「日本の2社しか作れない」

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日本の2社しか作れない、世界の航空業界を左右する新素材

新素材SiC繊維は、ボーイング737MAXやエアバスA320neoに採用されている

日本発の新素材が航空業界の将来をも左右しそうだ。
その新素材とは炭化ケイ素(SiC)繊維。炭素とケイ素の化合物を繊維化したものだが、軽量かつ高強度で、耐熱性にも優れている。

SiC繊維を作るには炭素とケイ素を結合させた繊維状の物質を焼き固めなくてはならないが、焼き固める前の段階では飴細工のようにもろく、ほんの少しの刺激で粉状に砕けてしまう。しかも、温度条件に過敏に反応するので同じ品質のものを作ることが難しい。

世界で製造できるのは日本カーボンと宇部興産の2社だけで、米国化学大手ダウケミカルや米国ガラス大手コーニングなどは途中で開発を断念した。

燃費改善は喫緊の課題

現在、航空機需要は拡大が続いている。グローバル化の進展により航空機を利用する人が増加。 日本航空機開発協会によると、全世界でのジェット旅客機の運航機数は2016年末の2万1597機から2036年末には約1.8倍の3万8866機に伸びる見通し。同期間中に約3.3万機(販売額は約5兆ドル)の新規納入、8.3万基(同約1兆ドル)のエンジン需要(スペア用含む)が見込まれている。

航空機数が大幅に増加するので、燃料費抑制のための燃費改善が極めて重要になる。さらに燃費改善は、環境面からも対応が急務となっている。

国際民間航空機関(ICAO)は2010年の総会で「2050年まで燃料効率を年率2%改善し、2020年以降CO2排出量を増加させない」と決議した。

2016年の総会では加盟191カ国がCO2排出量規制の枠組みに同意し、超過分については各航空会社が排出権購入を義務づけられることになった。

「日本の航空会社の排出権購入量は2012年の十数億円規模から2035年には数百億円規模に拡大する見込み」(日本航空機開発協会)。

燃費改善には航空機を軽量化する必要があり、翼や胴体部分では従来のアルミ合金から炭素繊維への置き換えが進んでいる。たとえば欧州エアバス「A350XWB」では、機体の53%に炭素繊維が使用されている。

しかし、飛行機のエンジン部分は飛行中に1300度を超えるため炭素繊維は使用できず、ニッケル合金が使用されている。このニッケル合金の代替として期待されている素材がSiC繊維だ。

SiC繊維はエンジンの高温エリアで使用されている

耐熱温度は1800~2000度

SiC繊維はニッケル合金と比べて重さが3分の1で強度は2倍、耐熱温度が1800~2000度と高い。ニッケル合金を使用したエンジンは外から取り込んだ空気で冷やさなくてはならないが、SiC繊維を使用したエンジンは空冷の必要がない。そこで、取り込んだ空気を推進力として活用できる。

航空機エンジン大手の米国ゼネラル・エレクトリック(GE)と仏サフラ
ン・グループが共同開発したエンジン「LEAP」の高圧タービンには日本カーボンが製造したSiC繊維「ニカロン」が使用されている。エアバス「A320neo」やボーイングの「737MAX」はLEAPを搭載している。

GEはSiC繊維を最新型航空機エンジン「GE9X」にも採用した。GE9Xは現行モデルのGE90に比べて燃費が10%高い。GE9Xはボーイングの次世代旅客機「777X」に搭載される予定だ。

日本カーボンは2012年にGE、サフランと合弁会社NGSアドバンストファイバーを設立(筆頭株主は日本カーボン)、富山工場で年間10トンのSiC繊維を生産している。また、GEが米国アラバマ州で2019年4月から稼働させるSiC繊維工場に日本カーボンが製造ライセンスを供与するほか、稼働後にはサフラン社とともに資本参加する方針だ。アラバマ工場の生産能力も年間10トン。

宇部興産は1980年代半ばからSiC繊維の開発に取り組んでおり、製品名は「チラノ繊維」。ガスバーナーの下に敷いて熱を遮るバーナーマットやディーゼルエンジンの排ガス中の粒子状物質を捕集するフィルターに採用されている。また、F1自動車のマフラーやターボチャージャー部分、ゴルフクラブ、テニスラケット、スキー板に使用されるなど、民生用での実績は多い。

しかし、ターゲットの本丸は航空機であり、航空機エンジンへの採用に向けて開発を進めている。宇部興産のチラノ繊維を使用したエンジンを航空機に搭載してテストするのは2019年ごろの予定だ。

また、経済産業省の「次世代構造部材・システム技術に関する開発事業」に参画してシキボウ、IHIとともにSiC繊維を用いたエンジン部材開発に取り組んでいる。

山口県宇部に生産能力10~20トンの試験プラントを持つが、新たに準量産ラインを建設中で2018年末に稼働する。宇部興産の永田啓一ポリイミド・機能品事業部長は「2030年以降には100トン程度の生産体制になるだろう」と言う。

炭素繊維の100倍という価格が課題

関連機器も動き始めた。住友電工傘下の電力機器メーカー、日新電機の子会社であるNHVコーポレーションは電子線照射装置を製造している。この装置でSiC繊維に電子線を照射するとSiC繊維の耐熱性・強度・耐久性が向上する。特に耐熱性は従来のSiC繊維よりも500度アップする。

2016年には日本カーボンとGE、サフランの合弁会社向けに納入し、米国の航空機用部品メーカーからも受注した(同社は米国企業名と受注額を非公開)。NHVコーポレーションでは2020年までに電子線照射装置の売上高を現在の約2倍の100億円にする予定だ。

SiC繊維の問題は価格が高いこと。炭素繊維は1キログラム当たり3000~1万円だが、SiC繊維は炭素繊維の約100倍。しかし、航空機の燃費改善は避けられない課題であり、需要拡大は間違いない。

将来的にはエンジンの燃焼室やタービンといった高温エリア以外の部分でもSiC繊維の採用が見込まれる。航空機で実績を積んだあとには火力発電タービンに採用される可能性もある。需要拡大に伴う量産化で価格低下が進むだろう。

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