「怖くて眠れない男」

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米国に加え中国の斬首作戦に脅える北朝鮮の金正恩氏 

日本の情報機関の関係者と北朝鮮・朝鮮労働党の金正恩・委員長について話すと、時折話題になるのが「酒量の変化」だ。

金委員長は毎夜、高級なワインやウイスキー、コニャックを浴びるように飲むらしい。生来の左党に加え、「恐怖」を酒で紛らわせているとみる情報機関関係者は多い。「恐怖」源は米国だ。米国は、無人偵察機+無人攻撃機+特殊作戦部隊+北朝鮮国内の協力者…などを駆使して、金委員長除去を図る《斬首作戦》を立案済み。

しかも、米国や韓国のメディアに盛んにリークして、金委員長に「眠れぬ夜」を“プレゼント”している。情報に接してはいないが、酒量が「2倍」に増えたとしたら、「恐怖」も2倍になったといえるのかもしれない。新たな「恐怖」源は中国である。

過日、専門家と行ったシミュレーションでは、結果の一つとして《中国による斬首作戦》が導き出された。シミュレーションは、朝鮮戦争(1950~53年休戦)や《中朝友好協力相互援助条約》などのファクターをインプットして行ったが、《米国による斬首作戦》に比べ、成功確率は格段に高かった。北朝鮮と「米帝国主義」を向こうにまわし、朝鮮戦争を戦い「血の友誼」を固めた中国がなぜ?

中国人民解放軍が中朝国境=鴨緑江を渡河し、北朝鮮に雪崩れ込む!?

まずは、朝鮮戦争のお復習いを。 
1950年6月、北朝鮮・朝鮮人民軍は南北武力統一を謀り38度線を越えて韓国に侵攻した。奇襲攻撃に、米軍供与の重火器はわずかで戦車も無かった韓国軍は敗走を重ねてソウルを失い、朝鮮半島南端の釜山周辺まで追い詰められた。

開戦直後、国連安全保障理事会は北朝鮮非難決議を採択。米軍を核とする「国連軍」が韓国に派遣された。

「国連軍」は1950年9月、ソウル近郊の仁川に上陸作戦を敢行。補給線が延びきっていた朝鮮人民軍は、ワキ腹を衝かれて潰走した。「国連軍」はソウルを奪還して北進し平壌を占領し、中朝国境近くに迫った。
 
ところが、1950年10月、中朝国境に流れる鴨緑江を越えて参戦したのが「中国人民志願軍」を騙(かた)る中国人民解放軍。人海戦術を駆使して「国連軍」を押し返し、ソウルを奪い返した。その後、戦況は38度線を挟んで膠着状態に陥り、53年7月、板門店で休戦協定が締結され、現在に至る。

朝鮮戦争は、中国に戦略レベルの「戦訓」をもたらした。

一つは《朝鮮半島全体を中国の完全影響下に組み入れる統一朝鮮樹立は理想だったが、北半分(=北朝鮮)だけでも、米韓同盟をにらむ緩衝帯として相当程度機能する》

もう一つは《緩衝帯として超弩級の利用価値を有する北朝鮮の国情や、北を取り巻く国際環境が、中国の国益を犯す危機に備えるべし。具体的には、中国人民解放軍の鴨緑江渡河を再び命じる即応軍事作戦の立案と、情勢に合わせた作戦の逐次更新》

ただし、中国の戦略目標を読み違えると、当然ながら軍事作戦の分析もはずす。中国には金正恩政権を守る戦略はハナからない。あるのは、北朝鮮を守る戦略のみ。従って、金委員長が邪魔になれば取り除き、別の政権を用意する。米国を中国語で「美国」と表記するが、朝鮮戦争当時、中国共産党のスローガンは《抗美援朝》であって、《抗美援金一族》ではなかった。

ここで、前回の小欄で登場いただいたフランス第18代大統領シャルル・ド・ゴール閣下(1890~1970年)に、今回も力をお借りする。ド・ゴールは言った。

「同盟などというものは、双方の利害が対立すれば一夜で消える」

ド・ゴールの名言を紹介したのは、韓国の文在寅政権が描く理想の軍事同盟は韓米同盟ではなく、北朝鮮との「韓朝同盟」や、中国にも呼びかける「韓朝中同盟」ではないかという疑念が淵源であった。

ド・ゴールが指摘するところの米韓「双方の利害」とは、朝鮮半島情勢に当てはめれば、北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威であり、米韓間の経済・金融関係だ。もっとも、韓国を吹き飛ばす核ミサイルは実戦配備済みだが、米国本土に届くICBM(長距離弾道ミサイル)の完成には少し時間がかかるし、米本土に陣取るICBM迎撃態勢網は信頼度を増している。米韓間の経済・金融関係にしても、関係悪化を受けて困るのは韓国の側だ。

韓国と米国は「双方の利害が対立」していない。それどころか、韓国は明々白々の弱い立場で、韓米同盟は絶対に堅持せねばならぬのに、ケンカを売っている。文在寅・大統領の外交ブレーンが米国に出掛けて公言してしまう。いわく-

「(北朝鮮がミサイル挑発を続けるのは)米軍戦略兵器の前線配置が原因だ」
「(演習で)米空母などを展開する必要はない」
「(北朝鮮との対話に関し、核放棄を前提とする米トランプ政権と韓国・文政権が)条件を合わせる必要はない」

韓国の国民を守護すべく米国が供給する地上配備型高高度ミサイル迎撃システム(THAAD)に関しても、配備の延期や中止をもくろむ。

中国は、THAADを構成する高性能レーダーの探知距離が捜索モードに徹すれば1000キロを超え北京・天津の手前までのぞけてしまうので猛烈に反対している。配備の延期・中止は中国におもねた結果だ。在韓米軍や在留米国人も北ミサイルより防御するTHAADの配備が中止されれば、在韓米軍が撤退を意識し出す起点となろう。

米韓同盟が「双方の利害が一致しているのに一夜で消える」とすれば、同盟関係の例外として外交・安全保障史に残る。

では、中朝同盟はどのような外交・安全保障史を刻むのだろうか。中国は、自国内がのぞかれるTHAAD配備の責任の一端は、核・ミサイル開発を猛進する金正恩政権にもあると、大きな不満を抱く。が、恐らくは「双方の利害が対立しても消えない」歴史をたどる。

金正恩政権ではなく北朝鮮の守護が目的の「中朝相互軍事援助条約」

中朝同盟を正式には《中朝友好協力相互援助条約》という。条約締結は、韓国陸軍の朴正煕・少将(1917~79年/後の大統領で朴槿恵・前大統領の実父)らがクーデターを起こし、反共色が強い軍事政権の樹立が契機となった。危機感を抱いた金委員長の祖父、金日成・主席(1912~94年)が1961年、北京において、中国の周恩来・首相(1898~1976年)と署名した。

中朝友好協力相互援助条約は第2条で《いずれか一方に対する、いかなる国の侵略も防止する》と定め、一方の国が武力攻撃され戦争状態に陥った場合、もう一方の国は《直ちに全力をあげて軍事及びその他の援助を与える》と、参戦条項が明記されている。

この中朝友好協力相互援助条約は、中国にとりすこぶる使い勝手が良い。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は2016年、以下の主張を展開したが、深読みが必要だ。

《中国は朝鮮半島の最悪事態に備え周到で綿密な準備をしなければならない。米国と韓国が38度線を突破し、全面的に軍事行動をとるのなら、中国が軍事介入する可能性も念頭に置かなければならない》 

「血の友誼」がにじみ出た、北朝鮮にとっては涙が流れるほど頼もしい主張だ。これはこれで「本音」であろう。けれども、中国の場合、次のごとき「本音」がもう一つ隠されている。

《中国は朝鮮半島の最悪事態に備え周到で綿密な準備をしなければならない。米国と韓国が金正恩政権を倒し、米韓主導の新政権樹立に向け動き出すのなら、中国が軍事介入する可能性も念頭に置かなければならない》
 
深読みすると、《軍事介入》の矛先は米韓だけでなく、金正恩政権にも向けられる-こんな動きが透けてくる。

米韓軍は北朝鮮攻撃をいつでも始められる準備を完了していて、恒常的に繰り返す無人機での偵察やサイバー攻撃を中朝が「攻撃」と認定すれば、中朝友好協力相互援助条約の参戦条項の発動要件となる。

しかし、それは「第1要件」で「第2要件」が隠れている。金正恩政権について、中国を守る米韓同盟への緩衝帯にならぬと判断した時も、中国が北朝鮮に参戦条項の発動を持ちかける時なのである。

参戦条項の発動後、中国人民解放軍は鴨緑江(中朝国境)を渡河。中国が鴨緑江に架けた橋梁は軍用と観測されており、平壌まで200キロといった地の利も活かし、米韓の先手を打って金正恩政権を排し、中国の言いなりになる新政権を武威をもって建てるシナリオだ。

北朝鮮国内には、貿易会社員らに偽装した間諜がウヨウヨいる。実際に武力を用いることなく、間諜を使い、日常的に金品を贈り飼い慣らしている朝鮮人民軍高官と、その影響下にある部隊を寝返らせれば済む。主力が寝返れば、金委員長に忠誠を誓う一部部隊と衝突しても、人民解放軍の被害は局限できる。北朝鮮内で“合法的裁判”を開けば、金委員長に死刑判決が出ても、国際社会の批判を薄められる。金委員長を中国に「亡命」させた後「幽閉」する“平和的解決法”もアリだ。

中朝友好協力相互援助条約に対する違反行為ではないか、との反論もあろうが、違反ではない。条約は中国と北朝鮮の国家間で結ばれ、中国と金正恩政権に特化してはいない。金正恩政権を打倒しないと、北朝鮮を守れぬのであれば、中国は躊躇することなく断行する。

金正恩政権が消え去った後、中国人民解放軍は新政権の後見・監視のため、中朝友好協力相互援助条約を大義名分にして居座り続けるに違いあるまい。米韓への牽制にも、緩衝帯の強化にも資する、一石二鳥の深謀遠慮だ。

金正恩・委員長は酔いから覚めた二日酔いの朝、朦朧とした頭の中でド・ゴールの名言を噛み締めているかもしれない。

「国家間に真の友人はいない」

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