「免震」

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熊本地震でも活躍、ゴム製だけでなく鉄製の免震装置も登場

震度7が連続して襲った熊本地震でも、免震装置を導入した建物の被害は軽微にとどまった。振り子の原理を利用した鉄の免震装置が登場し、従来の免震ゴムも改良品が相次ぐ。初期費用の高さが課題だが、家財などの損傷を防ぐ効果が評価されれば市場拡大の余地は大きい。

観測史上初めて、震度7の地震が連続して発生した2016年の熊本地震。前震(4月14日)と本震(16日)だけでなく余震も続いた結果、全壊8369棟・半壊3万2478棟・一部破損14万6382棟と甚大な被害をもたらした。

だが、免震装置を備えた建物では被害は軽微にとどまった。その一つ、熊本市西区の11階建て賃貸マンション「エスタシオーネス」は前震で震度6弱、本震で6強の揺れに見舞われた。ところが室内で家具などの転倒はなく、ガラステーブルの上に置いてあった一輪挿しさえも倒れなかった。

「人と建物の安全を守るのに免震構造が有効だと実証された」。

施主であるオフィス尚(熊本県熊本市)の亀浦正行社長は語る。建築士でもある亀浦社長は以前から自社物件で免震装置の導入を検討してきたが、コストが課題だった。

エスタシオーネスは周囲の物件より割高だったため空室が8つあったが、「地震後は満室になった」と亀浦社長は手応えを感じている。

1981年に改正された建築基準法では、震度5強程度の中規模地震動で建物がほとんど損傷しないことと、震度6強〜7に達する大規模地震動で倒壊・崩壊する恐れがないことを「耐震基準」とした。そのため81年以降は、頑丈な柱や梁などを使って建物自体が地震に耐え得る強度で建てられている。

95年の阪神大震災で「耐震構造」の有用性は確認された。だが、大きな地震の後では居住に適さなかったり、資産価値がなくなったりする建物も出てきた。また、転倒した家具の下敷きになって多くの人が亡くなったことを受け、建物をできるだけ揺らさない技術が脚光を浴びるようになった。

そこでまず、振動エネルギーを吸収するダンパーを使った「制震構造」の建物が台頭。さらに2000年代後半からは建物と地盤の間に積層ゴムを挿入し、建物自体の揺れを軽減する「免震構造」の建物も増えてきた。

免震構造を採用すると地震の揺れを通常の耐震構造と比べて3分の1から5分の1に低減できる。実際、11年の東日本大震災や熊本地震でも室内の被害を大幅に減らせることが実証された。

免震構造はマンションだけでなく、オフィスビルや商業施設などでも採用されるようになってきた。また、病院や公共施設など災害時に重要性が増す建築物でもニーズが高まっている。

揺れを吸収して災害を減らす

●耐震性を高めた建物の構造

太い柱や梁を使って地震の振動エネルギーに耐えるのが「耐震構造」で、制震ダンパーを追加して揺れをより抑えるのが「制震構造」だ。これに対し「免震構造」は建物の基礎部(地下)にゴムなどを設置して、振動エネルギーを建物に伝えにくくしている

ゴムを使わぬ「鉄」の免震装置

一般的な免震ゴムは、薄いゴムと金属板を交互に積層して製造する。建物の重さを支えるため上下(鉛直)方向は硬い一方、地震の揺れを吸収するため水平方向は柔軟性を備えている。タイヤや化成品のメーカーが様々な免震ゴムを製造し、ブリヂストンが国内シェア5割を握る。

免震ゴムにも課題がある。ある程度の重さがないとゴムが変形しにくいため、体育館のように軽い建物では免震機能を発揮しづらい。物流倉庫のように建物の中で積載物が偏在している場合、安定した免震機能を維持するのが難しい。素材にゴムを使うため、経年劣化が避けられないのも難点だ。

そこで新日鉄住金エンジニアリングはゴムを使わない「鉄」の免震装置を開発し、14年に発売した。

厚鋼板を球面加工した「コンケイブプレート」とステンレス製のすべり板を一体化させ、その間にアイスホッケーのパックのような形状の鋼鉄製の「スライダー」を挟み込む。この装置を、建物と地盤の間に挿入する。地震が起きると、上下のコンケイブプレートの間でスライダーが振り子のように揺れてエネルギーを吸収する。

長所は幅広い建物に対応しやすいことだ。振り子の原理により、重心(スライダー)が1往復する周期は支点からの距離で決まる。コンケイブプレート内側の球面半径に応じて、建物が揺れる周期(固有周期)を調整できる。建築後に建物の重さが変わっても、安定して免震機能を発揮できる。

17年には小さな地震でも揺れを低減できる免震装置を追加した。ラインアップを増やした結果、データセンターや防災拠点など高い免震性能が求められる建物にも対応しやすくなった。

市場に投入されてから日が浅いため、鉄の免震装置を採用した建物は全国で十数件にとどまる。それでも新日鉄住金エンジニアリングの市川康氏(建築・鋼構造事業部の鋼構造営業部長)は「将来的には免震建物の中で2〜3割のシェアを取りたい」と意気込む。

振り子の原理で「揺れ」を吸収
●新日鉄住金エンジニアリングの免震装置

鉄の免震装置の挙動イメージ

内側を球面加工した「コンケイブプレート」でスライダーを挟んだ構造を持つ。スライダーが振り子のように揺れることで振動エネルギーを吸収する
●免震ゴムと比べた長所と短所

免震層の固有周期が建物重量に影響されない
(軽量もしくは低層建物にも利用しやすい)

装置がコンパクトで工事が容易

超高層ビルには使いにくい

採用実績が乏しい

「初期費用の高さがネック」

対抗するように、免震ゴム最大手のブリヂストンも技術開発を加速する。

「鉛プラグ挿入型積層ゴム」は、ゴムの中心部に封入した鉛が振動エネルギーを減衰させる機能を持つ。制震ダンパーが不要で、コンパクトに設置できるのが特徴だ。

「弾性すべり支承」はテフロン加工したすべり板と積層ゴムで構成するタイプ。小さな揺れなら積層ゴムが変形し、揺れが大きくなるとゴム部分が板の上をすべって振動エネルギーを吸収する。

ブリヂストンはこのほか、柔らかいゴムを使うことで低層の軽量住宅にも免震機能を付与できる、免震ゴム「X3R」も15年に発売した。

30年の間に改良品が続々登場

●ブリヂストンの新世代免震ゴム装置
鉛プラグ挿入型積層ゴム

弾性すべり支承

免震ゴムが実用化されてから30年以上がたち、様々な改良品が登場している。ブリヂストンは中心部の鉛プラグが揺れを吸収する「鉛プラグ挿入型積層ゴム」や、テフロンコーティングされたすべり板と積層ゴムで構成する「弾性すべり支承」などを開発。同社はさらに、低層建物向け免震ゴム「X3R」も2015年に発売した

初期費用の高さがネック

地震が頻発する日本で、免震装置の需要は高い。ところが、免震建物の施工数は過去20年間、年150~250棟の間で上下してきた(日本免震構造協会調べ)。大地震が起きると翌年の採用数は急増するが、その後数年で減るパターンを繰り返してきた。

理由は初期費用の高さだ。ゴムにしろ鉄にしろ、免震装置を導入すると工事の初期費用は1割前後高くなるとされる。マンションデベロッパーなどの施主にはこれがネックとなり、災害の記憶が薄れるにつれて免震装置の採用数が減ってしまっていた。

追い打ちをかけたのが15年に発覚した、東洋ゴム工業の免震ゴム性能偽装問題だ。国土交通大臣の認定を受けていたが、実際の性能を虚偽記載していた。免震ゴムに対する消費者のイメージは確実に悪化した。

変化の兆しもある。免震構造のマンションを中古物件として売り出す場合、単純な耐震構造のマンションと比べて高く売れることが分かってきた。長期にわたって資産価値を維持できることが市場に浸透すれば、初期費用の高さは問題になりにくくなる。

また、建物を数十年間にわたって利用することを考えれば、その間に大地震が発生する可能性は無視できない。「建物の補修費や家財の損害費用などもトータルで評価すれば、免震装置の導入が合理的と考える人が増えてきた」(ブリヂストンの室田伸夫氏=加工品開発第1本部免制震開発部部長)

何よりも威力を発揮するのは口コミ効果だろう。

免震装置を導入した三越日本橋本店は東日本大震災の際、本館5階のリビング用品売り場では脚の細いグラスも倒れなかった。

地震の損害を減らすだけでなく、来店客や従業員の生命を守ることにもつながる。こうした事実が広まれば、免震装置の採用は増えていくはずだ。

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