「3億8千万円」

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米トランプ政権の国防長官、ジェームズ・マティス氏(66)のニック・ネームは「マッド・ドッグ」(狂犬)であることは「産経ニュース」のユーザーならすでにご存じだろう。

なんでもマティス長官は勇猛果敢なだけでなく、冷静で知的な言葉遣いができる人物らしい。一つの真実を追い求め、深層を読み解くニュースハンターに必要な資質にも通じる。ならば部下にも「マッド・ドッグ」が欲しい。WEB編集チームの1人の中年記者にS編集長は望みを託した。行け、「マッド三枝」!。お前はマッド・ドッグになるのだ!!
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「3億8千万円だってよ」−。S編集長が大声を上げた。「福岡県警も大変ですね。これは1面だな」と適当な相づちを打っていたら「君、これ行けよ」と来た。「最近、Sさん、どんどんハードルが上がっていません?これ、犯人は暴力団ですよ。素人にできませんって」。

S編集長は何言ってんだという顔でこう返した。「誰も君に事件解決なんて期待してないよ。何も得られなくてトボトボと帰ってきた49歳ヒラ記者の顛末記を書けばいいじゃないか」。何ですか、それ。散々抵抗したものの、結局、福岡に向かうことになったのだが…。

カギは東京にあり!

事件は4月20日午後0時半ごろ、福岡市中央区天神の繁華街で起きた。みずほ銀行天神支店から現金を運び出し、通りを挟んだ向かいの駐車場の車に入れた東京都足立区の貴金属販売会社の従業員(29)が男2人にスプレーのようなものを顔に吹き付けられ、現金を奪われたのだという。被害金額は約3億8400万円。近年でもまれな大型の強盗事件だ。

事件を目撃した人は「強盗だ」と叫びながら男性が車の後を追い、車は猛スピードで角を曲がっていった。運転手の男はしてやったり、といった顔をしていた。1人は長髪だった。日本人に見えた、と話している。運転役を含め計3人のグループによることが分かっている。

福岡へ向かう前日、ある後輩と築地の寿司店で待ち合わせをした。何でも以前に取材した「アパホテルデモ」の話を聞きたいという。こちらも福岡の件を聞こうと思った。バーター取引というやつだ。寿司をつまみながら後輩はこう言った。

「先輩、被害者が所属する会社って知ってるでしょう?」
「都内の会社だろう?」
「そうそう。そこ、東京国税局に税務調査されているって知ってました?」
「いや。本当か、それ」
彼の話をもとに国税の関係者を当たった。もう退職した人が多いからなかなか分からない。だが、税理士をしている人がヒントをくれた。
「それは国税庁長官賞を受賞しているんじゃないか」
複数の関係者の話を総合すると、こういうことのようだ。東北地方に大手企業が経営する鉱山がある。ここに携帯電話を複数の会社が納入していた。携帯電話には金が微量だが使われている。これを精製して金塊を産出し、都市鉱山として知られていた。実はこの工場に5年ほど前に見学に行ったことがある。

ところが納入業者に謝礼として金の一部を供与し、(大手企業は税務申告上、問題になる点はなかった)それが闇ルートで取引されていた。東京都内の貴金属販売業者の数社がこの取引で大もうけし、それを申告しなかったとして、東京国税局や関東信越国税局から数億円の所得隠しを指摘された。その会社の中に今回の被害企業があったというのだ。

社長はテレビや新聞にもしばしば登場したいわば立志伝中の人だ。アパートから始まり、今は都心にある一戸建てに居を構えている。

「福岡の沖では密輸が横行しているよ」

後輩のおかげで幸先のよいスタートを切ることができた。勇躍、羽田空港に向かった。これは犯人にたどり着けるかもしれない。捕らぬ狸の皮算用。勝手に期待に胸が膨らんだ。

福岡に着いたころには日が暮れていた。曇天模様をついて着陸した飛行機を足早に降りるとホテルに向かった。荷物を置いてベッドに横になっていると、携帯電話が鳴った。
「今、下にいますよ」
5年ぶりに会う友人だ。秘匿性の高い役所勤めとだけ明かす。以前に福岡に出張した際に、ひょんなことから人づてに知り合った。その際に意気投合した人で、福岡行きが決まったときに電話したのだ。
「うまい焼き肉屋があるとですよ」

その人は安くてうまい焼き肉屋に誘ってくれた。席につくなり、その人は
「で、何しに博多に来たん?」といたずらっぽい笑みをしてみせた。
「知ってるくせに。3億円事件ですよ」
「ああ、やっぱりね。あれね…」
そう言って、その人は自分の前に置かれた肉を箸でつまんで次々に網の上に載せた。その所作を見ているうちに何か知っているな、と確信した。

「漁師で金の密輸を福岡沖でやっとるのがいるという噂がある。相手は韓国が多いっていう話。税関も海保も知っとるよ」
「本当ですか」

金の売買は大抵の国では税金がかからないのだが、日本では消費税8%がかかる。これを上乗せして密輸が横行しているという噂があった。1億円の金塊を密輸すれば労せずして800万円ももうかるというわけだ。

東京・御徒町の会社の社員が、なぜ遠く離れた福岡で、しかも現金で大量の金塊を買い付けたのか。無論、断定はできないが、不思議な動きであるとは言える。足立区の会社員がわざわざ福岡で何度も現金取引をする。それがどこからか犯人グループに漏れた。

現金を奪われた会社員は、事件の前の日も取引をしている。レンタカーにはどこに行ったか履歴が残るものがあるから、警察はこの会社員がどこで何をしていたか、目星をつけているかもしれない。

これは大変だ。予定を変更して佐賀県に行くことにした。この人は場所を特定はしなかったが、福岡市を西に行っても唐津辺りまで行かないことには漁師がいないのではないか、と思った。

車はどこに消えたのか?

久闊を叙す「焼き肉会」が終わると、少し元気が出てきた。明日は現場を見て聞き込みをしよう。あさっては漁師捜しだ。

翌朝、福岡市立図書館に向かった。福岡で最も情報が早いのは地元紙・西日本新聞だ。しかも西日本新聞はあまりネットを見てもこの事件の記事が少なく、特ダネはネットに載せても、すぐに削除されていた。

今までに(出張した3月21日現在)、天神から渡辺通りを出た犯人が乗った白いホンダ・ステップワゴンは福岡空港の西を南北に通る県道を南下し、板付5丁目の信号を左折(東進)したことが分かっていた。

板付5丁目に向かった。ここまでのルートは地元の取材合戦で明らかになっているから、やる意味はない。そこから先、ステップワゴンがどこに行ったか、だ。

板付5丁目の交差点には大手自動車会社の販売店があった。「ここなら防犯カメラがあるな」
車を駐車場に入れると、若い男性が笑みを湛えながら
「いらっしゃいませ」
と言って店から出てきた。
「すみません。お客じゃないんです。実は…」
男性は「店長に聞いてみます」と言って奥に消えた。
店の出入口の脇で待っていると、店長が「お待たせしました」と言って、出てきた。

「いっぱいマスコミの方、来ましたよ」
そう言って出てきた店長は「確かにうちの店の防犯カメラを県警に提供しました。犯人の車が映っていたようですよ。天神に向かうときもこの道を使っていたようですよ。別のナンバーだったようです」
懇切丁寧に店長は教えてくれた。

「あるテレビ局は春日市で車が映っていたって話もしてましたねえ」
「えっ、それ、ニュースでやりました?」
「いえ、やってません」
「そうですか(テレビ局の記者のガセかもしれないな)」

ひとしきり話すと邪魔をしたというのに、店長は「うちも産経取ってますよ。頑張ってください」とねぎらってくれた。

こんな調子で10軒ほど、防犯カメラがありそうな店を歩いた。皆、仕事中というのに、手を休めてつきあってくれた。

「福岡は取材しやすい、いいところだよ」と、同期が言っていたのを思い出した。

犯人は左折した後、牛頸川にかかる橋のたもとを右に曲がったか、直進して橋を渡ったか、が分からない。

車はここに隠してある?

牛頸川を渡ると、福岡都市高速環状線の高架をくぐる。「春日で防犯カメラに映っていた」という自動車販売会社の店長の話が気になって、春日市まで行き、コンビニで聞いてみたが、警察は来ていないという。

やはり板付5丁目まで戻るべきだと考え、橋のたもとの一方通行を右折してみた。しばらく川沿いを走ると、ある会社で荷下ろしをしている社員を見つけた。その上には防犯カメラが…。

「ああ、これですか。これ、フェイクなんですよ」
本物ではないのだという。川沿いの道をさらに進むと、小さな高架があった。直進すると大野城市に向かう。右折すると大通りに出る。試しに右折すると、右手に印刷会社があった。

「ごめんください」
出てきた社長は「警察来ましたよ」と言うではないか。だが、やはり映っていなかった。

「やはりここは大通りにつながるんで、通らなかったんでしょうね」
犯人は幹線道路を避けて逃げたという。それを裏付ける話だ。
もとの高架に戻ってまた川沿いの道を行く。また土手沿いの看板を出していない事務所に防犯カメラがあるのを見つけた。

「すみません」
誰も出てこない。棟続きに民家があったので、呼び鈴を鳴らした。
「新聞はお断りですよ」
「いえいえ、新聞記者で、あの事件のことで」
新聞の勧誘だと思ってとがった声を出した民家の主は新聞記者だと名乗ると、出てきてくれた。

「あのお店は看板がありませんが、何をしているんですか」
「あのお店は夜にならないと人がいませんよ。バイクの修理をしているんですよ」
閉まっているシャッターをじっと見つめた。
「いや、まさかな」
ここに車が隠されていることはないだろうか。
「お母さん、すみませんね。助かりました」

車に乗り込んで、もう少し土手を走った。大野城市に入ると、そこは工業団地のようで、いたるところに会社があった。いくつか聞いたが、警察は来ていないという。こちらのルートは途絶えてしまった。

今度は牛頸川を渡る道をまっすぐに進んだ。ところが、こちらは防犯カメラを設置した店が全くなかった。皆、取材には快く応じてくれるのだが、「うちは防犯カメラ置いてないんでねえ」という答えばかりだった。高速環状線の高架の下を走る県道を右折すると、ガソリンスタンドとコンビニがしばらくすると現れるが、ここにも警察は来ていなかった。

「するとここも直進か…」
もし犯人がこの道を進んだのであれば、相当下見をしたはずだ。犯人は博多区東比恵(ひがしひえ)というところでステップワゴンにつけたナンバープレートを盗んだことも分かっている。犯人に地元の人間が入っている可能性はある。

「密輸?そんな話は知らんねえ」

翌朝、日の出と同時刻ごろに唐津に向かった。唐津港に行ったが、船は停泊しているものの、漁師の姿がない。

 「もう遅かったかな」
 見ると波止場で釣りをしている初老の男性がいた。
 「釣れますか」と声をかけた。

用件を言うと「この辺には漁師はおらんよ。呼子に行かにゃあ」と教えてくれた。今は唐津市の一部になった呼子町なら漁師がたくさんいるという。誰か何かを知っているかもしれない。だが、「知らんねえ」「聞いたことなかですねえ」

どの人に聞いても同じ答えが返ってくる。唐津ではそんな漁師はいないか?。

そのうち雨脚が強くなってきた。
「飯でも食おう」
日の出とともに福岡を出たのに、もう昼になっていた。
呼子はイカが有名だ。「いか本家」という有名な店がある。3人組の暖を取っていた漁師に話を聞いて、収穫がなかったため、あきらめて店に向かった。

「定休日」

ガーン!
肩を落として車に乗り込んだ。結局、金塊の密輸の話は誰の証言も得られなかった。

目星をつけた店は全くの「冤罪」だった
福岡の板付に戻ることにした。もう日暮れ時になっていた。気になっていたバイクショップに向かって車を走らせた。すると、何とシャッターが開いているではないか。

そっと覗くとバイクが並んでいるだけだった。
「ごめんください」
「はーい」
中から人の良さそうな男性の顔が覗いた。
「ごめん、今、忙しいんで後にしてくれん?」
「一点だけ。防犯カメラの件で警察来ました?」
「来ましたよ」
「映っていなかった?」
「うん」

全くの見当違いだった。ステップワゴンのスの字もなかった。全く無関係だった。ここで犯人の足取りは全く途絶えてしまった。もっとも警察はNシステムという強力な武器があるから、最後まで足取りを追えているかもしれない。

あまりの県警の秘密主義。6億円相当の金塊窃盗事件を非公表はないんじゃない?

板付と唐津を往復する間、天神に向かい、写真を数枚撮った。駐車場に入れようと思ったが、数分で終わるから、とレンタカーを止めて歩いた。ものの10分、戻って車のエンジンをかけると、何かヒラヒラしたものが視界をよぎった。

「ああっ」
何とフロントガラスに駐車禁止の標章が貼られているではないか。
「なんてこった」
翌日、福岡中央署の交通課に出向き、1万5千円を払うよう命じられた。

「悪いんだけどさ…」
給料日前で口座にすら金がない。妻に頼み込んで送金してもらった。
行きがけの駄賃と思い、中央署の副署長に面会を求めた。取材で生じた疑問を少しでも解消しようと思ったのだが、何と「捜査1課次長が集約しているので答えられない」という。

「産経新聞読んでますよ」 背中にかけられた副署長の言葉に「それはどうも」と抑揚をつけずに答えた。

県警本部へ向かおうと思ったがやめた。捜査1課が何か字になるような話をしゃべるとは到底思えなかった。

というのも、この事件が起きる約9カ月前の平成28年7月、福岡市博多区の博多駅筑紫口付近で金塊百数十キロが偽警官に奪われる事件が起きていた。

この事件は公式には発表されていない。西日本新聞のスクープなのだ。だがこの金塊、現金に換算すると約6億円相当だという。これほどの大事件を広報しないなんてあり得るだろうか。

福岡県はよくネット上でも「修羅の国」などと揶揄される。県内では東京でも滅多に起きないような大量殺人事件が起きたり、市民相手でも平気で銃をぶっ放す全国唯一の特定危険指定暴力団「工藤会」の本拠地が北九州市にはある。映画にもなった佐木隆三の大ヒット作『復讐するは我にあり』のモデルになった死刑囚・西口彰も福岡出身だ。

福岡県警の捜査能力に疑問を呈す気はないが、相当深刻な状態になるまで放っておくような呑気なところが、この県警にはある気がする。工藤会の摘発も最後は警視庁や大阪府警を大量動員してトップの逮捕にこぎつけた。ある警察官僚が言っていた。「極左に甘い沖縄県警、やくざに甘い福岡県警」。

そんなわけで、もう福岡県内では金の密輸入が横行しているのではないか。みずほ銀行前の強盗事件の直後、福岡空港で約7億円を所持していたとして、関税法違反容疑で逮捕された韓国人グループは「フェラーリ購入のため」の現金だったと供述した。が、額面通りには受け取れない。

博多駅前で起きた偽警官の金塊事件も内部犯行を疑ったか何かで初動捜査に失敗し、広報する機会を逸したのではないか。山口県内の拠点を捜索したという一部報道があったが、その後の情報はない。何よりもう発生から1年近くが経っている。

と、この原稿を書いている20日、また新しいニュースが入ってきた。

「犯行に使われたホンダステップワゴン」が福岡県内の事業所の駐車場に乗り捨てられているのが見つかった。県警は4月末までに福岡県内で見つけていた。犯人グループの一部を特定し、神奈川県で高速道路を降りたとか。またも西日本新聞の独自ダネで発覚したのだという。

おいおい…。車の発見、隠していたのかよ。福岡に向かったころには見つけていたのだ。そういえば出張に行く前、「実はもう車を見つけてて、福岡県警は隠しているんじゃないですかね」と言ったら、S編集長は「いくら何でも警察もそこまではしないだろう」と答えていたのだが…。

だから県警はバイクショップから先には聞き込みには来ていなかったのか。おそらく牛頸川を渡った先のいずれかか、川の手前を右折してすぐ、バイクショップに至るまでの間に、ステップワゴンをどこぞの会社の駐車場にでも乗り捨てたのではないか(乗り捨てた駐車場にある会社と犯人グループは無関係だという)。あ〜あ、徒労。無駄足…。S編集長の思惑通りじゃないか。

どうやら近日中にも全容解明がなされそうな雲行き。福岡県警のクリーンヒットだ。博多駅前の偽警官事件の解決も、それに金の密輸の全容解明の方もこれは期待するしかない。

産経

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