「シンガポール会談」は無期延期か

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米朝会談ぶち壊し? 強硬派ボルトンの面目躍如

米朝首脳会談を3週間後に控えるタイミングで、米韓首脳会談が行なわれました。これを米国はどう見ていますか。

高濱:米国は「ドナルド・トランプは文在寅(ムン・ジェイン)の口車に乗せられていた。文在寅は金正恩(キム・ジョンウン)の非核化発言を過大に評価し、トランプに伝えた。金正恩は完全な核放棄など考えていなかった」と冷たい反応を示しています。

CNNの記者は「Moon oversold Pyongyang's promises」(文在寅はピョンヤンとの約束事を針小棒大に売りつけようとした)と書きなぐっています。

("Trump casts doubt on June summit with Kim,"Kevin Liptak, CNN, 5/22/2018)
("Trump Casts Doubt on North Korea Summit in Meeting with Moon, "Jennifer Epstein, Bloomberg, 5/23/2018)

トランプは「文在寅の一人相撲」に辟易?
 
トランプ大統領は今、新たな動きがあったロシアゲート捜査のほか、イラン核問題、米中経済摩擦など内外で懸案だらけ。「文在寅の一人相撲」とばかり付き合っている暇はありません。
 
もっとも、文大統領が「米国が主張する『完全で検証可能かつ後戻りできない核の放棄」(Complete, Verifiable, Irreversible Dismantlement=CVID)』を北朝鮮が受け入れました」という「朗報」を持ってきてくれれば、飛び上がって喜んだでしょうが……。結局「朗報」はなし。
 
トランプ大統領は元々、「リベラル派で親北朝鮮が見え隠れする文大統領があまり好きではない」(ホワイトハウス担当の米ベテランジャーナリスト)とされている。今回の文大統領への応対も「安倍晋三首相への対応とは雲泥の差」(同)だったらしい。

「文大統領の口車に乗せられた」と言いますけど、金委員長自身の意向はどうなのでしょう。米朝首脳会談を提案した時、「非核化」についてその気がないのにウソを言っていたのか。あるいは、それから数週間たって「心変わり」したのか。

高濱:金委員長が非核化を真剣に考えている、という話を持ってきたのは、文大統領とその周りの容北朝鮮派のブレーンたちです。
 
3月5日に金委員長に会った韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン) 国家安全保障室長らが、同委員長から聞いた話をトランプ大統領に伝えた。

その後、文大統領自らトランプ大統領に電話しました。「金正恩は『米国が(金)体制(の存続)を保証すれば、我々はなぜ苦労して核を持とうとするのか(持とうとはしない)』と言っている」

「金桂冠談話はボルトンを3回名指して攻撃」

ポンペオ国務長官の訪朝から1週間たった5月9日、北朝鮮に変化が出てきたのですね。

高濱:これまで対米交渉を長く担当してきた金桂冠第一外務次官が談話を発表しました。「米国が核の放棄を一方的に強要するなら、金委員長は米朝首脳会談について再考せざるをえない」
 
おまけにこうなった直接の原因はジョン・ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官の発言にあると、同補佐官の名前を3回挙げて激しく攻撃したのです。
 
金桂冠第一外務次官はタイトルこそ準閣僚ですが、米国務省筋によれば、実際には外務大臣より上の最実力者。いわば金委員長の「懐刀」です。

「金桂冠は、金委員長にとっては、トランプ大統領にとってのボルトン補
佐官にも匹敵する人物」(米国務省関係者)と言われています。
 
それだけに金桂冠談話のインパクトは大きかったといえます。この談話の中身を聞いたトランプ大統領は激高したそうです。
 
北朝鮮は、この談話の公表と前後して、すでに始まっている米韓合同演習にB52戦略爆撃機*が参加していると指摘して「米朝首脳会談再考」の理由に付け加えました。返す刀で、せっかく仲良しになった韓国との間で予定していた南北朝鮮閣僚会議をドタキャンしました。

:B52は核兵器が搭載可能な戦略爆撃機。実際には、合同演習に参加しておらず、韓国空域(韓国防空識別圏)には入っていない。

トランプ氏は会談冒頭、米朝首脳会談延期を強く示唆

6月12日に予定されている米朝首脳会談の延期はどんな形で公表されたのですか。文大統領との会談を終えてからですか。

高濱:トランプ大統領は文大統領との会談の冒頭、写真撮影のために記者団を執務室に入れました。その席上、文大統領との会談が始まる前にこう切り出したのです。

「(6月12日に予定されている米朝首脳会談が)実現しない確たる見通しがある。6月12日に開かれないからと言って、今後、一定の期間内に開かれないという意味ではない。6月12日に開かれなくとも、そのあとに開かれるかもしれない。別の時期に開かれるかもしれない。それについて話し合いを続けている」
( "Trump casts doubt on june summit with Kim," Kevin Liptak, CNN, 5/22/2018)

隣に座っている文大統領は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていました。
 
実は、トランプ・文両首脳同士の一対一の会談に先立ち、文大統領はポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官らと会談しました。
 
感情の起伏が激しい外交音痴のトランプ大統領がいたのでは、センシティブな話はできない、といった配慮が米韓ブレーンの間にあったのではないでしょうか(笑い)。

「ボルトンは今やホワイトハウスの「ストレンジラブ博士」」

米主要シンクタンクのある上級研究員は、推測を交えながら「前座会談」の内容を筆者にこう「再現」してくれました。

鄭国家安全保障室長は、文大統領に促されて米側にこう説明した。
 
「金正恩は非核化について『総論賛成』だった。各論は米朝首脳会談で詰めようと考えていた」
 
「米朝当局者が水面下で交渉を進める最中、ボルトン補佐官の『リビア方式』*適用発言が浮上した。これを知った金正恩は過剰に反応した」

:ジョージ・W・ブッシュ第43代大統領が2003年、リビアのカダフィ政権に対して保有する核関連機材を即時かつ無条件に廃棄、数カ月の間にテネシー州オークリッジの施設に搬送するよう要求。カダフィ政権はこれを実行した

「金正恩はこう考えた。もしここでトランプの提案(「リビア方式」)を受け入れれば、自分もカダフィのように葬り去られるのではないだろうか。核を放棄したら米国は金王朝を崩壊させるに違いない」
 
「ならば、どうしたらいいか。金正恩は中国の習近平に泣きついた。習近平は、トランプが考えを変えないのであれば、米朝首脳会談をやっても何の意味もない。止めてしまえと答えた」

ボルトンは今やホワイトハウスの「ストレンジラブ博士」

ボルトン補佐官は何と反論したのでしょうか。

高濱:ボルトン補佐官は前述の金桂冠談話で、3回も名指しされ、激しく批判されています。同補佐官は筋金入りの反共主義者です。これまでにも金王朝を崩壊させると主張していました。イラク侵攻政策を推進したネオコン(新保守主義者)です。北朝鮮の金桂冠第一外務次官とは十年来の「宿敵」です。

米朝関係を長年フォローしてきた主要シンクタンクの研究員は筆者にこう解説してくれました。

「ボルトンはこの春に補佐官になって以降、国家安全保障会議のスタッフを総入れ替えしてボルトン色に塗り替え、強硬派であることを誇示してきた。対北朝鮮政策はボルトンが完全に牛耳っている。金正恩にしてみれば、文大統領をうまく使ってトランプ大統領を交渉の場に引っ張り出そうとした矢先に、天敵ボルトンが現れて米朝首脳会談をぶち壊した、と映っているはずだ」

「米軍、横須賀にイージス艦をすでに追加配備」

米ワシントン・ポストのコラムニスト、リチャード・コーヘン氏はボルトン補佐官を「新しいストレンジラブ博士だ」と皮肉っぽく評してしています。

「ボルトンは、1963年に公開された風刺劇映画に出てくる主人公ストレンジラブ博士*を彷彿させる。緊急事態にも動じることなく、笑みを浮かべながら持論を披露するところなどそっくりだ。ストレンジラブ博士のように偶発的に核戦争を誘発することがないように祈るだけだ」

("Bolton is the new Dr. Strangelove," Richard Cohen, Washington Post, 5/21/2018)

:1963年に公開された英米合作の風刺映画、「Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb」(邦題『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったのか』)に登場する狂ったドイツ人科学者。無能な大統領をそそのかし、偶発核戦争を起こす

米軍、横須賀にイージス艦をすでに追加配備

トランプ大統領は今後、北朝鮮にどう対応するつもりでしょうか。

高濱:金委員長が「リビア方式」(あるいはそれに近い方式)をのまない限り、トランプ大統領は米朝首脳会談をやらないでしょう。
 
また米国が、北朝鮮の背後にいる中国の動きを警戒していることは確かです。トランプ大統領は22日、記者団に対して「金正恩が変わったのは訪中してからだ」と不快感を示しました。
 
文大統領は帰国後、新しく設置したホットラインを使ってトランプ大統領との会談内容を金委員長に「報告」するでしょう。金委員長がどんな反応を示すのか。「金桂冠談話」第2弾が出てくるのか。
 
トランプ大統領の方は、対北朝鮮への経済制裁をさらに徹底するとともに、軍事的圧力も強めていく構えです。

5月22日には米海軍のイージス駆逐艦「ミリアス」が横須賀基地に追加配備されました。北朝鮮からのミサイルに対抗する弾道ミサイル防衛(BMD)がより強化されることになります。

「ミリアス」には低空で飛来する巡航ミサイルを迎撃できる新型ミサイル「SM6」が搭載されています。

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