「予言の書?」

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古事記にある大国主神話というのは、因幡の白兎の物語からはじまって、大いなる国の主として国が栄え、その国が高天原に譲られるまでの物語となっています。

要するに最後に大国主神は、国を高天原の神々に国を譲るわけですが、どうしてせっかく築いた大いなる国を、最後に譲ることになってしまったのかという秘密が、冒頭の因幡の白兎の物語にあります。

この因幡の白兎の物語は、大国主神がウサギを助けた物語としてのみ解説されることが多いのですが、実は違っていて、古事記の原文を見ると、ウサギのことを「菟(と)」と書いています。

ウサギは、漢字で書いたら本当は「兎(う)」です。
動物のうさぎさんは、耳が長いですから、頭の上に「ノ」が付いているわけです。これが耳です。

ところが古事記は、このウサギのことを、意図して「菟(と)」とクサカンムリで書いているわけです。

では「菟(と)」とは何かというと、これは植物のネナシカズラのことです。

ネナシカズラというのは、よく、森や林に行きますと、木の枝にまるで網でもかけたかのように、蔓性の植物が覆いかぶさっていることがありますが、それがネナシカズラで、地面に根っこを持たないいわゆる寄生木です。

この「地面に根をもたない」人のことを、昔は「道々の輩(やから)」といいました。

これは行商人や、全国を渡り歩いて技術を学んだり、教えたりする人たちのことで、要するに今風にいうなら、流通業をなす人たちのことを言います。
つまり、田畑を耕す農業や、製鋼やモノ作りなどの工業を行う人達が、地面に根を生やした人、流通に携わる人たちのことを、地面に根を生やさない人と例えたわけです。

そして大国主神は、姻戚関係と商業流通の発展をもって、国を大きく富ませていきました。
つまり大国主神の築いた国家は、ひとことでいうなら、商業主義の国家であったわけです。

ところが、この商業主義というのは、現代日本もそうですけれど、あらゆることが経済性によって判断され、人々は少しでも多くの利益を得るために、他人との間で欲望を刺激しあいます。

これは夜の繁華街のようなもので、欲望のためにネオンサインがきらめき、客引きのお兄さんやおねえさんが、声を枯らして客を呼び込む。
華美な装飾が行われ、贅沢な暮らしが見せつけられる一方、人々は欲望に支配されて、我を忘れます。

別な例えをするなら、それはまるでソドムやゴモラのような情況です。

天照大御神が、子の天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に「中つ国を知らせ」とお命じになられたとき、その天忍穂耳命が天の御橋に立って下界を眺めると、下界があまりにも騒々しい。
なぜならそこは商業国家であり、互いに慈しみ合って静かに暮らせる国ではなく、欲望のままに人々が声をはりあげて、自己の利益をはかる国であったからです。

そこで「これではいけない」ということになって、最終的に迩々芸命(ににぎのみこと)が地上に派遣されるのですが、このとき、「五伴緒神(いつとものをのかみ)」が迩々芸命に同行して天下っています。

これは五組の職業集団で、要するに迩々芸命は、中つ国を商業国から、モノ作り国に大変革しようとしたわけです。
そしてそれが成功することによって、日本は、現代においてもなお、モノづくり国家となっています。

商業国とモノづくり国では、何が違うのかというと、商業国では誰もが競争です。誰もが自分の利益をはかるために、他人を蹴落とし、這い上がろうとします。モノづくり国では、誰もが協調です。
誰もがみんなの利益をはかるために、みんなと協力し、みんなとともに幸せを築こうとします。

大国主神が王朝を築いたのは、いまの島根県出雲市、雲南市のあたりから、大社のある辺りから鳥取県境港市のあるあたり一帯です。

そこが大国主神の拠点で、そこから一族が山口県や隠岐の島あたり一帯の人々を支配し、そこから九州地方、四国、畿内、本州へと勢力を拡大し、北は北海道あたりまで、商業的勢力を拡大しました。

ところが、これを上の絵にある世界地図と重ねてみると、スカンジビア半島あたりにいたノルマン人が、全ヨーロッパの王朝を形成し、大航海時代にアフリカやオーストラリア、中東からアジアを植民地支配し、また一方では、北米大陸から南米大陸までに住んでいた現地人を攻め滅ぼして、そこを自分たちの土地にした・・・・つまり、大航海時代以降の白人種たちによる、植民地支配の形成の様子と、図が見事に重なるのです。

ところがこのことによって、大国主神の一族は、超がつく大金持ちになったし、世界中がある意味、お金持ちになっていくのでけれど、その一方では、極端な貧富の差が生まれるわけです。

この極端な貧富の差というのは、商業主義のもとでは、やむを得ないこととはいえ、では、果たしてそれが民衆にとっての幸せであるかといえば、そこは疑問が残ります。

そして事態を憂慮された天照大御神は、天孫を降臨させで、この世、つまり世界を商業主義から、モノ作り主義に180度転換させるわけです。
モノ作り主義のもとでは、人々、つまり民衆こそが「たから」です。天孫=天皇です。

ごく一握りの人が、自己の「愛と喜びと幸せと美しさ」を手に入れるために、世界中から富を吸い上げる。
吸い上げられた側には、貧困と怨嗟(えんさ)と、暴力が待っている。
意外なことかもしれませんが、西尾幹二先生によると、西洋史というのは、暴力と支配の歴史なのだそうです。

その西洋にとって奴隷とは、もともとは戦いに敗れた側のことで、奴隷は人ではなく牛馬と同じ家畜となりました。
その西洋社会が、アフリカを筆頭に世界に輸出されるようになったのが大航海時代です。

大航海時代というと聞こえは良いですが、実際には、大略奪時代となりました。これ以降、有色人種は、つい70年ほど前まで、人ではなく家畜だったわけです。

その世界の構造を180度塗り替えたのが大日本帝国です。
けれど、その大日本帝国は、いま帝国憲法が眠ったままの状態に置かれている(大日本帝国憲法は破棄も失効もしていません。法は廃止の決議がなされるまでは有効ですから、いまも実は大日本帝国憲法は有効です。ただその執行が停止された状態にあります)のと同様、いまだ眠ったままの状態にあります。

しかしもしかすると、天の石屋戸が開き、その後の世界に天孫降臨があるのかもしれません。
そして世界は、欲望の支配する穢れの世界から、民衆が「愛と喜びと幸せと美しさ」に生きることができる世界へと生まれ変わるのかもしれない。
古事記は、そのことを預言しているのかもしれません。

古事記が書かれた時代は、百済救援のために軍を起こしたけれど、白村江の敗戦で、甚大な被害が生まれ、朝鮮半島の権益を倭国が放棄した時期にあたります。

『ねずさんと語る古事記 壱』では、黄泉の国=朝鮮半島と書きましたが、その半島で、たくさんの同胞の命が失われたわけです。

そして半島では、日本が撤退したあとも、新羅と高句麗の戦いなど、その後も長く戦乱が続きました。

最後には、支那の王朝に完全に隷属することで、国を保持したとされていますが、実際にはこれは、支那王朝に隷属することで、いわば暴力団新羅組を保持したにすぎません。

半島内にいる一般庶民は、ずっと暴力と収奪と無教育のもとに置かれ続けたわけです。それはまさにこの世の地獄と言ってよく、しかも常に死の影が伴う社会です。

まさに、それは黄泉の国の姿そのものとなりました。

哀れなことですが、半島人は、倭人ではなくなることで、以後1300年以上にわたってまさに汚水が溢れ出す黄泉の国となり続けたのです。

古事記は、そんな黄泉の国と神々の国との交流を、千引岩で塞いだあとに、三貴神が誕生したと記述しています。

もしかするとそれもまた、何らかの預言であるのかもしれません。

ねずさん

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