「毛沢東になれなかった習近平」

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今回も中国のことを書いてみたいと思います。

中国人の正体を解説するために、中国人と関わった初期に戻って中国人の
常識ハズレの本質と中国社会の闇の病根を暴いて見たいと思います。

私が中国に進出したのは1989年6月4日(日曜日)の天安門事件の後
1,989年の8月でした。それまで大手商社Mを通じて当社の商品を製造していましたが、天安門事件をきっかけに商品が全く入らなくなってしまいました。商社の担当者が会社の指示で危険だから出張禁止になってしまったからです。

天安門事件とは、胡耀邦元党総書記の死をきっかけとして、北京市にある
天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力で鎮圧、多数の死傷者を出した事件です。

当時M商社は北京のホテルの中二階の事務所専用の1室に常駐の担当者一人と、時々やってくる上司と中国人のローカルスタッフ4~5名でやっていました。

日本に帰国した担当者に「いったい何時になったら商品が入ってくるのか」と聞きましたら1年後か、あるいは永久に中国に行けないかもしれないという無責任な返事でした。

致し方なく、我が社自ら中国と取引しなければならなくなりました。しかし中小企業の悲哀で貿易の仕組みが全くわからない。そこで私は、経験者を雇用するより自分で勉強をしようと思って貿易関連の本を数冊買いました。

結局その中の「貿易取引、マンガと図解で入門」という本が一番解りやすく私の知能レベルにあっていました。残りの数冊は1ページも見ませんでした。

結局、本の解説とは関係なく、銀行さんの指導と乙仲の指示で簡単に貿易
業務が出来、その後一切苦労はしませんでした。

商社に全てをおまかせしていた時の商品20%は不良品で、ときには50%
以上も捨てなければいけないこともありました。商社から入ってくる値段は日本の相場の約半値ですが、実際直取引すれば平均の十分の一くらいで、時には二十分の1くらいで入ってきます。商社が半分捨てても利益がたっぷり出ることがわかり仰天しました。

前説はこれくらいにして本題に入っていきたいと思います。

なぜ習近平は毛沢東になりたかったのか?を分析してみます。

何年くらい前か記憶は定かではありませんが、当時タクシーに乗りますと
多くの車に毛沢東の肖像画を車内にぶら下げていました。

中国人民を数十年にわたって絶対的に支配し、二十世紀の指導者の誰よりもダントツに多い7000万有余という数の国民を平時に置いて死に追いやった残虐非道な人物の肖像画を社内にぶら下げるという感覚がまず理解できない

つまり中国国民は毛沢東のことを全く何も知らないから英雄扱いすることが出来たのだと思っていましたが・・・当時、彼の恐怖支配を経験したも
は「誰もが恐怖に震え上がった」といっています。

そして毛沢東は法律を完全に無視して、支配下の人民は法の保護を完全に
剥奪されていました。法のない世界とは正義が全く通用しなくて、毛沢東の冷酷非情な指示だけが通用する世界です。

例えば山東省で恐怖が充分行き渡らなったと感じた毛沢東は拷問や処刑を公開で大量に行うよう命じました。しかし山東省の党組織が人民が単に反
的だというだけで処刑することに遠慮気味に少し反対しました。

途端にこの党組織はまとめて粛清されました。このように山東省を上から下まで震えあがらせた恐怖の上に支配しました。

共産党支配下の中国各地で、身の毛もよだつ壮絶な虐待が行われた。ある
女性の党職員が集会の様子によると「4人が手首を縛られて横一列に四本のロープで吊るされ村の「老若男女、子供までが」この光景を見学させられた。

みんな見ていられなくて、下を向いていましたが、見ることを強制されたのです。逆らえば、自分がひどい目に遭うだけです。こうした見せしめは、人々の記憶に何十年たっても思い出すたびに身震いするほどの強烈な恐怖を焼き付けた。(誰も知らなかった毛沢東マオ、ユン・チアン著より)

このように胸が悪くなるような拷問や処刑を公開で大量に行うように命じた。誰もが恐怖に震え上がった。その結果、毛沢東が兵役、強制労働、食料をはじめとして目標達成に必要なものをどれだけ要求しようと農民はほとんど抵抗しなくなった。

毛沢東は人民を組織的に恐怖で弾圧し、将来にわたって服従を叩き込む政策を実行していました。

毛沢東は恐怖が人々の心に深く浸透するのを見届けてから、暴力中止を命じた。中止を命ずるにあたって、毛沢東は党の残虐行為を初めて知ったように装い、残虐行為を批判する報告書を配布しています。

毛沢東の人間離れした残虐行為を知っている人民と、あまり知らない人民の差の比率は私は知らない。しかし習近平を筆頭に党の幹部たちは毛沢東の罪の深さをよく知っている。それ故文革を歴史のタブーとして研究や批判を行う事を禁じています。

習近平は民衆の不満をそらして、民心を掌握し、独裁体制を堅持するために民族主義を利用して国民の感情を煽り、国内における不満を国外へとそらし発散させる。そして共産党幹部たちには、毛沢東の手法を用いて失脚の恐怖を煽り反逆の意思を萎えさした。

習近平は毛沢東の凶暴性を手本に人民と共産党幹部たちを支配しようとした。

しかし中国共産党の暴政がこのまま続いていくとは考えられない。

いつの日か、中国は人心の分裂、そしてより大きな領土の分裂がおこり、
中国の崩壊がはじまる。汚職や違法行為が党の指導体制を蝕んでいます
習近平は、何をどうしたらいいやら、分かっていない。

この国の社会秩序は崩れつつある。中国人は未来を求めて走り出した。人民はいまや動き始めている。彼らが求めるものにたどり着くには、また多くの血が流れる。

毛沢東は、小さな火も広野を焼き尽くすと述べた。平和的な改革はこの国の人々には合わない。なぜなら共産党は力ずくでしか退かないという姿勢を世界に示してきた。

この国の大混乱、大虐殺が訪れても、もう誰も驚かない。

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