「正月に新米を出す」

画像の説明

値段は魚沼米の18倍!日本一早い新米が登場
ハウスでの米づくりを手がけるJA木更津市の狙い

新米の季節と言えば、普通は秋と相場が決まっている。ところが、そんな常識を覆すコメの生産が千葉県木更津市で進められている。

季節としては真逆とも言える、真冬の2月上旬に稲刈りが行われ、2月中に発売予定。気になる値段は、卸値でなんと1俵30万円という。これは2017年度の魚沼産コシヒカリの約18倍の価格だ。

にもかかわらず、昨年末時点で売約済みだった。そんな取り組みを始めたのは千葉県木更津市にあるJA木更津市だ。同JAでは「日本一早い新米」を目指して、ビニールハウス内に水田を作り、地元のベテラン農家や稲作名人のノウハウを駆使して、コメ作りをスタートさせている。JA木更津市が仕掛ける仰天のコメ戦略を見ていこう。

ハウス内に作られた水田。寒い冬でも気温は23〜25度に保たれ、その中で千葉県の誇る早生(わせ)品種の「ふさおとめ」がすくすくと育つ

2月に新米が獲れる? ウソでしょ――。最初、話を聞いた時には正直、自分の耳を疑った。新米が出回る季節は秋というのが瑞穂の国ニッポンの常識だ。8月から10月頃にかけて田んぼが黄金色に輝く季節。

たっぷりと水分を含み、つやつやと輝く新米が炊きたてのご飯で味わえる秋を、多くの人が楽しみにする。沖縄では6月に収穫する地域もあるが、少なくとも東日本ではあり得ない。

ところが、である。年の瀬が近づく頃に、緑の田んぼに稲がすくすくと育っているところがある。場所は南国かと思いきや、千葉県・木更津市。

その名も「ゴールドプレミアムダイヤモンド米物語(ダイヤモンド米)」だ。少々過剰とも思えるネーミングだ。このダイヤモンド米、なんとビニールハウスの中で作られるというからさらに驚きだ。

ダイヤモンド米の第1弾が販売されたのは2017年5月のこと。この時点でも、2月に田植えをし、その後3カ月半での収穫で「日本一早い新米」として話題を呼んだ。

しかも、1俵20万円という当時でもとんでもない高値が付けられた。2017年産の魚沼産コシヒカリの卸値(1俵1万7000円程度)と比べると約12倍だ。そして第2弾となる今年の新米は、さらに早い“真冬の新米”。1俵30万円というのもうなずける。

この超高級ブランド米は、いったいどのような戦略で作られているのか。暮も押し迫った頃、ダイヤモンド米を生産するJA木更津市を訪れた。対応してくれたのは、JA木更津市のトップ、梅澤千禾夫代表理事組合長だ。
誰もやったことがないからやる

JA木更津市代表理事組合長の梅澤千禾夫さん。「ゴールドプレミアムダイヤモンド米物語」を発案し、プロジェクトの陣頭指揮を務める。米・食味鑑定士協会の副会長でもある

このダイヤモンド米、そもそも梅澤組合長の発想から始まった。「この春、長らく続いてきた米の生産調整がなくなります。

5年先、10年先を考えると、これからは、消費者が欲しがる米を自分たちで作る必要がある」と梅澤組合長。だからこそ、日本一早い新米というブランドで、高値で販売する戦略なのだ。贈答需要も見込める。

この戦略のために、温度の高いハウスの中に水田をつくり、季節を逆転。真冬に新米を出荷する。「野菜や果樹は、ハウスで作る技術が確立しているが、米は、農業試験場は別としてハウスで作る発想自体がなかったし、その技術もない。私は人まねが嫌いなので、誰もやったことがないことをやろうと。でも、設備投資のリスクがあるから経営判断で私が率先してやるしかない」(梅澤組合長)。

温度の高いハウスの中に水田を作り、季節を逆転。真冬に新米を出荷し、高値で販売する戦略なのだ。確かに「日本一早い新米」というブランドがあれば、贈答需要も見込める。

組合長の陣頭指揮の下、「日本一早い新米」を目指して、ダイヤモンド米生産の取り組みがスタートしたのは2017年初めのことだ。JA木更津市が管理する木更津市高柳地区の農地に、約6アール(約600平方メートル)のビニールハウスを設置。

ハウス内に温風を供給する送風機や地下水を利用した水田を作り、ダイヤモンド米の生産が始まった。有機肥料を使い、農薬も減らした栽培法で特別感を演出する。品種は、千葉県を代表する米であり、早生(わせ)の水稲でもある「ふさおとめ」が選ばれた。

ダイヤモンド米を栽培する安藤一男さん。木更津市の農業委員会の会長であり、大規模に米作りとハウスでの野菜栽培をするベテラン農家でもある

JAからの委託で栽培管理を担うのは、木更津市の農業委員会で会長を務める安藤一男さんと生男さんの親子だ。安藤一男さんは、農業委員会の会長として地域農業を引っ張る立場にあるが、今も約20ヘクタールの水田で米を作り、約4ヘクタールのハウスでトマトやきゅうりの栽培もする。バリバリの現役農家であり、米作りとハウス栽培、両方のノウハウも持つ腕利きだ。

さらに、JA木更津市は、有機栽培による米作り名人として有名な遠藤五一さんに栽培指導を依頼した。遠藤さんはお米の代表的な品評会「全国米・食味分析鑑定コンクール」で「ダイヤモンド褒賞」を受賞した、全国にわずか8人しかいない「名稲会」のメンバー。JA木更津市が目指すのは、日本一早く獲れて、とびきり旨い極上の新米なのだ。

安藤さんは、遠藤さんの技術を取り入れながら、塩分のない地下水や日照条件、温度や換気など様々な工夫を凝らして、2017年5月に第1弾の出荷に成功。日本一早い新米の座を手に入れた。

第2弾はズバリ「正月に新米を出す」を目指している。安藤さんも「初めはたまげました。でも、組合長が言うんだもの、組合員としてはやらんわけにはいかんでしょう」と笑う。

いかに自然に近づけるか

では、ハウスでの米作りはどんなところが難しいのだろうか。百聞は一見にしかず。実際にハウスの中を見せてもらいながら話を聞いた。

外の寒さに震えながら、ハウスに入っていくと、モワっと暖かく湿った空気がまとわりつく。メガネもカメラのレンズも一気に曇り何も見えなくなった。慌てて、ハンカチを取り出しメガネを拭くと、そこには本当に緑の田んぼが広がっていた。

ここでは、一日たりとも気を抜くことなく、温度や換気の制御が行われる。日照のコントロ−ルも難しい。安藤さんがハウス内栽培の苦労について説明してくれた。

「稲は春に種を蒔いて、秋に収穫というのが普通です。正月から2月に収穫するとなると、日照が一番少ない時期に育てることになります。稲は日が短くなると十分育たないうちに早く穂を付けてしまうので、夜に電照で日を長く感じさせなくちゃいけません。温度も常に23〜25度以上に保つ。

寒いからハウス内の換気も十分にできない。そうすると光合成に必要な炭酸ガスが不足する。それを防ぐために炭酸ガスを発生させる仕掛けも必要です。自然の風もありませんからファンで空気を流して回し続ける。そうしないとカビが生え、大敵のいもち病も出やすい。とにかく自然に近い環境をいかに作るかが基本で、一番難しいところです」

“ないないづくし”の条件の中で、いかに自然に近づけるかという工夫を重ねて稲を育てているのだ。

ハウス内には二酸化炭素発生剤「寝太郎」が施されている。冬の間は換気ができないため稲の光合成に必要な炭酸ガスが不足してしまう。これを補うことで稲の生育が進む

収量については、一般的な水田で普通にふさおとめを作る場合に比べると半減するという。10アール当たりで5俵程度。このハウス内で言えば「2俵半か3俵だろう」と安藤さんは言う。

ただ、年に2回収穫できるから1年で計算すれば一般的な水田で作るのと同じ量にはなる。

安藤さんの努力の甲斐もあって、10月14日に田植えをした稲は順調に育っている。安藤さんも「草丈は前回より育っている」と満足げだ。今回の稲刈りは2月上旬、出荷は2月中旬になる予定だ。

第1弾の出荷が5月で「日本一早い新米」だったから、「今回は何と名付けるのか」と梅澤組合長に聞くと、返ってきた答えは「日本超最速」。卸値は1俵30万円で、取材時点(2017年12月)では全て売約済みだという。

「これはご祝儀相場で、この値段が長く続くことはないのでは?」とあえて尋ねてみた。

すると、「いや、この値段でいける。贈答用に欲しいという顧客層は必ずいるはず」と自信に満ちた答えが返ってきた。「いくらまでいけますか?」の問いには「ある人からは1俵50万円にしなさいと言われた。来年は50万円を目指します」と組合長の口からは目を見張る値段が出てきた。

1キロで8333円の計算になる。実際に調べてみると、確かにそういう市場は国内にある。ギネスで認定された世界一高い米は1キロ1万1304円(税別)だ。贈答用ということを考えればあり得る値段なのだ。

米農家の経営安定につながる仕組み

梅澤組合長は、現在は1棟のハウスをいずれ20棟ほどに増やしたいと考えている。ひとまず、現在のハウスで安藤さんの手を借りながら、3年ほどで栽培技術を安定させ、その後に広げていく考えだ。

とはいえ、やみくもにダイヤモンド米を増やす考えはない。「日本一早い新米」というブランドは高値で売れるとはいっても、希少性がものをいう。JA木更津市では農家の米作りをどのように設計しているのか。

梅澤組合長の構想はこうだ。「JA木更津市としては、生産者に年間売上で3000万円以上という目標を掲げていますが、普通に米を作っていては実現不可能。ではどうするかというと、生産者が持っている田んぼの一部で10倍、20倍の値段で売れる米を作る。そして残りのエリアで一般的な米を作って経営を安定させる」という。つまり、飛び抜けて高い米を一部作りながら、標準的な米も作るという二面作戦だ。

さらに、JAとして生産者の米作りに必要なインフラをしっかり整えていく考えだ。組合長はこう続ける。

「JAが貯蔵や精米、販路に至るまでのトータルな仕組みをきちんと提供する。収穫した米の品質を保つには低温貯蔵する倉庫が必要ですが、生産者は自ら持てない。精米機にしても同じです。

精米機の性能によって白米の味は全然違う。JA木更津市では千葉県でも1台しかないような高性能の精米機を導入している。組合員はここで精米すれば間違いなく高く売れる。販路を含めて1つのシステムを構築し、その全てをやらないと米の場合はダメなんです」。

今年の2月、梅澤組合長が日本超最速と呼ぶ、1俵30万円のダイヤモンド米が販売される。ただ、ハウスで獲れる米は多くても3俵だ。あっという間に売り切れる可能性が高い。

それでも、第1弾と同じように大きな話題を集めるはずだ。この超高級ブランド米を入手できる人はほんの一握りでしかないが、他の木更津市の米にも目を向ける呼び水となるに違いない。

この超高級ブランド米が、今後どのように、木更津市の米作りを、さらには日本の米作りを変えていくのか。梅澤組合長が舵取りするJA木更津市の戦略からしばらく目が離せない。

コメント


認証コード2086

コメントは管理者の承認後に表示されます。