「新幹線の地震対策はここまで進化した」

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震源推定が3秒から2秒へ、時速285kmを80秒で停める

  

大地震が発生した際、高速移動している新幹線はどのように安全性を確保しているのか。初期微動を検知して送電を瞬時に止めるシステムを中心に、幾重もの対策が施されている。鉄道にも詳しいテクニカルライターが東海道新幹線の地震対策を解説する。

新幹線には地震発生時に安全に列車を止めるシステムが備わっており、しかも改良が続いている

日本の大動脈である東海道新幹線。最高時速が285kmに達する高速列車が、1日に350本近くも往復している。これだけたくさんの列車が高速で移動している中、もし大地震が発生したらどうなるのか。不安に感じたことがある方もいるのではないか。

筆者は以前、新幹線に乗っている最中に沿線で大きな地震が発生して緊急停止した経験がある。知人は東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の際、ちょうど新幹線に乗っていた。いずれも新幹線は安全に停止しており、転覆どころか脱線もしていない。

今回は、東海旅客鉄道(JR東海)が取り組む新幹線の地震対策について解説したい。地震に襲われたとき、高速で走っている電車をいかに安全に止めるか。その裏で働いているシステムを掘り下げてみよう。

送電を止めれば自動で停車

地震が発生すると、新幹線に電気を供給する沿線の変電所(電力会社から電力を受け取って、電車線に2万5000ボルトの交流電気を流す)に指令を出して送電を停止する仕組みになっている。送電停止を探知すると、車両側では自動的に非常制動が作動して緊急停止モードに入る。この間、車内の照明が消えて、蓄電池で作動する非常灯だけになる。

東海道新幹線では早い時期から、沿線の変電所に地震計を設置して、揺れを検知すると自動的に送電を止めるようになっていた。地震による強い揺れがあると、石油ストーブの自動消火装置が働くが、それと似た機能が備わっている。

しかし、変電所に地震計を設置する方法では、線路がある場所が揺れてから初めて、停止の指令が出ることになる。それでは最高速度から減速しなければならず、列車が安全に停止するまでに時間がかかってしまう。そこで、沿線地震計とは別に、線路から離れた場所にも地震計を配置する仕組みが取り入れられた。

そこで問題になるのは、地震の発生を検知したときに、どこの変電所に送電停止の指令を出すかだ。どこかで地震が発生するその都度、全線で停止の指令を出すわけにもいかない。地震が発生した場所と、その影響が及ぶ範囲を正確に割り出す必要がある。

そこで鉄道技術研究所(現・鉄道総合技術研究所)が研究開発に取り組んだ成果として実現したのが、「地震動早期検知警報システム(UrEDAS : Urgent Earthquake Detection and Alarm System、以下ユレダス)」である。

ユレダスの基本的な考え方は、初期微動(P波)を検出したら、震央の位置を推定して影響が及ぶ範囲を割り出し、当該範囲内の変電所に送電停止の指令を出すというものだ。主要動(S波)が到達したときには、すでに列車は減速、あるいは停止していると期待できる。東海道新幹線でユレダスを導入したのは1992年3月のことだ。

地震波が伝わる速度は秒速5~10km程度だという。仮に震源が新幹線の線路から100km離れていたとすると、線路に揺れが伝わるまでに10~20秒かかる。そこで、地震波よりも圧倒的に速い電気信号が先回りして送電停止の指令を出せれば、地震波が到達する前に減速に入れる。

なお、時速285kmで走っている新幹線が停止するまでには、ブレーキ性能にもよるが、80~100秒ほどかかる。

「震源推定が3秒から2秒へ」

その後、JR東海では独自に新しいシステムの開発に取り組み、2005年8月に「東海道新幹線早期地震警報システム(TERRA-S : Tokaido shinkansen EaRthquake Rapid Alarm System、以下テラス)」を導入した。

テラスの開発に際して目指したのは、より早く、より高い精度で震央位置を推定して送電停止の指令を出すことだった。P波を検知してから震源の位置を推定するまでに要する時間は、ユレダスでは3秒かかっていたものが、テラスでは2秒に短縮された。

速さと正確さを高めるため、震央位置を推定する際のロジックが、ユレダスとテラスでは異なっている。そのロジックはつまるところ、地震計からのデータを受け取って解析するソフトウエアの問題である。そして、地震の揺れだけを確実に検出する地震計も重要な役割を負っている。

実は、気象庁が運用している緊急地震速報のルーツはユレダスにある。全国に展開した地震計のネットワークで初期微動の発生を検出して、主要動の揺れが到達する前に警報を発するという動作はユレダスと同じである。こちらは速報が目的だから、送電停止の指令を出すわけではない。

過去の地震の経験を生かす

事故や災害は往々にして、これまで対策を講じていなかったポイント、見落とされていたポイントを突いてくる。裏を返せば、事故や災害を経験して得られた知見を反映させることで、対策が強化・改善されることになる。では、新幹線における地震災害の経験は、どう生かされてきたのだろうか。

高架橋の耐震補強 最も多く使われているのが、厚さ6mmもしくはそれ以上の鋼板を橋脚に巻いて補強する「鋼板巻」工法
鋼製パネルで組み立て補強

周囲に充分な作業空間を確保できない場合、鋼板ではなく鋼製パネルを用いる

トンネル内部の補強

コンクリート覆工と地山の間の隙間にモルタルなどを充塡する。強度が不足する箇所はロックボルトで補強

新潟県中越地震(2004年10月23日)は上越新幹線の沿線に近いところで発生したため、新幹線の立場から見ると直下型地震となる。すると、遠方の地震計で初期微動を捉えるという早期警戒の考え方が成り立たない。

そこでテラスでは直下型地震への備えとして、これまでは主要動の検知しかできなかった沿線地震計に対して、初期微動を検知する機能も追加した。直下型地震でも初期微動はあるから、それを検知できれば初動がわずかでも早くできる。

また、警報を発するエリアを地震の揺れに応じて変えるようにした。つまり、沿線地震計が弱い揺れを検知したら狭い範囲に、強い揺れを検知したときには広い範囲に、それぞれ警報を発して送電を止める仕組みだ。

東北地方太平洋沖地震(11年3月11日)では、初期微動の検出が難しいという課題が突き付けられた。この地震は初期微動が極めて微弱で、時間をおいてから震幅が大きくなるというこれまでにはない特徴があった。また、周波数が低い(ゆっくりした)揺れが長時間にわたって続いた点も特徴だった。

そこで今度は遠方地震計に手が入り、初期微動に加えて主要動を検知する機能を追加した。つまり「初期微動を取り逃がしても主要動を検知できれば、その主要動が新幹線の沿線に到達する前に警報を発することができる」という考え方だ。

ユレダスでは、「遠方地震計は初期微動の検知による早期警戒」「沿線地震計は主要動の検知」と明確に役割が分かれていた。しかし、テラスは遠方地震計と沿線地震計のいずれも、初期微動と主要動の両方に対応できるようになり、さまざまなケースを想定した役割分担を行っている。

そして現在では、沿線地震計が50カ所、遠方地震計(テラス検知点)が21カ所という陣容になった。それより外側についても、気象庁の緊急地震速報から情報を受けられるようになっている。ここで紹介した以外にも、新幹線の地震防災システムにはさまざまな改良がなされている。

沿線だけでなく遠方の地震も検知

遠方地震計と沿線地震計の設置箇所

初期微動を検知して送電を停止
地震警報システム(テラス)の概要

システムの「目」も改良

もちろん、微弱な初期微動を確実に検出できる方が、早期警戒の機能は高まる。ところが、地面の揺れが発生する原因は地震だけではない。沿線地震計は列車の通過に伴う揺れの影響があるかもしれない。

また、地震計の近くを大型の車両が通ったり、土木工事を行ったりしたときにも、やはり揺れは発生する。そうした揺れに起因する誤警報を排除しつつ、地震によって発生する揺れは確実に検出したい。

そこで工夫が求められるのが地震計である。その地震計の開発・製造を手掛けているのがリオンだ。もともと補聴器で知られているメーカーだが、振動を検知して電気信号を出力するところは、音を扱う補聴器も、揺れを扱う地震計も共通している。しかも、微弱な振動を相手にしなければならないところも似ている。

「すべてがかみ合って安全を実現」

リオンが手掛けている地震計は、コイル状の部品の動きを検出して揺れの発生を知る「感震部」と、そこから出力した電気信号を解析・処理する「処理部」で構成する。そして処理部が出力したデータが、多重化された通信回線を通じてテラスに送られる。100分の1秒ごとに感震部からデータが出てくるので、そのわずかな間に処理部はデータの処理を済ませなければならない。

また、当然のことながら高い信頼性が要求されるし、誤検知を避ける工夫も求められる。単に揺れたらシグナルを出すというだけのものではない。ユレダスやテラスといった地震防災システムだけでなく、そのシステムの目となる地震計の改良も不可欠なのだ。

すべてがかみ合って安全を実現

また、テラスが送電停止の指令を出したら、今度はそれを受けて安全に、しかもできるだけ迅速に列車を止める必要があり、それは車両側の仕事である。そこでN700系車両から最新のN700Aへのバージョンアップの際、ブレーキ機能の強化が図られた。

一部の車軸ではセラミック粉の噴射装置を装着しており、制動時に車輪が滑走する事態を防いでいる

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まず、地震の発生を受けて非常停止するための「地震ブレーキ」を強化した。制動力を高めるため、ブレーキディスクの構造を「内周締結式」から「中央締結式」に改めた。

少し専門的になるが、内周締結式ディスクブレーキは、使い続けてディスクが発熱すると反ってしまい、ブレーキライニングがディスクに接する面積が減ってしまう。その反りを抑えたのが中央締結式ディスクブレーキだ。

ブレーキディスクが発熱しても、ブレーキライニングが接する面積をより広くとれるようになったので、安定した制動力を発揮できるようになった。

こうした改良によりN700Aでは制動距離を10~20%短縮、3km程度で非常停止できるようになった。ちなみに初代の0系では、最高速度が時速210~220kmと遅かったにもかかわらず、停止に4km程度を要していたという。

ブレーキ関連などの改良点は既存のN700系にも翻って反映されており、既に全車の改造が終了している。

地震による大きな揺れが生じたときには、線路や構造物に影響が生じていないかどうかを徒歩巡回によって確認する必要がある。しかし、前述した構造物の強化によって、徒歩巡回を必要とする閾値は高くなっている。

つまり、揺れの度合いが少ない場合には、さほど間を置かずに運行を再開できるようになってきた。

東海道新幹線は日本の大動脈であるだけに、揺れが収まったら速やかに運行を再開しなければならない。新幹線の地震対策はさまざまな施策・システム・機器の組み合わせで成り立っており、その総合的な成果として「安全な新幹線」を実現しているのである。

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