「アルコール飲まない人の肝臓がんが増えている」

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「肝臓がん」は男女ともに
罹患率、死亡率が下がり続けている
 
日本では男女ともにがんの罹患(りかん)数や死亡数は上がり続けており、その主な原因は人口の構成比の高齢化にあるとされています。ただし高齢化の影響を除外するために年齢構成比を標準化した年齢調整罹患率や年齢調整死亡率を用いて評価すると、やはりほとんどのがんは、罹患率も死亡率も頭打ちか低下傾向を示していることがわかります。

中でも肝臓がんは、男女ともに年齢調整罹患率と年齢調整死亡率が大きく低下していることから注目すべきがんの1つです。罹患率と死亡率低下の理由としては、肝臓がんの主原因であるB型肝炎やC型肝炎の予防や治療法の発達、および肝臓がんの治療技術の向上が挙げられます。しかし、減り続ける肝臓がんにおいても軽視できない点があり、注意が必要です。

肝臓のがん化はなぜ起こる?

肝臓は、腹部の右上(みぞおちの右側)に位置している体内で最も大きな臓器で、成人では質量1kg前後に達します。

その働きとして主たるものは、代謝、解毒、胆汁の生成・排出の3つです。肝臓の行う代謝とは、胃や腸で分解・吸収された栄養素を体が利用しやすい物質に変えて貯蔵し必要に応じてそれらを分解・合成してエネルギーなどを作ることをいいます。解毒作用で代表的な働きは、アルコールやタンパクの消化吸収の際に生じるアンモニアなどの有害物質の無毒化です。胆汁は、脂肪の吸収やタンパクの分解に役立ち、コレステロールの排出にも影響します。

肝硬変は10年以内に70%が肝臓がんに

このように、肝臓は生命活動を維持するために極めて重要な役割を担っていますが、それに加えて再生能力が強いことも大きな特徴です。少々の障害が生じても症状を呈することなく知らぬ間に再生します。それが「沈黙の臓器」もしくは「忍耐の臓器」とも呼ばれる理由です。

例えば、肝臓の3分の1が何らかの原因で失われても1~2ヵ月で再生するという、他の臓器にない性質を備えています。丈夫で再生能力が大きい肝臓にがんが発生するには、相当なダメージの蓄積が長期間持続する必要があります。

すなわち、B型ないしはC型の肝炎ウイルスの感染や大量のアルコール摂取の習慣などを背景に慢性肝炎が長期間持続することで、肝臓細胞が死滅と再生を繰り返しているうち、徐々にその再生能力が失われ、遺伝子変異が誘発されてがん化するのです。

肝臓がんの95%は「肝細胞がん」
肝硬変は10年以内に70%が肝臓がんに
 
ところで、一口に肝臓がんといっても、肝臓自体から発生するもの(原発性)と、他の臓器(胃・大腸・膵臓・乳腺など)に発生したがんが転移して発生するもの(転移性)とがあります。原発性と転移性では生物学的な性格が異なり、予防法や治療方針が異なります。

肝臓がんと表現する場合は、一般的には原発性のものを指します。原発性肝臓がんには、肝細胞がんと胆管細胞がんがありますが、95%が肝細胞がんです。今回は、肝臓がんとして典型的な「原発性の肝細胞がん」について解説します。

原発性肝細胞がんの90%は、ウイルスの感染が原因です。そのウイルスにはB型とC型があり、前者が20%、後者が70%です。B型およびC型の肝炎ウイルスに感染し肝臓の炎症が慢性化すると、肝臓の細胞の壊死と再生が繰り返されながら肝硬変に移行していきます。

肝硬変は肝臓障害の終末像で、肝硬変に至ってしまうと元に戻ることはありません。そして、肝硬変の状態では遺伝子の突然変異が非常に活発になり、がんの発生につながります。肝硬変に至らなくても肝臓がんが発生することがありますが、肝硬変になってしまうと10年以内に70%で肝臓がんが発生するといわれています。

肝炎ウイルスの内服治療が可能な時代に
肝臓がんはますます減少へ

B型肝炎、C型肝炎は、それぞれB型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)が血液や体液を介して体に感染することにより発生します。感染の原因や、感染した時の体の健康状態によって、一時的な感染に終わる場合(一過性感染)と、慢性的に感染が持続する場合(持続感染)に分かれます。

一般的に、B型の方がC型よりも感染力が強いですが、慢性化する可能性が大きいのはC型です。B型肝炎が慢性化するのは、妊娠中や出生時に母から子に感染する場合と3歳未満の乳幼児期に感染する場合がほとんどです。さらに、B型肝炎ウイルスにはワクチンが存在し、予防接種が可能です。

ちなみにA型肝炎は、経口感染が原因で慢性化することは基本的にありません。頭痛、発熱、倦怠感など風邪の症状に類似する場合があります。一度感染すると強い免疫が残り再感染のリスクは基本的にはないと考えられます。他にもD型、E型、F型肝炎が確認されていますが極めて少数なので通常は注目されません。

ところで、B型やC型肝炎がしばしば問題になるのは、現在では考えられないことですが、予防接種の注射針の再利用や感染症のスクリーニングが不完全な輸血製剤の投与などの医療行為が原因で感染することがあるからです。医療行為によってB型肝炎、C型肝炎が発生するのは看過できない事態です。そのようなことから、これらの肝炎に対する治療法はここ最近で急速に発展してきました。

1990年代からは、インターフェロンと呼ばれる治療薬を用いた治療がこれらのウイルス性肝炎に対して可能になりました。ただし、長期間通院して注射を打ち続けなければいけない、相応の副作用があるなどの理由から、治療に進まない患者さんが相当数見られました。しかし、ここ最近は内服薬による治療が可能となり、特にC型肝炎はこの内服治療により95%もの方がウイルスを完全に排除できるようになっています。

肝臓がんは減少傾向だが、侮ってはいけない

また、B型肝炎も、内服薬によりウイルス量を低下させ、肝炎の発症を予防することができるようになりました。ただし、B型の場合は、ウイルスを完全に排泄することができず、薬剤の服用を止めると肝炎が再燃して急激に悪化する場合があるため、服用を自己中止できません。

いずれにしても、肝臓がんの主原因であるB型肝炎、C型肝炎に対する有効な治療薬が開発されたことにより、肝臓がんの発生はさらに減少していくことが期待されます。

肝臓がんは減少傾向にあるのに、
なぜ侮ってはいけないのか
 
肝炎ウイルスの予防および治療技術の発展により、さらなる減少が期待されている肝臓がんですが、ここにきて新たな肝臓がんの発症リスクが注目されています。肝炎ウイルス感染やアルコール常習などの慢性肝炎の原因を持たない方の肝硬変や肝臓がんは、むしろ増加傾向にあるのです。

その病態は、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)もしくは非アルコール性脂肪肝(NASH)と呼ばれる病状に起因します。これらは、いわゆる生活習慣の乱れによる内臓脂肪蓄積症、すなわちメタボリックシンドロームと同様の理由で発症します。

メタボリックシンドロームは、内臓脂肪の過度の蓄積により、高血圧、糖尿病などが発症して動脈硬化が進み、ひいては心筋梗塞や脳卒中などの致死的な血管病の発症につながることから注意喚起されるものです。アルコールを飲まなくても、メタボリックシンドロームに陥る場合と同様、過食や運動不足によって生じる脂肪肝から肝臓がんが発症する方が増えています。人間ドックを受ける方の、実に30~40%の方が非アルコール性脂肪肝に罹患していると言われており、推計で1000万~2000万人の潜在患者がいると考えられています。

原因は、食生活を主とした生活習慣の乱れ、ストレス、運動不足など、まさにメタボリックシンドロームの原因と同じです。腸内細菌の乱れから肝臓に脂肪が蓄積されやすくなることも指摘されています。男性は40代から40%以上の方にNAFLDが認められると報告されています。女性は40代ではあまり見られないようですが60代には30%以上の方がNAFLDを発症しています。

1日5分のスクワットから始める「NAFLD」の治療法

NAFLDを発症して、慢性肝炎が持続すると、肝炎ウイルスが感染したのと同様に肝臓の細胞の破壊とその再生による線維化が繰り返され、しまいには肝硬変になります。NAFLDを放置すると10年くらいで20%の方が肝硬変になり、肝硬変になると年数%の割合で肝臓がんが発生します。アルコールをそれほど大量に飲む習慣がない(1日ビール大瓶1本以内)から自分の肝臓は問題がないとはいえません。

脂肪肝はそれ自体あまり深刻視されていませんでしたが、肝臓がんに関連する可能性があることからその対策の重要性が強調されています。肝臓がんは他のがんに比べて治療後の再発率が高く(治療5年後の再発率80%)、生存率が低い(5年相対生存率30%前後)ことを考えれば、その予防、すなわち脂肪肝の改善が非常に大切です。

5年相対生存率の推移

参照:国立がん研究センターがん対策情報センター 拡大画像表示
1日5分のスクワットから始める
「NAFLD」の治療法

食事運動療法で体重を7%程度落とせば非アルコール性脂肪肝は改善するという科学的根拠があります。肝硬変の手前の病態である肝線維化も10%の減量で改善すると報告されています。また、筋肉は「第2の肝臓」とも呼ばれ、筋肉が増えると代謝が改善します。

特に骨格筋は全身の7割の糖質を消費するとされており、例えばスクワットを1日5分くらい行うことを継続すればNAFLDは確実に改善していきます。腸内細菌のコンディションを維持するためには緑黄色野菜や食物繊維の摂取が大切です。食事運動療法により半年から1年かけて体重を7~10%減量させられればNAFLDは消失します。

すなわち、NAFLD由来の肝臓がんにおいては、「薬物による治療」ではなく、こうした皆さんの「日常生活の改善」こそが、その発症を予防する唯一の方法なのです。

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