「お殿様には「多選」なし」

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かつて「加賀百万石」とうたわれた石川県。初代・前田利家を筆頭に14代続いた加賀藩主は、徳川将軍家との結びつきを深めることで、「百万石」の大藩を維持してきた。

そして、その“あとをつぐ”石川県知事も、2代・半世紀以上にわたって、前田氏に匹敵する盤石な体制を築いてきた。この地で何が起きているのか?

7選も圧勝

3月11日に行われた石川県知事選挙。現職の谷本正憲氏(72)は、自民・公明両党や民進党などの支援を受ける「オール与党態勢」、与野党相乗りで組織戦を展開し、共産党推薦の新人候補におよそ4倍の差をつけ、7回目の当選を果たした。

初当選した平成6年の選挙こそ接戦だったものの、2回目以降は、いずれも3分の2を超える得票率で「圧勝」を重ねてきた。
55年で2人だけ

谷本氏は旧自治省に入り、のちに石川県の副知事として、ときの中西陽一知事に仕え、その中西知事の死去に伴う知事選挙で初当選を果たす。

実は、中西知事も8期31年の長期政権。知事としての当選回数は歴代最多、在職期間も歴代最長。通常の「多選」のイメージを遙かに超える「スーパー多選知事」が2代続いている。55年間で知事は2人だけなので、この2人しか知らないという県民も少なくない。

「多選」をめぐる問題に詳しい東北大学の河村和徳准教授は、3期12年を超えると「多選」になると考えていて、谷本氏も「多選知事」と位置づける。「多選」には、「政策の継続性が担保される」というプラスと、首長の力が強くなりすぎて、「忖度(そんたく)」が起きやすくなるなどのマイナスの両面があると指摘する。

「多選の弊害はない!」

石川県は、全国でも異例の「多選県」と言える。今回の選挙戦、相手候補は「県政に歪が生じている」と谷本氏の「多選」を批判。しかし、谷本氏の表立った反論は、ほとんど聞かれなかった。

選挙戦序盤、兵庫県の井戸敏三知事が応援に駆けつけた。現職では谷本氏に次ぐ5期目の井戸知事は、いわば「多選」仲間。「意欲と体力があってふさわしい人であれば、7回目だろうと8回目だろうと問題ではない」と力説した。谷本氏の胸の内を代弁しているかのように見えた。

当選が決まったあと、谷本氏は「多選の弊害として、県政が停滞しマンネリ化するとか、知事が独善に陥るとか言われるが、そんなことは決してあってはならない。職員が創意工夫の意欲をなくしたり、指示待ちの受け身になったりしていることはない」と胸を張った。

有権者の受け止めは?

実際、石川県の有権者は「多選」をどう考えているのだろうか。NHKが投票日に行った出口調査で、知事の「多選の弊害」について聞いたところ、「ある」と答えた人は39%、「ない」と答えた人は61%だった。しかし、「ある」と答えた人でも、7割近くは谷本氏に投票していた。

また、谷本知事の県政運営を「評価する」と答えた人は9割を超えた。出口調査に答えてくれた人の中には、「多選って、どういう意味ですか?」と聞き返してきた人もいたのが印象的だった。

なぜ「多選」なのか
では、なぜ「多選」が続くのか。最大の理由と思われるのが、かつてない勢いの石川県の経済情勢だ。

北陸新幹線

3年前の北陸新幹線の開業以降、観光客が増加。金沢のシンボル「鼓門」をバックに記念写真を撮る光景は、すっかり定着した。金沢市内ではホテルの予約が取りづらい状況で、ホテルの建設ラッシュが続いている。

この新幹線、谷本氏が知事就任直後から早期開業を訴え続け、実現にこぎつけた。まさに「新幹線効果」による好調な景気が、谷本氏の「多選」を後押ししていると言えそうだ。

メリットは“一貫性”

全国を見渡すと、もっとすごい「多選」の首長がいる。現職で当選回数が最も多いのは、山梨県早川町の辻一幸町長(77)の10回。昭和55年に初当選し、在職37年の超ベテラン。

「多選のよしあしを判断するのは、あくまで選挙民だ」という辻氏。「4年ごとに定年があると考えているが、明日ダメだったら、明日引きずりおろしてくださいという気持ちでやってきた」と話す。

辻氏に、あえて「多選」のメリットを聞いてみた。「考えている計画が一貫性を持って進められるということです。住民が信頼して、この町をこうしてくれという結果が、多選だと思います。

町のビジョンが4年ごとに変わっていると、計画は途切れます。住民も迷うし、混乱しますよ」と自信に満ちた表情で答えた。

「90歳までやる」!?

石川県の谷本知事については、「率直にすごいと思います。一般的には、3期くらいやると飽きられるけども、手腕と努力があるからこそ、県民が支持していると思いますよ」。

そして、「この町をこうすればこうなるという『未来のビジョン』を示しながら、住民を喚起して、町への愛着や誇りを持ってもらうということではないでしょうか」と、有権者に飽きられない“秘けつ”も語った。

最後に、11期目を目指すかどうか聞いた。 「ハハハ。それは、町民が決めることですね。私の決断もありますけど。今、聞かれても困りますよ。だからというわけじゃないんですが、『元気だったら、次なんて言わずに、90歳までやりますよ』って言ってます」

「多選」の背景には

「多選」が生まれる背景を、東北大学の河村准教授は次のように分析する。

ーーー 「多選」は、官僚出身者、特に旧自治省出身者に多く、与野党相乗り候補に起こりやすくなっています。また、新幹線など「国家プロジェクト」を抱える自治体に多くみられます。官僚出身者はバランス感覚に優れていて、対決よりも融和を好むタイプが多いと思います。

ビッグプロジェクトを抱える地域は、首長を先頭に与野党一丸で国に陳情するほうが、地元の総意をアピールしやすいこともあって、相乗りによる多選首長が生まれやすいと思います。

石川県の場合、衆議院の中選挙区時代に、森喜朗氏と奥田敬和氏によるしれつな争いが続いたこともあって、県政では、「覇権争い」よりも新幹線のような、県が潤う政策をやってほしいという有権者の思いが多選につながっていると見ている。

「寛容」と「共感」を

一方で河村准教授は、「多選」であっても、有権者の投票で選ばれたという事実は民主主義では極めて重いと言う。そのうえで、「多選首長」に必要なこととして、次の2つを挙げた。

ーーー キーワードは“寛容”と“共感”です。自分では寛容だと思っていても、長期政権になると、知らず知らずのうちに不寛容になりやすいんです。ですから、自分以外の多様な声を聞くべきだと考えています。

住民の声、とりわけ反対意見に耳を傾ける必要があると思います。そして、住民に共感してもらえるような、説得力のある説明ができるかどうか。そこが求められていると思います。

「百万石」の地を治めた加賀藩主は、前田利家を含めて14人。計算すると、1人当たりの在位期間はおよそ20年。一方、戦後の石川県知事は4人。平均の在任期間は、およそ20年。お殿様の代替わりと、知事が代わるサイクルがだぶっているように見えたのは、私たちだけだろうか。

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