「小麦が変えた世界とは」

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国民の食と健康は、国民が守らなくて、誰が守ってくれるのでしょう。
いま目の前に食べ物がたくさんあるから豊かなのではありません。

食の豊かさも安全も安心も、国民が自分たちでしっかりと管理していかなければ、結局は国民がつらい思いをすることになってしまうのです。
農業は国の柱です。

私達はこのことをいまいちど肝に命じて、あらためて国作りをしていかなければならないのではないでしょうか。

英国のトマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus)は、1798年に『人口論』という本を書きました。

その中で彼は、
「人口は、幾何級数的に増加する。一方、食料の生産能力には限界がある。だから人口の増加には一定の限界がある」という論を発表しました。

あたりまえのことですが、人は食べなければ生きていくことができません。
彼は地球上の全耕地面積を調べ、当時の食糧の生産能力から可能な食糧生産高を計算し、そこから地球上で養える人口を割り出したのです。
その答えが「20億人」でした。

ですからそれ以上は食糧生産高が間に合わず、人口は増加しない、と計算したのです。

マルサスが『人口論』を書いたころの地球上の人口は10億人でした。
いまは70億人に達しているのですが、マルサスの予測どおりの20億人に達したとき、何が起こったでしょうか。

答えは第二次世界大戦です。

つまり世界の人口が食料供給量と等しくなったとき、世界で大規模な戦争が起き、人類に大規模な殺し合いが起きています。

では、どうしていまの地球上の人口は、戦後わずか70年で70億、つまり2.5倍に増えたのでしょうか。

その答えが「小麦」です。

人類の基本食糧は、世界三大穀物と呼ばれる、コメ、小麦、トウモロコシですが、小麦から作られる食品といえば、パンやうどんの他、ラーメンやパスタ、マカロニ、餃子の皮、シューマイ、カステラ、ケーキ、天ぷら、トンカツのコロモなどがあります。どれも基本的な食品ばかりです。

人口が多い国といえば、Chinaが思い浮かびますが、そのChinaの戦前の人口は5億でした。
いまや15億に達しています。

戦後、彼らは約3倍に増殖しました。
なぜ増えたのでしょうか。
答えは「小麦」です。

小麦の収量が爆発的に増えたのです。

世界の小麦生産量は、およそ6億トンですが、このうちの1億トンがChinaで生産され、Chinaはそのすべてを自国内で消費しています。輸出はほぼゼロです。

どうしてChinaの小麦の収量が3倍にもなったのかというと、実は日本が関係しています。

明治33年(1900)に起こった義和団事件のあと、日本を含む11カ国は北京議定書によって清国政府から賠償金を得ることになりました。
欧米諸国が、その賠償金を自国の利益のために費消したのに対し、日本はその賠償金をChinaのために使いました。

具体的にどうしたのかというと、北京に「華北産業科学研究所」を設置したのです。

どういう研究所かというと、Chinaの農業振興を目的としました。
まずはChineseたちが安心して食べていかれる環境を整備する。
それは民度を高める第一歩です。

このため「華北産業科学研究所」に、日本は東大、北大、九大などから、とびきり優秀な人材を326名もこの「華北産業科学研究所」に送り込み、Chinaの農業や土壌、羊毛、造林等についての詳しい調査を行いました。

そして昭和13(1938)年には、具体的な農業生産高の向上を図るため、我が国を代表する農学博士の稲塚権次郎博士を「華北産業科学研究所」に送り込んでいます。

飯塚権次郎博士は、明治30(1897)年の富山県城端町の貧しい農家の生まれですが、猛勉強して東京帝國大学農科農学実科を卒業し、秋田県の農事試験場に勤務しました。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
(中略)
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

有名な宮沢賢治の『雨ニモマケズ』ですが、この詩は「冷害に強い品種」として稲塚権次郎博士が開発した稲の「陸羽132号」を宮沢賢治が大絶賛して詠んだ詩です。

「陸羽132号」は冷害に強くて収量が多い品種です。

これをもっと味を良くしようとして権次郎博士が開発したのが「水稲農林一号」です。

これが現在のコシヒカリやササニシキ、秋田小町の親にあたります。

ちなみにKoreanも米を食べますが、禿山ばかりだった朝鮮半島でも人口が増えたのは、日本統治時代にさかんに植林事業が行なわれ、同時に耕地の開拓が行われたことと、稲塚権次郎が開発した農林一号を、朝鮮総督府が半島で必死の普及をしたことによります。

当時の朝鮮総督府は、そのために指導官となり、また自ら農業に従事できる人材を広く日本から集めて、半島各地に入植させました。
そうすることで半島の人々の食糧事情の改善を図ったのです。

これによって朝鮮半島は、日本統治時代に耕作地が2倍になり、1反辺りの収穫量も3倍に増加、Koreanの平均寿命も30年以上伸びることになりました。

これが可能になったのも、稲塚権次郎博士の開発した米の新種が導入されたからです。

人は食べなければ生きていくことができませんから、どこの国においても、農業は国の基幹柱です。

「そんなことはない。金儲けして他国から買ってくれば良いではないか」と漠然と思っている人が最近では増えていますが、これは大きな間違いです。

いついかなるときでも国民が安全に安心して暮らしていくことができるようにしていくのが国家の使命です。
国は、そのための共同体です。

ですからどこの国でもまずは自国民が餓えて死ぬことがないように最善をつくすのです。
凶作や飢饉のとき、当然のことながら外国に回せる食料などありません。
何があっても、まずは自国民が餓えないようにするのがその国の政府の最大の使命です。

このことは食に関する安全対策の面からも重要です。

植物性の食物にせよ、魚を含む動物性の食物にせよ、その国の土壌や食べ物で育っています。
公害だらけで毒性の強い土壌や海で育った動植物には、当然、その毒物が体内にあるわけです。

それを食べれば、自国民がその毒物を摂取することになる。

そんなことで体内に異常が発生したり、あるいは精子に異常が生まれて大事な子孫ができない状況になったらたいへんです。

「いまさえ儲かれば良い」という発想をする人がいますが、我々の祖先が築いてくれた自国は、いまを生きている我々だけのものではなく、我々の子孫のためのものでもあるのです。

秋田から岩手の県農事試験場に移った権次郎は、ここで小麦の研究を始めました。

苦心の末、昭和10(1935)年に「小麦農林10号」を誕生させます。
このことは以前「小麦のお話」でも書かせていただきました。

もともと小麦は、収穫期に高さ1M20cmくらいの大きさに成長します。

これをたくさん収穫するために、15cm間隔くらいに詰めて植えるのですが、そうすると背丈が高い分、地面の養分を大量に吸い上げるため、地味が枯れてしまって、何年かに一度には土地を休耕地にしなければならなくなります。

さらに茎の背が高くて大量の実をつけるから、頭が重い。
このため収穫期に台風などの風害があると、小麦が倒れてしまって収穫できなくなってしまいます。

これらの諸問題を克服したのが「小麦農林10号」で、背が低くて稔りが多く、収量が多いのです。

「小麦農林10号」は背が低くて茎が高さ60cmくらいにしかなりません。

だから、植える時も50cm間隔くらいに植えることが可能で、背が低い分、小麦全体の体積が小さくて、地面を枯らさない。
しかも倒れない。寒さに強い。

そのくせなんと5倍という大量の実を付けます。

Chinaの「華北産業科学研究所」に赴任した稲塚権次郎博士は、この「小麦農林10号」の子供たちをChinaで普及させました。
農業は単に土地に種を蒔けばほっといても収穫できるというような単純なものではありません。

途中で雑草を排除しなくちゃなんないし、変な虫が食わないように、防虫もしなければならないし、水の与え方だって時期に応じたものがあります。

病気や虫の害もある。
土地の改良の問題もあります。

それら諸問題をひとつひとつ丁寧に改善しながら、権次郎博士は、農林10号の子供たちを華北の人々に丁寧に伝授していったのです。
それは支那事変の真っ只中のことでした。

Chinaは古くから、わかりやすくいうと3つの階層によって構成されている社会です。

1つ目は文人層で、もともとは科挙の試験に合格した支配層、もっとわかりやすくいうなら公務員層。

2つ目が商業および農民層で、常に収奪の対象であり、食糧事情の乏しさから常に貧困とともにある層。

3つ目が遊牧民層で、圧倒的な軍事力を持った層です。

1と2は、自分の利益のことしか考えません。
そうでなければ生き残ることができないからです。
3は、自力で食えますから、基本的には1と2の層が織りなす諸問題には無関心です。

そして1と2の対立が織りなす社会的ストレスがピークになったとき、3が1と2のどちらに味方するかで、大きな政変である易姓革命が起きます。

それがChinaの歴史です。

つまり問題の本質は、圧倒的多数の人口を擁する2の商業および農民層が「食えない」ことに、Chinaの抱える最大の問題があったわけです。

食えれば争いの必要は薄まるし、自分の利益だけでなく他人の利益・・つまり公益を考える心のゆとりも生まれます。

そのためには、Chinaで農業を振興し、彼らが「食える」状態に一日もはやくしてあげること。

そのために日本が設置した華北産業科学研究所の使命は大きかったし、またそのために稲塚権次郎博士も、真剣に取り組んでいたわけです。

やがて大東亜戦争が起こり、昭和20年8月、戦争が終わりました。
日本は海外にあったすべての権益を放棄し、駐屯していた日本人たちも次々に日本に帰国しました。

広大な研究用農地を持つ華北産業科学研究所も、まるごとChinaに引き渡されることになりました。
このとき金陵大学で小麦の育種をしていた沈宗瀚博士は、施設の接収に来た際に次のように言いました。

「非常にいいものを作ってもらった。私も方々歩いたけれども、こんな立派な試験場は見たことがない。ほんとうにいいものをつくってもらった。
あなた方が許すことなら長くここに残って、この仕事を継続してもらいたい。」

結局、稲塚権次郎博士は、China当局に徴用されて、終戦後も2年間研究所に残って指導を続けました。
帰国したのは昭和22年です。

こうしてChinaの小麦の収量は、あっという間に3倍に成長しました。
Chineseの主食は、小麦です。

ラーメンも、餃子も、中華饅頭も、小麦が原料です。

おかげでChineseは、腹いっぱい飯が食えるようになり、食料がある分、人口も増えました。

当時、5億人だったChinaの人口が、いまの15億人に増えたのは、大局的にみれば、Chinaで生産される小麦の収量が増えたからです。

そしてその小麦は、日本の稲塚権次郎が開発した小麦の子供たちです。
このことは、現在Chinaで栽培されている小麦のDNAを調べれば明らかなことです。

さらにいま世界で栽培されている小麦も「農林10号」の子供たちです。
戦後、GHQが日本にやってきて、日本の農業試験場から根こそぎ小麦の種を持ち帰りました。

それが米国で栽培され、インドで大飢饉が起きたとき、この小麦で億の民の人命を救い、奇跡の小麦と呼ばれて、種子の交付の中心となった博士はノーベル賞をもらいました。

そしてインドはいま13億の人口を擁しています。
終戦時の頃の人口が4億人です。
やはり人口が3倍に増えています。
その原因は、Chinaと同じ「農林10号」です。

人間にとって、何が悲しいといって、我が子の死、家族の死ほどつらいものはありません。
ましてやそれが餓死とあっては、それこそ死んでも死にきれない。
生きるための食料の確保は、それだけ深刻かつ真剣な問題なのです。

ではその後の日本はどうなたのでしょうか。

昭和30〜40年代には、田んぼは冬には麦畑に変わりました。
年配の方なら、冬に麦踏みをされたご記憶の方も多いかと思います。
けれど現在、日本の田畑で麦畑を見ることは、なかなかありません。
冬場の田んぼも、いまではすっかり休耕地になっています。

その一方で日本は世界でも有数の小麦消費国です。
ところがその小麦は、収穫時の実の状態での販売はできないこととされています。

粉末にしたものしか国民には見せてはいけないのです。

そして国内で消費される小麦の、実に85%は輸入小麦です。
輸入先はおよそ、米国60%、カナダとオーストラリアが20%で、要するに先の大戦の戦勝国からです。

そしてすべての輸入小麦は日本国政府が外国から買い上げて、国内の製粉業者に売り渡すこととされています。

さらに近年では、国内で栽培する小麦(これは小麦に限らずすべての穀物や野菜も同じですが)の種子は、農家が自家栽培のものを使ってはならず、すべて外国産のものを米国から輸入する方向で政府間交渉が進められています。

そしてその小麦は、もとをたどせば、日本で開発された小麦です。
小麦のDNAを調べれば、それは明らかなことです。

食の安全は、国民の共同体の代表である国がしっかりと保持していかなければ、結果として、国民の健康が阻害され、ひとたび凶作にでもなれば、またたくまに国民に餓死者が続発することになってしまいます。

なんとなれば、国家という共同体は、そもそも国民みんなが飢えることがないように組織されたものといえるくらいです。

国民の食と健康は、国民が守らなくて、誰が守ってくれるのでしょう。
いま目の前に食べ物がたくさんあるから豊かなのではありません。

食の豊かさも安全も安心も、国民が自分たちでしっかりと管理していかなければ、結局は国民がつらい思いをすることになってしまうのです。

だから昔の武士は新米を食べれませんでした。
俸禄米も知行米も、新米は万一の飢饉のときの村人たちのためにとっておくのです。

そして古古米となったものから食べました。
民こそが「おほみたから」。

この概念は、日本社会にとって、まさに血肉となる基礎中の基礎だからです。

農業は国の柱です。

私達はこのことをいまいちど肝に命じて、あらためて国作りをしていかなければならないのではないでしょうか。

ねずさん

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