「カルロスを探せ」

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カルロス・ゴーン、この名前は稀代の悪人と認識されるようになりました。これから、カルロスのような人間が貴方の会社にいたならば、「カルロス君」と言おう。

どの会社にもいます。人のやることは全て気に食わない、自分の思い通りにやるのです。少しでも気に食わない人間は、辞めざるを得ないように仕向けるか、或はクビにするのです。

どの部署にもカルロス君はいます。一つの部署にいる場合もあれば、社長である場合もあれば、会長である場合もあります。何しろ、「カルロス君」と名前のついた人は、人のやることは一切気に食わないのです。

自分の意見だけを押し付けるのです。自分の仕事を芸術のように思っているのです。それはそうです。芸術だと人と一緒にやることはできません。「あいつが気に入らない」となるのですが、仕事はそのようなものではありません。

仕事は芸術ではありません。音楽とも違います。成功する会社は、居心地がよくて、楽しくて、精神的にも安定していている会社が良い会社です。定年まで雇用が安定していると言っても、毎日がつまらない、或は「お前は仕事ができないから窓際族だ」と押し付けられて、ロクな仕事は与えられません。これでは毎日の仕事がつまらないものになってっしまいます。

或はもっと悪いカルロス君もいます。人に仕事をやらせておいて、完成間近になると「もう、お前はいいよ」と仕事から外して、自分の功績にしてしまうのです。こんなことをされたらたまりません。

「これをやっておけ」と言われて、一生懸命仕事をしていたら、「どうだ、もうそろそろ完成か? お前はもう仕事を止めていいよ。おれが後はやるから」このような人はいると思います。困った問題です。

だいたい人が人を気に入るということはありません。自分と感覚が違うから、みんな人のやることは気に入らないのです。好みも違うし、食べるものも違うし、着ている服装も違うし、乗っている車も違うし、みんな違うのです。「人は気に食わない」という見方でみたら、全ての人が「カルロス君」になってしまうのです。

かつて、歴史上では、織田信長が「カルロス織田」だったのでしょう。なにしろ、激しい性格です。信長が馬に乗って道を通った時に、「並んでいた足軽が笑った」と言うのです。「何を笑っているのだ、お前!」と言った時には、もうその足軽の首が飛んでいるのです。

これは宣教師のルイス・フロイスが本国へ送る手紙に書いているのです。足軽が「ニヤリ」と笑っただけで首が飛んでしまうのです。このような世界は嫌ですね。

あの人もそうです。北朝鮮のカルロス君。「居眠りした」という理由で銃殺刑です。「笑った」と言っても銃殺刑です。これは、怖いですね。

関東連合の見立もそうです。子分をラーメン大学へ連れていって、「中卒の俺がよ、ラーメン大学へ行っていいのかな?」と言うと、みんな一斉に「ガッハッハッハッ!」と笑わないと機嫌が悪くなるのです。笑うと機嫌がよいのです。このような雰囲気だと冗談もうかつには言えません。

カルロス君は、「会社内で俺の悪口を言っている奴はいないか?」と、スパイを養成するのです。横にも縦にも網をはって悪口を言う奴を追い込むのです。独裁者はみんなそうです。人に意見は絶対に聞きません。自分の意見と感覚を押し付けるのです。

このような会社だと良い人はみんな辞めてしまいます。脳がなくて「ガッハッハッハッ!」と笑う奴だけが残るのです。昔で言うと、“裸の王様”です。今で言うと“裸のカルロス”と名前を変えたほうがよいでしょう。

何しろ、「偉大な経営者だ」と言われていますが、やったことは、2万人のクビを切ったことです。「日本人にはできなかった」と言うのです。外国人だから出来たのです。2万人の社員のクビを切ったら、みんな路頭に迷い、仕事はなくなり、困ってしまいます。そのようなことをズバッとやってきたのですから、それが偉大な経営者であるわけがありません。

百田尚樹先生の著書『海賊とよばれた男』に出てくる出光興産の創業者の出光佐三さんの話がすごいのです。この会社に定年はありません。「いたいだけいてよい。会社はみんなのものだ。俺のものではない。みんなで創っていくものだから、務めたければ何年でも務めてよい」と言うのです。タイムカードもありません。

仕事はあらゆる面で自由で、お互いに尊敬しあって、お互いに責任をとって、ワイワイやっていけばよいのです。

これは偉大な人間です。それから、東芝の社長だった土光敏夫さんも偉大な経営者です。何しろ“めざし”しか食べないのです。めざしを3本くらい焼いて、めざしをポリポリ食べるのです。「それが一番栄養があるのだ」と言っていました。このような人はよく人情がわかっています。このような会社は楽しかったのに違いありません。

松下幸之助になると、かなりカルロス君になっています。松下幸之助が天理教に招かれて、見物していたら信者は実によく働くのです。「うちの会社の人間達はこんなに頑張っているだろうか? うちの会社の人間達には俺が給料を払っているのだよ。

それでもこの人達よりも働いているだろうか? この人達は、金を出して労働をしている。大変な違いがある。俺は金を出す側、宗教団体は金をもらう側、金を出して一生懸命やるのだから、宗教はいいものだな。経営はこのようにしなければいけない」と考えて、つくったのが水道哲学です。

水を飲んでもドロボウとは言われません。何故、ドロボウと言われないのか? それは水が豊富にあるからです。「水1滴で100万円する」と言ったら、誰も水道の水は飲めません。水はタダです。「水はいくら飲んでもお金を取られることはない。だから、世の中に物をいっぱい造ってあふれさせれば、良い世の中がくるのだ」というのが水道哲学です。松下幸之助も結構楽しくやっていたのに違いありません。

それから、本田技研の本田宗一郎の会社も楽しかったでしょう。本田宗一郎は、「経営のことには一切口出ししない」と言っていたのです。副社長に任せて一切口出ししなかったのです。自分は好きなことをやったのです。

好きなこととは、機械いじりです。それに熱中していたのです。本田技研は学歴で人を見ません。実力で人を見る世界なので、社員はみんな頑張ったのです。ついに本田技研は、ジェット機まで造ってしまいました。そこまで発展しています。大いに社会に貢献していると思います。

徒然日記

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