「知られざる不公平」

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官僚が親を入れたがる特養の「知られざる不公平」
特養に入りづらい人たちの理由

特養はいま、余っている

社会が急速に変化し、かつての常識は通用しなくなっているが、特別養護老人ホーム(特養)をとりまく環境も近年、大きく様変わりしている。

特養は、常時介護が必要な高齢者向け(原則、要介護3以上)の公的な介護施設で、社会福祉法人が運営する。最盛期には約52万人もの待機者が全国で列をなしていたが、いまや各地で定員割れが目立つようになっている。

今年3月には、埼玉県議会が特養の建設を一部凍結する異例の決議をして話題になった。

「空床があるにもかかわらず、いたずらに特養を増設する計画を立てても介護保険料の上昇を招くことになりかねない。エビデンスに基づいた計画を策定し、執行することを強く求める」

もともと、埼玉県は2018年度からの3年間で特養を3679床増やす計画を立てていたが、県所管の施設で533床の空きがあることが明らかになったからだ(2017年2月時点)。介護職員を確保できないのが主な理由だという。

さいたま市内の特養経営者は、厳しい事情をこう説明する。

「求人募集の広告を出しても問い合わせすらない。やっとの思いで職員を採用できたとしても、『人間関係がうまくいかない』と数人が連れ立って辞めてしまうこともある。給与など待遇のいいところを求めて、施設を転々とする職員も少なくありません」

介護職員と入居者の獲得競争が激化

独立行政法人「福祉医療機構」は先ごろ、全国にある特養の6割超が人材不足に直面し、そのうちの12.4%が利用者の受け入れを制限しているという調査結果を明らかにしたばかり。施設をつくっても、肝心の担い手がいないので入居者にベッドを提供できない状態が続いているのだ。

そのうえ、民間の老人ホームによる台頭も、追い打ちをかける。

厚生労働省の調べによると、有料老人ホームは全国約48万8000床(2017年6月末現在)に急増。さらに、国からの建設費補助を追い風にサービス付き高齢者向け住宅も増えており、すでに全国23万3000床(戸)に達している。

いずれも特養と並ぶ要介護者の受け皿で、両者を足し合わせると計72万1000床にも上る。特養のベッド数(約59万床)をはるかに上回っており、介護職員のみならず、入居者の獲得をめぐる競争も激化しているのだ。

「もう他の施設に入っているので結構です」

最近は、特養が入居待機者に連絡しても、こう断られる例が増えているのだという。

民間は広告宣伝などアピール力が高く、受け入れもスピーディなので使い勝手がいい。そもそも入居待機者のなかには、「いまは必要ないが、いざというときのため」といった〝お守り的〟な申し込みも含まれる。待機者リストの数十番目でようやく入居候補者が見つかる例も少なくないそうだ。

それなのに自治体の多くは、いまだに「待機者がいるから」という理由で特養をどんどんつくり続けるので、施設がだぶつき気味だ。

公務員が親を入れたがる理由

「特養=安い」は昔の話

筆者と月刊誌『中央公論』が全国でも人口の多い120自治体を対象に、今年3月末時点で、中重度の「要介護3~5」の認定者に特養や民間の老人ホーム全体のベッド数がどれだけ供給されているか調査したところ、なんと平均93%だった。

つまり、希望すれば、ほぼどこかの施設に入れる状態だ。国は在宅介護を
推進しているはずなのに、実態は施設が中心となっている。

全国トップの旭川市は認定者の約1.59倍ものベッドがあった。政令指定都市と中核市のうち、認定者を上回るベッド数が供給されていたのは4割超にも上る。さいたま市は約1.27倍だった。

これでは特養に定員割れが起きるのも当たり前だろう。

埼玉県内の施設では入居者を探すため、隣接する東京23区内の病院や地域包括支援センターなどに営業に出向いているという。県は1床あたり300万円の補助金を投じて特養を整備しているが、都民のために県民の税金が使われているようなものだ。

埼玉県議会は7月初旬、新設する施設に介護職員の採用計画を提出させるなどの条件を付けて特養の増床計画の凍結を解除したが、県の最新調査によると、空床は648床(2018年4月に中核市となった川口市を含む)と前回調査よりも2割程度増えた。このままでは状況がさらに悪化しかねない。

その反面、低所得者が入りづらくなっている実態は見過ごせない。

「特養=安い」は昔の話で、いまは月約14万~15万円かかるのが一般的だ。入居一時金こそいらないが、民間の老人ホームと変わらなくなっている。なかには月20万円程度かかる例もあるくらいだ。

なぜなのか。

低所得者が特養に入りづらい理由

かつては「多床室」(4人部屋)が主流だったが、2003年度から厚労省は新設の特養を「ユニット型」と呼ばれる個室を基本としたので、10人程度を単位に共用のリビングを設けなければならなくなった。

その分、建設費が嵩み、入居者が負担する費用に跳ね返っているからだ。特養の居室の7割超をユニット型が占める。

もちろん、低所得者(住民税非課税世帯)には費用の軽減策(補足給付)があるが、施設にとっては一般所得者に入ってもらったほうが収入が増えるので有り難い。

下の図は特養入居者の所得段階別の割合を示したものだが、2013年9月末には16.6%だった一般所得者(円グラフにおける第4段階)が、2016年9月末には25.9%に上昇している。およそ入居者4人に一人の割合だ。

*厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」のデータを筆者が集計
注:入居者が住民税非課税でも、配偶者が課税されていたり、単身で1000万円超、夫婦で2000万円超の預貯金がある場合は、第4段階となる。

ユニット型は平均的な有料老人ホームと比べて豪華で、なかには床に大理石を用いているところもある。ゆとりのある所得層にとっては、おトクな施設と言える。

さらに、一般には知られていないが、ケアの面でも有利になっている。
公務員が親を入居させたがるのも納得

特養は入居者3人に対して、介護職員を常勤換算で一人配置する「3対1」が人員基準となっているが、ユニット型はそれに加えて、入居者10人ごとに日中、常時一人以上の介護職員を置かなければならない。

きめの細かいケアを提供するためで、夜間は入居者20人ごとに介護職員が一人付く。そのため、実際には「1.5対1」程度の職員が必要で、多床室や民間の老人ホームと比べてかなり手厚い。厚生労働官僚などお役人が親を入居させたがるのも頷ける。

ただ、人材が不足するなか、施設にとってはより多くの介護職員を必要とするので重荷になっているのも確かだ。やむなく高い費用を払って人材派遣会社を頼らざるを得ないので、収支も悪化している。特養の3割が赤字に陥っているというデータもあるくらいだ。

民間の老人ホームが急増するなか、個室はともかく、特養だけに手厚いユニット型を求める理由はもはや見当たらない。

低所得者が入りづらくなっているだけでなく、生活保護受給者が入居できないというのも不公平だろう。

特養を運営する社会福祉法人にはあらゆる税金の支払いが免除されているが、その役割を改めて見直すべきだろう。

この先もしばらくは介護ニーズの増加が見込まれるが、民間の動向や足下の需要を踏まえながら、施設を計画的に整備することも必要である。

待機者がいるからといって、多額の公金を投じてやみくもに特養をつくり続けるだけでは、人材不足に拍車がかかるだけで、既存施設の存続さえ危うくしかねない。

このままでは、約800万人いるとされる団塊世代が75歳以上となる2025年まで持ちこたえられそうにないことを、政府も自治体も自覚すべきである。

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