「拉致は解決済み」

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「拉致は解決済み」を主張する北朝鮮の真意はどこにあるか

中国を訪問した北朝鮮の金正恩委員長 Photo:朝鮮労働新聞HPより

朝鮮半島をめぐる関係国の首脳外交で最後に残った日朝首脳会談に向けて動きが始まっている。
 
安倍晋三首相は6月12日の米朝首脳会談の結果を受け、早期に日朝首脳会談を実現するよう関係当局に指示した。最大の懸案である拉致問題について、金正恩朝鮮労働党委員長は米朝首脳会談で「日本人拉致問題は解決済み」との従来の姿勢を示さず、日本と対話する考えを示していた。正恩氏は4月27日の南北首脳会談でも同じ姿勢を示している。
 
だが一方、ラヂオプレスによれば、北朝鮮の国営ラジオ平壌放送は15日夜、日本人拉致問題に触れて、「日本はすでに解決された拉致問題を引き続き持ち出し、自らの利益を得ようと画策した」と伝えた。日本政府の対応について「無謀な北朝鮮強硬政策にしがみついている」とも主張した。

朝鮮中央通信も5月13日に「拉致は解決済み」と主張していた。
 
この食い違いをどう理解すればいいのだろうか。すでに日朝首脳会談の前哨戦が始まっていると見るべきだろう。

経済立て直しに日本の資金が必要不可欠

日本に兆円規模の支援を期待?
インフラ整備に資金必要な北朝鮮

北朝鮮側の思惑はどこにあるのか。

北朝鮮関係筋の1人は「北朝鮮として、経済的な利益は日本、中国、韓国から得たいと考えている。日本と対話を拒む考えはないというのが、正恩氏が示した基本的立場だ」と語る。

北朝鮮は、1965年に日韓の国交が正常化した際に韓国が受け取った経済支援などを参考に、日朝国交正常化が実現すれば、100億~200億ドル(約1兆1000億~2兆2000億円)の経済支援が見込めると計算しているとされる。
 
韓国金融委員会が2014年に発表した資料によれば、北朝鮮の鉄道や道路、電力などの主なインフラ整備に約1400億ドル(約15兆4000億円)が必要とされる。北朝鮮の経済立て直しに日本から得られる資金は必要不可欠ともいえる。
 
このことは、核開発と経済発展の「並進」路線から経済発展重視への転換が鮮明にされた今年3月ごろから、朝鮮労働党の幹部を対象にした講演会やその際の参考資料などでも触れられ、「米朝首脳会談が終われば、次は日朝首脳会談」という方向が示されている。

拉致問題は原則論から始めて
日本の政策転換を引き出す狙い?
 
一方で、拉致問題解決で北朝鮮側が考えるシナリオは見えていない。
 
日朝は最近では、2016年秋ごろから政府当局者が水面下で定期的に面会を続けている。だが基本的な立場の応酬が続き、突っ込んだ意見交換ができていない状況という。
 
少なくとも先週の段階までは、日朝首脳会談を巡る具体的な調整は始まっていないようだ。平壌に「自称、日朝の仲介者」が何人か現れたという未確認情報も側聞したが、いずれにしても具体的な成果が得られない状況が続いているようだ。
 
関係筋の1人はこう話す。
「まだ本格的な交渉が始まっていないため、北朝鮮側は『拉致は解決済み』という従来の原則論を展開し、日本に政策転換を迫っている」と語る。とりあえず、一番強い要求を投げかけて、有利な状況で交渉を始めた
いという思惑なのだという。

北朝鮮のメンタリティーを留意する必要
過去の後遺症をどう克服するか
双方に残る不信感
 
では、今後の交渉はどうなるのだろうか。
韓国政府関係者は「日朝の課題は、“首脳会談後遺症”をいかに克服できるかではないか」と語る。
 
日朝は02年と04年に2度の首脳会談を開いたが、独裁国家の北朝鮮では、最高指導者の決断が何よりも必要になる。今回の米朝首脳会談を前にして板門店で行われた米朝実務協議でも、北朝鮮の崔善姫外務次官はいちいち平壌にいる正恩氏の指示を仰いでいたという。
 
02年の会談も、当時の最高指導者である金正日総書記の決断があったからこそ実現し、北朝鮮はそれまで否定していた日本人拉致の事実を認め、謝罪した。
 
だが、その後、紆余曲折を経て、日朝間の信頼関係は地に落ちている。
 
先の韓国政府関係者は「首脳会談後遺症」について、「一度構築した信頼関係が壊れただけに、北朝鮮はより疑い深くなっているはずだ」と語る。
 
このことは北朝鮮の公式メディアが繰り返す、拉致問題での強硬な立場や安倍政権に対する厳しい論調につながっているという。
 
つまりどういうことかと言えば、02年9月の日朝首脳会談では、金正日総書記が拉致問題について謝罪した。独裁国家の北朝鮮で、神のような存在である最高指導者が謝罪するのは極めて異例なことだった。
 
この時の会談で日朝は拉致被害者5人の一時帰国で合意したが、日本は身辺の安全を考慮し、5人を再び北朝鮮に戻さなかった。
 
04年5月の第2回首脳会談では、北朝鮮はさらに拉致被害者の家族の帰国も認めたが、事態は変化しなかった。
 
その後は、横田めぐみさんのものとされる「遺骨」を巡る真贋論争も起き、北朝鮮側から見れば、最高指導者が頭を下げたのに、日本はその重要性を理解しないで非難をするばかりだという不信感になっている。
 
ここで論じたいのは、北朝鮮の主張が正しいかどうかではなく、結果的に北朝鮮が日本に不信感を持つに至ったという事実だ。
 
韓国外交省の元高官は、「拉致を行った北朝鮮は許されないが、彼らなりの論理を理解することは、外交交渉でプラスになる」と語る。
 
元高官によれば、北朝鮮は過去の日朝外交の結果について強い不満と不信感を抱いている。
 
日朝会談にあたって、日本が改めて留意しなければならないのは、こうした北朝鮮の抱くメンタリティーだろう。

拉致問題は北朝鮮が主導権を握る

ロバート・マクナマラ元米国防長官もキューバ危機やベトナム戦争での教訓をもとに「敵の身になって考えろ」という言葉を残している。

「物証」少ない拉致問題
平壌に拠点をつくり粘り強く対話を
 
日朝はその後、2014年5月に、北朝鮮が拉致被害者の再調査の委員会を設置することを約束する一方で、日本は独自制裁の一部を解除するストックホルム合意を結ぶなどしたが、北朝鮮の相次ぐ武力挑発によって対話は本格化せず、首脳同士の信頼再構築という段階までには至っていない。
 
02年の日朝首脳会談に至る過程では、日朝双方の実務者間での協議が繰り返され、「北朝鮮に抑留された日本人の解放」や「日本が知っている実力者(姜錫柱外務次官)が(小泉首相が訪朝すれば)会談が成功すると示唆する」など、様々な方法で信頼関係を築いていった。
 
北朝鮮は最後まで、拉致被害者を引き渡すかどうかについて明言しなかったが、一連の接触で日本側は「首脳会談を開けば拉致問題で進展がある」と確信し、会談に踏み切った。
 
だが現状は当時のような積み上げが行われている節はない。
 
日本の外務当局者らが自信を持って、拉致問題の解決を最優先課題と思い定める安倍首相に、日朝首脳会談を進言できる状況にはないといえるだろう。
 
そして厄介なのは、核・ミサイル問題と比べ、拉致問題には日本が北朝鮮を追い詰めるだけの十分な物証がそろっていないことだ。
 
米国は過去、北朝鮮が否定するウラン濃縮やシリアとの核開発協力などさまざまな疑惑に対して、北朝鮮が提出した核開発書類から微量のウラン物質を抽出したり、シリアと北朝鮮の核関連技術者がシリアの核関連施設のそばで一緒に並んだ写真を入手したりして、有無を言わせない証拠を突きつけて追い詰めてきた。

粘り強く情報収集と対話を続けることだ

これに対し、拉致問題を巡っては、今のところ残念ながら目撃証言はたくさんあるものの、決定的な物証は見つかっていないようだ。
 
人は移動するため、無人機でもあれば別だが、情報衛星などで探知するには限界がある。どうしても、北朝鮮が主導権を握る格好になる。
 
北朝鮮問題の専門家たちが口をそろえて語るのは、「核問題にせよ、拉致問題にせよ、金正恩体制が変わらない限り、最終的な解決は不可能だ」という現実だ。
 
朝鮮半島問題が一連の首脳外交で対話モードに転換し、日本も金正恩氏との「対話」を進めることが抗いがたい現在の国際情勢ならば、平壌に日本政府の連絡事務所などの拠点を作り、粘り強く拉致問題の情報収集と対話を積み重ねていくことも一つの手段かもしれない。
 
北朝鮮が、私たちには想像もつかない人権侵害や独裁体制を維持してきた最大の要因は、その「閉鎖性」にある。国際社会との関係が深まり、開放が進めば、いくら当局がコントロールしようとしても、いつか限界が来るはずだ。

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