「白鵬という「危機」」

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相撲協会と部屋の関係

元日馬富士による傷害事件は、関係者の処分で大きなヤマを越えたかに見えても、初場所後の役員選挙や今後の再発防止に向け、多くの問題と火種が残っている。相撲協会と貴乃花親方の関係もさることながら、問題行動が増えている白鵬の存在もその一つだ。

いまだ続く報道に隠れて目立たないが、12月20日の日本相撲協会臨時理事会で危機管理委員会(高野利雄委員長=元名古屋高検検事長)が示した提言の中に、相撲界が古くから抱えてきて、今度こそ八角理事長(元横綱北勝海)が踏み出さなければいけない課題が記されていた。

「力士等は全て協会員であるが、いずれかの相撲部屋に所属し、相撲部屋は基本的に協会から独立した運営を行っているため、力士等に対する指導・教育は親方に任されており、これは大相撲の伝統である。しかしながら、協会は、これまで以上に、力士等に対し、暴力行為根絶のための指導・教育を徹底していくべきである。また、協会は、力士等を指導・教育する立場にある親方に対しても研修を実施し、その意識改革を図るべきである」

「主体的指導」。当たり前のようだが、他に類のない相撲協会の複雑な構造が、それを難しくしている。

2007年に朝青龍のサッカー騒動、時津風部屋力士傷害致死事件が起きた際、当時の北の湖理事長は「師匠の責任」と繰り返し、無責任だと批判された。08年、尿検査で大麻使用の陽性反応を示した者の中に、北の湖部屋の力士がいて、理事長が引責辞任する「ブーメラン」現象も起きている。

力士の育成はスカウトの段階から各部屋が行う。多くは十代で入門するので、師匠は父親代わり。自分の考えで相撲の指導もしつけもする。部屋の閉鎖や吸収合併がない限り、力士は移籍もできない。

一方、力士の身分は相撲協会員であり、給与も福利厚生も協会持ち。幕下以下は無給で、衣食住などは部屋が面倒を見るため、協会から各部屋に人数や番付に応じた養成費などが支給される。

次に問題を起こすのは

相撲協会が公益財団法人に移行した後、協会が各部屋に力士育成業務を委託しているものだと規定し、各部屋が同意する旨の誓約書を提出させた。ただ、これは公益財団法人として透明性を示すため、あいまいだった協会と部屋の関係を文言上で整理した意味合いが強く、実態は変わっていない。

さらに、理事長ら協会幹部の多くは自らが部屋の師匠であることも、関係を複雑にしている。協会が個々の力士や部屋の指導に踏み込むことは、師匠同士が他の部屋の運営に口を出すことを意味するからだ。

北の湖理事長が言った「師匠の責任」もそこから来ている。人気力士が育てば協会も潤うが、後援者などからの実入りは部屋や力士個人のものになるのだから、その分、責任も負えという理屈もある。

だが大きな不祥事が起き、それが相撲界全体の問題だったときに、対応や指導の主体と責任の所在はどこにあるのか。再発防止、未然防止は協会を挙げた取り組みや、問題のある部屋・力士への直接指導・介入がなければ成し得ない。

今回の提言にある「主体的指導」は暴力問題を念頭に置いたものだが、白鵬にも「主体的指導」が必要な時に来ている。「次に大問題を起こすとしたら白鵬だよ」。最近、相撲界のあちこちで耳にする。

朝青龍の引退後から、「白鵬の朝青龍化」がささやかれていた。危険な駄目押し、横綱らしくない猫だまし、審判の判定に対する露骨な批判。

先の九州場所では前代未聞の物言い、千秋楽の優勝インタビューでの発言など、反省どころかエスカレートする傾向さえある。翌日には簡単に謝るのに、またすぐ問題を起こすのは、意図的だと思われている。「双葉山を尊敬している」という言葉もむなしく響く。

12月20日の横綱審議委員会では、乱暴な張り手や肘打ちまがいのかち上げに批判が出た。北村正任委員長(毎日新聞社名誉顧問)は「私や委員会宛に来る投書のほとんどは、白鵬の取り口に関する批判」だという。

元日馬富士の傷害事件では、発端となる説教を始めたのが白鵬だったこと、元日馬富士が何発も殴る間に止めなかったこと、貴ノ岩が母校関係者もいる場で説教されて恥ずかしかったと思っていることなどが判明。臨時理事会では1月分の全額、2月分の半額を減給とする処分を科した。
処分の意味とは

初場所に出場させることは決して悪い判断ではないと思う。朝青龍はサッカー騒動で2場所出場停止や自宅謹慎などを命じられた。度重なる問題行動で協会全体が感情的になっていたこと、直前に自動車で人身事故を起こした力士が1場所出場停止だったことなどが背景にあるが、案の定、謹慎中の朝青龍が精神不安定になったとして、医師の診断だのモンゴル帰国療養だのと騒ぎがさらに拡大した。

大男が2場所も相撲を取れずに自宅謹慎(稽古のための外出は認められていた)となれば、普段以上にいらつく。付け人や裏方は迷惑な話。観客は朝青龍の相撲を見られない。謹慎が明けて九州巡業から復帰した朝青龍は大歓迎を受けた。

当時から私はあちこちで「無給で相撲を取らせればいい」と言ってきた。今回の白鵬への処分には、複数の親方が言うように「白鵬の次の目標は東京五輪まで現役でいることだそうだから、今後は適当に休みながらやっていくつもりだろう。出場停止にしたら悪いところを治療して寿命が延びる。思うつぼだ」との思惑があるようだ。

それもどうかとは思うが、番付降格のない横綱は、出場停止の実効性に疑問があるのは確かだ。白鵬はお金があるから減給は無意味だとの批判もある。しかし世間一般でも、会社役員の減俸処分にどこまで実効性があるか。懲罰とは処分の軽重以上に、理由をよく理解させ、償いとは何かを考えさせることに意味がある。朝青龍は結局、2年余り後に不祥事で引退した。

例えば白鵬は、春場所まで2場所を無給出場させ、優勝賞金や懸賞金も返上して暴力や体罰で傷付いた人の福祉に使ってもらうようにすればよかった。休場したら無給出場を延長する。無給だからと「無気力相撲」を取らないように、監察委員会がしっかり目を光らせる。2月は巡業がないから、「3・11」が近い東北で鎮魂の土俵入りをするのもいい。

思えば2011年3月、力士はいち早く被災地へ入り、大地を鎮める四股を踏むべきなのに、相撲協会は八百長メールの発覚で大混乱していた。ようやく慰問に行ったのは6月だったが、人々は喜んでくれた。宮城県南三陸町の学校で、「相撲の好きなじいちゃんにあげるんだ」とサイン色紙を抱きしめる少年がいた。

出場停止にしたら、別のことも起きかねない。白鵬がいない、鶴竜は引退する、稀勢の里もまた途中休場、「たなぼた」で豪栄道が優勝して春場所は綱とりか。しらけるだけだ。

横綱と師匠の関係

白鵬を育てたのは協会ではない。モンゴルから集団で入門先を求めてきた少年たちの中で、最後まで残ったやせっぽちの少年を、宮城野部屋が引き受けた。指導したのは元幕内竹葉山の宮城野親方、稽古をつけたのは関取の光法。ある時、光法が「親方、この子は強くなりますよ。

言われたことがすぐできる」と言った。小部屋が白鵬の性格に合っていたともいわれる。宮城野親方は、部屋継承の問題で一時期は部屋付きの立場に甘んじながら、金の卵を育ててきた。

大関昇進直後には、左上手を下から遠回りに取りにいくとか、立ち合いの2歩目が遅いといった難点があったが、それもほどなく克服して横綱になった。朝青龍が去り、不祥事が続く中、存亡の機に立つ大相撲を、モンゴルから来た青年が一人横綱として支えた功績を忘れてはならない。

しかし、その後の白鵬は良からぬ行動や発言が目立つようになった。日本国籍がないと親方になれない規則を、実績に免じて特例扱いしてほしいのに、協会にその気配がないから不満なのだとの見方もあれば、「地金が出ただけ」との声もある。

そんな中で数年前、宮城野親方があぐらをかいて話をしている横で、白鵬が寝転んで頬杖をついて聞いている様子が、テレビで放映された。協会幹部は「あり得ない。放送する方もする方だ。カットしろよ」と苦虫をかみつぶした。1987年に双羽黒、2010年に朝青龍が不祥事で去った際は、師匠の指導力が問題視されている。また繰り返せば朝青龍、日馬富士に続いてモンゴル出身の横綱が3人も不祥事で引退することになる。

相撲界の師弟関係は絶対で、厳しいものだと美化されているが、これまでも横綱・大関と師匠の関係は必ずしも良好ではなかった。金銭や部屋継承の問題で不仲になる、弟子が増長して聞く耳を持たなくなる、それを御する器量が師匠にない、師匠が現役時代の番付を引け目に感じて強く物を言えない-理由はさまざまだ。協会幹部はそうした例を見聞きしているわけで、白鵬という名の「危機」管理に協会の「主体的指導」が必要なことは分かるだろう。

前へ出る時

幹部以外の親方たちもするべきことがある。弟子が白鵬と対戦する地位にいるなら、積極的に横綱の胸を借りて稽古させ、本場所で白鵬を倒すようにハッパをかけているか。真剣に作戦を授けているか。白鵬は2、3年前、下半身の筋肉がげっそり落ち、引退間近を思わせた。「技」と呼べない乱暴な取り口は、衰えの表れともいえる。

ひと昔前ならみんなで倒しにいったものだ。勝負の世界の新旧交代は時に残酷で、その厳しさも魅力なのだが、他の力士たちは白鵬に復調を許した。力士が土俵上で堂々と引導を渡せば、親方たちが陰で白鵬の悪口を言う必要はないのに。

白鵬にせよ暴力根絶にせよ、協会と部屋の関係が変わっていない状態で、八角理事長が「主体的指導」に乗り出せば、ある部分では矛盾が出るかもしれない。そもそも力士出身者による運営に限界があるとの指摘も聞く。

確かに外部役員は必要だが、お決まりの親方自治批判には学歴社会の「上から目線」を感じるし、プロ野球で問題が起きればコミッショナーが素人だからいけないという。相撲も野球もろくに見たことがない人たちの「世論」など、無責任なものだ。

相撲界の今そこにある危機を考えると、ともかく前へ出る時だと思う。現役時代、目を背けたくなる猛稽古で千代の富士の胸にぶつかり、あと1歩、もう半歩と前へ出ようとしたように。理事長が優しくては、この世界は持たない。

協会として守るべきものは守った上で、白鵬に優勝40回の横綱らしい花道を用意できるか。白鵬も許される形で言い分を口にしていいが、納得した上で晩節を飾れるか。今でも「言われたことがすぐできる」のか。白鵬の資質に気づいた光法は、何の巡り合わせか、今は音羽山親方として貴乃花部屋にいる。

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