「戸籍」

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「中国戸籍」を抹消される!在日上海人が騒然とした政策の裏事情

定住者、外国国籍取得者の

戸籍を抹消すると迫った上海政府

3月半ば、日本に在住する上海人が騒然となる事態があった。スマホの通信アプリ「微信(WeChat)」で、真相を模索しあうチャットが深夜まで続いた。それは、5月1日から施行されるという新たな「戸籍管理政策」についてだった。

在日上海人を蒼白にさせたのは、今年3月8日、上海市公安局から通達された「上海市常住戸籍管理規定」の第46条だった。

上海市で施行した後、全国でも実施される予定だったこの戸籍管理規定には「外国に定住している者、あるいは外国籍を取得した者は戸籍の抹消手続きを行うこと」、また、「1ヵ月以内に手続きをしない場合、公安派出所は告知の上、戸籍を抹消できる」とある。

これには日本在住の上海人だけでなく、米国、カナダ、オーストラリアと各国に散らばる在外中国人の永住者が猛反発した。永住者も「戸籍抹消の対象」とされたためだ。

だが、これは決して目新しい規定ではない。中国の法律に詳しい専門家によれば、「以前から、海外に定住する外国人は戸籍を抹消することになっていた」という。ただ、抹消手続きの履行そのものは長らく放置状態にあった。

永住ビザ保持者も「戸籍抹消の対象」に

そのため、別の国籍を保持していながら、中国のパスポートも持ち続ける「二重国籍者」も増えた。目下、中国政府は二重国籍者の摘発に力を入れているが、永住者の「中国戸籍抹消」についても、この延長でテコ入れしようとした模様だ。

永住ビザ保持者も

「戸籍抹消の対象」に「外国籍の取得者なら戸籍抹消するのは理解できるが、永住者も戸籍を抹消しなければならないのは行き過ぎだ」と都内在勤の上海人は憤慨する。

建前上、「一度抹消したとしても、帰国すれば戸籍を回復することはできる」(前出の専門家)ようだが、上海人の間では「戸籍回復は、よほどの人脈がない限り不可能」という悲観論が強い。

結論から言うと、この騒動はほどなくして収まった。在外の上海人が連盟で反対を唱える書簡を上海市政府に送り、これをきっかけに棚上げされた形となったのだ。民の意見が行政の決定を覆した異例の展開である。

だが、なぜこれほどまでに、在外の中国人永住者たちは「戸籍」にこだわり続けたのか。それは、中国に戸籍があれば身分証を与えられ、中国国民と同じ待遇を受け続けることができるからに他ならない。

定年後の年金取得や、医療保険の適用もその一つ。また、戸籍があれば親の不動産を相続することもできるし、子どもを中国で教育することだってできる。あるいは、外国籍になってしまうと面倒が増す株や不動産の購入も、中国戸籍ならスムーズにできてしまう。このように戸籍が持つ“メリット”は枚挙にいとまがない。

ちなみに、法務省民事局の資料によれば、日本に帰化(日本の国籍を取得して 日本人になること)した中国人は14万1668人(1952年から2017年までの帰化許可者数の合計)だが、永住者は24万8873人と1.7倍も多い。

背景に世界規模の人材争奪戦、戻り始めたエリート上海人

長期にわたる在留でも「帰化」ではなく、「永住権」の取得を選択するのは「祖国に持つ財産と関係がある」(日本に帰化した中国人女性)という。この女性は次のように続ける。

「日本に在留する中国人は、圧倒的に永住権が多いです。祖国に財産を持つ人ほど永住権を選択します。中国では、国籍を失うと財産も失うことになるからです」

日本国籍を取得する場合、もとの国籍を喪失することが前提となる。国籍の喪失に伴う財産の処遇については、その国の法律が適用されるが、中国の場合は財産を放棄しなければならない。含み益を増す中国の不動産の放棄につながる日本国籍の取得は、中国人にとって現実的ではないというのだ。

他方、永住者の場合は何かとメリットが多い。

「永住者は再入国手続きをすれば1年以上の里帰りもできる」(法務省入国管理局)というように、祖国との往来も比較的自由であり、また、基本的に住民票がある自治体を通して日本の健康保険制度や、年金制度に加入することもできる。いわば永住権は「両方のいいとこどりができる」性格を持つ在留資格だといっても過言ではない。

背景に世界規模の人材争奪戦

戻り始めたエリート上海人

さて、在外の上海人にとって「第46条」を持ち出した「戸籍抹消騒動」は、在外の上海人に一つの覚悟を迫った。少なくとも「棚上げ」までの数日間は、永住権を捨て中国に戻るのか、あるいは日本に留まり日本人となるのかという選択を脳裏によぎらせた者もいたはずだ。

今回、当局が「第46条」を引っ張り出してきた理由については諸説あるが、筆者は「海外に流出した人材の取り戻し」の可能性ではないかと見ている。

富裕の道かささやかな一生か…

背景にあるのは、世界規模で行われている「人材の争奪戦」だ。目下、先進諸国は国籍を付与することで人材獲得に成功しているが、中国からすれば「人材流出」という大きな痛手である。

そこで「実利」を天秤にかけさせた。中国籍を持ち続ければ、外国籍よりも有利に住宅を買えるし、株で儲けることもできる──。こうしたことに対する再認識を与えるようにして、祖国への帰国を促したのではないだろうか。

あるいは、一連の“民族復興政策”の中で、祖国発展に尽力させる時期到来とばかりに、在外で豊富な経験を積んだ中国人を呼び戻す一環だったのかもしれない。いずれにしても、中国は国家にとって有益な人材の掻き集めを、戦略的に行っていることは確かである。

昨年、筆者の友人の“超エリート上海人”が、カナダの永住権を放棄して中国に戻った。2000年代前半、あれほど意気揚々としてカナダに渡って行った彼女を知っている筆者にとって、「本帰国」は不思議でならなかった。彼女は「現地では出世に限界があったため」だと言っていたが、今思えば彼女もまた「中国とカナダ、どっちを取るか」の選択に迫られていたのではないだろうか。

かつて、中国人にとって外国籍の取得は非常に魅力に満ちた選択だった。外国に行くことは「自由」「民主」「繁栄」を意味した。その当時なら、一も二もなく脱出を選んだだろう。しかし今、彼らにとって外国籍の取得は必ずしも魅力あふれる選択ではない。

ましてや、日本国籍であればなおさらだ。「あれほど憧れていた日本、その日本に帰化したもののこの選択は正しかったのか…」と胸中を吐露する年配の中国人は少なくない。

「中国に残った友人らはみな出世して富裕になっている」というのだ。もはや在日の上海人の間では「給料は中国の方がいい」が常識。斜陽化する日本に見切りをつけ、帰国した上海出身の永住者もいるという。

政治的には息苦しいが、世界一を目指す独裁国家と一蓮托生し“富裕の道”をひた走るのか、それとも「人間らしさ」を大切にする民主主義国での“ささやかな一生”を選ぶのか。在外の中国人たちは、早晩この選択を突き付けられることだろう。

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