「笑えない実態」

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中国で浸透する「信用スコア」の活用、その笑えない実態

人々の社会的な信用度をスコアとして数値化するシステムが、中国で浸透し始めた。スコアが上がればローン金利が下がったり病院で優待されるなどのメリットがある反面、信用度が下がれば公共交通機関の利用が制限されるなどの厳しい“罰則”も待っている。

そんな中国で現実に起きている「笑えない実態」を紹介しよう。

たいていの場合、イギリスではクレジットスコア(金融機関が与信審査で参考にする数値)はクレジットカードやローンの申請の判断にしか使われない。しかし中国では、政府がより広範な「社会信用システム」なるものの構築を進めている。

人々を日々の行動などさまざまな基準で採点し、14億人いる中国国民の「信用度」を査定することが最終的なゴールだ。

近未来の世界の悪夢のように聞こえるかもしれないが、運用はすでに始まっている。中国ではこの社会信用システムのせいで航空券や鉄道のチケットを売ってもらえなかったり、NPOなどの組織の立ち上げが禁止されたり、特定のデートサイトが利用できなくなるといった事態が現実に起きているのだ。

一方で、スコアが高ければさまざまな「特典」が受けられる。

政府は14年にこのプロジェクトに着手した。20年までの全国展開を見込んでおり、個人の行動を追跡して採点するだけでなく、民間企業や政府職員の業務なども評価対象とする計画だ。

システムが完成すれば、すべての中国国民は公的および私的機関から提供された自分の個人データの統合ファイルをもつことになる。まだ試験運用の段階だが、現在はバラバラになっているデータベースをひとつにまとめる準備が行われている。

中国政府の独裁的な性質から、社会信用システムを、中国共産党への絶対服従を確実にするための社会監視制度だと批判する意見もある。ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いた「ビッグブラザー」の世界だというのだ。しかし、少なくともいまのところは、こういった批判が必ずしも的を射ているわけではない。

オランダのライデン大学で中国政治と中国法を研究するロヒール・クレーマースは、新システムは現状ではまとまりのない国民一人ひとりをつなぐ「エコシステム」だと説明する。

政府の目的は体制に異議を唱える者を抑え込むことではなく(この手のことをやるためのツールは中国にはすでにたくさん存在する)、共産党政権を維持しながら、よりよい方法で社会秩序を管理していくことだという。

アリババの「芝麻信用」が急速に普及

しかし、社会信用システムは政府主導である一方で、民間セクターのシステムに頼っている部分も多くある。アリババグループの金融部門アント・フィナンシャルサービスグループは15年、「芝麻信用(セサミ・クレジット)」というシステムを導入した。

これは中国初となる実用的なクレジットスコアサーヴィスで、同時に社会的信用の保証システムや、決済サーヴィス「Alipay(支付宝)」のユーザーロイヤリティーを高める仕組みとしても機能するものだ。

芝麻信用のスコアは最低が350点、最高が950点で、点数が高ければ低金利でローンを組めたり、賃貸物件の契約で敷金が不要になったりといった特典がある。またレンタルサーヴィスを利用する際にデポジットを払わなくてもいいなど、恩恵はさまざまな分野に及ぶ。

芝麻信用は中国では非常に人気が高いが、こうした民間企業の提供するクレジットスコアサーヴィスと、政府の準備する社会信用システムとの境界は曖昧になっている。例えば、中国の裁判所はアリババと協力していることが明らかになっている。

裁判所が科した罰金の滞納者の情報をアリババと共有することで、該当者は芝麻信用でのスコアが下がるという仕組みだ。

官民どちらでもクレジットスコアの対象分野が急速に拡大するなか、こうしたシステムが世界でも例を見ない「ITを活用した独裁制」につながるのではないかという懸念が生まれつつある。

政府に批判的な記事を書いてきたジャーナリストが、訴訟費用の未払いを理由に航空券の購入ができなくなったといった事例も報告されている。

それでもいまのところは、この下手をすればディストピアにつながりかねないプロジェクトの利点と成果を理解すると、不気味には思えるものの感心してしまう。それでは、中国政府の壮大な野心の運用実態を見ていこう。

優先的な医療ケアという特典

中国の公的医療機関はお役所的な仕事ぶりで有名で、患者はうんざりさせられることも多い。一方で、クレジットスコアを取り入れた効率化の試みが進んでいる。

病院の診察費は基本的に前払いで、これが混雑の一因となっている。上海の復旦大学附属華山医院では、芝麻信用のスコアが650以上の来院者に1,000元(約1万7,000円)の与信枠が与えられ、そこから自動的に料金が精算される。

病院側は待ち時間の最大60パーセント短縮を目指しており、国内10カ所の病院で近く同様の仕組みが採用される見通しだ。

一方で社会信用システムは、患者や医療関係者を処罰する目的でも使われている。中国では近年、病院での診察や処置に不満を抱いた患者や家族が医療従事者に暴力を振るうといった事件が多発し、社会問題化している。

政府は昨年7月、こうした問題を起こした者をブラックリストに載せる方針を打ち出した。また非合法の美容整形手術などに携わった医師も、スコアが下げられる。

ネットの世界にも実影響

15年に芝麻信用の技術チームを率いるリ・イングンが中国の財新メディアとのインタヴューで、「1日に10時間もパソコンゲームをしていれば怠惰な人間とみなされるだろうし、紙おむつを頻繁に買っていればよい親だと思われるだろう。

前者は後者より低いスコアしか得られないかもしれない」という内容の発言をした。10時間をゲームに費やすだけならまだいいが、ズルをしようとすると実際にマイナス評価が下される。

米国発のシューティングゲーム「カウンターストライク:グローバルオフェンシブ」は中国でも高い人気を誇るが、国営テレビ局である中国中央電視台(CCTV)の報道によれば、アカウントを作成するには身分証明書のほかに芝麻信用のアカウントが必要となる。

そして「Aimbot」といったチートツールを使っていることがわかると、スコアが減点されるのだ。

結果として、現実世界でローンを組めなくなるなどの影響が出る可能性もある。中国のオンラインゲーム開発大手、完美世界(Perfect World)の李海毅は、「ゲーム業界の歴史上、最も厳しい罰則です」と言う。

K-POPの追っかけでもスコア低下

K-POPファンの行き過ぎた行動も警告を受けている。韓国のスターたちを見るために北京首都国際空港に集まったファンのせいで、運航スケジュールに遅れが生じるなどの事件があったことを受け(ファーストクラスに忍び込もうとしたファンもいたという)、規制当局はチェックインカウンターや搭乗口などで騒ぎを起こした者に対し、社会信用システムのスコアを下げることができるルールを設けた。

ファンはこれまで、格安航空券を購入するなどしてセキュリティゲートの向こうまで憧れのスターを追いかけていた。だが今後も同じことを繰り返せば、法的処罰は受けなくても自分の社会的「信用」に傷がつくというわけだ。

悪質な場合、一定期間は航空券の購入ができなくなる。また航空券の偽造や空港での盗難行為についても同様の措置が取られる。

高スコアならSNSでも好待遇

中国ではクレジットスコアが高ければデートの相手を見つけるのも簡単だ。マッチングアプリ「Tinder」を運営するMatch.comが出資することでも知られる「珍愛網(Zhenai.com)」は1億4,000万人が登録するマッチングサイトだが、芝麻信用で高スコアをもっていれば優先的に相手を紹介してもらえる。

「百合網(Baihe.com)」では、ユーザーが同意すればプロフィールにスコアを表示できる。

ただ、これも度を越すと問題だ。アリババは16年11月、Alipayにユーザー同士が写真やメッセージを共有できる「サークル」と呼ばれる機能を追加した。

一部のサークルは「女性限定」だったが、芝麻信用のスコアが750を超えていれば、男性でも女性限定サークルに投稿された写真にコメントを付けることができるシステムが採用された。

そして、男性側のコメントはたいていが、写真を投稿した女性に性的関係を求めるものだった。すぐさま、インターネットを利用した売春に等しいとして批判が殺到した。

新機能を「Alipimp」[編註:pimpとは売春の仲介者]と呼んだブログ投稿もあり、最終的にサークル機能は削除された。

デポジットが不要になるケースも

もう少し穏健な特典もある。一部の都市では、芝麻信用のスコアが高ければ、ホテルやレンタカーなどでデポジットの支払いが免除される。一方で、政府主導のパイロットプログラムにより、社会的に問題と見なされる行為への「罰則」として、交通機関や公的サーヴィスの利用に制限がかけられる可能性も出てきた。

政府は今月、「信用を下げる重大な行為」に関与した169人について、1年間にわたり鉄道の利用を禁止する決定を下したと明らかにした。しかも社会信用システムのウェブサイトでは、169人全員の氏名が公開されている。

上海市に近い蘇州市では独自の信用システムが運用されており、公共交通や公共サーヴィスの利用料を払わない、ネットで嘘の商品レヴューや口コミを投稿する、ホテルを予約したのに連絡なしで勝手にキャンセルする(ノーショー)といった行為が見つかると、200ポイントが引かれる。

ただ、このシステムは名前だけは牧歌的で、地元の銘菓や茶の材料としても親しまれているモクセイ(桂花)にちなんで「蘇州市民桂花信用分」と呼ばれている。

社会組織の立ち上げも監視

社会信用システムが国民の監視強化につながるのではないかという懸念を裏付ける証拠のひとつとして、「違法な社会組織」の取り締まりに利用されている点が挙げられる。

行政事務などを担当する民政部は5月、組織名に「国際」や「中国」といった単語を使うことで政府機関とつながりがあるかのように装う違法組織が増えており、こうした組織にかかわったものは社会信用システムのスコアに影響が出るだけでなく、ブラックリストにも記載されると発表した。

ただ、具体的にどのような組織が「違法」と見なされるかについては不明瞭で、背後には政治的な問題が絡んでいるとされる。政府は最近、外国資本のNGOへの規制を強化したほか、国内の各種団体に対し、規約や憲章に共産党の方針の「骨子」を盛り込むよう求めている。目的は「政治的に正しい方向に進む」ようにするためだ。

低スコアでは高級品のネット通販に制約

中国の最高裁判所に相当する最高人民法院は15年から、裁判所の科した罰金の未払い者の情報を芝麻信用と共有している。該当者は芝麻信用のスコアが下がるだけでなく、アリババの運営する「淘宝網(タオバオ)」や「天猫(Tmall)」といったサイトで一定額以上の高級品を購入できなくなる。

これくらいならそほれど大きな影響はないかもしれないが、もちろん罰則をより強化することも可能だ。中国のある研究者は英字紙『チャイナ・デイリー』の取材に対し、中国ではモバイル決済が非常によく普及しているため、滞納を繰り返すなどした悪質な違反者はモバイル決済のアカウントに制限をかけられ、朝食を買ったり、職探しのために公共交通機関を利用するといったことをできなくなるだろうと話している。

そこまではいかないだろうと思われるかもしれない。だが中国では17年夏、2,500万元(約4億2,300万円)の借金の返済から逃れるために美容整形をして他人になりすまそうとした女性のニュースが、社会をにぎわせている。

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