「中国共産党が北朝鮮より恐れる男」

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事実確認に慎重になるあまり「郭文貴現象」を取り上げない日本メディアの態度は理解できない。中国から米国に逃れ、中国高官の汚職やセックススキャンダルを暴露し続けるこの大富豪は、今や中国内外で注目の的だ>
新宿案内人の李小牧です。

郭文貴(クオ・ウエンコイ)という人物をご存じだろうか。中国を逃れて米国で「亡命」状態にある大富豪にして、中国高官の汚職やセックススキャンダルに関する告発、暴露を続けている人物だ。

今年4月には彼が出演した米政府系メディア「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の生放送のネット番組が突然打ち切られ、中国政府の圧力ではないかと世界的な話題となった。

その一方で、彼のリークには少なからぬ虚偽が含まれていることも事実だ。日本メディアが報道を控えているのも、裏付けが取れないと尻込みしているからだ。

事実を確認するのはジャーナリズムの根幹だけに、日本メディアの態度は理解できなくもない。しかし、慎重になるあまり「郭文貴現象」までも取り上げないのはいかがなものか。9月7日には郭が米国で正式に亡命申請をしたことが明らかになったが、そのニュースさえも日本では一部のメディアしか伝えていない。

政治に関心がある華僑・華人の中で、郭は注目の的。YouTubeなどにチャンネルを開設しリークを続ける彼について、聞かない日はないといってもいいほどだ。中国で彼のネット番組を視聴することはできないが、もちろん国内在住の中国人の間でも注目度は高い。

私自身、1日に5~6時間も彼の番組に見入ってしまうことがあるぐらい夢中になっていて、「子供の面倒も見てよ!」と妻に怒られている。暴露を意味する「爆料」や郭の決め台詞である「一切都是剛剛開始」(全ては始まったばかりだ)は流行語になったと言ってもいい。

郭に夢中になっているのは、政治ゴシップ好きの中国人だけではない。いちばん神経を尖らせているのは中国共産党だろう。今年5月には「一切都剛剛開始」という決め台詞がプリントされたTシャツを販売したという理由で国家安全保障部に逮捕された人物までいた。

最近、話題となっているネット検閲の強化にせよ、郭のネット番組を視聴させないようにすることが目的ではないかともささやかれている。中国共産党にとっては、北朝鮮の弾道ミサイルより恐ろしい存在。それが郭文貴なのだ。

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米国からネットを通じて孤独な戦いを始めた

郭文貴は1967年生まれ、山東省の出身だ。中学校卒業後、河南省鄭州市に移り住んだ。その後の経歴には不明な点が多いが、国有企業職員を経て1992年には家具工場の経営者、1993年には不動産会社オーナーの座についたことはわかっている。

1990年代、中国各地には無数の不動産王が生まれた。政府とのパイプを生かし土地を手に入れさえすれば、あとは濡れ手で粟の大儲けが待っている。

郭はそうした政商の中の1人、ただしとびきり優秀な1人であった。2014年には中国で発表される「胡潤百富榜」(フーゲワーフ長者番付)で74位にランクインしている。個人資産額は155億元(約2550億円)と推定されている。

なぜ中国から逃げ出したのか

なぜ、この大富豪が中国から逃げ出さなくてはならなかったのか。2015年1月、馬建・国家安全省次官(当時)が紀律違反違法行為の容疑で失脚するが、馬こそが郭の後ろ盾であったと中国メディアは報道している。

2014年から米国に滞在していた郭は以後、中国には帰れない流浪の身となった。

中国は政治の国と言われる。どんな大富豪も中国政府には逆らえない......はずだった。ところが、郭は米国からインターネットを通じて孤独な戦いを始める。それが「爆料」(暴露)だ。

郭は、習近平総書記が敵なのではない、ターゲットは中国共産党の最高指導陣である常務委員の1人、王岐山・中国共産党中央規律検査委員会書記だと明言。

謹厳実直なイメージで反腐敗運動を率いる王自身が私腹を肥やしている、複数の隠し子を持ち莫大な資産を保有している、ハリウッド映画にもしばしば出演する大物女優と関係を持っていたなど、次々と暴露を始めたのだ。

王岐山は1948年生まれの69歳。「七上八下」(党大会時点で68歳に達していた場合には引退)という、鄧小平が定めた慣習に従えば、10月18日から始まる十九大(中国共産党第19回党大会)で引退するはずだ。

しかし、習近平の懐刀として絶大な権力を握る王ならば留任は当然とささやかれてきた。そのムードは郭の暴露によって大きく変わりつつある。

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30年間、民主活動家たちは成果を上げられなかったが
郭の「爆料」は爆発的な注目を集めているが、その評価に対しては真っ二つに割れている。若者に多い否定派は「暴露の内容はまるでスパイ小説のよう。現実離れしている。ウソも多い」「耳目を引く話やもったいぶった言い方で注目を集めているだけだ」と疑いの目を向ける。

実際、彼の暴露には不正確なものも含まれているだろうが、全てを虚偽と否定することは難しい。例えば中国の大手航空会社、海南航空が王が私腹を肥やす手段になっているという暴露だ。

海南航空は否定したが、その後、経歴不詳の「神秘の投資家」が大株主にいることが判明した。

これだけでも怪しさ満点だが、その後の展開はさらに不可思議だ。郭の暴露後、この神秘の投資家は保有株を慈善団体などに贈与したのだ。その結果、中国で最も成長力のあるこの航空会社は慈善団体が筆頭株主となっている。

この一事をもってみてもわかるとおり、郭の暴露が現実離れしているのではない。中国の現実こそが現実離れしているのだ。

郭を批判する者は「中国に荒唐無稽な現実があるとしても、批判者までもがそれに乗っかる必要はない」と言うが、では彼らは中国に何らかの変化をもたらすことはできたのだろうか。

米国や欧州には無数の中国民主化団体があるが、天安門事件以来約30年間、亡命した民主活動家たちは内輪で盛り上がるだけで何の成果も上げることはできなかった。一方、郭はたった1人でこのムーブメントを作り上げたのだ。

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きれいごとだけでは勝てない

先進国の民主主義社会において、フェイクニュースを駆使するのは許されることではない。だが、一党独裁の強大国に立ち向かおうとする時、きれいごとだけで勝てると思うのは愚か者だろう。かつてあの魯迅も「フェアプレーには早すぎる」と喝破している。こと中国に限っては、相手がフェアな土台に乗って初めてこちらもフェアプレーをするべきと考えるのが妥当ではないだろうか。

郭は「習近平には反対しない、敵は王岐山だ」と言い続けてきたが、これも巧妙な分断工作とみるべきだろう。

ただし、8月18日のネット番組で郭は新たな姿勢を示している。すなわち、「今秋の十九大後に習近平は政治改革を行うべきだ」。もし習近平が政治改革を行わなければ、郭の矛先は習に向かう、と。

怪しげな暴露とゴシップを駆使して中国の体制転換を促そうとする郭文貴。

果たして今後、どのような結末を迎えるのか。私も興味津々だ。今の状況はこの一言で示せるのではないか。

「一切都是剛剛開始」(全ては始まったばかりだ)

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