「訳ありか」

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北京で18年ぶりに発生「6万人集団陳情」の裏側
「法輪功以来」「マルチ主催者逮捕」「弱者大行進」…
仕掛けたのは胡春華か、習近平か
7月下旬、北京で18年ぶりに大規模な民衆の集団陳情が発生したことは、日本メディアでも報じられた。

善心滙という組織が陳情元だ。動画サイトに、その様子の映像が何本もあがっているが、数千人から6万人規模が最高人民検察院前や大紅門など四か所に集まった模様だ。ネットに投稿された現場映像をみれば、車いす姿の男性や老人らが社会的弱者が中心で、涙声で義勇行進曲をうたいながら陳情する様子は異様であり、何かしら背景がありそうな気にもさせられる。

1999年に北京で発生した法輪功の集団陳情事件以来の規模といわれる事件の裏側に何が見えてくるだろう。

義勇行進曲を合唱、泣き叫びながら

事件は7月23日から24日にかけて起きた。北京大紅門国際会展中心、最高検察院、天安門広場などに群衆が続々と集まり、座り込みを始めた。メディアの注目を集めたのは北京市中心部の最高検察院前で数千人規模だったようだが、南郊外の北京市豊台区の大紅門あたりでは数万規模に膨れ上がり、地下鉄が臨時封鎖され、千人以上の公安警察が出動し大量のバスを用意して強制排除し、逮捕者60人を上回る大事件となった。

彼らは善心滙の投資者であり、善心滙の法定代表人で現在公安当局に拘留中の張天明ら幹部の釈放を陳情するために、全国各地から北京に結集していたのだった。善心滙の発表では、およそ6万人規模の集団陳情だったという。

車椅子姿や身障者が目立つ集団で、国歌である義勇行進曲を合唱しながら、「習近平万歳」「習近平:法に基づいた適時の解決を合理的に求める!」「邪悪は正義に勝てない」などといった横断幕を掲げ、スローガンを叫び、まるで葬式行列のように泣き叫びながら、「張天明は善人です」「彼を釈放して」と訴えていた。

それはまるで新興宗教のようでもあり、1999年4月25日の法輪功の中南海包囲事件の再来をみるようでもあった。権力闘争の天王山ともいえる北戴河会議、秋の党大会を前にしたこの時期の北京でこれほどの規模の集団陳情が起きるなど、その背景を勘ぐらずにはいられない。

「会員600万人、寄付金100億元以上」

この北京の事件前に前触れの事件があった。湖南省永州の公安局が6月4日、地元の善心滙の銀行口座を凍結し、幹部8人を逮捕したのである。

これに対し、張天明は微信を通じて、4月から永州公安当局および工商局が善心滙に対して「保護費」(みかじめ料)として2000万元をゆすっていたが失敗し、口座凍結はそれに対する報復であると見解を会員に対して発信。

会員たちに永州に結集し、善心滙を守ろう、と呼び掛けた。この結果、6月9日にはおよそ3万人の会員が湖南省長沙市政府前などで集団陳情を行った。このとき、掲げていた赤い横断幕には、「永州の黒勢力に戦いを宣言する」といったものに交じって「熱愛共産党 熱愛祖国」「社会主義の核心価値を実践する」といった愛国スローガンも多くあった。

おそらく、この事件は、一言で3万人の大衆を結集させる煽動力のある人間の存在を知らしめたという点で、中央政府を焦らせるには十分だったろう。それから一か月あまりして、当局は張天明の逮捕に踏み切った。

政府お墨付きの印象から一転

ちなみに張天明がここまで影響力を持つに至った背景には共産党中央に原因もある。善心滙はCCTVに一度ならず紹介されたことがあり、いかにも政府のお墨付きである印象を与えていた。

たとえば、今年1月9日付けのCCTV番組「指導者は語る」に張天明が出演した。善心滙が中国で唯一の公式婦人団体である中華全国婦女連合会(婦女連)が運営する慈善基金会・中国婦女発展基金会に1000万元を寄付したことを受けて、張天明がキャスターからインタビューを受け、「扶貧(貧困を助ける)」ことが新しい経済循環システムを生むという善心滙のビジネス概念を説明していた。

2017年1月時点で100万人であった会員数はCCTVで紹介されたことで、一気に500万人以上に膨れ上がった。善心滙はこのほか、海南障碍者基金会など政府系慈善基金に大口の寄付を行い、海南衛星テレビなど公式メディアにポジティブに報道されていた。

このように今年初めまでは、政府系慈善団体、政府系メディアに肯定されていた善心滙が、いきなり詐欺集団に指定され、取り締まられている経緯は、当局に健康法として当初推奨されていた法輪功が1999年を境に突如邪教扱いされた経緯とよく似ている。

善心滙は仕組みを聞けば間違いなく怪しげな“マルチ”だが、投資ではなく「寄付」「慈善」という名目で金を集め、実際に中央の慈善基金に寄付をしているわけだから、会員たちにしてみれば、突然の逮捕、および100億をこえるといわれる資金が当局によって差し押さえられたことに納得いくわけがない。

そもそも、中国紅十字会(赤十字)や婦女連といった中央の慈善機関ですら、寄付金の使われ方が不明瞭で、利権の温床だという噂が絶えない。豊富な資金力で中央の慈善機関とも癒着し、中央メディアの推奨も受けたとなると、優れた洗脳力と煽動力も併せて、公式の慈善機関との線引きは庶民にはわかりにくかった。

「異見を持つ胡春華が仕掛けた?」

善心滙に虎の子の財産を投じてキックバックに期待を寄せていた庶民の会員たちにしてみれば、政府が善心滙の資金を横取りし、自分たちの儲けのチャンスが奪われた、という不満が残るわけだ。その前に、湖南省公安当局が2000万元の「保護費」を善心滙にゆすっていたという“噂”が流れていたのだから、なおさら今回の中央の処理に不信感が募ることだろう。それが、法輪功以来の大規模集団陳情の背景といえる。

金の恨みと党中央への不信感が背景にあるのだから、もし張天明の身柄が公安当局の手に落ちず、海外にでも資金とともに逃亡していたら、ひょっとすると法輪功並みの反共組織に変わっていたかもしれない。

党中央にとって幸いであったのは、張天明の逮捕に成功したことだった。

逮捕された張天明は警察の取り調べに罪を認め、7月28日のCCTVでは、「3M(ロシアのネットワークビジネスMMM)からヒントを受けた。善心滙は確かにマルチ商法だった」「設立当初、個人的利益を得た」と張天明が罪を認める映像も流され、突然、資金を失った会員たちの怒りの矛先も、彼らが全面的に受ける形で収まったようだ。

異見を持つ胡春華が仕掛けた?

ところで、ここで、善心滙の摘発が、なぜ今、このタイミングであったか、ということに疑問を持つのがチャイナ・ウォッチャーの習性である。

つまり、なぜ北戴河会議、党大会という、政権の行方を左右する会議前のこのタイミングで、中国政府はなぜ張天明逮捕に踏み切ったのか。1月にCCTVが張天明の宣伝に加担したこと、6月に発覚した公安当局の保護費問題と会員3万人の集団陳情、7月の張天明逮捕と首都北京で起きた数万人規模の集団陳情、なんとなく複雑な裏がありそうな、もやもやしたものを感じないだろうか。

私にはそのもやもやの正体はわからないが、薄熙来事件の内幕を暴露したことでも知られる在カナダ亡命ジャーナリストの姜維平が興味深い発言をしていた。

「一つの分析は、権力闘争が関係あるという見方だ。…孫政才の処分発表と時期が重なっており、これに異見を持つ胡春華が仕掛けたのではないか」。

根拠は比較的薄弱である。大規模陳情が起きた24日は、孫政才の処分発表が行われた日であること、善心滙の拠点が深圳市、つまり胡春華が書記を務める広東省にあったことなどだ。

善心滙の動きについて、胡春華が把握していなかったとは考えにくい。今や全国各地で社会秩序を乱しかねない集会に対しては警察が目を光らせている時期なのに、全国から数万人が北京に結集することを公安当局は本当に把握できていなかったのか。

長距離交通機関には身分証明のチェックも監視カメラも山ほどあり、不穏な動きは事前にたいていキャッチできる。このことから、広東省やその他地方の公安当局者らは、彼らの北京入りを見て見ぬふりをしていた可能性も考えられる。胡春華、あるいは一部地方の指導者、公務員たちは習近平政権の孫政才に対する処分に対し異議があり、その抵抗の意を示すため、あるいは自らの影響力を誇示するために、この集団陳情は仕掛けられたものではないか。

「習近平側が仕掛けた?」

確かに、この集団陳情は翌日には63人の幹部たちが社会秩序を妨害した容疑で逮捕されたほか、30日までに、胡春華の指示で広東省内で230人の幹部会員が逮捕された。胡春華の“事後処理”の素早さも、なんとなく事前に準備していたのではないかと疑わしく思えるのである。

孫政才の処分については26日までに全国の省・区・市の書記らが次々と支持を表明する中、広東省の胡春華は態度を保留していた。28日になって遅れて支持表明したが、胡春華が孫政才の処分に不満を抱えているのはなんとなくうかがえる。

習近平側が仕掛けた?

ただ、私個人の見方をいえば、同じ論法で、習近平側が仕掛けた可能性も説明できる。習近平が将来を嘱望している馬興瑞は2015年に深圳市長となり2016年から広東省長に出世している。彼は次の党大会で広東省書記に出世するかもしれない。習近平は広東省の内側から馬興瑞を通じて、胡春華のアラを探しており、胡春華の足元を動揺させるために、7月17日に張天明の逮捕によって広東を中心にはびこる違法マルチ商法“善心滙”の悪事を暴いた、という可能性である。

その前の6月の湖南省永州市の公安局による“ゆすり”問題のとらえ方も、ちょうどこの地域は江沢民派官僚から習近平派官僚が権力を奪おうと仁義なき闘争を展開中であることを考えると、権力闘争くさい。

なんでも権力闘争に関連づけるのは、私たちの良くない癖ではあるが、政権のお膝元・北京で数万人規模の集団陳情事件が起きたことは異常事態であり、素直に偶発事件という見方はなかなかできないのである。しかも、敏腕ジャーナリストの姜維平が権力闘争説に言及しているとなれば、なおさらである。

たとえ権力闘争と関連づけなくても、今回の一連の事件は、中国社会のいびつさ、危うさを反映している。弱者救済をうたったネズミ講、マルチ商法がはびこるのは、それだけ社会、経済の先行きが不安定であり、弱者があふれ、共産党の執政に対して疑心が起きているからだ。

習近平政権は決して大衆の支持を得ていないし、基盤が強固だとも言い難い。党大会前にまだ、何が起きるかわからないし、無事に党大会が行われた後も、まだ何が起きるかわからないのである。

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