「リーマンショック再来の気配」

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リーマンショック後10年を経て、リーマンショック再来の気配 あとで

2008年の9月15日にリーマンブラザーズが破綻して世界的に金融危機が広がって10年が経つ。政策当局も金融機関も多くのことを学んだはずだ。しかし、世界的な債務の累増、対外不均衡の拡大などリーマンショック当時に戻りつつあるような危うさを感じるのは私だけではあるまい。

世界の中央銀行はインフレターゲットのもとで物価安定を果たしていると自負している。しかし、FRBのパウエル議長が「物価情勢だけ見ていて政策判断していていいのか」と問題提起していたように、物価だけ見て経済情勢が安定しているとは言い難いのが過去の実績だ。最近だけ見ても日本のバブル崩壊、アジア・ロシア危機、サブプライム・リーマンショックなど金融危機がきっかけになって不況に陥っている。

まだ金融危機が差し迫っているとは思っていないのが大勢ではないか。しかし、日米欧の中央銀行がリーマンショック後の景気悪化に直面して採用した非伝統的金融政策、国債の大量買入れなどを通じた量的緩和やマイナス金利の導入で行き場を失ったマネーが世界を徘徊している。日米欧の不動産、株式、債券市場に限らず、少しでも高い利回りを狙って新興国に大量に資本が流出していった。

まず、目に付くのは世界的な不動産ブームである。リーマンショックでは住宅抵当証券の証券化商品(サブプライムローンを原資産としたCDOほか)が危機を招いた。しかし、米国では住宅着工件数がピークの180万戸から09年には55万戸まで急減した。

その後は、持ち直して17年には120万戸にまで回復している。住宅価格が半値になったマイアミやフロリダの不動産価格も過去のピーク水準に戻ってきた。ニューヨークのセントラルパークが眺望できる最上階のペントハウスには1億ドルの値が付いた。

欧州でもパリ、ロンドン、フランクフルトなどの主要都市が、また日本でも東京都心のオフィス、マンションが価値を高めてきた。各国で住宅ローンの税控除などの優遇措置がとられており、それを打ち切るのは選挙での得票にむすびつくという政治的障壁が高いのも一因である。

グリーンスパン元FRB議長が「サブプライム住宅ローンで決して豊かでない人がマイホームを持てるというのは社会政策上意味があると思っていた」と述懐していたのを思い出す。はたして現在の不動産ブームが続くのかどうかは誰も分からないが、注意すべき兆候は起きているというべきであろう。

次に指摘できるのは、中国も含めた新興国の金融面でのユーフォリア、つまり政府、企業ともいつでも信用供与を受けられる、という驕慢な態度が続いて借金漬けとなっていることがあげられる。世界の債務残高のGDP比は220%とリーマンショック前を40%も上回っている。

とくに新興国のドル建て債務は3.7兆ドルとこの10年間で倍増している。アルゼンチン、トルコなどの通貨危機が起きたのも100年債の発行(アルゼンチン)や民間企業の対外債務増大(トルコ)を背景にしており、むしろ当然の帰結ともいえよう。アルゼンチンに対する500億ドルのスタンド・バイ融資などIMF等国際機関のセーフティネットで問題が拡散するのを防ぐ必要があろう。

リーマンショック後、逸早く世界経済を回復軌道に乗せたのは中国の高度成長である。4兆元に及ぶ景気対策で経済が勢いを増した。しかし、この4兆元のかなりの部分が地方政府、国営企業の借入れなどを原資としてきたため、中国の総債務のGDP比は290%まで膨れ上がっている。地方政府、国営企業の過剰設備等の規模の大きさは、当然のことながら銀行の不良資産増大につながっている。

習近平政権もこのままでは金融システムの安定を脅かしかねないという危機感から地方政府のインフラ投資抑制などを指導してきた。不良資産問題が封じ込められているのは共産主義体制の下で、政府によるコントロールが効いているためだ。しかも中国は3兆ドルの外貨準備をもち、他の債務国とは事情が違うという事情も加わり、中国発の金融危機が起きる可能性は低いが、世界第2の大国であるだけに、もし万が一、金融ショックが起きた時の影響は大きい。

ユーロ圏もブレクシットや東欧諸国とEU当局との民主化を巡る対立やイタリアのポピュリズム政権誕生など難問を抱えている。とくにイタリアの不良資産問題とGDP比130%を超える国債累増の下での財政支出増大に踏み切れば、最近2~3年でもっとも広がっているドイツ国債とのスプレッドがさらに急拡大して金融システムが揺らいでしまう。

ユーロ圏の問題はイタリアが典型であるが、金融システム不安に陥って公的資金を注入すれば、財政ポジションがさらに悪化して国債価格が暴落する、大量の国債を保有する金融機関の経営がさらに悪化、という悪循環をたどることである。イタリアなど南欧諸国の金融危機をきっかけにユーロショックが起きる可能性はゼロではない。

米国ではリーマンショックの前後にベアスターンズ、ワコビア、ワシントンミューチュアルなどの経営も行き詰まり、欧州でもドレスナーがコメルツに吸収されRBSが国営化されるなど、金融界は大混乱に陥った。

当然のことながら、監督当局により金融機関の自己資本充実が図られてショックに対する耐性を増したと言われている。自己資本比率(狭義自己資本ベース)は米銀で12.9%、欧州銀行は14.7%と3~6割程度増加している。金融危機が起きてもリーマンショックの時のような連鎖的な信用不安は避けられるとみられている。

しかし、一方でトランプ大統領が登場して金融規制を弾力化の方向に舵を切り替えたのが不安である。さらに景気が順調に回復しているところに、所得税・法人税の大幅減税や海外に据え置かれている企業収益の本国送金(いわゆるレパトリ)、などの需要喚起につながる政策を導入したため景気は過熱気味である。株式市場は活況を呈し続け、不動産取引が沈静化する兆しも見えない。企業債務もエネルギーや不動産業などを中心に積み上がっている。

いつになるかは予見できないものの、減税の効果が一巡し、貿易戦争の影響がじわじわと関税引き上げによる製品価格の上昇を通じて企業や消費者に悪影響を及ぼすかもしれない。何といっても大幅減税により10年間で連邦債務が1兆ドルも膨らむという問題先送りで景気が良くなっている側面を軽視すべきではない。金融市場がどこかでこの問題を深刻にとらえる時がこよう。

バブルの生成・発展・崩壊はいつも違う顔をして現れるのが悩み深いところである。従来のように不動産、株式市場の下落か、はたまたドルファイナンスに問題が生じるのか、地理的に米国、欧州、新興国、中国いずれでもありうる。

従って、多面的に多くの事象を注意深く観察し続けていく以外に防御策はない。

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