「宇宙ゴミ清掃」

画像の説明 2014年に公開され大ヒットしたハリウッド映画「ゼロ・グラビティ」。

人工衛星の残骸がスペースシャトルに衝突する事故が発生し、苦闘する宇宙飛行士を描いた。現実には起きていない映画のような大規模事故の未然防止を目指し、欧米に先駆け日本が宇宙空間の掃除のための実証実験を行う。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、国内最大の漁網メーカーの日東製網と共同で開発を進めていた宇宙ゴミ(デブリ)除去技術を確立する実証実験に近く乗り出す。日本の伝統と最新技術の組み合わせで解決を図る壮大な長期計画だ。

デブリの正体は、役割を終えたり故障したりした人工衛星やロケット、またそれらの爆発や衝突などで発生した破片など。「実害は既に出ている」と、JAXAの研究開発部門で同実験に取り組む井上浩一チーム長はブルームバーグとのインタビューで指摘する。

秒速7キロ超のスピード

JAXAの研究によると、地球の周回軌道上で地上から追跡されている10センチ以上のデブリは約2万個、1センチ以上は50万から70万個ある。高度の低い軌道では秒速7キロ以上と猛烈なスピードで移動し、約90分で地球を1周する。人工衛星や宇宙ステーションに衝突すると大きな被害が生じる恐れがある。

地球上からデブリの軌道を予測するなど「宇宙ステーションはデブリを回避する運用が行われていて、その間はクルーを含め退避する必要があり、貴重な時間を浪費している」と井上氏は話す。

世界的にデブリ対策で何らかの対応が必要だとのコンセンサスがあり、「軌道上に存在している大型デブリ除去が必要だ」と説明した。09年にはイリジウム衛星への衝突など、実際の事例も発生している。

JAXAでは低コストで効率よくデブリを除去するため、比較的大きなデブリの高度を下げて周回する軌道上から外し、大気圏に突入させ、燃え尽きるシステムを研究している。その役割を託されたのが、日東製網が開発したテザーと呼ばれる電気を通すひも。アルミとステンレスなどの素材で編み上げられており、電流が発生する構造だ。

ブレーキ発生の仕組み

デブリが飛び回る宇宙空間には地球磁場があり、磁力が一定方向に働いている。そこを通電素材のテザーが横切ることで、磁場の影響を受けテザーに電流が生じる仕組みを利用する。テザーを搭載した衛星がデブリに接近してテザーを取り付けると、デブリと一緒に地球周回軌道を回るうちにテザーは電気を帯びる。テザー内の電流は地球磁場と影響し合い、デブリの進行方向と逆にローレンツ力という推進力が働き、ブレーキとなる。デブリは少しずつ高度を下げ、最終的に地球の重力に導かれ大気圏に突入し燃え尽きる。

実証実験では、JAXAが12月9日に打ち上げる予定の宇宙ステーション補給機「こうのとり」6号機を利用する。

宇宙ステーションへの物資輸送の役目を終える1月末から2月をめどに、同機をデブリに見立て、約700メートルのテザーを伸ばし、電流やローレンツ力の発生原理の確認などを軌道上で実施する。JAXAとして初の宇宙空間でのデブリ除去技術の実験となる。

「こうのとり」からテザーが伸びるイメージ図 Source: JAXA

テザーの開発が除去技術確立のための最初のハードルだった。98年からデブリ除去の研究を続けるJAXAの研究開発部門第2研究ユニット、河本聡美主幹は、テザーを1本のひもではなく複数を編み込んで網状にすることで、小さいデブリが衝突し一部が切れた状態でも、全体では通電性を維持できるようにする必要があったという。「当初は欧米のプロジェクトでテザー製作が始まっていたが、うまくいかず研究は止まってしまい、それならば日本で独自に作ろうということになった」という。

低コスト

JAXAの井上氏は、テザーを用いることの長所として、推進力を得るエネルギーを搭載する必要がないことを挙げる。そのためコンパクトに収納することができ、コストが最も低くなると説明する。一方で短所としては、デブリにテザーを取り付けた後、数カ月から1年程度かけてゆっくり落とすことになるため推進力を有した方法に比べて時間がかかるという。

結び目のない無結節網 Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

デブリ開発をJAXAから委託されたのは、広島県に拠点を置く、網で国内最大手の日東製網。1910年(明治43年)創業し、日本では漁業網の主流である無結節網を世界で初めて1925年に開発・製造した。網に結び目が無いことで、それまでの網よりも強度が増し破れにくく、軽量であることが特徴だ。

日東製網の技術製造本部の総合網研究課でリーダーを務める鈴木勝也係長は、JAXAから2005年ごろに打診を受けたものの、長い網状のテザーを編み上げるのは非常に困難な作業だったと話す。「最後には、技術者の意地のようなものが支えになった」という。JAXAの品質要求は非常に高く、何度も試作品をつき返され、結果的に10年を超えるプロジェクトになったと話す。

基本ノウハウは同じ

鈴木氏によると、金属製の細いひも状のテザー作りは化学繊維製の漁網作りとノウハウの基本は同じ。ただ、細く切れやすい金属の糸のため化学繊維と比べ、編み上げる機械の速度を5分の1程度に落とし、ゆっくりと丁寧に動かす必要があったと語る。

「最初は10センチ程度の長さを作るのに四苦八苦したが、2010年ごろには100メートルに成功し、最終的にはつなぎ合わせて今回の実験に使う700メートルのテザーをJAXAに納品した」という。「実際に5000メートルから1万メートルが必要と聞いており、これを低コストで作れるような機械を含めて今後研究することになる」と述べた。

日東製網とJAXAが開発したテザー Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

日東製網はテザー開発の収益の詳細を開示していない。小林重久取締役は「網に関連したことは何でも手掛けるよう心がけている」と話し、短期的なビジネスや収益性ではなく、長期的な開発が会社にも社会にも寄与すると信じ依頼を受けたという。

さらなる宇宙関連事業として、東急建設、東京都市大学と共同で、月面上で月の素材を使ったれんが状の建設資材を生産し組み立てる技術の共同研究を始めた。

1桁違うコスト

井上氏は、こうのとりの実験から4-5年後には実際にデブリを除去する実証実験に取り組み、20年半ばには除去を低コストで可能とする技術を確立するとした。「一つのデブリを落とすのに数百億円かけることは現実的ではない。継続性を持たせるためには、1桁違う数十億円。できる限り低いコストで除去することが重要だ」と述べた。

国際的には欧米に加えロシアや中国などが研究を進めているほか、国内の民間でもデブリ除去事業に参入する機会をうかがっている企業が複数ある。川崎重工業は5月の戦略説明会で、ロボットアームを活用してデブリを除去する事業を立ち上げる方針を示した。

シンガポールに拠点を置くベンチャー企業のアストロスケールは、デブリの観測・除去を事業の中核に据え、小型衛星による除去計画の実現に向け研究に取り組んでいる。

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