「欧州」

画像の説明

2018年は独仏の立場が逆転する分かれ目の年か
漂流するドイツの政局

  

年末年始の特別企画として、日経ビジネスオンラインの人気連載陣や記者に、それぞれの専門分野について2018年を予測してもらいました。はたして2018年はどんな年になるのでしょうか?

2018年は独仏の立場が逆転する年になるかもしれない

2018年に向けて、ドイツ人たちが抱いている最大の関心事は「いつ政府が誕生するのか?」である。本稿を執筆している12月半ば時点では、連邦議会選挙から3カ月近く経っているにもかかわらず、政権の影も形も見えない。ドイツの政治家の間では、「政権樹立は、来年3月までずれ込む」という見方が有力だ。混乱の長期化は、欧州政界でのドイツの影響力を低下させるだろう。

大連立政権がカムバック?

この原因は、9月24日に実施された総選挙で大政党が得票率を大幅に減らし、極右政党が第3党の地位に一挙に駆け上るという地殻変動だ。ドイツではあの日以来、政局の潮目が1カ月ごと、時には1週間ごとに目まぐるしく変わるようになった。

11月19日にキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟

(CSU)、自由民主党(FDP)、緑の党が進めていた4党連立交渉が決裂した直後には、メルケル首相をはじめとする政党幹部の間で「選挙をやり直すべきだ」という声が強かった。

彼らはCDU・CSUによる少数与党政権では、安定性を欠き、政権運営能力が弱いと考えた。一方、社会民主党(SPD)のシュルツ党首は、「4党連立がご破算になっても、CDU・CSUとの大連立政権に参加する気はない」と改めて宣言していた。

ところが、11月20日にシュタインマイヤー連邦大統領が「選挙結果は、政治家にとって最も重要な意思表示。これをないがしろにして、軽々に選挙のやり直しを求めるべきではない」と述べ、政治の空白を一刻も早く終わらせるべく、CDU・CSUとSPDに政権樹立の可能性を探るように要請した。

この直後からCDU・CSU主流派は、大連立政権の復活へ向けて動き出す。またSPD内部でも、「大連立政権の可能性を検討せよ」と執行部に求める声が高まった。

このためシュルツ党首はしぶしぶ前言を撤回して、CDU・CSUとの大連立へ向けて協議する方針を明らかにした。

シュルツ氏は「4党連立交渉が決裂して新しい状況が生まれた」と弁解しているが、朝令暮改も甚だしい。

私は1990年以来、27年間にわたってこの国の政治を観察している。その中で、大政党が今回ほど右往左往するのを見たのは、初めてだ。

再選挙はAfDに追い風になる

シュタインマイヤー大統領は、なぜ再選挙に難色を示したのか。それは、選挙をやり直した場合、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率がさらに高まる可能性があるからだ。前例がないほどに政局が混乱し、有権者の間で大政党への不信感がさらに強まっている。

実際、AfDは各党の中で最も強く再選挙を希望している。同党はツイッターやフェイスブックを利用して、大政党を中傷するキャンペーンを強化している。

CDU内部では、メルケル首相の態度について不満が高まっている。特に9月24日の夜、投票結果が判明した時に、メルケル首相が支持者とメディアの前で「私の政策の中で変えるべき点は一つもない」と断言したことは、多くのCDU支持者を唖然とさせた。

有権者はメルケル首相の難民政策に対する不満から、CDU・CSUの得票率を戦後2番目に低い水準まで下落させた。メルケル首相がこれに対して反省の色を見せなかったため、草の根の党員の間で「メルケル時代は終わった」との声が高まっているのだ。これは長期間にわたり首相を務めている人物に特有の、現実社会との乖離なのかもしれない。

EU政局にも悪影響

このような状態では、シュタインマイヤー大統領がメルケル氏を首相に指名して、連邦議会議員たちに信任投票させても、メルケル氏が過半数を取ることはできないだろう。かつて「欧州の女帝」と呼ばれた政治家の凋落ぶりを内外に印象づけるだけとなりかねない。

さらに、EUの事実上のリーダーであるドイツで、3カ月近くも政権の空白状態が続いていることについて、周辺国で当惑の声が高まっている。次期政権が確定するまで、メルケル氏は「業務執行内閣」の首相にすぎないので、EUの首脳会議などでドイツを代表して発言することができない。

フランスのマクロン大統領が進めようとしている欧州通貨同盟の改革や、英国のEU離脱をめぐる交渉に関する意思決定は、ドイツなしに進めることはできない。

ドイツの政権が空白状態なったことで、宙ぶらりんになるEU政策課題が日に日に増えているのだ。マクロン大統領と、ギリシャのチプラス首相はシュルツ党首に電話をかけて、大連立政権に参加するよう鼓舞した。このことも、他のEU加盟国の苛立ちを象徴している。

険しい大連立政権への道

だが、CDU・CSUとSPDによる大連立をめぐる交渉は、難航が予想されている。その理由はSPD左派を中心に、大連立政権に反対する勢力が存在するからだ。特にSPDの若い党員たちの間で、シュルツ党首が前言を翻し、選挙期間中に批判してきたメルケル氏を再び首相の座に就けるための「助け舟」として利用されることについて、不満の声が強い。

連邦議会選挙でSPDの得票率が史上最低の水準まで落ち込んだ背景には、過去4年間の大連立政権によって、CDUとの政策の違いが有権者に見えにくくなった事実がある。

このためSPDは、いったん野党席に戻って党を改革し、有権者の信頼を回復しようと考えていた。ところが同党は、「再選挙を避け、政権の空白期間を短くする」という大義名分のために、連立交渉の場へ再び引きずり出された。

有権者だけではなく、SPD党員の間でも、「この党の主体性はどうなっているのか」という疑念が高まるのは必至だ。

このため、SPDは大連立政権に参加する条件として、メルケル首相に様々な要求を突きつける方針だ。たとえば健康保険制度の抜本的な改革を要求している。ドイツ市民の90%は、公的健康保険に加入している。

これに対し、所得が一定の水準を上回る市民や自営業者、公務員は民間の健康保険に入っている。一度、民間健康保険に入ると、失業などによって所得が大幅に減らない限り、公的保険には戻れない。

民間健康保険は保険料が公的保険よりも大幅に高いが、医師が治療にかける費用に上限がない。したがって医師や病院は民間健康保険に入っている患者を優先的に診察しようとする。

彼らにとって、民間健康保険の加入者は、最も貴重な収益源である。このため、民間健康保険に入っている患者は、診察までの待ち時間が公的健康保険の患者よりも短くて済む。医師の中には、民間健康保険の患者しか受け付けない者もいるほどだ。

逆に、公的健康保険の加入者だけを診察している医師は、経営難に陥る危険がある。米国ほどではないが、ドイツでも「健康保険の階級分化」が起きつつあるのだ。これは、SPDにとって所得格差の拡大を象徴する現象である。

このため、SPDは民間健康保険を廃止して、「市民保険」という名称の公的健康保険への加入を全ての市民に義務付けることを要求している。

民間健康保険と公的健康保険の間にある不公平をなくすとともに、公的保険の財政的基盤を拡大するためだ。だがCDU・CSUや保険業界、医師会は民間健康保険の廃止に真っ向から反対する。

またSPDは、所得格差の拡大に歯止めをかけるために、富裕層に対する増税や、社会保障制度の拡大も要求している。

さらに難民問題でも両党の意見は異なる。原則として、ドイツに亡命を認められた難民は、祖国から家族を呼び寄せることができる。しかしメルケル政権は、難民数の急増に歯止めをかけるために、ドイツへの仮滞在を認められた難民たちが、シリアなどから家族を呼び寄せることを、来年3月まで一時的に禁止している。SPDは、人道的な理由から、来年3月以降は家族の呼び寄せを再開すべきだと主張しているが、CDU・CSUは難色を示す。
 難民問題は、ドイツの政治家にとって一種の「地雷」だ。不用意に扱うと、有権者から強いしっぺ返しを食らう危険がある。それは、AfDが、家族呼び寄せの復活に強く反対しているからだ。

CDU・CSUがSPDに歩み寄った場合、憤慨した支持者がAfDの元へ走る可能性がある。AfDの大躍進は、伝統的な政党の行動の自由を大きく制約することになった。その意味でこの極右政党は、すでにドイツの政局を陰で左右する存在になりつつある。

大連立政権が誕生する可能性は半々

健康保険制度や難民政策に関する両党の議論は、平行線をたどり、大連立政権についての交渉は、シュタインマイヤー大統領が期待するほどスムーズには運ばないかもしれない。

現在SPDは低い得票率に悩み、満身創痍の状態にある。大連立政権に参加することで独自色が今以上に薄まることを恐れ、SPDが交渉を中断する可能性もある。FDPが、自党の原則を守るために、4党連立交渉で席を蹴ったようにだ。

そう考えると、大連立政権が誕生する可能性は、まだ半々というべきだろう。実際、CDU・CSUとSPDの議員の間には、大連立政権の誕生に悲観的な見通しを持ち、「選挙準備を始めるべきだ」と語る者もいる。一言でいえば、ドイツの政局はいまだに「星雲状態」であり、混乱からの出口は見えていない。

さてSPDが12月初めに開いた党大会では、過半数の代議員たちが、CDU・CSUとの大連立をめぐる協議入りに賛成した。だが本格的な連立交渉が始まるのは、クリスマス休暇明け、つまり2018年1月になる。それから数週間の交渉を経て、3党が大連立政権の樹立に合意したとしても、シュルツ党首は臨時党大会を開き代議員に投票させて、承認を仰ぐ方針。

デメジエール連邦内務大臣(CDU)は12月10日、「SPDの作業スケジュールから判断すると、新政権の誕生は来年3月以降にずれ込むだろう」と発言した。彼の予想が的中した場合、6カ月も権力の空白状態が続くことになる。

2018年秋には、バイエルン州とヘッセン州で州議会選挙が行われる。地方選挙ではあるが、有権者たちは中央政府に対する意思を、この機会にはっきりと示すだろう。有権者たちは、CDU・CSUとSPDが大連立交渉で、どのような態度を示すかを凝視している。

特にCSUは、CDUの姉妹政党で、1957年から60年間にわたりバイエルン州政府の政権党として首相の座を占め、単独支配を続けてきた。CSUはドイツの伝統的な政党の中で最も右派に位置していたが、今やAfDがCSUよりもさらに右のポジションを占めている。

CSUは9月の連邦議会選挙で、バイエルン州の多くの支持者をAfDに奪われ、得票率を約11ポイントも減らした(バイエルン州の有権者は、CDUに投票することはできず、同州の地域政党であるCSUしか選ぶことができない)CSUの党員である私の知人は、「CSUの議員の間では、来年の選挙へ向けて不安感が強まっている」と教えてくれた。伝統的な保守党の地盤でも、地殻変動が起きつつあるのだ。

半年に及ぶ政界の混乱は、伝統的な政党の凋落を浮き彫りにする。2018年の欧州で、ドイツそしてメルケル首相の求心力が低下するのは避けられない。フ

ランスのマクロン大統領は現在、ユーロ圏改革プロジェクトを打ち出すなど、欧州での指導的立場を取り戻すべく様々な努力を続けている。来年は独仏の立場が逆転する分かれ目の年となるかもしれない。

コメント


認証コード1846

コメントは管理者の承認後に表示されます。