「壮大なマネーロンダリング」

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ゴーン事件を「壮大なマネーロンダリング」ではないかと疑う理由

金融商品取引法違反容疑で、東京地検特捜部に逮捕された後、特別背任罪の容疑でも再逮捕された日産の前会長カルロス・ゴーン氏。

だが、元経済ヤクザであり、自身もさまざまなマネーロンダリングに手を染めていた「猫組長」こと菅原潮氏は、「単なる特別背任事件ではなく、壮大なマネーロンダリング事件ではないか」と指摘する。

“黒い金融界”の実務者だから分かる
マネーロンダリングの手口
 
1月22日に2度目の保釈申請を却下された、前日産会長カルロス・ゴーン氏(64歳)。翌23日には、ルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)を辞任したことが明らかになった。

昨年11月29日に、役員報酬を有価証券報告書に虚偽記載したことによる金融商品取引法反容疑で、東京地検特捜部に逮捕されて以来、勾留延長と再逮捕が続き、日本の「人質司法」を批判する論調のメディアも多くあった。

「日産」に自己負債を付け替えなければならない理由がある

しかし、昨年12月21日の特別背任罪の容疑での再逮捕の後、特捜部が発表した容疑内容によって「ゴーン氏擁護」の論拠は空疎なものになったと、私は考えている。経済ヤクザだった私もマネーロンダリングに手を染めていたが、ゴーン氏の「黒い錬金術」は同種のスキームでありながら、私も経験したことのないスケールのものだったからだ。

この犯罪の本質は、“黒い金融界”で実務を行った者にしか理解できない。蛇の道は「猫」ということで、私こそ本件の解説者として適任だと自負している。

特捜部に肩入れをする気持ちを私はみじんも持ち合わせておらず、心情的にはゴーン氏にシンパシーさえ抱いている。一連の分析は、感情に無関係な、“黒い国際金融”の実務・常識に従って合理的に導き出した結果であることを、最初に強調しておきたい。

結論から言えば、特別背任をゴーン氏単独で行うことは不可能で、共犯とはいえないまでも「協力者」がいなければ成立しない。金融犯罪は、露見しないように、加害者側が複雑なスキームを作って行う。日々、事件についての情報がアップデートされるが、現在分かっている範囲で、その一つひとつをひもといてみよう。

「日産」に自己負債を
付け替えなければならない理由がある
 
まず、特捜部の発表とその後の報道で、特別背任容疑の内容を整理しよう。

●ゴーン氏は、新生銀行との間で金融派生商品(通貨取引のスワップ)によって個人資産を運用していた。しかし08年9月15日のリーマンショックの影響で、約18億5000万円の評価損の損失を出す。これに対し、新生銀行側が追加担保を求めた。

●そこでゴーン氏は、新生銀行との間で「取締役会で契約の移転を決議する」という虚偽の約束をした上で、同年10月、評価損を抱えた金融派生商品を日産に移転させる。

●証券取引委員会が、移転の違法性を指摘。これを受けて09年2月、ゴーン氏は自身に再移転させるが、その際に新生銀行が追加担保を求める。

●ゴーン氏の知人で、サウジアラビアの実業家ハリド・ジュファリ氏が約30億円の「信用状」を外資系銀行から新生銀行へ送り、ゴーン氏の追加担保にした。

●このとき、ジュファリ氏側に日産から30億円の融資が計画されたが、社内承認が得られず中止になった(この指示は、ゴーン氏によるものだったことが報じられている)。

●しかし、09年6月~12年3月の間に、ゴーン氏は自らの判断で使うことのできる「CEO予備費」から「販売促進費」の名目で、ジュファリ氏が経営する会社に1470万ドル(現在のレートで16億円)を振り込む。

●ジュファリ氏の会社で「販売促進」が行われたかは確認されておらず、追加担保への謝礼と目されている。

貿易の世界で使われる L/Cという信用状

こうした経緯を要約すれば、焦げ付いた個人投資の損金を知人に保証させ、謝礼を日産に肩代わりさせたということになる。

最初の疑義は、評価損を抱えた金融派生商品を、ゴーン氏→日産→ゴーン氏と短期間で目まぐるしく移転できたことだ。何よりこの金融派生商品は、追加担保を求められる(マージンコール)ほどの負債の場合、ロスカット(負債額の強制決算)を行うのがルールだ。マージンコールされるほどの負債額を抱えながら、所有者(ポジション)を移転するというのは、通常では考えられない。

報道では、ゴーン氏が新生銀行に「うその約束」をしたとされているが、そんな“ウルトラC”が成立するには、新生銀行がゴーン氏から「うその約束」だけではなく、「負債の処理の仕方」の説明を受け、それを承認したとしか考えられない。そして、このときゴーン氏には、「日産」に自己負債を付け替えなければならなかった理由があると、私は考えている。

貿易の世界で使われる
L/Cという信用状
 
ここで重要な要素になるのが、ゴーン氏の知人である「ジュファリ氏」と、担保として差し入れられた「信用状」だ。まずは「信用状」から解説をしたい。

「信用状」を介した売買取引が恒常化しているのが、貿易の世界だ。石油取引を考えれば分かりやすいと思うが、売買金額の大きな船積みの商品取引は、到着までに時間がかかる。その場合、輸入業者が輸出業者に前払いすれば商品を入手できないリスクを輸入業者が負い、輸入業者が輸出業者に後払いをすれば輸出業者が代金を回収できないリスクを負うことになる。

こうしたリスクを回避するために貿易取引では「信用状」(L/C)取引が行われることがある。売買契約を結んだら、輸入業者が自分の地元銀行にL/Cという証券を発行してもらい、そのL/Cを輸出業者の地元銀行に送ってもらう。輸出業者の地元銀行は、L/Cが発行されたことを輸出業者に通知して商品を送るという仕組みだ。

輸出入業者おのおのの地元にある銀行が決済を保証することで、貿易独自のリスクを回避して円滑に商取引を成立させるというものである。

個人負債に信用状を使うのは極めて異常

L/Cは物の取引に利用され、船積みごとに発行される。「取引の信用」を担保するために、L/Cには、インボイス(送り状)や、船名などが添付される。このL/Cを物だけではなく、「金融取引」などにも使えるようにしたものが「スタンドバイL/C(=SBL/C)」だ。

L/Cは、船積みのたびに発行しなければならないのだが、SBL/Cであれば複数の輸送に使うことができる。「物の取引」の場面で、1回の取引に10回の輸送が必要になるときの決済にはSBL/Cを使った方が便利ということだ。

金融取引の場合、例えば日本の企業が海外に子会社を作り、現地銀行に10億円の融資を受けたいとする。そこで、本社の取引銀行が10億円のSBL/Cを発行し、子会社の地元銀行に送れば融資が受けられるという仕組みである。

このようにSBL/Cは、表の世界で普通に利用されている一種の決済方法だ。

個人負債に信用状を
使うのは極めて異常
 
金融取引に利用できるSBL/Cは、国際金融で「証券」のように利用もされている。日本では行われないものの、例えば額面1000億円のSBL/Cを元にファンドを形成することは、まっとうな金融マンが行う常道手段だ。しかしここで第2の疑義が生まれる。

このように、証券としてのSBL/Cの使用範囲は貿易に限定されない。とはいえ、「物の輸送」で使う場合には出荷証明書や品目などの書類を、会社間の取引では登記簿などを、「証券」として使用する場合には使用者、目的などの書類(ドキュメント)を記載しなければならない。

ジュファリ氏が「知人の厚意」として、ゴーン氏を援助するのであれば、現金なり小切手を送れば済むはずだ。いくらSBL/Cが証券のように利用できるとはいえ、海外をまたいで個人の負債額の担保に使用するというのは、マネーロンダリングの疑いがかかっても仕方がない異常な行為といえる。

ゴーン氏は「個人資産の管理会社」、ジュファリ氏は「自身の関連会社」と、ドキュメント上では「会社間」を取り繕っているはずだが、これはかなり苦しい言い訳だろう。というのは、ゴーン氏と取引関係にあった新生銀行は、渡されたものが「ゴーン氏の個人資産」であることを知っているからだ。

ただし、こうした異常なことを恒常的に行っている人々も、世界には少なからず存在する。それこそが犯罪組織やテロ組織を含めた「黒い経済人」たちだ。

米同時多発テロ事件「9・11」後の世界では、犯罪資金やテロ資金根絶を目的に、国際間の金融移動が厳しくチェックされている。各国の監督省庁は、各銀行に対して海外送金について厳しい審査基準を設けるよう、徹底的に指導している。そこで銀行は、海外からの送金を精査する「コンプライアンス部門」の他に、「トランザクション(取引)部門」を設けて二重のチェック体制を取っている。

浮かび上がる
「協力者」の存在
 
個人間の負債担保としてSBL/Cが使われた“異常性”について、新生銀行が見落としていたとしたら、金融庁から免許を発行された金融機関として問題があるといえるだろう。逆に見落としではなく故意だとすれば、さらに問題は大きいといえる。

さて、ジュファリ氏からの30億円のSBL/Cだが、ゴーン氏が焦げ付いた場合、ジュファリ氏には支払い義務が生じる。ゴーン氏もこれについて、「ジュファリ氏は極めて高いリスクを負った」と主張している。

こう聞くと、多くの人はSBL/Cの発行には、実際に30億円の現金が必要だと考えてしまうだろう。しかし、それは大きな間違いだ。証券としてのSBL/Cは、国際金融の市場でそれ自体が「証券」としてリースされたり、売買されたりしている。

30億円のSBL/Cをリースする際に必要な金額は、年7%の使用料と2.5%の手数料で3億円ほど。発行銀行の格や相場にもよるのだが、額面「30億円」の売買金額は、安くて4000万~5000万円というところだ。

実は、自分で発行するとしても、30億円の現金は必要ない。国際金融の世界には「ジャンク債」と呼ばれる債券が存在していて、それは「ペーパーマネー」として利用されている。極端な例でいえば、1万円で額面が1億円の債券(ペーパーマネー)も存在しており、それを元手にSBL/Cを発行することができるのだ。ただし、実際に使用するには30億円のSBL/Cで、約3000万円のクリアリングトラストやSWIFT(スイフト)手数料といったものが必要になる。

ジュファリ氏がゴーン氏に差し入れたSBL/Cは、リース、売買、あるいはペーパーマネーを元に作られたものだと私は確信している。こう判断できるのは、かつての私もその1人だったからだ。もっと言えば、ゴーン氏のような個人間の担保として使われる場合に、額面通りの金額を用意している人物を私は知らない。

そして、SBL/Cには、誰に対してのものなのかを示す「発行先」(ベネフィシャリー=受益者)が記載されている。振り出し元がコケた際に、責任を負うのがこのベネフィシャリーである。そこで重要になるのが、ベネフィシャリーの信用能力だ。

そもそもゴーン氏個人に支払い能力があるのであれば、追加担保は必要ない。従って30億円のSBL/Cのベネフィシャリーががゴーン氏(あるいは資産管理会社)であることは考えにくい。合理的に考えれば、ベネフィシャリーが「日産」でなければ、この取引は成立しない。

このとき証券取引等監視委員会が、ゴーン氏→日産への付け替えを把握し、違法の可能性があることを新生銀行側に指摘している。日産→ゴーン氏への再移転にあたって、かけこむような形で、SBL/Cのベネフィシャリーを「日産」にしたことが自動的に導き出されるだろう。

特別背任ではなく 国際的なマネロン事件か

整理をしていけば、ゴーン氏が「日産」をフルに利用して、ジュファリ氏に協力を依頼しながら、その処理をしたということになる。また、すでに違法性の指摘を受けているにもかかわらず、「日産名義」のうちに振り出されたSBL/Cを受け入れた新生銀行が、何らかの責任を問われることも仕方がないといえるだろう。

日産からジュファリ氏への30億円の融資計画は、この「見返り」と報じられている。そして、この計画を承認しなかったということは、日産が09年の時点でゴーン氏の「怪しさ」を認識していたということも導き出されるだろう。すなわち、ゴーン政権下の日産は、少なくともこの時点から逮捕の日まで、こうした行為を、結果的に容認していたともいえる。

特別背任ではなく
国際的なマネロン事件か
 
こうしてひもといていけば、ゴーン氏が行ったことが単なる「特別背任」でないことが理解できるだろう。ジュファリ氏が額面よりはるかに安い金額で入手したSBL/Cをゴーン氏に差し入れ、ゴーン氏が日産の「名前」と「資金」を利用できるだけ利用し、最終的には決裁権を持つ予算から1470万ドル(現在のレートで16億円)を振り込む──。これは「マネーロンダリング」の構造そのものだ。

もし30億円の融資が認められていれば、日産の被害額はもっと大きなものになった。これが、今回の容疑の本質は「日産」を利用した「特別背任」という経済事件ではなく、国際金融を舞台にした「マネーロンダリング」という金融犯罪と、私が分析する根拠である。

さて、資金移動の監視が厳しい現在の世界にあって、なぜ海外から30億円のSBL/Cを個人負債の担保にするという異常なことができたのか。そのカギこそが、ジュファリ氏だ。

サウジアラビアの中央銀行にあたる組織は、通貨庁(SAMA)である。ただしSAMAは物価や金利を安定させる役割だけではなく、財務省の役割の一部も担っている。サウジ国内で電気や通信インフラ整備事業などを行う複合企業のE.A.ジュファリ・アンド・ブラザーズ副会長を務め、実業家とされるジュファリ氏だが、そのもう1つの肩書こそが「SAMA」の理事会メンバー。つまり、ゴーン氏の事件においては、監視する組織に力を持つ人間が、加担しているという構造ということになる。

ジュファリ氏は、中東で「大物フィクサー」の1人と認識されている。ゴーン氏はジュファリ氏への16億円提供について、「現地の販売店のトラブル処理や、投資を呼び込むための王族へのロビー活動、王族や政府との面会の仲介を担ってもらっていた」と主張するが、それは過小評価だ。なぜならジュファリ氏こそが、「ロビーそのもの」なのだから。

信用状の受け入れには入念な説明と
契約書がなければ不可能
 
最後に今回の事件を解明する「カギ」の存在に触れてみたい。それは、国際金融取引の中に埋もれていると私は考えている。

国際送金に使われる「SWIFT」

SBL/Cの受け手になったのが新生銀行だ。国際送金においては、通貨ごとに経由地点となる「コルレス銀行」が定められており、新生銀行は「コルレス銀行の窓口」であるドメスティック銀行となる。

日本の銀行が行う海外送金業務のほとんどは、現金をストレートに送金することだ。現役時代の私が、日本のドメスティック銀行からSBL/Cを送ろうとした際、銀行窓口はパニックになった。長時間の説明も試みたが、「できない」という答えが返ってくるのみだった。

このように、現在でも閉鎖性が強くガラパゴスな環境にある日本の金融状況にあって、ドメスティック銀行の新生銀行が、海外銀行から送られたSBL/Cを円滑に受け入れたことが、私には何よりも驚きだ。受け入れには、ゴーン氏側からの入念な事前説明と、口約束ではなく両者間で「契約書」を結ばなければ常識的には不可能だ。カギの1つが「契約書」である。

一連のやり取りが、記録として残されている可能性もある。

国際送金においてはSWIFTシステムが使われるのだが、これは現金だけではなくSBL/Cの送受信も行う。

SWIFTでSBL/Cを入庫する際には、事前に相手先銀行のオフィサー(担当者)が、受け入れ先銀行のオフィサーと、SWIFT上でテキストを送受信して打ち合わせを行うのが実務上の常識だ。

このテキストメッセージには、扱うSBL/Cがどこから振り出され、誰が保証して、焦げ付いたときにどのように処理されて、どう現金化していくのかなど、「生の情報」が詰まっていることが多い。このメールには公開義務がないことから、そうした生々しいやり取りがなされるのだ。

30億円のSBL/Cは無傷だったことが報じられているが、SBL/Cの有効期限は366日(1年+1日)で、延長(ロールオーバー)が可能だ。現在でもそれが「担保」として生きているのであれば、メールが残っていることは期待できるだろう。

昨年12月20日に、特捜部が申請した勾留延長を東京地裁は一度は却下している。にもかかわらず1月22日までに、ゴーン氏側の保釈申請を東京地裁は2度却下した。その際に、特捜部はそれなりの具体的な証拠を出さなければならなかったはずだ。

1月15日には、オマーンを舞台にした、ゴーン氏の新たなマネーロンダリング疑惑が報じられた。ここまで解説したように、金融犯罪は、秘匿性を維持するために複雑なスキームが構築される。「今、外に出してしまえば資金を動かされる。そうなれば、資金移転の解明は振り出しに戻ってしまう」──。合理的に導き出される地検側の主張はこれだろう。もちろん、具体的な証拠も提出したはずだ。

勾留延長は特捜部の苦し紛れの一手ではなく、「確実な解明に向かっていることの表れ」だと私は考えている。

DIAMOND

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