2018年11月1日よりタイトルをWCA(世界の時事)に変更しました。
「カルロス・ゴーン」
カルロス・ゴーンが墜ちた 欧米セレブ経営者「金銭感覚」の罠
日産自動車のカルロス・ゴーン会長が逮捕された。過去5年にわたり、有価証券報告書に自らの報酬を50億円近く過少に記載していたという容疑だ。
さらには会社の資金を私的に使っていたという疑いもある。日産が内部告発を受けて社内調査し、東京地検特捜部に通報して“逮捕劇”に至った経緯を見ると、十分な証拠がありそうだ。
それにしても「10億円近い年俸をもらい続けていたカルロス・ゴーンが、なぜこんなことを……」と思う(実際には、その倍以上を得ていたわけだが)。カリスマが堕ちた理由を考えてみる。
「豪腕経営者」「コストカッター」など、さまざまな異名を持つゴーン氏 ©文藝春秋© 文春オンライン 「豪腕経営者」「コストカッター」など、さまざまな異名を持つゴーン氏
「社内調査の結果、3点の不正行為が確認されました」
昨夜10時、横浜市にある日産グローバル本社で、西川廣人社長が記者会見を開いた。冒頭で西川社長はこう説明した。
「カルロス・ゴーン、(代表取締役の)グレッグ・ケリーの2名につき、内部告発を受けた社内調査の結果、3点の不正行為が確認されました。
(1)報酬金額を有価証券報告書に過小に記載していた
(2)目的を偽って私的に会社の投資資金を使っていた
(3)目的を偽って経費を不正使用していた
これらの事案について専門家にも意見を求めたところ『十分解任に値する不正行為である』と認定されたため、木曜日に緊急の取締役会を開き、代表権を剥奪、会長の任を解くことにしました」
日産はその数時間前、こんなプレスリリースを出している。
〈カルロス・ゴーンについては、当社の資金を私的に支出するなどの複数の重大な不正行為が認められ、グレッグ・ケリーがそれらに深く関与していることも判明しております〉
周到な準備の上での逮捕に見える
地検も逮捕の経緯を発表している。
「ゴーン容疑者は2011年3月期から15年3月期までの報酬が実際には約99億9800万円だったのに対し、有価証券報告書に約49億8700万円と虚偽を記載した疑いがある」
ゴーン氏は19日の夕方、羽田空港に到着し、その場で地検に任意同行を求められた模様だ。
各方面からの矢継ぎ早の発表。空港で待ち構えていた地検と朝日新聞。捜査はかなり前から進んでおり、周到な準備の上での逮捕に見える。
米国のCEOとは10倍近い開きがある
思い出したのは11月6日に行われた三菱自動車の決算発表だ。益子修CEOは記者会見で、過去の不正問題に触れ、こんなことを言っていた。
「短期的な成果に過度にこだわる風潮があった。それが『できない』『無理です』と言いにくい状況を作っていた。利益を追求しつつも不満を持つ社員を作らない。もっと会社の中にゆっくりとした時間の流れがあってもいい」
妙に総括めいたことを言うな、と思ったが、今にしてみれば、すでにゴーン氏の件が耳に入っていたのかもしれない。
日本で指折りの年俸を得てきたゴーン氏が、なぜ会社の金に手をつけるような真似をしたのか。
原因の一つと考えられるのは、日本の経営者の年俸の低さだ。文藝春秋12月号の特集「 日本の富豪経営者 その実力と報酬 」で書いたが、グローバル企業へのコンサルティング業務を得意とするウイリス・タワーズワトソンが日米欧5カ国で売上高1兆円を超える企業の2017年のCEOの年俸(中央値)を調べたところ、トップは米国の14億円。2位がドイツの7億2000万円、次いで英国6億円、フランス5億3000万円。日本は1億5000万円で最下位。米国のCEOとは10倍近い開きがある。
地位と報酬の「不釣り合い」を感じていた可能性
日本で暮らしている分には1億5000万円でも十分に「お金持ち」だが、米欧でのそれはトップの報酬としては安すぎる。現在、ルノーの会長でもあるゴーン氏は、主にパリを拠点としており、今や日本にくるのは「2ヶ月に1度」(日産関係者)程度。日本水準の年俸で欧州セレブの生活水準を保とうとすれば、そこにギャップがあったのかもしれない。
ちなみに『日本の富豪経営者』に掲載した2018年3月期の「年俸ランキング」では、7億3000万円のゴーン氏は14位。かつてルノーの部下で現在はトヨタ自動車の副社長を務めるディディエ・ルロワ氏(10億2000万円・8位)に負けている。ゴーン氏が地位と報酬の「不釣り合い」を感じていた可能性はある。
お金を幸福の基準と考える人にとって、大切なのは絶対額ではなく、周囲の人間との比較である。例えば今回、羽田空港で任意同行を求められたゴーン氏が乗ってきたのは、機体に「N155AN」と書かれた小型ジェット。「155」の字体は「ISS」に似ているので「NISSAN」と読める。日産のコーポレート・ジェットである。
一方、ゴーン氏が交友関係を持っていた富豪たちの多くはオーナー経営者であり、彼らは自分の金でプライベート・ジェットを持っている。米国でシリコンバレーのトップ経営者が集まるカンファレンスなどがあると、会場近くの空港は無数のプライベート・ジェットで溢れかえる。そういう場所にコーポレート・ジェットで乗り付けるのは、ハイヤーが並ぶ高級ホテルにタクシーで行くような気まずさがあるのかもしれない。
なぜ見抜けなかったのか
20日にはNHKが「ゴーン会長が正当な理由がないのにブラジル、レバノンなど世界4カ国で会社側から住宅の提供を受けていた」と報じた。住宅を保有する関係会社には数十億円が支払われていたという。
数十億円は日本では「巨額」だが、プライベート・ジェットや自家用クルーザーを乗り回す人々にとっては「はした金」である。ゴーン氏の「基準」が後者にあったとすれば、「みんな、そのくらいはやっている」という感覚だったのかもしれない。
日本の常識では考えられないゴーン氏の“金遣い”を支えたのが、一緒に逮捕された代表取締役のグレッグ・ケリー氏だろう。
日産自動車の社員だったケリー氏は人事畑の出身だが、ゴーンが日産とルノーのCEOを兼務するようになった頃から、ゴーン氏の側近に召し上げられた。代表取締役でありながら、業務の執行には関わらず「なんの仕事をしていたのかよくわからない」(前出・日産関係者)という。恐らく、資金繰りを含め、ゴーン氏の身の回りの世話をしていたのだろう。
セレブになりたいゴーン氏の気持ちを忖度してケリー氏が動いたのか、それともゴーン氏の指示だったのか。今後の焦点はそこだ。内部告発があるまで「なぜ、見抜けなかったのか」という日産のガバナンス問題も重要だ。
日産自動車を再建するためルノーから颯爽と乗り込んできたのが19年前。古株の役員連中を一掃し、「系列」を解体し、工場も閉鎖した。大ナタを振るう姿は「日本的経営」の常識を根底から覆した。
そのゴーン氏がこんな形で表舞台を去るのは残念でならない。日本の大企業のトップたちは、「ほら見たことか」と溜飲を下げ、昔ながらの「仲良し経営」に戻ってしまうのだろうか。