「電磁パルス兵器」

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北朝鮮を交渉のテーブルにつかせた米軍「電磁パルス兵器」の威力
軍事アナリストが読み解く「リアリズム」

6月12日、シンガポール・セントーサ島のホテル・カペラで歴史的な米朝首脳会談が開かれ、朝鮮半島情勢は新たな一歩を踏み出すことになった。
 
両首脳は、トランプ大統領は北朝鮮の体制を保証し、金正恩朝鮮労働党委員長は朝鮮半島の完全な非核化を約束するなど4項目に合意し、ひとまず朝鮮半島の緊張状態は回避されたかに見える。

しかし、喜んでばかりはいられない。今後、同じような安全保障上の問題が生じた時、日本がどのようにそれを克服していくことができるか、総括しておく必要があるからだ。

あえてリスクを取って内外の報道陣の前に露出した理由
今回の米朝首脳会談に向けて、北朝鮮は2回、大きく舵を切っている。
 
1回目は昨年4月13日で、金委員長は虚を衝いた行動に出た。ピョンヤン新都心の完工式に登場し、経済制裁の中でも推進してきた並進路線のうちの経済建設が、順調に進んでいることを内外にアピールしたのだ。金委員長暗殺を意味する「斬首作戦」が囁かれる中、あえてリスクを取って内外の報道陣の前に露出した姿には、米国との対話路線を模索する決意が表れていた。
 
2日後の4月15日は祖父・金日成主席の105回目の誕生日に当たるが、金委員長は例年4月25日に実施する建軍記念日の軍事パレードを繰り上げ、並進路線の一方の柱である核兵器と弾道ミサイルの開発による抑止力を強調する演出をみせた。以上を並進路線の二本柱とみなすなら、米国とのチキンゲームにおいて巧みに着地していく第一歩が記されたといってよいだろう。

金正男氏の殺害によって権力基盤の構築が終了した
 
昨年2月12日、北朝鮮は固体燃料式中距離弾道ミサイル北極星2型の発射実験に成功、米国の反応を探る動きに出た。これは、北朝鮮が近代的な弾道ミサイルの技術を一定水準で習得したことを誇示する実験だった。

翌2月13日にはマレーシアのクアラルンプール国際空港で、異母兄・金正男氏を最も強力とされる化学剤VXによって殺害し、最高指導者に就任してから続けてきた粛清という恐怖政治による権力基盤の構築が終了したと分析された。

続いて北朝鮮は3月6日、4発の準中距離弾道ミサイル・スカッドERを日本の排他的経済水域を含む海域に正確に着弾させ、金委員長の目の前に置かれた地図には長崎県佐世保と山口県岩国の在日米軍基地が射程圏内にあることを示す半径1000kmの円が描かれていた。

北朝鮮の昨年9月下旬から2ヵ月半にわたる沈黙の意味とは
北朝鮮は米国とのチキンゲームを巧みに乗り切った
 
これに対して米国は4月7日、化学兵器サリンを使って民間人を殺傷したシリアのアサド政権の空軍基地をトマホーク巡航ミサイル59発で攻撃し、シリア、イラン、北朝鮮、そしてシリアの後ろ盾となっているロシアに強力なメッセージを送った。

4月13日にはアフガニスタンのISIL(イスラム国)の地下陣地に対して「全ての爆弾の母」と呼ばれるMOABという破壊力が通常兵器で最大の爆弾を投下、96人の戦闘員を殺害し、シンガポール沖を航行中の空母カール・ビンソンの打撃群に対しても、北朝鮮近海への急行を命じた。

通常兵器としては最強の威力をもつ「全ての爆弾の母」 
 
その後、北朝鮮は様々な強硬姿勢を示したかに見えたが、実は、9月の段階で米国のマティス国防長官がいみじくも語ったように、「米国が軍事攻撃をしないで済むギリギリのところで挑発行為を繰り返している」ことに止まったのである。

小川和久著『日米同盟のリアリズム』

いかに金委員長が米国との対話を望んだとしても、そのまま話し合いのテーブルについてしまったら、米国の軍事的圧力に圧倒された結果とみなされ、政権基盤が揺らぐ可能性がある。

しかし、米国に軍事攻撃されないギリギリのところで強硬姿勢を示し続ければ、米国との対話のテーブルについた時にも「我々の断固たる決意の前に米国が話し合いを望んだ」と強弁することができる。

このような北朝鮮の姿勢の変化については、昨年7月に出版した拙著『日米同盟のリアリズム』(文春新書)に詳しいが、その後も拙著で示唆した通り、北朝鮮は米国とのチキンゲームを巧みに乗り切り、米朝首脳会談へと着地していった。

昨年9月下旬から2ヵ月半にわたる沈黙
2回目の転機は、昨年9月18日のマティス国防長官の発言によるものだ。
 
北朝鮮はたしかに、形の上では7月4日と7月28日に大陸間弾道ミサイル火星14を発射し、11月29日には射程13000km、米国東海岸を射程圏内に収めるとみられる火星15を実験、大陸間弾道ミサイルの保有を宣言できる状態に到達した。その間、9月3日には過去最大規模の水爆実験を行い、これまた核保有国の立場を誇示できる段階に達することになった。

このような北朝鮮の歩みの中で注目されるのは、昨年9月下旬から2ヵ月半にわたる沈黙である。この時期、北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験と核実験を一度も行わず、金委員長も軍関係の視察は一切行わない徹底ぶりだった。視察は畑や果樹園や養豚場、トラクター工場など民需関係一本槍で、経済建設を進める姿勢を、特に米国にアピールする姿が際立つことになった。
 
この沈黙の後、北朝鮮は11月29日に大陸間弾道ミサイル火星15を発射するのだが、これはその直前にトランプ大統領が北朝鮮をテロ支援国家に再指定したためで、対抗して強硬姿勢を示さなければ国内世論を納得させられなかったのだと思われる。
 
9月18日のマティス国防長官の発言は「ソウルに被害が出ない形で北朝鮮を軍事攻撃できる方法がある」という趣旨だった。

北朝鮮の「ソウル人質戦略」を不可能にする
電磁パルスによって情報インフラを直撃
 
それまで北朝鮮は、南北軍事境界線から50km圏内にあるソウルの巨大な人口を人質として、米軍による軍事攻撃を抑止する態勢をとってきた。

300門から400門と言われる大規模な砲兵部隊を展開し、長射程の多連装ロケットなどでソウルに照準を合わせてきた。もし米軍が軍事攻撃に踏み切れば、ソウルを一斉射撃し、数万人規模の死者が出ることを予測させることで、軍事攻撃を食い止めてきたのである。
 
1994年の核危機の時、北朝鮮代表団が「ソウルは火の海だ」と叫んだ光景は今も記憶に生々しいが、マティス国防長官は北朝鮮のソウル人質戦略を不可能にするというのだ。
 
マティス発言で最も可能性が高いのは、非核型の電磁パルス兵器CHAMPではないかと思われる。

これは既に2012年頃に実験の様子が公開されていたものだが、新型の巡航ミサイルJASSM-ERに搭載し、北朝鮮側の指揮統制通信システムの上を飛行させ、そこから電磁パルスによって情報インフラを直撃し、無力化してしまうのである。

そうなると、いかに大規模な砲兵部隊が展開していようと散発的な射撃になり、ソウルの被害は限定される。このCHAMPは既に米軍が実戦配備していると見られ、人間の殺傷や建物などの破壊を伴わないことから、日本の防衛省も昨年6月、研究開発の開始を発表している。

B-1爆撃機から放たれるJASSM-ER 
金委員長を支える欧米諸国への研修組
 
そういう中で、北朝鮮が理性的とみられるのは、核拡散防止条約(NPT)の外側で独自に核兵器開発を進め、いまや非同盟諸国のリーダーとして平和国家のイメージすらまとい、21世紀経済の推進力として期待されるに至ったインドを一種のビジネスモデルとして、世界が核保有国として認めるまで核兵器と弾道ミサイルの開発を進めるという、緻密に計算された戦略的な歩みによる。

その金委員長の戦略的指導力を支えているのが、年間1000人に上ると言われる欧米諸国への研修組だ。知的エリートを主に米国の大学などに派遣して学ばせており、例えばニューヨーク州中部のシラキュース大学の場合、2002年からITと経済政策の研修を2014年に中断するまで続けてきた。この知的エリート集団が課題ごとにタスクグループを作り、北朝鮮の戦略的な歩みを支えてきたのである。

韓国の将軍はかつて私に「南北朝鮮は小国であるが故に、とことんまで無い知恵を絞り出さなければ生き残れない」と述べたが、頭脳を振り絞ることで世界屈指の経済的成功を収めるに至ったシンガポールを目の当たりにして、金委員長が今後どのような歩みを進めるのか注目していきたいと思う。拉致問題を抱える日本の相手は、このような怪物とも言うべき北朝鮮の若き指導者なのだ。

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