「日韓仲良く同好会」

画像の説明

釜山の日本総領事館前に新たに設置された慰安婦の少女像問題に端を発し、日韓がぎくしゃくしているが、文化の世界はまた別だ。文化といっても映画や音楽などではなく、韓国で今脚光を浴びているのは、なんと日本犬の柴犬だ。

「きゃあー、柴、柴、柴犬ー」「柴犬? ですよね? 実物、初めて見ました。かわいい~」

ソウルで柴犬を散歩させていると、こんなふうにして何度か声を掛けられる。通り過ぎた人がわざわざ引き返してきたこともある。韓国で柴犬は今、まるでアイドルのような扱いだ。

柴犬を散歩させていると、声を掛けられる

柴犬を飼っている韓国人の友人に聞くと、やはりここ2年くらいで「声掛けられ率」がぐんと上がっていて、「3年くらい前だと、知っている人が少なくて説明するのに苦労したけど、最近はほかの人が散歩させている柴犬に遭遇することも増えたし、散歩中に『柴犬に会った』って感動されることもある。今、韓国では本当に人気があるみたい」と言う。

わが家の柴犬は今年6歳になる雌と昨年8月に生まれた雄の2頭だ。雌のほうは、2011年の夏に日本から連れてきた。

その当時、散歩をしていて必ず聞かれたのは、筆者の連れている柴犬の「犬種」が何か、ということだ。「日本犬の柴犬」と答えたところでピンと来る人はめったにいなくて、韓国の天然記念物、珍島犬(ちんどけん)と間違われることのほうが多かった。

こんな珍事もあった。ある日、ソウル市内のある公園を散歩していると、ベンチに座っていた初老の男性が少し険しい顔をして尋ねてきた。

「珍島犬にしては小さいな。犬種はなんだい?」
「あっ、あの、日本犬の柴犬です」
そう答えると、その男性は目を見張った。何を言われるのだろうと身構えると、「日本犬か。どおりで豊臣秀吉に似ている」と思いもしない言葉が飛んできた。

へっ? 豊臣秀吉? 豊臣秀吉は、韓国では慶長の役で韓国に攻め込んだ人物として知られるが、いったい……。

以前は低かった知名度に変化

「うちの柴犬は雌なんですが……」。恐る恐る言うと、男性は「うん? いや似ている」そう何度も繰り返す。「豊臣秀吉を見たことがおありですか? 似ているっていうのは顔立ちのことですか」とこちらも畳みかけたが、男性はやや憮然とした顔をしながら、それでもただ「いや、うん、似ている」と繰り返した。

こんな経験は1度だけだったが、それだけ柴犬の存在は知られていなかった。それが今では、どうだろう。連れて歩けば声を掛けられるし、決して大げさに言っているのではなく、感動のあまり目頭を熱くする人までいるほどなのだ。

特に若い世代からは絶大な人気で、散歩中に中学生から声を掛けられたこともある。どうして柴犬を知ったのかと聞くと、日本で人気のK-POPスター、BIGBANGの所属事務所社長が飼っている柴犬がテレビで紹介されたらしく、「かわいくて印象的だったのでネットで調べて知った」と教えてくれた。

柴犬好きや柴犬に関心のある人が集まる同好会もある。最大規模なのは「シバナラ」(柴の国)で2012年1月に設立され、会員数は2万0300名ほど。年に2回、全国で定期的な集まりが開催され、飼い主同士の懇親も盛んだと聞き、昨年11月末の集まりに筆者も足を運んでみた。

柴犬同好会のイベントで感じた熱気

会場に足を踏み入れた瞬間、柴犬ワールドが広がった。ソウル市の隣、仁川市郊外の広大な敷地に見渡すかぎりの柴犬。リードから放たれて追いかけっこをしていたり、フェンスにつながれて忠犬ハチ公よろしく(ハチ公は秋田犬だが)ご主人様をじっと待っている柴犬もいた。

がっちりした体格の犬もいれば、小型の「豆柴」だとしてもあまりに小さい体格の柴犬もいたり。入れ替わりもあったが、この日300頭近くが集まったという。

「シバナラ」の発起人、チェ・イファンさん(36歳・男性)は柴犬の魅力にはまり、2年前に脱サラ。現在は柴犬のブリーディングを専門に行っている。柴犬との出会いは高校生のときにさかのぼる。「幼い頃から犬が好きでした。あまり吠えなくて、家で育てられるくらいの大きさの犬はいないかと思い、探すうちに柴犬の存在を知ったんです」。

柴犬同好会のイベントは、柴犬と飼い主らの熱気であふれていた

それから韓国中を8カ月余り探し回り、ようやく柴犬を見つけた。チェさんの話では、柴犬が韓国に渡ったのは1980年代の終わり頃で、柴犬のブリーダーをしていた日本人が、珍島犬を育てていた韓国の知人に25頭を送ったのが始まりだそうだ。

ただ、送られた柴犬はその後、あちこちに散らばってしまったため、韓国で純粋な柴犬を探すのは難しいといわれてきた。

筆者も柴犬を育てたい、育てようと決めた後、韓国中を探し回った。日本から連れてくるのは体に負担がかかるだろうと思い、避けたかったのだが、ブリーダーからも「韓国で純粋な柴犬を探すのは時間がかかるし、丈夫な子が欲しくて、血統のことも考えるなら日本から連れてきたほうがいい」と言われた。

チェさんが熱を込めて柴犬の魅力を語る。「柴犬を育て始めて1年、2年と年を重ねるごとにすごく楽しくなってきました。柴犬は物事の吸収力が高く、どんどん違う犬へと成長していく。めったにほえないし、賢いし、すっかり柴犬にはまってしまいました」

そうして柴犬好きが高じて会社を辞め、柴犬のブリーダーの道を選んだ。今は日本から連れてきた30頭を育てていて、日本犬の調査研究や普及活動などを行う「日本犬保存会」が開催する大会にも出場し、埼玉地区などで賞も受賞している。

柴犬の人気と韓国の住宅事情の関係

「最近は柴犬人気に乗じて、韓国でも柴犬のブリーディングを専門的にする人も出てきています。私自身、ブリーディングしながら、柴犬の質を高めるためにもっともっと勉強しなくてはと思っているし、他の人もそうあってほしいと思っています」(チェさん)

その日の集まりには日本犬保存会の関係者も招待されていた。韓国で柴犬の集まりがあると聞いて、まずは驚いたという。この関係者は顔をほころばせながら、こう語った。「今回、呼んでもらって初めて来ましたが、質の高い犬が何頭かいて、いいですよ。うれしいです。日本犬保存会も最初はこうした集まりから始まりましたから、韓国でも大きな広がりをみせてほしいです」。

柴犬の同好会を立ち上げたチェ・イファンさん。柴犬で権威のある日本犬保存会での受賞はブリーダーとして大きな喜びで、会員にも入会を勧めているそうだ

集まりに参加した飼い主に柴犬を飼い始めたきっかけについて聞くと、「(人気ブログで書籍化もされた)『Maru in Michigan』で見て、なんてかっこいい犬だろうと思って」という人や、「(テレビドラマ・映画の)『マメシバ一郎』を見て、柴犬のとりこになった」という人、そして「精神的に疲れたとき、もともと犬が好きだったのでネットで検索していたら、その中で目を引いたのが柴犬でした。癒やされて、もう飼うしかないって思って(笑)」とネットで偶然見つけたという人も多かった。韓国で購入した場合もあれば、日本まで足を伸ばしたケースもあった。

「本当に柴犬なのか」という飼い主の不安も

シバナラの集会がお開きに近づくと、チェさんや日本犬保存会の関係者の前に長蛇の列ができた。皆が熱心に、どう育てればよい犬になるかなどを尋ねていたが、圧倒的に多かった質問が「うちの犬は本当の柴犬か」というもの。

「柴犬だと言われて買ったら、大きくならないし、姿も違う気がして」から「柴犬特有のダイヤモンドアイ(切れ長の目。日本ではアーモンドアイ)ではないのですが、柴犬でしょうか」など不安そうな顔で尋ねる人もいた。

「柴犬人気に乗じて(別の犬種を掛け合わせた)ミックス犬を売る業者もいますから。柴犬だと思って購入したものの、実はミックスだったという人もいます」(チェさん)。韓国での柴犬の価格は60万ウォン(約5万8000円)~150万ウォン(約14万5000円)。他の小型犬と比べると2倍から3倍の価格だ。こうした柴犬人気に日本の柴犬のブリーダーと韓国の消費者を仲介する人も現れた。サイトをのぞくと、30万円の価格がついた柴犬もいた。

柴犬だからか、ネーミングも和テイストが目立ち、「テツ」「ハル」「ハヅキ」「チヒロ」「ダイゴ」など。日本よりも日本らしい名前のオンパレードで、韓国でこんな名前に出合うとは思ってもみなかった。

韓国でのペット市場はここ4~5年で急速に拡大していて、2012年に9000億ウォン(約873億円)だったのが、2015年には1兆8000億ウォン(約1746億円)、今年は2兆3000億ウォン(2231億円、農協経済研究所ほか)まで膨らむとみられている。一軒家よりもマンションが多い住宅事情もあって人気は小型犬中心だ。

韓国犬といえば、1962年に韓国の天然記念物に指定された珍島犬がいる。原産地の韓国南部の珍島からその名がついた。姿・形も、また飼い主に忠実なところや清潔さを好むなどの性格も柴犬と似ている点が多く、「一度珍島犬を飼うと他の犬は飼えなくなる」ともいわれる。李明博(イ・ミョンバク)前大統領や朴槿恵(パク・クネ)大統領も飼っていて、金大中(キム・デジュン)元大統領は珍島犬2頭を、北朝鮮の故・金正日(キム・ジョンイル)総書記との南北会談時に贈ったことでも知られる。

珍島犬も保存や継承のためにいくつかの協会があり努力が続けられている。しかし、成長すると体高が平均50センチメートル、体重も20キログラム前後の大型犬になるため、「最近の韓国の住宅事情に合わないと敬遠される傾向にある」(ペットショップ)という。柴犬人気の理由は、珍島犬よりもサイズが小さいところにもあるようだ。

日韓の国の間の溝はなかなか埋まらないが、こんな文化の交わりから互いが見えてくることもあるだろう。

柴犬を育てている者としては、韓国での柴犬人気が一過性のもので終わらずに、長く愛され、大事に育てられてほしいと切に願うばかりだ。

コメント


認証コード6641

コメントは管理者の承認後に表示されます。