「どちらを選ぶのか」

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米国との同盟を維持するのか、北朝鮮と手を握るのか――。北朝鮮の核問題が煮詰まる中、韓国が岐路に立つ。

中朝に屈する米韓

鈴置:韓国の保守系紙が悲鳴をあげています。文在寅(ムン・ジェイン)政権が米国と激しく対立し始めたからです。

最大手紙の朝鮮日報が先頭に立ちました。同社顧問で保守の大御所、金大中(キム・デジュン)氏が「北の核・ミサイルに韓米は膝を屈するのか?」(6月5日、韓国語版)を載せました。以下が書き出しです。

THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)を巡る韓国・米国・中国の間の葛藤がこのまま続けば、最後は在韓米軍の撤収と韓米同盟の瓦解にまでつながる可能性が大きい。

結局、米国のアジアの防衛線は日本列島を境界とする「アチソンライン」に後退し、朝鮮半島は中国大陸圏に編入される状況も起こり得る。
世界からの非難と制裁にもかかわらず核とミサイル開発にかけた北朝鮮の戦略と、中国の二重プレーの前に韓米が膝を屈する格好だ。

同盟を売り渡す

朝鮮日報の金大中顧問はしばしば「アチソンライン」を例えに「米国から見放される」と警告しますね。

鈴置:大統領選挙の前にも「左派政権ができたら、米国は再びアチソンラインに後退する」と書きました(「文在寅が大統領になったら移民する」参照)。

ただ、今回はその時以上に必死です。まず、文在寅政権が反米の「本性」をあらわして、在韓米軍へのTHAAD配備を邪魔し始めたからです。

もう1つの理由は、米国の外交専門家が「米韓同盟を中国に売り渡す案」を真剣に語り始めたからです。金大中顧問が注目したのはニューヨーク・タイムズ(New York Times)への寄稿でした。

ハーバード大学ケネディスクールのアリソン(Graham Allison)教授が書いた「Thinking the Unthinkable With North Korea」(5月30日、英語)です。

金大中顧問はこの寄稿の「同盟売り渡し」部分を引用しながら論を進めました。

4月の米中首脳会談で習近平主席が「北朝鮮がミサイル発射を中断する見返りに、米国は韓国内の軍事活動(たぶんTHAAD配備など)を凍結するよう」提案したとアリソン教授は言う。

「もし中国が金正恩(キム・ジョンウン)政権を取り除き、非核化を達成するとの責任を果たせば、米国も基地を撤収し韓米軍事同盟を破棄したらどうか」との提案だったということだ。

これが事実なら(日米がフィリピンと韓国の支配権を相互に認め合った)「桂―タフト密約」である。

キューバ危機の再来

今ごろ「売り渡し」に驚いているのですか?

鈴置:確かに韓国の反応は遅い。トランプ(Donald Trump)大統領が「習近平主席によると、韓国は歴史的に中国の一部だった」と語った時、鈍感な日本でさえ、専門家は「米国は韓国を見捨てる伏線を張り始めたな」と考えました(「『韓国は中国の一部だった』と言うトランプ」参照)。

「朝鮮半島全体が中国の勢力圏である」との習近平主席の主張を、トランプ大統領が認めたということですからね。

しかし、韓国人は「我が国が属国だったと米中首脳が話し合った」ことに怒りを爆発させてしまい、発言に込められた意味に思い至らなかったのです(「米国に見捨てられ、日本に八つ当たりの韓国」参照)。

アリソン教授は米韓同盟をも材料にした「米中の取引」があり得るというのですか?

鈴置:「多くの米大統領にとってはあり得ない案だ。しかし、トランプは独創的だ」と書いています。つまり「あり得ない話ではない」と予測したのです。

アリソン教授は1962年のキューバ危機の例を挙げています。米ソは核戦争の危機を目前にして、双方が歩み寄りました。

ソ連はキューバからミサイルを引き上げました。当時は秘密にされていましたが、米国はソ連を狙っていたミサイルをトルコから撤収しました。危機に直面した大国はそれまでの常識を越え「大きな取引」に出たのです。

「日本の良心」の失敗

金大中顧問は「THAADなどでつまらぬ嫌がらせをしていると、今度こそ米国に見捨てられるぞ」と言いたいのですね。

鈴置:その通りです。同じ朝鮮日報の鮮于征(ソヌ・ジョン)論説委員は「日本の失敗」を例に挙げ「見捨てられ」に警鐘を鳴らしました。「米国はこんな韓国を理解するか」(韓国語)です。ポイントを訳します。

鳩山元首相は韓国に来てはひざまずいて謝罪する「日本の良心」だ。しかし日本では「戦後最悪の首相」である。

首相になると、自民党政権が米国に約束していた沖縄・普天間基地をサンゴ礁に移すとの約束を覆した。「自然への冒涜だ」と言ったが、それこそ米国への冒涜だった。

米国側は「同盟の意味は特定の基地の場所を巡る問題よりも大きい」とコメントした。これを日本政府は「沖縄の基地問題が同盟を揺るがすことはない」と受け止めたが、間違っていた。

米国の真意に気づいた鳩山首相はあたふたと自民党が合意した案に戻ったが、一度ヒビの入った米日関係は元に戻らなかった。

「THAADを弄ぶ文在寅大統領は韓国の鳩山になる」ということです。

無神経な文在寅政権

「韓国史上最悪の大統領になる」わけでもありますね。

鈴置:保守派としては、そうです。もっとも、文在寅大統領はこうした批判に馬耳東風。THAAD以外でも「反米親北」路線に突き進んでいます(「文在寅政権の『反米親北』の動き」参照)。

文在寅政権の「反米親北」の動き

5月10日
文在寅大統領就任
5月中旬
マケイン米上院議員が文大統領に面談を要請。青瓦台は1週間返答せず(韓国各紙の報道による)
5月30日
文大統領、THAAD発射台4基の追加配備に関し真相究明を指示
6月7日
青瓦台、環境影響評価を理由にTHAADの4基の発射台増設先送りを示唆
6月12日
文大統領、訪韓したインファンティーノFIFA会長に「2030年ワールドカップは南北中日で開催したい」
6月15日
文大統領、南北首脳会談記念式典で「挑発を中断すれば無条件で対話する」
6月16日
文正仁・大統領特別補佐官、ワシントンで「核・ミサイルを中断すれば米韓合同軍事演習を縮小できる」
6月20日
文大統領、米CBSに「北朝鮮を対話に引き出す方法には様々の意見がある。トランプ大統領と話し合う」
6月20日
都鍾煥・文化体育観光相、北朝鮮の馬息嶺スキー場に関し「活用方法を探す」と平昌五輪共催の検討を表明
6月24日
文大統領、平昌五輪での南北合同チームの結成を呼び掛け
6月24日
THAAD反対を唱える左派のデモ隊が在韓米国大使館を19分間包囲。裁判所が史上初の許可
6月29日、30日

ワシントンで米韓首脳会談

米国と日本が北朝鮮に完全な核放棄を求め、経済に加え軍事的な圧力までかけている時に「核とミサイル実験の凍結だけで対話する」と宣言してしまった。

さらには大統領の特別補佐官――大統領と似た名前ですが、文正仁(ムン・ジョンイン)氏が米国まで行って「米韓合同軍事演習の縮小」に言及。大統領もそれを事実上、支持しました(「『米韓合同軍事演習』を北に差し出した韓国」参照)。

1年間半も北朝鮮に拘束されたあげく、6月13日にようやく釈放された米国の大学生が帰国後6日で死亡。米国の世論が激高している時に、韓国の大統領は2018年の平昌五輪の南北共同開催を呼びかけた……。

史上初の米国大使館包囲デモ

無神経ですね。

鈴置:ここまで来ると、無神経というよりもわざと――米国の反韓ムードを盛り上げる目的でやっているとしか思えません。6月24日にはソウルの米国大使館を取り囲むデモが敢行されました。政府の認可したデモとしては史上初です。

主催者発表によると3000人が「THAAD反対」を訴えて米大使館の周囲を巡るコースを行進。「人間の鎖」で包囲した、と誇ったのです。

ウィーン条約により各国政府は外国公館の安寧を守る義務があります。が、裁判所は「韓国の法律では大使館の機能と安寧が守られれば可能」として左派のデモを認めたのです。

日本大使館はともかく、米国大使館に対し歴代の韓国政府はデモを認めませんでした。今回、裁判所が国内法を理由に許可したのも、反米政権の顔色を見てのことと韓国では見なされています。

ワシントンは馬鹿ではない

保守系紙の悲鳴は……。

鈴置:高まるばかりです。各紙のワシントン特派員は現地の反韓ムードを丹念に伝えています。例えば、東亜日報は米国の識者の「ワシントンは馬鹿ではない」との声を紹介しました。

「米国は文在寅政権を金大中、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の太陽政策の継承者と考えている」(6月21日、韓国語版)はクローニン(Patrick Cronin)CNAS所長にインタビューした記事です。

「太陽政策」とは1998年から2代、10年に渡って続いた左派政権が実施した親北政策のことです。両政権は南北首脳会談を開いてもらう代わりに、北朝鮮に多額の援助を送りました。

韓国の保守派や日本、米国の多くの専門家はそのカネで北朝鮮が核武装した、と極めて否定的に韓国の左派政権を見ています。

クローニン所長も文在寅政権が太陽政策を再開すると警戒しているのです。しかも、北朝鮮に核を放棄させようと米国が死に物狂いになっている時に。

「ワシントンは馬鹿ではない」とは?

鈴置:先ほど言及した、大統領の特別補佐官が米韓合同軍事演習の縮小をワシントンで唱えた事件(「『米韓合同演習』を北に差し出した韓国」参照)。

青瓦台(大統領府)は「個人としての発言」「特別補佐官には言動を注意した」と弁解しました。が、クローニン所長は「嘘つけ」と言い放ちました。以下です。

特別補佐官の発言は文在寅大統領が選挙当時から言っていたこととほぼ同じだ。問題は外交安保政策を助言すべき人が政権をとった後にワシントンで、それも米韓首脳会談の直前に語ったことだ。憂慮が深まるばかりだ。

ワシントンの人間は馬鹿ではない。特別補佐官はセミナーで米国の専門家と議論を交わした後、韓国大使館の関係者を陪席させたうえ「私の発言を書き取ったか」といちいち指示していた。自分の発言と反応を、外交部を通じ大統領に伝えようとしていたのだ。

猿芝居が好きな韓国人

「猿芝居をするな」ということですね。

鈴置:韓国はそれをやるから嫌われるのです。異なる国なのですから意見に違いがあるのは当然です。でも、すぐに透けて見える小細工を堂々とやって本人は悦に入っている。嫌われるというか軽んじられるのです。

この指摘には東亜日報も恥ずかしく思ったのでしょう。社説でも取り上げました。「米国務省の高官たちが10月を心配する」(6月22日、日本語版)です。

中央日報も2日続けて、社説で特別補佐官を批判しました。いずれも日本語版で読めます。6月19日には「文正仁特別補佐官の不安な韓米同盟観」、翌6月20日には「青瓦台特別補佐官の軽率な発言で揺れる韓米同盟」を載せました。

興味深いことに左派系紙のハンギョレも社説「論議呼んだ文正仁特補の『対北対話』発言」で、特別補佐官の発言内容は「解決策の1つ」と評価しながらも「韓米首脳会談の10日前に表明するのは慎重でない」と、首を傾げたのです。左派系紙にも「米韓関係が破壊されるのは見ていられない」と考える人がいるのです。

左派系紙でそれぐらいですから、保守系紙の社説欄には毎日のように、「反米親北」批判が載ります。

朝鮮日報は1日に3本、週に18本の社説を載せます――日曜日は休刊なので。6月19日から24日までの6日間で、うち5本が「反米親北」批判でした。6月22日には1日に2本も載せたのです。

朝鮮日報も借りてきた猫

よく書くネタがありますね。

鈴置:あります。この政権が本性をあらわし、急速に「反米親北」色を濃くしたからです。6月24日の「米大使館包囲デモ」に関しても朝鮮日報が社説「韓国大使館がデモ隊に包囲されたらどんな気がするか」(6月26日、韓国語版)を載せました。

「THAADを配備して韓国を守ろうとする米国の大使館にはデモをし、THAADで韓国に嫌がらせする中国の大使館にはデモをしない韓国人」を憂えたのです。

まあ、朝鮮日報も米国や日本を批判する時と比べ、中国を批判すべき時は借りてきた猫のように大人しくなりますが。

同じ日には中央日報が社説「『6・25』韓国戦争記念日の騒々しい韓国社会」(日本語版)で、翌6月27日には東亜日報が社説「韓米同盟の未来、文在寅―トランプ会談にかかる」(韓国語版)で、いずれも米大使館包囲デモに触れ、米韓関係への悪影響を懸念しました。

THAADが守るのは日米

「反米親北をやめろ!」の大合唱ですね。

鈴置:でも、文在寅政権はこの路線を突っ走る可能性が高い。まず、80%前後の高い支持率を維持しているからです。

確かに「反米親北」に不安を感じる人もいるでしょう。ただ、普通の人は外交よりも内政、それも経済で政権を評価します。「バラマキ」が始まっている中、この高い支持率は当面、続きそうです。

もう1つは「反米親北」に拍手する韓国人も結構いることです。THAAD反対のための「米国大使館包囲デモ」を報じたハンギョレの「“韓国初”のアメリカ大使館前合法集会、平和的に終了」(6月25日、日本語版)から引用します。

この日発言に立ったパク・ソグン韓国進歩連帯常任代表は「米国や日本を防御するためになぜ朝鮮半島が火だるまになる必要があるのか。韓米首脳会談で、文在寅大統領はTHAAD配備を撤回させなければならない」と主張した。

THAADがあるとなぜ「半島が火だるまになる」のでしょうか。

鈴置:米国はTHAADで在韓米軍や在日米軍を北のミサイルから守る。すると米軍は北朝鮮を心おきなく攻撃できるようになる。この結果、第2次朝鮮戦争が起きて火だるまになる――との理屈でしょう。

与党「共に民主党」の秋美愛(チュ・ミエ)代表も6月27日「THAADのために戦争が起きかねない」と語りました。

「THAAD配備が米中間の葛藤と南北の誤解を呼ぶ」からと説明しました。中央日報の「韓国与党代表、『THAADのために戦争になることも』」(6月28日、日本語版)が伝えています。

左派にとっては「THAADを追い出すことこそが半島の平和を守ること」なのです。

南北共同軍が日本を核で脅す

THAADは「韓国も」守るのではないですか?

鈴置:その質問に対し彼らは「同じ民族の北朝鮮と仲良くすればミサイルは飛んで来ない。これが平和を守る一番いい方法だ。南北を仲違いさせているのは米国だから、THAADだけではなく米国も追い出せばすべてが解決する」と答えるでしょう。それに、THAADもなくせるから中国との関係も一気に改善する……。 

米国を追い出しても、北朝鮮の核問題は解決しません。

鈴置:北朝鮮との関係を正常化することで「南の経済力と北の核」を合わせ持つ、強力な統一国家を作れると信じる人もいます。

「民族ファースト」です。周辺大国の言いなりになって生きてきた。いつかは民族が1つになって自分の意思を通したい――。これが左派、保守を問わず韓国人の夢なのです。

ベストセラーになった『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』(1994年刊)はそんな夢を描いた近未来小説です。この話の中では、統一には至りませんが「南北共同軍」を組織し、日本を核で脅します。

反米の裏返しの「民族共助」

いくらなんでも「北朝鮮と組むよりは米国と組んだ方がいい」と考える人の方が多いのでは?

鈴置:今現在はそうです。でも、韓国ギャラップの2002年12月の世論調査では、米国を肯定的に見る人が37.2%。それに対し、北朝鮮は47.4%と大きく上回っていました。

一方、「米国」と「北朝鮮」を否定的に見る人はそれぞれ53.7%と37.9%でした。「米国よりも北朝鮮が好き」だったのです。

米軍装甲車の事故で韓国の女子中学生2人が死んだ事件の影響です。事件が起きたのは同年6月。米軍の軍事法廷が11月に無罪を言い渡した後、反米感情が高まり、韓国全土でデモが繰り広げられました。

この勢いに乗って、同年12月の大統領選挙では文在寅大統領の盟友である盧武鉉氏が当選したのです。

そんな時代もあったのですね。

鈴置:今後もあるかもしれません。反米感情をかき立てる何らかの事件が起きるたびに、韓国では「反米」とその裏返しの「民族共助」が叫ばれてきたのです。

事件が発生しなくても、米国に思うように操られていると韓国人が考えれば、反米感情が盛り上がります。例えば、第2次朝鮮戦争の足音が聞こえてくれば、普通の韓国人も「米国は出て行け」「戦争を起こすな」と言い出すと思います。

すでに左派の間では「米国は北朝鮮との戦争を始めるつもりで、それに韓国を引き込もうとしている」との見方が広まっています。だからこそTHAAD反対デモが起きるのです。

本家・鳩山は挫折したが

「米国は出て行け」と普通の人も言い出すでしょうか。

鈴置:その証拠が保守系紙の「反米親北」批判です。詳しく説明したように、連日の紙面は親米的な社説であふれています。ただ、保守系紙は「このままでは米国に捨てられる!」と悲鳴をあげはしますが「北朝鮮と戦おう」とは書かない。

「戦争になってもいいのか」という批判と「同じ民族よりも米国が大事なのか」との非難を恐れているのです。

保守系紙が覚悟を固めていないぐらいですから、米朝関係が際どくなれば、韓国の世論は米国との同盟を打ち捨てて、中立に傾く可能性が高い。

今でも「我が国が中立化すればミサイルは日本にだけ飛んでいく。高みの見物だ」と日本人に言ってくる韓国人もいます。

それに韓国が「米国は出て行け」と言う前に、米国が韓国を見捨てる可能性もあります。それを韓国人が自覚すれば、親米派の「同盟を堅持しよう」との主張は説得力を失います。

「韓国の鳩山」は「本家の鳩山」とは異なって「反米路線」を貫徹する可能性があります。もちろん、トランプ大統領の出方次第ですが。

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