「地上のパイロット」

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“地上のパイロット”とも呼ばれる“運航管理者”という仕事をご存じだろうか。

飛行機の運航計画を立て、地上から飛行機を支援する仕事のことだ。飛行機操縦の資格は持たないが、操縦のプロであるパイロットに指示を出す立場でもある。

パイロットとの意見の擦り合わせは日常的だというが、多くの乗客を乗せて日々大空を飛ぶ飛行機の運航計画をスピーディかつ適切に決める責任は重大だ。どのようにして最善策を探っているのか。仕事に必要なコミュニケーション力、調整力、決断力の磨き方は、世のビジネスパーソンにとっても参考になるはずだ。JAL運航管理者の知られざる仕事に迫る。

JALの飛行機を縁の下で支える

“運航管理者”の知られざる仕事
航空業界に詳しくない限り、“運航管理者”(ディスパッチャー)を知る人は少ないだろう。しかし、運航管理者なしには飛行機を飛ばすことができないほど(※ヨーロッパなどでは異なる)重要な役割を担っている。

運航管理者は、飛行機の“飛行計画”を作成し、飛び立った飛行機の安全運航を見守り、支援することが主な仕事だ。飛んでいる飛行機に対して地上から指示を出すことから“地上のパイロット”とも呼ばれている。

「運航管理の仕事は、日勤と夜勤の2交代制です。365日24時間、飛行機が飛んでいる限り、誰かが運航管理の仕事をしています」

こう語るのは、JALのオペレーションコントロールセンター OCC運航管理室第4グループの齋藤真彦さん(34)だ。

パイロットとの意見の相違をどう調整するか

齋藤さんは、社内異動で2009年から運航管理の仕事に就いている。補助的な業務から始まり、国家資格の「運航管理者技能検定」および、現場に即した形の社内審査「社内運航管理資格審査」に合格したのち、2016年 から正式に運航管理者として働く。

異動前は、成田空港でチェックインを行うなど、お客様を誘導する旅客ハンドリング業務を行っていた。

現在、齋藤さんが所属する中国・韓国・アジア・オセアニア路線の地域を担当するメンバーは22名。その中で資格をパスした運航管理者は16名。その他6名はサポートをしながら、資格取得の勉強中だ。資格取得後も定期的に審査があるため、知識、技量の維持、向上が常に必要になる。

飛行計画をパイロットと相談 意見の相違をどう調整するか

JALのオペレーションコントロールセンター OCC運航管理室第4グループの齋藤真彦さん。運航管理者1人が1日に担当するフライトは、およそ50便 にも及ぶという

飛行計画は、運航管理者によって出発の6~7時間前に作成される。飛行経路、高度、積載燃料を検討し、非常事態も想定しながら綿密につくられている。

システムに沿って作成されるので、つくること自体にそれほど時間はかからないというが、天候や滑走路の開閉といった状況の変化がないか、総合的な判断が必要になるため、出発直前まで慎重な確認が行われる。運航管理者1人が1日に担当するフライトは、およそ50便に及ぶ。

計画を作成した飛行機が飛び立ってからは、天候の変化、航空情報、パイロットが管制塔から受けた情報などを合わせて状況を判断し、パイロット(運航乗務員)にアドバイスや指示を送る。

齋藤さんは、難しい国家資格をクリアしたものの、飛行機を操縦する資格は持っていない。操縦のプロであるパイロットに指示を出すことは、難しくないのだろうか。

「パイロットが置かれている状況をイメージするのは限界があるので、私たち運航管理者は1年に1度必ず飛行機に乗る研修があります。飛行慣熟といって、コックピットのすぐ後ろに座り、出発前の準備から、飛行中にどんなことをしているのか、天候によってどう変わるのかといったことを確認する機会があります。状況を理解することで、日々の飛行計画の作成、情報提供に生かしています」

運航管理者が作成した計画書は、パイロットの承認を得る必要がある。運航管理者、パイロット双方の合意なしに飛行機は飛ぶことができないが、意見の相違はほぼ毎日起こるという。

「たとえば、『この気候なら、この高度で飛べば揺れも少ない』と、私が作成した飛行計画についてパイロットに確認を取ると、相手が違う考えを持っていることは多々あります。

多くはシステム上のやり取りになりますが、私が提示した飛行計画に対して、たとえば『積載燃料を増やす』『飛行高度を変える』といったレスポンスが返ってくるので、それに対して私が承認をするという流れになります。もちろん全便において、お客様を安全に到着させることを前提とする意見の相違なので、建設的な意見交換になります」

では、意見の擦り合わせは、どのように行うのだろうか。

「担当した飛行機に関しては、私も同じ責任を負っているものの、実際にお客様を乗せて飛ぶのはパイロットです。意見の相違があった計画でも、パイロットの提案が私の考えの許容範囲であり、さらに直接話をしたとき、その考えが納得できるものであれば、私も同意をします。そこはパイロットによっても意見の違いがありますし、他の運航管理者と意見が異なることも日常的なことです」

異なる意見の擦り合わせを円滑に行うこと、つまり“調整力”が運航管理者にとっていかに重要かがわかる。現場で調整力を発揮するためには、「まずはコミュニケーションが大事」という齋藤さんのコミュニケーション術を詳しく分析してみよう。

身に着けた接客対応が生きた!

コミュニケーションで大切な「目で見る情報」
「この仕事で最も難しいことは?」という問いに、齋藤さんはコミュニケーションを挙げた。

「飛行機のことはもちろん、法律についてもしっかり熟知していなければなりません。私たちが飛行機を飛ばし、お客様の命を預かっているという責任が伴うことは、訓練時からかなり厳しく教え込まれます。安全を担保するという重さを日々感じています。

運航の知識は日々アップデートする必要があり、ずっと勉強を続ける必要があるので大変ではありますが、やはり難しいのはコミュニケーションです。パイロットとのやりとりはもちろん、国内外問わず各空港と意思疎通を図るなど、対外のコミュニケーション能力が重要になる仕事です」

齋藤さんはコミュニケーション力について、運航管理者になる以前に、直接お客様に接する仕事をしていたことが役立っているという。

「何も知らない1年目の空港係員が、お客様にしっかりと対応するためには、そのお客様がどんな方なのか想像することが必要だと思うんです。

まずは相手に対して興味を持ち、『次はこんな質問をしてみようか』『こうサービスをしたら喜ばれるんじゃないか』など、相手に対する想像力を膨らませることによって、豊かなコミュニケーションは生まれます。自分が相手に対して考えたことと逆の答えが返ってくる場合もありますが、それはそれでコミュニケーションになりますよね。そのときの相手の表情を見れば、楽しいか悲しいか感情も伝わってきます」

緊急時に悩んでいる暇などない

「言葉だけでなく、表情から読み取れる部分を想像することによって、その人となりがわかると思っています。『言葉だけで入ってくる情報より、目で見る情報が大事』ということは入社したとき最初に学びました。

パイロットに確認を取る必要があることに関しては、システム上だけでなく、電話や無線、時にはフェイスタイムを使うなど、必ず言葉で確認をしています。その時の相手の声のトーン、口調だけでも読み取って、どういった状況に置かれているのか想像をしながら、話すようにしています」

JALでは、運航管理者など地上で働く職員、乗務員など、お客様の安全を守ることに関わっている様々な職種において、顔が見えない状態の非対面型コミュニケーションの訓練を行っている。人間同士のやりとりで齟齬が生まれやすい状況において、相手がどう受け取るかを考えるリソースマネジメントの訓練が仕事に生かされているという。

決断力は知識の上に成り立つ
緊急時に悩んでいる暇などない

一度計画が承認された飛行機でも、飛行中に計画を変更する場合もある。

運航管理者の仕事には“決断力”が必要だ
運航管理者の仕事には“コミュニケーション力”に次いで“決断力”も必要だ。一度計画が承認された飛行機でも、飛行中に計画を変更する場合もあると齋藤さんは語る。

「様々な状況に合わせられるように、燃料を多めに積むなど幅を持たせて計画を作成していますが、飛行中に変更を迫られることもあります。たとえば、雷の通過が予測より遅れて、空港の上空で待つ飛行機が込み合うと、後から来た飛行機は待てる場所を失いますし、燃料の関係で待てる時間も限られます。

計画を変更すれば、お客様には遅れるというご迷惑をかけることになってしまいますが、飛行機がどこにも降りられないというリスクを負うことはできないので、別の空港に下りてから燃料を積載し、到着地に向かうという指示を出すこともあります。正確な情報から状況を判断するために、他のスタッフに確認をお願いして、調整しながらパイロットと協議をします。

飛行機は必ず、どこかには安全に降りなければならないので、長時間悩む時間的猶予はありません。正確な情報をスピーディに仕入れて、10~15分程度の短時間で判断するようなイメージを、常に頭に入れながら仕事をしています。そのときに応じて、的確な指示を出せるかどうか、決断力が大事です」

運航管理者に求められる能力は厳しい

では齋藤さんにとって、決断力はどの段階で身に着いたのか。それには、経験と知識が大きく関わっているという。

「決断力というものは、知識の土台の上に成り立っているので、知識がないと判断はできません。何かを判断する状況において、その自信となるものは知識だし、現場でのやりとりは、日々アップデートしていくものです。自分が勉強したときの知識だけではとっさの判断力にはつながらないので、日々アンテナを張って、状況を判断するようにしています。うまく言えませんが、普段から“自ら考える”ことが大事ではないかと思っています」

齋藤さんはこの仕事を始めてから、「何かを判断するとき、根拠を持ち、なぜ自分はその考えに至ったか」について考える機会が増えたと語る。

「『根拠を持った判断をしろ』と、訓練のときからずっと言われていました。天気が良い日は、飛行計画は何もしなくて良いのではなく、『天気が良い根拠は何だろう』ということまで考えなければなりません。その飛行機に対して、燃料を足す根拠は何か。さらに、本当にその根拠が正しいか、どうやって裏付けするかといった訓練をずっとしてきました。まずは相手の話をしっかり聞いて、自分なりの答えをもつことが必要です」

根拠を持った判断をし、その判断が正しいかどうか、とことん考えることが日常生活でも身に着いたという。

「たまに妻に『仕事じゃないのに、何をそこまで考えているの?』と言われることがあります(笑)。行き過ぎはよくありませんが、日常生活でも必要なことだと思います。なんとなく暮らすのではなく、物を買うにしても、なぜこれが欲しいのかを突き詰めて生活したいと思っているので、子どもにも嫌がられます。

『なぜこれが欲しいんだ?』『友達が……』『お友達が持っていることは理由にならないだろう』みたいな……(笑)。家族には煙たがられているかもしれませんが、まだ6歳の娘が弟に対して、私が言ったのと似たようなこと言っていることも見かけるようになりました」

運航管理者に求められる能力を
兼ね備えた人はなかなかいない

これまでの話によると、運航管理者には、調整力、コミュニケーション力、決断力も必要ということになる。もちろんあるに越したことのない能力ばかりだが、我々がビジネスシーンで全てを備えた人物に会うことはそうない。

「運航管理者の仕事に向いている人は?」という質問に対して、齋藤さんは「あくまで自分の性格によるもの」という前提でこう語る。

根拠ある判断を行う元は「自ら考える力」

「私の性格ですが、あまり小さなことはこだわらない大雑把な部分があります。いくら知識があっても、決断するときの思い切りというか、『えいや!』という気持ちがなければ、仕事は進みません。私が飛行計画の責任者であるときは、先輩、後輩、上司などの立場は関係なく、目上の人に対してもお願いをしなければならないこともあります。物事を実行する姿勢がないと仕事を進める上で難しいと思います」

先輩や上司に頼むことは簡単ではないが、齋藤さんはここでもコミュニケーションの必要性を語った。

「その方々との普段のコミュニケーションが大事だと思います。それは、プライベートでも関わるということではありませんが、仕事だけでなく、自分が思っていることを相手に伝え、それに対してどんな言葉が返ってくるのか、日々の言葉のやりとりは必要だと思っています。毎日の積み重ねが、業務をお願いする、指示を出すところにつながってくる。普段からしっかりコミュニケーションを図っておかないと、指示はできないでしょうね」

すべての元は「自ら考える力」
根拠ある判断こそが求められる

続けて齋藤さんは、決断力や調整力に必要なものは“自ら考える力”だと語る。

「根拠を持つことにせよ、決断力にせよ、調整力にせよ、そこに自ら考える力がなければ、全ての行動の元にならないと思います。仕入れた情報を自ら考えることなく、右から左に流していては、それを調整することもできないし、判断もできません。

言われたことをそのままやるのではなく、言われたことに対して、自ら考えることを加えることによって、それが自分なりの意見になるし、創意工夫にもつながります。自ら考えることが、調整力にも決断力にもつながってくるのではないかと思っています」

齋藤さんは、恐縮しながらこう付け加えた。

「まるで自分ができているかのようですが(笑)、今できることを自分たちで考え、プラスアルファでお客様に満足していただくために今後も努力します」

各々が根拠をもって考え、決断したものを突き合わせることで、上手に“調整”ができる、という齋藤さんの話は、まさに“根拠”のある答えだ。意見がぶつかることもあるだろうが、そうすることで、より良いものは生まれる。

運航管理者をはじめJALの安全運航を支える現場の努力が、定時に到着する、揺れが少ない、といった飛行機の運航結果につながれば、競合に負けない「選ばれる航空会社」となってゆくのではないだろうか。

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