「騒ぐだけ」

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今回の衆院選は、9月にできたばかりの小池百合子東京都知事率いる「希望の党」が台風の目になった。

先月28日の各紙は党設立の記者会見を扱い、小池氏が「しがらみのない政治」を目指すと訴えたと報じている。たしかに党の綱領にも「国政の奥深いところにはびこる『しがらみ政治』から脱却する」とうたわれていた。

だが安倍政権のどこが「しがらみのある政治」だと小池氏が考えているのかは、よく分からなかった。

辞書にはしがらみとは「せきとめるもの、まとわりつくもの」とあるが、漠然とした言葉だ。英語ではどうか。英字新聞のジャパンタイムズには「politics not beholden to any special interests」とあった。

こちらの方が分かりやすく感じる。どういうものであれ、人々や組織が特別な恩恵を受けることのない政治を目指すということなのだろう。

そんなことを考えていると、NHKの朝のニュースで小池氏が「お友達優先の特区」などと演説している映像が出ていた。しがらみ政治からの脱却とは、加計学園のことが念頭にあるようだ。

しかし、既得権益と結びついた岩盤規制の打破を狙う国家戦略特区自体、まさにしがらみ政治からの脱却をめざして構想されたものだ。首相の古くからの友人の事業が含まれているのがけしからんという批判なのだろうが、どう考えても論理的な無理があるように思えてならない。

一人の個人としての安倍晋三氏が、長年の友人の事業の成功を願うのは当然だし、ふたりでゴルフのプレー中に「特区の事業に認められるといいね」ぐらいは言ったかもしれない。

しかし問題は獣医学部新設をめぐり、不正行為があったかどうかである。野党やマスコミはやっきになって金銭授受などを疑って証拠を探したのだろうけれども、出てこない。「お友達だからあやしい」というのは、げすの勘繰りにすぎないのではないかとすら思える。

「首相と友達」と耳にするとうらやましいと感ずるのが人情であろう。しかし政界に身をおく者が外部の人間と長く友情を保つには、生々しい話題はタブーとするのが秘訣(ひけつ)というものであり、多くの政治家はそのように身を処しているはずである。

「2人の間にはきっと何かある」と感じさせる効果を狙うように「しがらみ」を持ち出すのは、いかがなものだろうか。

新聞は、言葉の重みが最大限に尊重されるべき媒体のはずである。それゆえに政治家が使うキャッチフレーズには、十分に注意してかからなくてはならない。言葉を受け流さずに吟味し、読者にその狙いを解き明かすことも、メディアが果たす重要な役割であろう。

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