「医師が胃がん検診でバリウムを飲まない理由」

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胃がんの死亡者数が減少傾向にある要因は、バリウム検査にもあるようです 

先日ある講演会で「日本人のがんによる死亡者数は年々減っている」とお話ししたところ、何人もの方がけげんそうな表情を浮かべていました。恐らくその方々は「高齢化社会の日本では、がんの罹患(りかん)者数(発生数)も死亡数も年々増えている」という事実をご存じで、私の話に矛盾を感じたのだと思います。
 
確かに、一般的ながんは高齢になればなるほど発症率が増え、高齢化が進む日本では、がんの罹患者数も死亡者数も増加傾向にあります。

さらに、他の先進国と比べて日本はがん患者の増え方が大きい、という報告もあることから、日本の医療レベルが他の先進国よりも低いのでは、と憂える方もおられます。
 
がんの死亡者数が実際は増えているのに私が冒頭のように説明したのは、このような方々に「日本の医療レベルは低くない、医療環境は決して悪くない」ということを言いたくてホラを吹いたからではありません。

病気の発生状況を正確に評価するための統計処理をすると、確かにがんの発症数も死亡数も減っているから、このように申し上げただけなのです。
「年齢調整」をすると、日本でもがんは制御されつつある 
 
病気の発生やそれによる死亡の状態について、地域比較や年次比較が正確にできるように「年齢調整」という統計処理法があります。

これは、地域や年度によって異なる人口構成に影響されないように、基準人口構成に当てはめて病気の発症数や死亡者数を計算する方法です。医療水準の実態を公正に捉えるため、地域差や年度差が見られる人口分布を、基準として決められた人口構成に無理やり当てはめて分析するのです。
 
このような年齢調整を行うと、ほとんどのがんで死亡数は年々減っています。膵臓がんを代表とする難治がんは当てはまりませんが、多くのがんは制御されつつあるのです。
 
年齢調整を行わずに死亡者数だけを見ると、確かにほとんどのがんでその数は増えています。しかし、それは高齢化社会の1つの現象を捉えただけであって、医療水準を正確に反映したものではないのです。
 
ただ、胃がんだけは、この年齢調整を行わなくても年々死亡者数は減っています。それはなぜなのでしょう。

胃がんでの死亡者が減ったのは、胃バリウム検査のおかげ?

日本人にとって“がん”と言えば“胃がん”を指す時代がありました。現代において「がん検診」=「胃がん検診」と考える方はさすがにいないと思いますが、命を落とすがんの最たるものが胃がんであると考える方は今でも少なくないでしょう。
 
会社検診や公的検診の中で「胃バリウム検査」はしばしばルーティンで実施されます。

数ある検査項目の中で胃バリウム検査は体への負担が大きいのですが、検診の主役として位置付けられることが少なくありません。このことは、胃がん検診が昔から最も注力されてきたがん検診の1つであることを示唆しています。

このおかげで胃がんは早期発見治療が可能となり、年齢調整後の死亡者数は言うまでもなく、年齢調整されていない死亡者数も減り始めたと言っても過言ではないのかもしれません。
 
実際に、胃がんによる死亡数は昨今減少傾向にあります。胃がんで命を落とす方は年間4万5000人程度と肺がんに次いで第2位ですが、1970年以降男女とも胃がんの死亡者数は確実に減っています。
 
一方で、胃がんの罹患者数は着実に増えていて、現在年間13万人を超える方が胃がんを発症しています。罹患者数が増えているのにそれによる死亡者数が減っているのは、胃がんが早期発見と早期治療の点で他のがんに比べて特に進んでいるから、すなわち胃バリウム検査が普及したから、と言えるのでしょう。

ただし、医師はバリウムを飲まない
 
しかし、これはあまり知られていないかもしれませんが、医師が自分の胃がん検診を行う際に、バリウム検査は選択しません。胃・食道・十二指腸で構成される上部消化管の検査を行う目的であれば、医師が自らに課すのは、胃カメラ(胃内視鏡検査=上部消化管内視鏡検査)です。
 
胃内視鏡検査が登場する前には、早期胃がんを発見する方法として胃バリウム検査は非常に重宝されていました。バリウムを飲んだあと、発泡剤により胃の中にガスをためてレントゲン撮影を行うのが、胃バリウム検査です。胃透視検査とも呼ばれ、より正確には上部消化管造影検査と表現されます。

極めて早期の胃がんは、バリウム検査では発見が困難
 
バリウムはレントゲンを透過しません。レントゲン撮影するとバリウムの部分は白く写ります。胃がんのほとんどは胃の内面の粘膜から発生して凹凸を作るため、バリウムが付着して胃の粘膜面が崩れると、レントゲン撮影によりその部分が不整な白い部分として捉えられるのです。

胃内視鏡検査が普及するまでは、このバリウム検査は胃がんの検出法として画期的な検査法でした。
 
ところが、極めて早期の胃がんは、粘膜面に明らかな凹凸を作らないことがしばしばあり、バリウム検査では発見が困難です。

また、検査のために飲み込んだバリウムにより便秘になってしまうことがあります。そもそも便秘がちの方やご高齢で消化管の機能が弱っている方などは、飲んだバリウムが排泄されずに腸閉塞を来してしまうことがあります。また、バリウム検査ではある程度の放射線被ばくも避けられません。
 
その点、胃内視鏡検査は、バリウムを飲む負担や放射線被ばくのリスクがありません。何よりも粘膜の不整がごく軽度の早期胃がんの発見も可能です。検査の際に組織採取もできるので確定診断が得られます。バリウム検査で病変が疑われたら精密検査として胃内視鏡検査を受けなければいけないのは診断を確定するためでもあります。
 
ただし、胃内視鏡検査は、相応の太さの管(内視鏡)を検査中にずっと飲み込んだままなので、検査中に痛みや呼吸苦などを伴うことがあります。また、消化器の専門医など限られた医師が実施するため大衆検診には向かないと考えられていました。

ところが、最近は、飲み込む際の苦痛を軽減するために、口からではなく鼻から挿入できる経鼻内視鏡が普及してより身近な検査になっています。さらに、検査中に適切な麻酔薬を用いて眠ったまま内視鏡検査を受けられる方法も選択できるようになりました。
 
かつては「内視鏡検査を受けるくらいなら(苦痛極まりないので)死んだほうがましだ」というような声を患者さん方から耳にすることがありましたが、これらの技術を用いれば、内視鏡検査は何ら苦痛なく実施することができます。

内視鏡検査を受けた方々が発する声は、今では「これなら何度でも内視鏡検査を受けられる」に変化してきたのです。
 
2016年には厚労省の指針が改定され、胃がん検診として胃バリウム検査に代わりに胃内視鏡検査が選択できるようになっています。
 
このことからもわかるように、近年の胃がんによる死亡者の減少は、胃内視鏡検査などの胃がん健診技術の進歩と切っても切り離せない関係にあると言っていいでしょう。

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