「ヒアリ」

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恐竜が君臨した1億3千万年前の中生代白亜紀。

アリの始祖が出現した。スズメバチの系統から分かれての誕生だ。だが、ハチの主流派に比べて大幅に出遅れた。地上は先住の主流派によって占められ、新参者の始祖アリが割り込む余地はなかったのだ。

彼らは苦肉の戦略を選択した。地下世界に新天地を求めたのだ。羽を捨て体を小さくして進化した。

現在、日本には約270種のアリがいる。世界では約8800種。彼らは海流などに運ばれ、まれに大陸間を移動していたが、現代では国際交易への便乗が主な移動手段となっている。
                   
ヒアリは、中国からの貨物船のコンテナに潜んで日本にやってきた。5月26日に兵庫県尼崎市内での発見が、国内初の確認だ。

ヒアリの尾部には刺針があって攻撃性が高い。毒が強く何度も刺す。火傷(やけど)に似た痛みなので、漢字で火蟻、英語ではRIFA(赤い外来性の火蟻-の略称)と表現される。

学名は「征服されざる者」という意味だ。南米が原産地で、1935年ごろ米アラバマ州に上陸した。

オーストラリアでは2001年に、04年にはニュージーランドと台湾で見つかり、中国本土ではその翌年に発見されている。中国には90年代後半に侵入していたようだが、気付くのが遅れたらしい。

「ついに日本にも来たかという感じです」。昆虫生理学者で東大名誉教授の田付(たつき)貞洋さんが概要を解説してくださった。

田付さんに紹介された『ヒアリの生物学』(海游舎)を一読して驚いた。

2008年に北大教授(現在は名誉教授)の東正剛さんらが執筆したこの専門書は日本へのヒアリ侵入を予見し、具体的な対策までを論じた内容なのだ。

ヒアリは容易ならざる昆虫だ。1つの巣に1匹の女王の「単女王制」と数十~数百匹の女王がいる「多女王制」の2系統があって後者の方が繁殖力旺盛だ。

米国では年の経過とともに多女王制の巣が増加し、物流による各地への分布拡大につながったらしい。

働きアリだけでは侵入先での定着が不可能だが、多女王制の巣では、女王が一緒に運ばれやすくなる。

中国経由で日本に侵入したヒアリも多女王制の可能性があるので、定着への十分な警戒が必要だ。

問題のヒアリが持つ毒は同類の中でも特に強い。成分も特殊なのだ。

ハチの毒の成分はタンパク質だが、ヒアリではそれを0・1%しか含まず、大部分が植物毒の成分のアルカロイドであるという。

ヒアリは気付かないうちに多数が人体にはい上り、払い落とそうとすると、それぞれが数回刺すので死者も出る。環境省は米国での年間死亡者100人という情報を取り消したが、油断は禁物だ。『ヒアリの生物学』は、米国での死者数を明示している。

日本での定着の可能性は気温の関係で関東が北限と予測されている。電気設備を好むので機器の故障も引き起こす困り者だ。
                   
すでに国内で勢力を拡大中の外来アリもいる。「史上最強の侵略的外来種」の異名をとるアルゼンチンアリだ。

1993年に広島県廿日市市で発見されて以来、これまでに1都2府と東海から中四国にかけての9県で定着が確認されている。

前出の田付さんは、アルゼンチンアリの専門家なのだ。このアリは刺さないが、極めて特殊な多女王制で猛烈な繁殖力を持ち、連合軍で襲って国産アリを絶滅させていく。

その一方でカイガラムシなどの農業害虫を守るのでなおさらやっかいだ。
 外来種のアリたちは、日本の生態系を足元から崩壊させる力を持っている。アルゼンチンアリもヒアリも人間の開発の手が入った土地を好む。
ソロモン王の指環(ゆびわ)をはめ、昔話の聞き耳頭巾を被ると在来アリたちの会話が聞こえてくる。

「ヒアリについては『兵庫県立人と自然の博物館』のサイトが便利だね」
「『日本産アリ類画像データベース』もネットで利用できて役立つよ」
「図書館では『日本産アリ類全種図鑑』(学習研究社)がお薦めかな。小学生でも読めるからね」

外来アリへの最大の防壁は在来アリたちだ。「殺虫剤の無差別散布はやめてほしいよ」。寺田寅彦の名言「正当にこわがること」の大切さが思い起こされる。

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