「ビックデーター」

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ビッグデータで保険料や与信枠が個別に変わる

ビッグデータを活用すれば、商品やサービスの価格を消費者ごとに変えられるようになる

「今年は安全運転を徹底したので自動車保険の保険料が昨年と比べて2割も安くなった」。「健康年齢は実年齢より5歳若いとされ、生命保険料が年間4000円ほど下がった」。2018年以降、ビッグデータの利用によって、消費者ごとに対価を変えられる商品やサービスが続々登場する。

人の行動や体調、好み、さらには信用まで、個人のデータそして個人が社会に関わる際のデータを記録し、人工知能(AI)なども使い、記録されたデータを解析していく。保険、融資、宿泊といった以前からあるサービスがビッグデータによって新たな価値を届ける時代が幕を開ける。

一方で、データを流通させる仕組みをどう整備するのか、プライバシーを保護しつつ個人データをどこまで利用できるのか、といった課題の検討を進めなければならない。

ビッグデータ連動の生命保険

生命保険大手はビッグデータに基づく保険商品の開発に注力しており、2018年以降、多様な商品が登場しそうだ。

第一生命グループのネオファースト生命はいち早く、実年齢に代えて健康年齢で保険料を決定する保険を発売している。癌など八大生活習慣病に対し入院一時給付金を払う保険「ネオde健康エール」だ。契約時と3年ごとの更新時に被保険者の健康診断結果などを基に独自の「健康年齢」を判定し、保険料を決める。

例えば男性で健康年齢が50歳の場合、月払保険料は2722円。これに対し、健康年齢が40歳では1782円に下がる。同社によると、健康年齢が5歳若い人が生活習慣病にかかるリスクは健康年齢が実年齢と同じ人より2~3割下がるという。

健康年齢を算出する上で、日本医療データセンターが保有する約160万人の健診データや診断報酬明細書(レセプト)などを使い、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーの分析技術を用いている。算出に先だって被保険者が体格(BMI)、血圧、尿検査、血液検査のデータを提出する。

この仕組みは3年ごとの健康診断結果を利用しているが、生保各社は健康に関するデータを常時取得する技術の実用を進めている。有力なのは、スマートフォンで健康的な生活の維持を支援するアプリを提供する方法である。

アクサ生命保険は2014年から、契約者に健康アプリ「Health U」を提供している。アプリが出す質問に契約者が答えていくと、健康度と健康的な活動への前向き度に基づき、契約者の健康状態を9つのステージから判定してくれる。

さらに「外食でもサラダを食べる」「甘いものは1日3口まで」など、契約者の状況に応じた健康習慣を提案。契約者は1日の歩数の目標を立て、達成状況を記録し、友達と比較できる。

日本生命はマピオンのウオーキングアプリ「aruku&(あるくと)」と連携して、個人契約者向けにアプリの利用に応じて独自の「健康サポートマイル」を提供する予定だ。

AIの活用も始まった。明治安田生命はダイエット支援アプリを提供するFinc(東京都千代田区)と組み、中小企業向けに健康経営を後押しするサービスを提供する。歩数、体重、睡眠、食事といった日々のライフログをスマートフォンアプリで記録・管理し、従業員の健康の維持・増進を図る。
 
ライフログのほか、体温や血圧などバイタルデータを基に、「パーソナルコーチAI」というソフトがアドバイスを配信する。Fincには、明治安田生命のほか、第一生命保険なども出資している。

テレマティクス保険、運転挙動データから保険料を決定

健康状態だけではない。安全運転をするドライバーは保険料もお得になる、テレマティクス自動車保険が登場する。

テレマティクスとは自動車をネットワークにつなぎ、様々なサービスを可能にすること。自動車のスピード、ブレーキ、アクセル操作といった運転挙動データを、通信を経由して集め、分析結果に基づき、保険料を調整する。

トヨタ自動車は2019年をめどに、日米中の三カ国で販売するほぼすべての乗用車に通信機能を標準搭載する方針を示している。車の通信環境が整備されれば、安全運転に応じて割安になる自動車保険の市場は急速に拡大するだろう。
 
あいおいニッセイ同和損害保険は2018年に、運転挙動反映型テレマティクス自動車保険を発売する。毎月の運転挙動と現行の自動車保険における等級制度と組み合わせて保険料を設定する。年間2万km走ると最大で20パーセントほど保険料に差が付くことを想定している。

損害保険ジャパン日本興亜も、運転診断結果に応じて保険料が最大20パーセント安くなる「安全運転割引」制度を2018年1月から提供する。同社のスマートフォン用カーナビアプリ「ポータブルスマイリングロード」で収集した走行データを分析し、安全運転の度合いを把握する。

同アプリは運転診断機能も備えており、スマートフォンのセンサーから得たデータを基に、アクセル、ブレーキ、ハンドリング、エコの4項目で安全運転の度合いを評価する。

前者は自動車から、後者はスマートフォンから、それぞれ運転挙動データを取得する。これとは別に、車の加速減速やコーナリングなどの運転挙動と事故発生の確率に関するデータを蓄積しており、両方のデータを分析することで保険料の割引率を決めていく。

こうした取り組みに備え、あいおいニッセイ同和損保は2015年3月、テレマティクス保険大手である英ボックス・イノベーション・グループ(BIG)を買収済み。BIG傘下で保険事業を展開する英インシュア・ザ・ボックス(ITB)は、保険料が高くなる若年層に向けて、一定距離分の保険料を先払いするプリペイド型の自動車保険を販売している。

スピード違反がなく急ブレーキも少ない安全な運転をしていると「ボーナスマイル」が付与され、先払い金額内で走れる距離が長くなる。
 
2010年5月にこの保険を発売したITB は2017年までに累計で50万件程度の契約を獲得した。契約者の累計走行距離は50億kmを超えたという。これらの運転状況と事故のデータを蓄積し、運転挙動反映型保険の保険料を適切に設定するアルゴリズムの開発に役立てる。

スコアレンディング、SNSで与信枠を決定

スコアレンディングは、顧客から受け取った様々なデータに基づき、与信枠や金利を決定する融資である。

みずほ銀行とソフトバンクはスコアレンディングを展開する「J.Score(ジェイスコア)」を共同出資で設立した。2017年9月に、サービスを開始した。利用するデータは、以前からある個人の信用情報や家族構成などの属性に加えて、ソフトバンクとみずほ銀行のサービス利用状況、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス、交流サイト)などでのインターネット利用や趣味、性格診断の結果などである。

一連のビッグデータをAIで分析し、その人の思考や行動パターンに基づくスコアを算出する。スコアに応じて与信枠や金利が決まり、利用者は自身のスコアを確認できる。スマートフォンで簡単に利用できるサービスだ。

新生銀行グループもビッグデータ分析に基づく融資の新手法を探っている。ユニークなのは、商品申し込み時の顔写真や筆跡画像の活用を探っていることだ。例えば丁寧なサインをする人はローンをきっちりと返すのか、それとも関係ないのか、こうしたことを探っていく。

中小企業向け融資においてもビッグデータ分析の利用が進む。銀行で借りられなかった小規模事業者を融資対象にできれば、企業融資の市場は大きく広がると見込まれている。

オリックスとグループ会社の弥生などは2017年10月、会計ビッグデータによる与信モデルを活用した融資事業を始める。同事業のために新会社ALT(アルト、東京都千代田区)を設立した。

ALTの池田威一郎ALT事業部シニアマネジャーは「5年後に利用者5万人、数百億円規模の融資を狙う」と目標を掲げる。活用するデータは弥生の会計ソフトで日々記録される取引の仕訳データである。

このデータを、与信を判断するモデルに当てはめ、貸し出し可能な金額や金利を個別に判断する。与信モデルはオリックスの与信ノウハウに基づき、AI関連の開発を手がけるベンチャー企業「d.a.t.」(東京都千代田区)と共に作り上げた。

ALTは貸金業者として登録して融資を手掛け、融資先の取引データを集め、与信モデルを磨いていく。将来は与信モデルの外部提供によるライセンス収入も期待しており、千葉銀行、福岡銀行、山口フィナンシャルグループ、横浜銀行と業務提携契約を結んだ。

すでに米国ではビッグデータによる中小企業向けの融資市場が拡大している。スマートフォン・タブレット用カード決済アプリを提供する米スクエアは、取引データに基づき企業が資金を前借りできる「Squareキャピタル」を提供。2017年1~3月に4万件超の利用があり、融資金額は前年同期比64%増の2億5100万ドルに達した。
 
ビッグデータ融資については、住信SBIネット銀行など金融機関、マネーフォワード(東京都港区)やFreee(東京都品川区)などクラウド会計ソフトの提供企業、アマゾン・キャピタル・サービスや楽天カードなどネット通販関連企業などが参入済み。与信枠を決めるためのデータが蓄積されることで、2018年以降は一層の市場拡大が期待されている。

取引市場で個人や企業のデータを売買する

ビッグデータとその分析が新たな価値を生むようになった今、新たなデータを社外から入手しようという機運が高まっている。そうした期待に応えるように、個人と企業、企業と企業がデータを取引する市場が生まれようとしている。

データを売買する参加者同士がマッチングして取引できる、データ取引市場をベンチャー企業が設立したり、大手企業がデータの販売に乗り出したりする動きがある。個人と企業の間のデータ取引の一例がエブリセンスジャパン(東京都港区)のスマートフォンアプリ「Every Post」である。

このアプリをダウンロードした個人は、売ってもよいセンサーデータを設定する。例えば、位置、加速度、方位、歩数、気温、気圧などが挙げられる。登録した個人に対し、データを買いたい企業などから、「レシピ」と呼ぶ条件を記述したオーダーが送られてくる。

3カ月の位置データで500円

例えば「(スマートフォン通じて)位置データを10分間に一度提供するとともに、生年月日や性別などを公開する。X回のデータ提供でYポイントを付与する」といったものがレシピとなる。

レシピを見た個人が承認すると、スマートフォンのセンサーによる位置データを売ることができる。

「大手もデータ取引に参入」

データ提供者はデータを提供するたびに、レシピに従ってエブリセンスのポイントがもらえる。ポイントを一定以上貯めると現金に交換できる。サービス開始を記念して同社が募集した試験レシピでは、スマートフォンのセンサーデータを3カ月提供することで500円に相当するポイントを付与したという。

同様の仕組みをスマートフォン以外のIoTデバイスに広げ、個人と企業、企業と企業がデータを売買できる仕組みを目指している。2017年10月にはデータの取引価格を正式に定めた。

エブリセンスはデータを保有せず、あくまでもデータの提供者と利用者を仲介する役割に徹する。「取引の中立性を担保するため、価格決定にも関与しない」と北田正己CEO(最高経営責任者)は説明する。

一方、日本データ取引所は2017年1月から、企業がデータ取引条件を掲載する「カタログサイト」を試験的に開設している。同社はマーケティング支援などを手がけるデジタルインテリジェンスとデータセクション、三菱商事出身の森田直一社長が設立した。

カタログサイトはその名の通り、データのカタログを提示し、データを買ってくれる相手を見つけやすいようにするもの。その後の値付けや権利処理など交渉の円滑化にも配慮している。

企業はカタログサイトに登録する際、企業間でデータを取引する際に必要となる約50項目を記入する。「経営企画、法務など企業の各部門や学術・研究団体などによって取引データについて確認したいことがそれぞれ異なる。情報をできる限り入力してもらうことで交渉をスムーズに運び、データの流通を加速させたい」と森田直一社長は話す。

企業と企業の間のデータ取引においては、価格や条件の擦り合わせが必要で交渉がまとまるまで時間がかかっていた。そもそもどのような企業がどんなデータを持っているのか、なかなか分かりにくい。カタログはその解決を目指したものだ。

大手もデータ取引に参入

大手企業の動きとしては、例えばKDDIが携帯電話事業者で先陣を切ってデータ販売サービスを始めた。「KDDI IoTクラウド ~データマーケット~」を2017年6月から提供している。

販売するデータは、最新店舗情報、購買情報(True Data提供)、将来人口推計、訪日外国人の動向解析データ(ナイトレイ提供)など。データの価格は数十円単位からあるが、「活用のためにエリアや期間をまとめて購入することが多いと見て、一つの商談で数万円から数百万円を想定している」(KDDI)。

データに加えて、分析ツールも用意する。GIS(地理情報システム)のESRIジャパンと共同で開発した商圏分析などが可能なツールを有償で提供する。

KDDIは「様々な産業にIoTサービスを提供してきたので、価値を出すにはどのデータをどのように分析をすればいいのか、といったノウハウを蓄積できている。データマーケットにそれを活かす」と説明する。

ビッグデータ収集に欠かせないセンサーの大手であるオムロンもデータ取引市場に関与している。ただし、オムロン自身が取引市場を運営するのではなく、センサーデータの提供側と利用側をマッチングし、両者の取引を制御できる同社の特許を取引市場事業者などに提供していきたい考えだ。

「Senseek」(特許第5445722号)は、提供元と利用先の双方のデータに対し、メタデータを作成しておき、利用したい条件を記したメタデータと提供元のメタデータをマッチングさせて取引を成立させる仕組みである。

メタデータの具体例としては、「センサーの種類=カラー画像」「センシング対象領域の位置=京都駅前」「センシングデータの価格=○○円」「利用用途の種類=学術/商業目的ほか」、といった具合だ。

この特許を使った「処理エンジンのプロトタイプは完成している」とオムロン技術・知財本部SDTM推進室長の竹林一氏(経営基幹職)は語る。オムロンは複数種類のデータを集めるセンサーも手がけており、「複数データを取得できるセンサーを複数企業がシェアリングすることも考えられる」(竹林氏)と話す。

データ取引が盛り上がる機運を受け、2017年10月にデータ取引市場に関する民間団体が設立される。オムロン、エブリセンスジャパンの2社が呼びかけ、10社程度が発起人として参加する。
 
この民間団体において、データ取引事業者やその運営に対する自主的なルール、事業者間でのデータ連係、データ提供・交換の促進などについて議論する。必要に応じて業界標準や国際的な標準化なども検討していく。

プライバシー侵害の懸念への対応

ビッグデータの利用やデータ取引を進める上で、最も高いハードルが個人情報の保護だ。

2017年5月に改正個人情報保護法が施行され、個人にまつわる情報でもデータを一定の度合いまで匿名化することで、第三者への譲渡が可能になった。個人情報かどうかあいまいだった、身体的特徴や識別符号(番号)などについて個人情報に該当する範囲が整理された。例えば、身体的特徴では、顔や指紋、DNAなど個人そのもののデータを個人情報であると明確に定義した。

いち早く匿名加工情報の活用準備を進めたのがソフトバンクだ。

すでに匿名加工情報の活用について公開ポリシーをサイトに掲載しており、「社内でのルールも確立した」という。具体的には、データの定義や加工方法、利用目的、管理方法、利用停止の手続きなどを公表。提供先については「(1)災害対策・地域振興などの公共目的、(2)提携事業者、(3)その他、契約者などに有益と判断する施策の企画・実施」としている。

ソフトバンクのような通信会社が絡む携帯電話の位置情報の匿名化については、通信秘密の規制との関係があり、総務省が電気通信事業分野のガイドラインで考え方を定めている。

ソフトバンクは「十分な匿名化をした際にどの程度の利活用が可能か。今後整理される情報とリピュテーションのリスクも考慮し、サービスを検討したい。一方、ディープラーニング(深層学習)などの最新技術を使った個人の再識別について報告がされており、細心の注意を払う必要があると認識している」と説明する。

ただし法改正を受け、それに従うだけでは問題を解決できない。匿名化されたとはいえ、「自分のデータを使われる」ことに一般の人がどう反応するか、慎重な見極めが求められる。すでに次のようなことが起きているからだ。

札幌市内の地下道ではカメラの設置が見送られた

札幌市は2017年の夏に実施した実証実験でカメラの設置を断念した。当初の計画では、約500mある「チ・カ・ホ(地下歩行空間)」で、ビーコンやカメラなどで人流情報と属性情報(性別、年代など)を収集・活用するはずだった。3月までに実験で使うセンサーを決め、8~9月にセンサーを設置、デジタルサイネージとともにカメラを設置するとしていた。

3月に地下歩行空間北二条の広場にサイネージは登場したが、カメラの設置は見送られた。理由は2月28日付北海道新聞が「札幌市『顔認証』実験へ」「個人情報 乱用の懸念」「公共空間 厳格な運用を」などと報じたこと。報道を受け、札幌市民からの問い合わせが市に殺到。3月22日の市議会で市はカメラの設置を中止すると答弁し、翌23日付北海道新聞は「『顔認証』実験中止」と報じた。

札幌市都心まちづくり推進室の担当者は「夏の実証実験で顔認証をする計画はなかった。市民の方々に説明しても納得していただけなかったので、時間だけが過ぎていき、実証実験そのものができなくなる危険があった。そこでカメラの設置を断念して、別の方法としてタッチパネルを置き、そこからサイネージに情報を送るようにした」と語っている。

企業や自治体において個人情報などパーソナルデータの活用が問題視されるケースは、「外部への説明が不十分」「消費者などのメリットが明確でない」「責任の所在が不明確」といった場合が少なくない。

これらの課題を乗り越え、独自性のあるパーソナルデータの活用に成功した企業が優位に立つ。各社が一斉に取り組む中、活用しないと負ける時代が到来していると言える。

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