「海難事故」

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大事故前にもあった第7艦隊の事故
【軍事の展望台】事故の背景に自動船舶識別装置オフはなかったか

田岡 俊次:軍事の展望台 (軍事評論家、元朝日新聞編集委員)
 
米海軍太平洋艦隊は7月22日、第7艦隊司令官ジョセフ・アーコイン中将の解任を発表した。第7艦隊では今年4件の事故が起き、いずれも規律の低下を示すような事故だから、司令官の指導に欠けるところがあった、と判断されたようだ。

第1回の事故では1月31日午前10時頃、横須賀港口付近でイージス巡洋艦「アンティータム」(10117トン)が浅瀬に乗り揚げ、スクリューを損傷、油圧作動用の油約4トンが流出した。

同艦は2013年2月から横須賀を母港としており、勝手を知った母港で座礁するとは、ありえないような事故だった。米海軍の調査では、停泊の予定時刻に遅れそうだったため、艦長が本来の投錨地点より約200メートル手前で停泊を命じたため、風で浅瀬の方に流され始めた。

艦長が焦立っていたため、見張り員や士官らは危険な状況になっていたことを艦長に申告するのをためらい、艦尾が浅瀬に乗り揚げた、という。

本来の投錨地点とちがう場所で停船を命じた艦長の行動も不可解だが、浅瀬に向って流されつつあることを部下の誰もが艦長に言わないのは異常だ。艦長はよほど恐れられ、嫌われていたのだろう。

第2回の事故は5月9日午前11時50分頃、同型のイージス巡洋艦「レーク・シャンプレイン」が韓国・浦項(ポハン)沖の日本海で韓国漁船と接触した。同艦はカリフォルニア州サンディエゴを母港とし、北朝鮮を威圧する空母「カール・ヴィンソン」を護衛していた。米軍艦は西太平洋に入れば第7艦隊所属となる。

この事故では人的被害はなかったが、真昼間に全長20メートルの漁船を引っ掛けるとは、よほど見張りが怠慢なのか、操艦の判断が悪いのかと、首を傾げざるをえない事故だった。

第3回の事故は6月17日、午前1時30分頃、伊豆半島南端、石廊崎の東南約20キロの日本領海内で、横須賀を母港とするイージス駆逐艦「フィッツジェラルド」(8364トン)が、日本郵船がチャーターしているフィリピン船籍のコンテナ船「ACXクリスタル」(2万9000トン)と衝突した。

「フィッツジェラルド」は右舷前部の艦橋付近が圧壊すると共に、水線下の艦腹にはコンテナ船のバルバスバウ(船首が波を立てる際の抵抗を減らすため、水面下にずんぐりした突起物を付け、潜水泳法のようにして燃費を良くする)が刺さって海水が流入、乗員7人が死亡、艦長ブライス・ベンソン中佐ら3人が負傷した。

艦橋の下の水線下には「戦闘情報センター」があり電子装備が集中する。1隻千数百億円のイージス艦の価格の半分は電子装備だ。同艦は事故の報告もできず、コンテナ船が海上保安庁に通知して救助が始まった。翌日横須賀に戻る際には帆船時代のように「磁気羅針盤で航行した」と報じられるから、電子装備が海水に漬ったようで、それを交換するなど修理するより廃艦にする方が合理的かと思える程の大損害だ。

2隻の船の針路が前方で交差する「衝突コース」に入った際には、相手の船を右手に見る側、この場合は「フィッツジェラルド」に回避する義務がある。当時は夜間だが天候は良く、同艦からはコンテナ船の左舷の赤燈が見えたはずだし、コンテナ船は探照燈を同艦に向けて注意を喚起したが同艦は反応せず、コンテナ船の前方を横切ろうとして衝突した。

伊豆半島と大島の間の海面は船舶の往来が多く、特に注意を必要とするが、艦長は艦橋に出ず就寝中で、艦橋下の艦長室が圧壊したため負傷、ドアが開かず指揮が取れず、事故の緊急報告もできなかった。

この事故で艦長、副長、見張りの責任者の先任海曹の3人が8月21日に解任された。

第4回の事故は8月21日午前5時24分頃発生。シンガポール沖の東約60キロのシンガポール海峡(西方でマラッカ海峡につながる)東口付近で、横須賀を母港とするイージス駆逐艦「ジョン・マッケイン」(フィッツジェラルドと同型)がリベリア船籍のタンカー「アルニックMC」(30040トン)と衝突、同艦は左舷後部に大穴があいて海水が流入。乗員10名が死亡・行方不明となった。

前記のように、一般的には相手の船を右に見る側に回避義務があるから、駆逐艦の左舷に突込んだタンカーの方が分が悪いようだが、事故現場は東航、西航の水路が設定され、おおむね一列になって通る特殊な場所だけに一般論は通じない。なぜシンガポールに向っていた駆逐艦が、同方向に進む低速のタンカーに横腹をさらす形になったのか不可解だ。

米海軍当局者の話として「駆逐艦の操舵装置が故障したようだ」とも伝えられるが、事故後自力航行でシンガポールに入港した際には故障はなかった。また、仮に操舵装置が故障しても予備に切り替えられるし、2つのスクリューの回転数を変えたり、片方を後進にすることでも操艦はできるから、「故障」は言い訳かもしれない。

不可解な人的ミスとおぼしき事故が続発するのだから、第七艦隊司令官の責任が問われたのも当然だ。最初の「アンティータム」座礁の際に、人間関係が崩れている事態を重視し、全艦に気合いを入れておけば2件の大事故は起きなかったかもしれない。大事故の前には前兆として小事故が続発すると言われるが、まさにその通りになった。

「フィッツジェラルド」と「ジョン・マッケイン」の衝突の背景には、「自動船舶識別装置(AIS)」の普及があるかもしれない。これは2004年の「海上人命安全条約」改正によって、300トン以上の外航船は自動的に船名、トン数、位置、針路、速力、目的地などを発信するAISを付けることとされ、それを受信した船橋のスクリーンには付近の船の動きが表示される。

これは衝突や密輸などを防ぐのに非常に有効だが、軍艦はその位置を世界中に放送することになるのを嫌がり、スイッチをオフにすることが多い。

商船、漁船の乗組員はAISに頼る癖がつきがちだから、AISをオフにした軍艦が接近するのはヘッドライトを消した車が来たのと同様、気づくのが遅れることがある。(ただし、伊豆沖の衝突の前にはコンテナ船側の見張り員が駆逐艦を視認し、警告していた)

戦時には軍艦が所在を隠すため無線封鎖をすることが多いが、平時に外国の港付近にいれば多くの船に目撃されるから、AISを切る意味は乏しい。それで衝突すれば本末転倒だ。海上自衛隊は沿岸部ではAISをオンにしている。

軍艦は乗組員が多く、艦橋の両側と艦尾に見張り員を配置し、当直、副直士官らが航海レーダーもみているはずだから、だれか一人でも職責を果たしていれば近くの船に気づかないわけがない。

米国では財政危機のため、今年度の国防予算は2010年に比べ25%も減ったのだが、これはイラク撤退、アフガニスタン派遣兵力の縮小が主な理由だ。

陸軍は2010年の約64万人(招集した予備役、州兵を含む)から47万人あまりに減り、空軍も作戦機1800機が1400機になったが、海軍は潜水艦・水上戦闘艦が計184隻から171隻になった程度で、人員も約33万人を保っている。

米軍の配備は中東からなるべく手を引き、アジア重視に変わったため、横須賀、佐世保を母港とする米艦は2010年の19隻から21隻に増え、北朝鮮の核ミサイル問題や南シナ海での「航行の自由作戦」で主役となった第7艦隊の意気は高まっている様子だった。

だが、それだけに乗組員の疲労が溜まっていることも考えられるが、見張りがおろそかになるほどとは考えにくい。

米海軍は第2次大戦で日本海軍と戦って以来72年間、海戦をしたことがない、「海の王者」だ。空母による対地攻撃や水上艦による沿岸封鎖など「弱い者いじめ」をもっぱらとしてきた。

それだけに朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクなどで苦戦を重ねてきた陸軍、海兵隊に比べ、高慢なところがあり、過失で民間人を死なせても軍法会議で処罰された例はたぶんない。

1981年、甑島沖で戦略ミサイル原潜ジョージ・ワシントンが貨物船「日章丸」に衝突して沈め、通報せずに去り、日章丸の15人の乗組員中2人が死亡した事故では、艦長資格停止の行政処分だけで、軍法会議は開かれなかった。

2001年、ハワイ・オアフ島沖で潜水艦グリーンビルが漁業練習船「えひめ丸」に衝突して沈め、9人が死亡した。この事故でも査問だけで軍法会議は開かれず、艦長に減給、除隊の行政処分で刑事罰はなかった。

1988年、ペルシャ湾でイラン航空の旅客機が飛来したのをイラン空軍機が攻撃に来たと誤認、巡洋艦ビンセンスが対空ミサイルで撃墜、死者290人が死亡した事件でも軍法会議は開かず、艦長は後日、勲章を授与された。

軍法会議や起訴か否かを決める査問はどの国でも下級者に厳しく、高級士官には仲間同士のかばい合いで温情的になりがちだ。今回は直接の過失責任のない第7艦隊司令官をただちに更迭したのは2度の衝突で米海軍の計19人が死亡・行方不明となり、2隻の米軍艦が重大な損傷を受けたためだろう。

「日章丸」「えひめ丸」の例と比べれば、その差は歴然としている。覇者のおごりが粗雑な操艦につながったのかもしれない。

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