「攻防」

画像の説明

天皇陛下の譲位と改元の日程が1日の皇室会議でようやく決まった。

昨年7月13日にNHKが「天皇陛下が生前退位のご意向」と報じて1年4カ月余り。その裏では、首相官邸と宮内庁、そして皇室の間で静かなる攻防があった。

「憲法に抵触しかねないデリケートな案件だけに報道が先行して議論がねじ曲げられるようなことはあってはならない」

ある政府高官は厳しい表情でこうつぶやいた。憲法4条は「天皇は国政に関する権能を有しない」と定める。これに抵触せぬ形でいかに天皇陛下の「お気持ち」に沿えるか。この難問に対処するため、安倍晋三首相は、菅義偉官房長官、杉田和博官房副長官、今井尚哉首相秘書官らだけで極秘裏に協議を進めた。

昨年7月のNHKのスクープに官邸は衝撃を受けた。「寝耳に水」だったからだ。しかも報道通り、天皇陛下は翌8月8日に譲位をにじませるビデオメッセージを公表された。

譲位は皇室制度の根幹に関わる。

旧皇室典範策定時、明治天皇は譲位を可能とするよう望んだが、初代首相だった伊藤博文は一蹴した。譲位により皇室で権力闘争が起きることを恐れたからだった。

にもかかわらず、天皇陛下の真意は官邸になかなか伝わらず、報道ベースで皇室の「ご意向」が次々に漏れ伝わった。官邸は宮内庁との関係を強化すべく、警察庁出身で内閣危機管理監だった西村泰彦氏を宮内庁次長に送り込んだが、「菊のベール」は厚かった。

首相は昨年10月、譲位に関する有識者会議を発足させる一方、法制官僚らにひそかにこう命じた。

「皇室典範改正は最小限にとどめ、1代限り譲位を認める特例法を制定せよ」

「陛下のご意向」ではなく「ご意向に共鳴した国民の総意を受け譲位を実現する」と解釈すれば憲法4条に抵触しない。ギリギリの線だった。

それでも、譲位特例法をめぐる与野党協議は難航した。「皇室とのパイプ」を誇示する一部野党議員が「譲位の恒久化」を迫り、女性宮家創設までねじ込もうとしたからだ。

「譲位問題で政局を招くわけにはいかない」。そう考えた首相は、高村正彦自民党副総裁と茂木敏充政調会長(現経済再生担当相)を与野党協議に投入して何とか事態を収拾させ、譲位特例法を成立させた。

これで一件落着、とはならなかった。譲位の日程をめぐり官邸と宮内庁の綱引きが始まったからだ。

官邸は、平成31年元日に譲位・改元する案を内々に決めていた。国民生活への影響を最小限にできる上、「元号離れ」を食い止められると考えたからだ。

ところが、宮内庁は「元日は早朝から重要行事が続く」と反発した。官邸は「暮れに退位し、元日に改元」という妥協案を示したが、宮内庁はなお難色を示した。「天皇陛下は31年1月7日の昭和天皇崩御30年式年祭を自ら営みたいと望んでおられる」というのが、その理由だった。

これで元日改元案は消えた。代わりに宮内庁は「31年3月末譲位・4月1日改元」案を打診してきたが、今度は官邸が難色を示した。

統一地方選の最中で政治的喧噪(けんそう)に巻き込まれる危険性があるからだ。

そこで浮上したのが、「31年4月末譲位・5月1日改元」案だった。4月29日は昭和天皇の誕生日である「昭和の日」があり、その後大型連休となる。

気候もよく祝賀ムードも醸成しやすい。首相は11月21日に天皇陛下に内奏した際、5月1日改元案の意味合いを切々と説明したとされる。

譲位日程は決まったとはいえ、即位の礼や大(だい)嘗(じょう)祭(さい)などの日程・段取りはなお決まっていない。官邸と宮内庁の静かなる攻防はなお続くだろう。

将来の皇室のあり方を考える上でも、譲位問題は政府に多くの宿題を残した。

コメント


認証コード4279

コメントは管理者の承認後に表示されます。