省の内陸の出身。深センで働いていて、田舎まではクルマで6~7時間ほどかかる。それを日本人が聞いたら大変だと思うが、中国人が聞けば「クルマで6~7時間?なんて近いの!うらやましい」と思う。同じ広東省内で、しかも公共交通機関のように切符を買う必要がない分、恵まれている存在だからだ。

家族のために帰省しなければならない

上海に住む20代の男性会社員の場合、実家は東北部の黒竜江省ハルビンだ。上海からハルビンは飛行機なら3時間半、高速鉄道(日本の新幹線に相当)ならば12時間だ。だが、それはどちらかの切符が運よく手に入った場合の話。春節の切符の入手は非常に困難で、この男性によると「発売1分後にはすべて完売」というほどの争奪戦になる。運悪く切符を入手できなかった場合は、普通列車に24時間近く乗らないとハルビンに帰ることができない。

しかも、ハルビン駅から実家がある村まではバスで4時間以上かかる。バスの本数は多いが、同時期に帰省客が集中し、渋滞もあるため、どれくらいで家に到着できるかわからないという。そうなると、少なく見積もっても、上海から実家にたどり着くまでには30時間くらいは覚悟しておかなければならない。

大変だけど
家族のために帰省しなければならない

帰省客で大混雑する上海の地下鉄駅

広大な中国なので、移動に時間がかかるのは仕方がないとしても、真冬の時期に大勢の人々や荷物にもみくちゃにされながら長旅をしなければならないのは、体力的に相当な苦痛(昔は交通手段が限られていたので、もっと移動が大変だったが、今ではネット上での切符の争奪戦だけで疲弊してしまう)。

それだけではない。帰るにはたくさんのお土産を用意しなければならない上に、親戚への挨拶まわりも「どの親戚から順番に挨拶に行くか」が重要で、それを考えるだけで頭が痛くなるというのだ。

夫婦のお互いの実家が遠距離ならば、これもまた大問題。「今年はどちらの実家に帰るか」「どちらの実家から順番に帰るか」で、大ゲンカになることもしばしばある。春節中に2回も大移動を行わなければならないからだ。

しかし、それでも家族のために帰省しなければならないと思うのが、今もスタンダードな中国人の考え方だ。「春節は家族で一緒に迎えるもの。お土産をたくさん持って帰り、新年は一家だんらんで食卓を囲む。それが親孝行だ」というのが昔から中国人の脳裏に染みついているからだ。

“義務”を果たさなくてもよい人も

だが、大都会に出た若者にとっては、もはやそんな考えは時代錯誤。親から縁談話を持ち出されたり、プライベートや仕事について、あれこれ質問攻めにあったりするので「面倒だから帰りたくない」「帰るのが怖い」という春節恐怖症になるが、それでも「1年に1度のことだから、やっぱり……」と自分に言い聞かせて重い腰を上げる。

仕事上の特別な事情でもない限り、「這ってでも帰らなければならない」と思うのだ。都会での気楽なシングルライフを送っている若者ならばなおさら、田舎でのウエットな人間関係を煩わしく思ってしまう。そうした傾向はもう10年以上も前から始まっているが、ここ数年はさらに「都会」と「田舎」の考え方の落差が強まっているように感じる。

“家族の義務”を果たさなくてもよい
海外在住の中国人たち
 
ところが、そんな思いが交錯する中国国内に住む中国人と違い、春節の“家族の義務”を果たさなくてもよい立場の中国人がいる。それは海外在住の中国人たちだ。

現在、日本に住んでいる中国人は約70万人に上る。アメリカに住んでいる中国人は300万人以上。ほかにも東南アジアやカナダ、オーストラリア、イギリスなど、中国人は世界各国に散らばっている。

むろん、彼らの中にも春節シーズンには母国に帰省するという人もいる。たとえ航空券がどんなに高騰しても、この時期の帰省はお約束、という人も多い。

だが、「海外ではこの時期も仕事があって、仕事を休めないから」という理由で、春節の帰省から“解放”されることに、内心ほっと胸をなでおろしている人も少なくない。

距離的に中国に近く、むしろ「中国国内の南から北に帰省するよりもずっと近いし楽なんじゃないの?」と思われる在日中国人もそうだ。東京都内で飲食店を経営する王英潔さん(42歳)もその1人。王さんはこう語る。

後ろめたさはあるものの気楽さもある

「日本では春節は普通の日なので、この時期にお店を休めないので帰省できないよ。お母さんごめんね、と先日中国に住む親にメッセージを送りました。もう春節には何年も帰っていません。親も日本に住んでいる私のことは特別だと思って、あきらめているみたい。国内の別の都市に住んでいる弟のほうが、しつこく『帰ってこい』と親から言われてかわいそう」

「自分はいつも航空券が安い6月くらいに定期的に帰るのですが、その時期であれば、大勢の親戚に会わなくてもいいので、かなり気が楽。遠い日本にいても、今はウィーチャットでお年玉をあげなければならないので大変だし、日本の情報も筒抜けだけど、民族大移動の大混雑している時に移動するよりはまし。だって、空港のタクシー乗り場で3時間待ちとか、地下鉄に乗るまでに2時間待ちとか、体力的にとても耐えられないので……」

後ろめたさはあるものの
気楽さもある
 
同じように、「春節の時期は中国に帰らない」という在日中国人が私の周囲にはけっこう多い。春節を両親と過ごせないことに一抹の寂しさや申し訳なさ、後ろめたさはあるものの、気楽さもある。

別の友人は「もしこの時期に帰省すれば、お土産代だけで50万円くらいは使うことになるでしょう。私が帰るとわかったら、化粧品や家電製品の購入もたくさん頼まれてしまうし。それに頼まれたからといって、その商品のお代を受け取っていいものかどうかも微妙……。そんな悩ましいことも避けられるので、私は日本に住んでいて本当によかった(笑)」と胸をなでおろしていた。

個人差や地域差もあるので、もちろん一概にはいえない。だが、春節シーズンの帰省には、もともと家族とのつながりを大事にする中国人でさえため息が出るほどの物理的、心理的なしんどさを伴う。かつて、日本人も「お正月は田舎で過ごす」ことが当たり前だったが、今は必ずしもそうではなくなってきた。

中国人も同様に価値観は日々変化しているのだが、いい意味でも悪い意味でも、「家族」という呪縛から逃れられないのが、やはり中国人なのかもしれない。

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