「中国の野望」

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中国の野望「一帯一路」はこんなに危険

俵 一郎:経済着眼 (国際金融専門家)
 
中国の習近平国家主席は、同国が提唱する「一帯一路」を今世紀最大のプロジェクト、グローバリゼーションの黄金時代を切り拓くもの、と自画自賛している。国際的にはBelt and Road Initiative(BRI)と呼ばれる同プロジェクトには、中国がピックアップした78か国もの国が参画している。

投資規模は1兆ドルという者もいれば、最大8兆ドルに達するとの予測もあるほど、広範囲に散らばり、全く不確定である。BRIがインフラ整備等で大きな役割を果たすプラス面を否定するものではない。

しかし、注意を要する側面も多いことが次第にわかってきた。マレーシアのマハティール首相が8月下旬に訪中して中国との共同プロジェクトの中止を表明したのはその好例であろう。

マレーシアのナジブ前首相時代に締結された700キロに及ぶ高速鉄道とパイプライン敷設、総額230億ドルの共同プロジェクトの中止である。

マハティール首相は、北京で中国首脳部にマレーシアの財政事情が許さない、として中止に理解を求めた。同時に中国の戦略の脅威をもっともよく知る政治家である93歳の老首相は「中国の新植民地主義」に懸念を表明するなど、中国の政治勢力拡大も牽制した。

当然、これもプロジェクト中止の大きな要因である。この決断は正しいと思う。その理由を述べたい。

まず、第一には、いまや世界が懸念を有する中国の高水準の債務問題が海外に拡散される恐れが強いことだ。

BRIに基づく多額の投資が展開されたパキスタン、スリランカ、ラオス、モンテネグロなどでは中国から融資を受けた大規模プロジェクトの債務返済に大きな疑問が投げられるに至っている。

そもそも当該プロジェクトの採算性、継続性が問われているからだ。

元々、ムーディーズの格付けでは78か国の中央値はBa2とジャンク債に相当するようなリスクの高い国が多い。例えばパキスタンでは総事業規模620億ドルとBRIでも最大の事業規模に達している。

中国からの資本財などの多額の輸入代金支払いと借り入れ資金返済で、外貨準備が約100億ドルと来年には底をつく見込みだ。このため、IMFに融資支援を求めた。

ラオスも中国―ラオス間の鉄道建設費用が同国GDPの1/2弱に相当する。モンテネグロでも中国からGDPの1/4に相当する約8億ユーロを借り入れて高速道路を建設中である。債務残高のGDP比は現在の4倍程度に達するためムーディ-ズでは格下げを発表した。

中国からの借入れは決して無償ないし優遇融資などのチャリティーではない。米国のある大学研究所による試算では2000年から14年間にわたる中国の対外貸付は3,540億ドル(約40兆円)にのぼるが、7割以上が通常の商業貸出と同水準の金利を取っている。

先般、ラガルドIMF専務理事がBRIにかかる開発途上国の債務累増に警鐘を鳴らして「BRIは真に必要なものに限るべきだ」と力説した。プロジェクトの採算と債務の適切なコントロールに欠く関係国に危惧を抱いたためである。

あるシンクタンクの試算では、1,814に及ぶBRIプロジェクトのうち、270プロジェクト、金額ベースでは約3割が中国流の労働管理に対する現場の反発、工事の大幅遅延、国家安全保障上の懸念などで問題を起こしている。トラブルが頻発すれば、中国自身にも跳ね返ってくる。

つまり、BRIに参画している中国の大手国営企業は国内事業に専念している国営企業の約4倍の借入金/売上高比率となっている。大手建設メーカーのEBITDA(金利・税金・償却前利益)は9.2倍(平均は6~7倍程度)と過剰債務を背負っている。

それでも、国営企業は共産党に忠実であり、国家目標達成を最優先する。政治家もBRIが拡大していくことに目を奪われて国営企業の債務比率の悪化に気を留めない。

このままではBRIにかかわる国営企業のレバレッジが一段と拡大して不良資産化が避けられなくなる。

これを防ごうとすれば、国営企業がBRIプロジェクト資金を強引に回収する挙に出るのは必至である。何ということはない、工事遅延、途中キャンセルなどが相次げば、中国の債務問題が海外に拡散するという皮肉な結果をもたらすことになる。

第二には習近平国家主席がBRIを、戦後欧州経済を復興に導いた米国のマーシャルプランの中国版と喧伝しているが、実態は中国の経済・外交・軍事上のメリットを最優先にした内容となっていることだ。

もっと端的に言えば、BRIは中国の軍事支配力の強化に結びつき、関係国のみならず、世界の安全保障を脅かすことになりかねない。また習近平政権は、欧米諸国の独壇場であった国際的なルール作りに中国が割り込んで自らがルール・メーカーとなることも目指している。

口の悪い向きは「中国は再び歴代中国王朝のように周辺国を朝貢国とさせたいのだ」と解説しているほどだ。

BRIについては当初から「中国が2009年の世界金融危機後に採用した4兆元の景気対策の結果、過剰設備に陥った鉄鋼、セメントなどを消化させることが狙いだ」といったうがった見方があった。

ちなみに中国政府が後押しして資金供与した場合、工事契約企業の9割が中国企業で占められている。ADB(アジア開銀)やEBRD(欧州復興銀行)などの国際金融機関であれば3~4割が現地企業となっているのと対照的である。中国の国益優先の姿勢があからさまである。

また中国は13年前に人民解放軍が練った「真珠の首飾り」と呼ばれる要衝にある軍事拠点を太平洋、インド洋、紅海に至るまで展開して制海権を握る壮大な構想を持っている。

南シナ海に人工島を建設して軍港、滑走路を建設したのもこの構想の一環とみられる。BRIのうち「海のシルクロード」は貿易・物流を盛んにするためのインフラ整備という名目であるが、地図上でマッピングすると、「真珠の首飾り」に驚くほど酷似している。

言うまでもなく軍事面での要所を押さえることにも狙いがあるためだ。海のシルクロードは広範囲にわたっており、オーストラリアの東の洋上、1900キロに浮かぶバヌアツまで中国輸銀の低利融資を供与しているほどだ。

中国が支配力を広げた有名な事例はスリランカだ。中国が建設したバンバントタ港の建設資金をスリランカ側が返済できずに昨年、中国に99年間にわたって運営権を移譲した。

さらに友好関係にあるジンバブエには中国海軍が寄港するようになった。ヨーロッパに目を転じても、ギリシャ金融危機の際に、民営化の一環としてピレウス港を中国海運最大手のコスコに67%の出資を認めた。地中海の海運の要衝をも中国が押さえることになった。

さらにミャンマーではベンガル湾に臨むチャウピューの経済特区に73億ドルをかけて深海港を建設した。中国国営コングロマリットであるCITICが70%を出資して50年にわたり港の運営権を握った。

中国はここに本国に通じる石油・ガスパイプラインを敷設して将来的には全輸入量の1割をこのルートで賄う計画だ。いざ戦争となった場合も、マラッカ海峡をバイパスして、中東から輸入した石油、天然ガスの積み下ろしができる。ベンガル湾の軍事的要衝を中国が押さえた意味は大きい。

BRIにおいて鉄道、道路といったモノの建設だけに注目していてはいけない。BRIで中国企業が海外展開を推し進める背景には、中国企業が高度成長の間に高速鉄道、高速道路、原子力発電などの分野でため込んだノウハウを輸出する段階にきていたという面も大きい。

中国は大きな意味ではBRIで進出した諸国に対して、高速鉄道、通信コードからサイバー攻撃防御ソフト、決済方法に至るまで中国方式に合わせるように仕掛けている。これまで欧米諸国が独占してきた標準ルール作りに中国が挑戦しているともいえる。

インターネットのG5技術やスマホ決済のシステムなどの分野で世界最先端に躍り出た現在の中国であれば可能かもしれない。ちなみにユニオン・ペイ(銀聯カード)ではBRIでのアフリカ進出に合わせてアフリカでのカード決済の取り込みやデビットカード市場の取り込みに成功している。

このように中国のBRIは、関係国のインフラ整備などに資する一方で、投資の効率性やキャッシュフロー管理に甘くて行き詰まることが多い。

また中国は、相手国が支払い不能になった場合の運営権占有など外交・軍事上も自国に有利に働くように契約していることも多い。

欧米、日本などはIMFラガルド専務理事同様に必要最小限のプロジェクトに絞るなど時宜に応じたアドバイスを友好国に行っていく必要があろう。

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