「米副大統領ペンスの演説を読み解く」

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本当に中国は米国の選挙に干渉できるのか
米副大統領ペンスの演説を読み解く

10月4日にハドソン・インスティテュートで米副大統領ペンスの演説は、中国に対する「最後通牒」あるいは「宣戦布告」、「新冷戦の火ぶたを切った」といった形容詞で報じられ、世界に衝撃を与えた。全文もネット上で出ているので熟読した人も多かろう。

この演説を読む限り、米国は本気で中国を叩き潰そうとしている、と理解すべきだろう。ペンス個人の考えではなく、現トランプ政権、共和党政権の総意ということだ。この演説の中身がさほど突飛なものでないことは、拙コラム欄を読んできた読者諸氏にはわかってもらえるだろう。

ペンス演説の中身と論評は、すでに各メディアで詳細に取り上げられているので、ここで改めて紹介することはしないが、以下のくだりは多くの人がより詳細を知りたいテーマではないだろうか。

「中国が2018年の中間選挙および2020年の大統領選挙に干渉をしようと、対米世論工作を始めている」という部分だ。本当に中国は米国の選挙に干渉できるのか、する実力があるのか。

このくだりを聞いたとき思い出したのが、ちょうど私が夏前に中国側消息筋から聞いた話だ。

6月ごろ、習近平政権は対米政策において“読み間違え”があったことを認め、対米工作の方針を変えたという情報だ。それまでは、トランプと共和党エスタブリッシュメントは一枚岩ではなく、中国の対米工作は、トランプおよびトランプ・ファミリーに対する懐柔工作に重点を置いていた。

習近平サイドの当初の見立ては、共和党の対中観は相当厳しいが、トランプはビジネスマンであり目先の利益で対中姿勢を変えうる。だからトランプが大統領任期を終えた後も続く中国市場における個人的利益をちらつかせれば、トランプやイヴァンカ・クシュナーファミリーに対する長期的利益を約束すれば、トランプとは最終的に貿易戦争においても妥協点を見いだせる、と考えていたのだ。重要なのはトランプとトランプ・ファミリーの心をつかむこと、だと。

トランプの対中強硬姿勢は、中間選挙前のパフォーマンスであり、中間選挙までの我慢であると、考えていたのだ。

「誤った習政権の見立て」

ところがその習近平政権の見立てが崩れているということが徐々に明白になった。米国は中国の台頭を完膚なきまでに叩きつぶすつもりであり、それは共和党政権の総意である、と。

シャングリラ会議におけるマティス演説、イヴァンカ・ブランド閉鎖、米朝首脳会談、その直後の米国側からの関税引き上げ……。どう考えても米国は妥協する余地をもっていない。妥協点はおそらく中国製造2025や一帯一路戦略の撤回といった習近平政権の存続を許さないレベルの高さになる。

党内においても、対米政策の失策の責任を習近平やそのブレーンに向ける声が大きくなった。

そこで習近平政権は対米外交の方針を変更せざるを得なくなった。国内的には「戦で戦を止める」(新華社社説、6月17日)と、対米徹底抗戦姿勢を鮮明にしたあたりから、対米工作をトランプ・ファミリーへの働きかけ(共和党内の分断)から、トランプを大統領の座から引きずり下ろすための対米世論分断工作と、民主党陣営への接近に力点を置くようになった。

ペンスは演説でこう語っている。

「疑いなく、中国はまさに米国の民主運営に干渉中である。大統領が先週指摘したように、我々は、“中国が2018年の中間選挙に干渉しようとしている”ことに気づいた。

我々のインテリジェンス機関の指摘によれば、中国は米国の州や地方の公務員・官僚をターゲットにして連邦政府と地方政府の政策対立をあおり、意見の分裂を引き起こそうとして、たとえば貿易関税問題などで北京の政治的影響力を発揮しようとしている。

今年の6月、北京は宣伝管理に関する通達を出しており、それによれば、中国は米国国内の異なるグループに対して世論分断工作を精密に戦略的に行わねばならないとしている。

その目的達成のために、北京は隠密裏に工作員を派遣し、覆面組織や宣伝機関を使って米国人の中国の政策に対する見方を改変しようとしている。

……一部の中国の高級官僚は米国の一部の工商界のリーダーたちの中国進出企業の運営に対する願望を利用して彼らを操縦し、彼らに我ら政権の貿易行動を批判させている。最近の例では、中国は米国のとある大企業に対して、もし米政府の政策に対する拒絶の声明を行わないならば、中国における営業許可証を取り上げる、と脅していた。

……北京は中間選挙に重大な影響力のある特定の産業界や州を見定めて働きかけている。ある推計では、米国の郡で2016年のトランプ支持が80%を越える地域を選んで打撃を与え、そこの有権者が反トランプになるようにしている。

また米国有権者に直接訴えかけることもしている。先週のアイオワ州紙・デモインレジスター紙に中国政府が意見広告ページを挿入した。アイオワ州も中間選挙における一つのキーとなる州だ。この広告は一見、新聞報道に見え、我々の貿易政策が軽率であり、アイオワ州人にとって有害であると訴えている。……」

「トランプ支持だった在米華僑」

6月の米国世論分断工作の通達というのは、おそらく党中央統一戦線部(統戦部)による在米華僑に対する世論工作指示だろう。実は在米華僑の少なからずがこれまでトランプ支持であった。華人が米国でやっている中小規模のビジネスはトランプ政権になってから利益が上がっているところが多く、トランプの国内政策には好感を持っている。前回の大統領選時点では、中国は華人組織に対しトランプサイドを応援するように指示していた。中国はトランプをただの目先の利益で動くビジネスマンだと、その性格を見誤っていたのだ。

統戦部は伝統的に華僑組織や留学生組織や交流団体、学術団体などを通じて、外国のシンクタンクや企業、メディア、大学などに対して、中国に好都合の世論工作を働きかけてきた。今回、在米華僑組織を通じての世論誘導の方向性は、前回大統領選とは真逆で、トランプの政策がいかに米国の利益を損ねるかという反トランプ世論の形成に動くように指示がでた。

ちなみに米国ではげしく洗脳機関として批判されている孔子学院は統戦部傘下の対米世論工作機関、特に在米華僑の親共産党化を狙った機関だ。

7月11日、対米工作の切り札といわれていた王岐山が動いた。オバマ政権の首席補佐官を務めたこともある初のユダヤ人シカゴ市長、ラーム・エマニュエルと中南海紫光閣で会見した。

この会見の中身はほとんど報道されていないが、メーンテーマは貿易戦争よりも、次の大統領選挙を見据えた民主党陣営への働きかけであると私は見ている。エマニエルの訪中目的は最大手鉄道メーカー中国中車とシカゴ交通局との車両売買13億ドルに上るディールのためだが、予定外に設定された王岐山との突然の会見だった。貿易戦争にもかかわらずこのディールが成立したというアピールをしたかったというのはわかりやすい理由だが、民主党の大票田イリノイ州に影響力のあるエマニュエルやその背後のオバマと共闘してトランプ包囲網をつくろう、という話し合いがなされた、という説が一部で流れた。

ちなみに王岐山は7月12日にテスラCEOのイーロン・マスクと同じ場所で会談している。マスクはテスラが上海に初の米国外工場を独資で作ることになったことを受けの訪中だが、中南海に乗り付けたマスクの赤いテスラの写真が配信されるなど、その中国寄りぶりが話題となった。

マスクはトランプ寄りの経営者とされてきたが、中国はそれを破格の待遇で中国市場に招きいれたのは、やはり分断工作といえる。EV車はトランプ政権が叩きつぶさねばならないと心に決めている「中国製造2025」戦略の柱の事業の一つだが、そのEV車の雄とされるテスラが中国の銀行から巨大融資を受けて、上海に巨大工場を建設するわけだから、当然ホワイトハウスは米国企業なら米国に投資しろ、などとテスラを批判した。

「演説で指摘された高級官僚とは」

王岐山とマスクの例は、ペンス演説で指摘された⾼級官僚や彼らに操縦されている⼯商界のリーダーの関係を象徴的に示すものかもしれない。

こうした統戦部を通じた対米世論工作と同時に、懸念されているのが解放軍サイバー部隊によるネット世論工作、情報取得や情報捜査である。ブルームバーグが報じたところによれば、米大手サーバーメーカーのスーパーマイクロコンピューター(SMCI)が製造したマザーボードに米粒大のスパイチップが発覚し、それは中国の下請け工場で解放軍工作員が仕込んだものであるとして米捜査当局が捜査を進めている。

米中貿易戦争の本質は、こうしたサプライチェーンを利用した中国の米企業への攻撃を防ぐために、グローバルサプライチェーンの環から中国を締め出すことだと考えれば、米国が貿易戦争に妥協点を見出だすつもりもないことは当然かもしれない。

中国は2016年の米大統領選においては、サイバー、ネットワークを利用した選挙介入は実施していない。だが“ロシアの仕事ぶり”を目の当たりにして、その実現を急いでいるという指摘は最近になって信憑性を帯びてきた。ニューヨークタイムズ(10月10日)も「中国はすでに(サイバーによる選挙介入の)戦術も干渉能力もある。中国企業はすでに米政府機関、国防産業および米国民間企業に入り込み諜報活動をしている。

その目的はもともとはチベットや香港、台湾に対する情報収集や情報操作だったが、彼らのターゲットはすでに政治的干渉や混乱を目的としたサイバー攻撃やSNSにおける宣伝工作に移っている」と分析している。

少し脱線して中国のサイバー部隊について説明すると、2013年12月に解放軍軍事科学院が出版する「戦略学」の中で、解放軍と民間ハッカーの編成によるサイバー部隊について公式に認め、その戦略について論じられている。

おそらく解放軍によるサイバー戦争についての戦略論はこれが初出ではないか。それによれば、中国のサイバー部隊とは解放軍、安全部・公安部などの政府機関および民間の自発的サイバー攻撃のパワーを動員、編成、組織化したものであり、主に民間に登場する希少なハッカーエリートをいかに解放軍のサイバー戦力に組み込むかが、中国のサイバー部隊の水準向上の決め手になる、としている。

そのサイバー部隊の戦力数についての数字は出ていないが、報道ベースでは2009年の時点で10万人はくだらないといわれていた。解放軍のサイバー部隊としては61398部隊や61486部隊が海外メディアなどで取り上げられており比較的知られているが、それ以外にも安全部・公安部およびサイバー民兵が解放軍サイバー部隊を中心に連動して活動しているという理解でいいだろう。

このサイバー部隊はもともと総参謀部三部二局傘下や広州軍区傘下にあったが、軍制改革に伴う組織再編成で2015年以降、戦略支援部隊にまとめられているようだ。

「カンボジア選挙への中国介入に危機感」

7月のカンボジア選挙の中国サイバー部隊の介入の可能性について、フィナンシャルタイムズや日経新聞などが報じていたことを思い出せば、ペンス演説の選挙介入への危機はもっともだと思うだろう。

報道によれば、カンボジアの親中派フン・セン政権を勝たせるために、そのライバル政党党首の娘にスパイウィルスを仕込んだメールが送りつけられた。そのウイルスを指揮するサーバーを割り出すと、中国海南省であり、攻撃ソフトの書き込み言語の一部も中国語。

海南省が解放軍サイバー部隊の一つの拠点であることは知られており、中国が関与していると思われている。カンボジアの選挙委員会や諸官庁、野党政治家へのアクセス履歴が盗み出されたという。カンボジア選挙は中国が干渉するまでもなく与党の圧倒的勝利が決まっていたが、カンボジアをサイバー技術による選挙干渉の練習につかっていた、と見られている。

この報道のときは、台湾やASEAN諸国の選挙、あるいは日本の沖縄県知事選挙がターゲットではないか、と取りざたされた。7月に台湾民進党のサイトがハッキングされ、また台湾総統・蔡英文が仏教・道教に対する締め付け強化の政策をとるといった偽情報がSNS上で流され、その情報を信じた寺院による抗議活動が台北で起きた事件もあったので、11月の台湾の統一地方選および2020年の総統選が本丸ではないか、ともいわれた。

だが、トランプやペンスが指摘するように今中国が最も介入したい選挙は、米大統領選であろう。トランプ政権と妥協点を見出すことが絶望的であれば、政権が変わるまで耐え忍ぶしかない。だが中国の経済体力は周囲が思う以上にきわどい所にきており、最悪6年の時間を耐えきれるかというと自信はなかろう。

ただ、中国が世論工作や選挙介入によってトランプ政権を交代させたとしても、果たして米中関係が元のさやに戻れるか、という点は疑問をもつ人は多い。

米中新冷戦はトランプが開戦ののろしを上げたとはいえ、国際政治の大きな流れのなかで避けられる動きではなかった。次の大統領選で民主党政権が誕生しても、この流れが変わることはないかもしれない。

とすると習近平政権に待ち受けているのはかなり絶望的な状況だ。

日本を含む周辺国としては、追いつめられた習政権の暴走を含めてあらゆる衝撃に備える必要がありそうだ。

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