「バレバレ郵政」

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日本郵政グループでは海外子会社をめぐる巨額損失が明らかになったばかりだが、それだけではない。グループ内では将来を左右する「有事」が勃発中だ。このままでは郵政3社の株価も危うい……。

純利益の9割が吹き飛ぶ

4月末、かんぽ生命が開示した資料に、一部のマーケット関係者の注目が集まった。

〈2017年3月期 有価証券含み損に関するお知らせ〉と題されたものがそれ。

たった1枚の簡素なペーパーであるためか、大手の新聞もテレビもほとんど報じていないが、そこにはかんぽ生命の経営にかかわる重要な事実が記されていた。

〈当社の保有する有価証券について、2017年3月期における有価証券の含み損を算出した結果、その総額が以下のとおりとなりましたのでお知らせいたします〉

資料はそう前置きした上で、その含み損の金額が775億900万円の巨額に膨れ上がっていることを初めて明かしたのである。

さらに同資料は、かんぽ生命の'16年3月期の当期純利益は約848億円だったので、損失額はその〈91.3%〉に当たると指摘。つまり、純利益の9割以上が吹き飛ぶほどの含み損が発生していたことになる。

ただごとではない事態が勃発している形だが、その引き金となったのは「国債ショック」だ。

「昨年末にアメリカでトランプ当選が決まったことで、米国のマーケットでは金利上昇が発生しました。その結果、国債マーケットでは価格下落現象が起き、日本国債も価格が急落しました。

一方、かんぽ生命は生命保険会社であるため、お客から預かった保険金を長期で運用する必要性があり、長期国債を大量に購入しています。

実際、かんぽ生命は帳簿価格で40兆円超におよぶ日本国債などの有価証券を保有する巨大な機関投資家であるため、おのずと国債価格下落の影響をモロに受けることになる。

しかも、昨今はマイナス金利下の高値でも購入していたため、日本国債の価格が急落したことによる含み損を抱え込むことになってしまった」(松井証券シニアマーケットアナリストの窪田朋一郎氏)

しかし、である。

実はこの巨額の含み損は、かんぽ生命の決算上の損益計算書には反映されていないという驚くべき事実がある。

実際、5月15日に東京・霞が関の日本郵政本社ビルで開かれたかんぽ生命の決算会見でも、この一件は、まったく触れられていない。
会見に出席した記者は言う。

「この日、会見に登壇したかんぽ生命の石井雅実社長は、775億円の含み損について一切語りませんでした。
むしろ石井社長はそんなことはおくびにも出さず、'17年3月期の当期純利益が885億円で前期にくらべて増益だったと、胸を張っていたほどです。当然、その純利益には775億円の含み損は反映されていない」(会見に出席した記者の一人)

これは重大な「経営リスク」
どうしてそんな不可解なことが起きるのかというと、そこにはカラクリがある。

順を追って説明すると、まず今回の含み損が発生した背景には、前述したようにかんぽ生命が保有している日本国債の価格暴落がある。一方、これらの国債の多くは、前述した資料に〈満期保有目的の債券〉と書かれている。

「国債には20年、30年などの満期があり、その満期まで売却せずに保有し続ければ、元本がそのまま返ってくる。

かんぽ生命からすれば、満期保有する予定の国債に現時点で含み損が出ていても、その国債を売却したわけではないから実際に損失が発生しているわけではない。だから、それを損益計算書に反映する必要はない――という理屈が成り立つわけです。実際、それは会計処理上も認められている

言うなれば、表向きにはあらわれない「隠れ損失」ということ。
そのため、多くの人には気づかれないままスルーされているが、その持つ意味は重大かつ深刻である。

「今回の事態は、総資産約80兆円の半分以上を日本国債に投資しているかんぽ生命が、その価格変動に直撃される国債リスクが顕在化した形といえます。

いまのところ金融機関としての信用性に重大な影響を及ぼすとは考えづらいですが、仮に将来的に悪性のインフレなどで長期金利が大きく上昇していけば、マイナス金利以降に買った長期国債の損失はさらに膨らみ続ける可能性がある」

当然、将来的に膨れ上がる含み損に耐えかねて国債売却に踏み切れば、その損失は一気に表面化し、会社全体が巨額赤字に陥りかねない。そんな重大な経営リスクを、かんぽ生命は抱え込んでいるということだ。

国債も保険もボロボロ

実はかんぽ生命の会見では、さらにもうひとつ、「語られなかった事実」がある。

それは、かんぽ生命が保有する東京・港区の超一等地の売却話。
具体的には、かんぽ生命の東京サービスセンターが所在していた不動産を売却するというものだが、実はこれは「いわくつきの物件」だ。

というのも、敷地内には昭和初期に建てられた歴史的建造物があり、今年1月に日本建築学会がかんぽ生命の社長らにその「保存活用」を要望していたため、業界内で物件の行く末に注目が集まっていた。

「それなのに、かんぽ生命の経営陣があっさりと『売却』との方針を決めたので驚きの声が上がっています」と言うのは、不動産・金融業界に広く精通する大手行幹部である。

「さっそく一部では、『それほど、かんぽ生命の経営は逼迫しているのか』といぶかる声も出ている。この一帯は、オーストラリア大使館や億ションが立ち並ぶ超一等地で、売却で300億円ほどの増益効果になる見込みですから。

かんぽ生命がその売却方針を決めたのは、決算会見をしたのと同日、5月15日の取締役会でのこと。会見で石井社長がまったく触れないのは不自然です。

記者たちから、『不動産売却益で利益を確保しようとしている』と突っ込まれるのを避けたかったのでは、と勘繰りたくもなる」

張りぼての決算

実際、かんぽ生命自身が弾き出している今期('18年3月期)の純利益は25億円ほどの減益予想。そこに不動産売却益を加えると初めて増益となる計算になっている。

いずれにしても、かんぽ生命の経営が、石井社長が胸を張れるほどに盤石ではないことは明らか。前述したような「国債リスク」を抱えているうえ、実は本業でさえも「張りぼての数字」で取り繕っているという実態がある。

京都大学大学院経済学研究科の藤井秀樹教授は言う。

「かんぽ生命の売上高にあたる経常収益のうち約3割は、過去に積み上げた『責任準備金の戻入額』というものが占めています。責任準備金というのは保険金の支払いに備えて積み立てることが法的に義務付けられた準備金のこと。

かんぽ生命の社名にもなっている簡易生命保険の過年度契約が続々と満期を迎える中、満期を迎えた保険契約は保険金の支払いが不要となり、それに対応した責任準備金が取り崩されている形です。

そして、この戻入額を控除して計算すると、かんぽ生命は実質赤字。つまり、かんぽ生命は過去の遺産で食い繋いでいる状態でしかない。

実際、本業である保険事業を見ても、新契約の増加が旧契約の減少をカバーするには至っていない。保険商品の開発に制約がかけられていることが大きく影響して、契約総数も純減の状況が続いている」

これが、かんぽ生命の偽らざる「実情」なのだ。

そこへきて、5月にはかんぽ生命の石井社長が突然交代する社長人事が発表された。

この人事を決めたのはかんぽ生命の指名委員会で、その委員長はかんぽ生命の親会社である日本郵政の長門正貢社長。当然、かんぽの業績を力強く浮上させられなかった石井社長への不満が「交代人事」に繋がったと見られている。

「長門社長は5月15日の決算会見に出てきて、かんぽの経営について、『保険契約数がなかなか反転できない』と本音を漏らしていた。
かんぽ生命が日本国債偏重で運用していることについても、『ゆうちょ銀行のほうが一歩進んでやっている。ゆうちょのように深掘りしてほしい』とダメ出ししていた。

ゆうちょ銀行では元ゴールドマン・サックスのエリートをスカウトして、ヘッジファンドなどよりハイリスクハイリターン商品への投資を増やしている。それと比べると、かんぽ経営陣の安全運転的な経営姿勢が物足りなく映ったのでしょう」

もちろん、長門社長には「焦り」もある。というのも、日本郵政の儲けは、傘下のかんぽ生命、ゆうちょ銀行から手数料を吸い上げることで成り立っている。
そんな頼みの綱であるかんぽ生命が倒れれば、日本郵政みずからも「出血」を強いられることになってしまう。

日本郵政株の「売り時」

楽天証券経済研究所所長の窪田真之氏も言う。

「実はかんぽ生命だけではなく、ゆうちょ銀行の将来性も心もとない。民業圧迫批判がある中で新規事業がやりにくく、国債運用で収益を上げていくしかないのが現状。

しかも、目下の金利状況を考えれば、これからはじり貧化していく。
では、かんぽやゆうちょの不調を、同じく郵政グループの一角を占める日本郵便が補えるかというと無理。直近ではがきの値上げに踏み切ったが、それ以上に人件費の高騰が利益を圧迫し続けるので、大幅な黒字は見込めない。

このままでは、5年後には日本郵政グループそのものが危機に瀕する可能性も出てきた」

1番マシな売り時

だからこそ、長門社長をはじめとした日本郵政の経営陣はいま、新たな稼ぎの種を作るべく企業買収に前のめりだが、最近では買収したオーストラリアの物流子会社をめぐって巨額損失を計上したばかり。ここへきて野村不動産ホールディングスの買収観測も急浮上しているが、これも先行きは怪しい。

内情に詳しい関係者が明かす。

「確かに検討していることは事実だが、すでに買収観測が出たことで野村不動産の株価が上がってしまい、高値掴みになりかねないと警戒し出した。実はほかにも数件、大型の買収案件があり、長門社長はそちらに流れる可能性もある。

とはいえ、現経営陣は思いつきで案件をぶち上げると組織的にチームを作らせるが、また違うことを思いつくと、そちらに走るという傾向がある。結局、すべて検討はするが中途半端に終わり、いずれの案件も成就しないというシナリオもあり得る」

野村不動産の買収話をめぐっては、今夏に予定されている政府による郵政株の追加売り出しに向けた「話題作り」との指摘もある。郵政株の売却益で復興財源をまかなう政府は高値で売却したいので、その株価つり上げのために利用された――というわけだ。

そんな政府の追加売り出しのタイミングで郵政株購入を検討していた人もいるかもしれないが、専門家たちは「やめたほうがいい」と口を揃える。
「郵政3社が上場した際には、上場後に株価は大きく上がりましたが、今回は同じようなことは期待できません。

追加売り出しで購入する場合は、市場価格より3~5%くらいは安く買えるでしょうが、その後、さらに株価が値下がりする可能性も十分にある。郵政株は配当利回りが高いと言う人もいますが、郵政株と同じ3~4%の配当利回りのある銘柄で郵政以上に成長が見込めるものはたくさんある」

では、すでに郵政株を持っている人はどうすればいいのか。

「日本郵政グループは全体として、成長分野の事業を持っていない。つまり、将来的な株価上昇は期待できません。日本郵政の株価は一時2000円近くまで上がりましたが、もうそこまでの上昇はないでしょう。

日経平均全体が値上がりするのにつられて、1600円くらいまで上がることはあり得る。そのあたりで手放すのが賢明でしょう」(ファイナンシャルプランナーの深野康彦氏)

華々しく上場してから約1年半。郵政3社を取り巻く風景はかくも一変してしまったのである。

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