「石灰石が・・・・」

画像の説明 「石灰石」がこの世を変えるかもしれない、これだけの理由

「LIMEX(ライメックス)」という新素材をご存じだろうか。石灰石を原料にして紙やプラスチックをつくることができるわけだが、どのようなメリットがあるのか。商品を開発したTBMの担当者に聞いたところ、環境に優しいだけではなく……。

石灰石を使って新素材「LIMEX」が誕生した

近い将来、ビジネスシーンでこんなやりとりが増えるかもしれない。いや、すでにもう行われているかもしれない。名刺を交換する際、「これを機に、縁が切れませんように」という人が。「な、なんだよ、いきなり」と思われたかもしれないが、テキトーなことを言っているわけではない。いま、破れにくい素材でできた名刺が出回っているのだ。

その素材とは、石灰石を主成分にした「LIMEX(ライメックス)」というモノで、2011年に創業した「TBM」という会社が開発。これまでの紙と違って表面はつるつるしていて、記者もチカラを入れてみたものの、なかなか破ることができなかった。

紙の場合、少しチカラを入れただけで「ビリビリ」と破くことができるが、LIMEXでできた紙はかなりチカラを入れなければいけない。破れたときの音は「ビリビリ」ではなく、「パリッ!」。プラスチック製品を割ったときの音に似ているのだ。

「なかなか破れないことはよーく分かった。けど、破れにくい名刺ってどんなメリットがあるの?」と思われた人も多いかもしれない。実はこのLIMEX製の紙は、水も木も使わずにつくられているのだ。

従来の紙を1トンつくろうとした場合、水は約100トン、木は約20本必要になるが、LIMEX製の紙は石灰石0.6~0.8トン、ポリオレフィン樹脂0.2トンのみである。

石灰石は地球上にたくさん眠っていて、枯渇の心配はご無用。じゃんじゃん採掘して、万が一、なくなりそうになっても大丈夫。再生紙の場合、リサイクルは3~5回しかできないが、LIMEXの場合、原料が石なので半永久的にリサイクルが可能なのだ。

驚くのはまだ早い。新素材を使ってプラスチックをつくることもできるのだ。従来のプラスチックは石油系樹脂100%でできているが、LIMEX製は石灰石70%、石油系樹脂30%で構成されている。この数字は何を意味するのか。石油の使用量を減らすだけでなく、CO2の排出量も60%削減できるので、いわゆる“環境に優しいモノ”をつくることができるのだ。

「はいはい、エコな素材ね。でも、新しく開発されたモノだから、価格は高いんでしょ」と思われたかもしれないが、実はそれほど高くない。

というか、従来品と比べて同じくらい、いや、モノによっては安いのだ。例えば、名刺。某大手の価格と比べて、安く設定されている。プラスチックについてはどうか。

某大手コンビニチェーンはプラスチックのリサイクル費用に年間17億円も支払っているが、LIMEX製のモノを使えば0円。さらに「紙と同じように、LIMEX製のプラスチック商品も低価格で提供することができる」(TBM)という。

石灰石を使って紙とプラスチックをつくる――。これまでになかった素材をどのようにして開発したのか。新素材は開発費用などがかかっているのに、なぜ低価格で提供できるのか。TBMの河野博さんに話を聞いた。

新素材の開発方法が分からない

土肥: 石灰石を主成分にした紙「ストーンペーパー」ってあまり知られていませんが、どういったきっかけで「自分たちも始めよう」と思ったのでしょうか?

河野: 台湾のメーカーがストーンペーパーをつくっていまして、2008年にその紙の輸入販売を始めました。しかし「紙が重い」「印刷がうまくできない」「印刷機械にダメージを与える」といった問題があったので、台湾メーカーにそのことを伝えましたが、なかなか改善してくれませんでした。お客さんからは「これじゃあ使えないよ」といった声があったので、「じゃあ、自分たちでつくろうじゃないか」となって、2011年に会社を創業し、新素材の開発が始まりました。

とはいえ、素人の集団。製造方法をどうすればいいのか、原料をどうすればいいのか。つまり、どのようにつくったらいいのか分からなかったんですよね。イチからのスタートというよりも、ゼロからのスタートです。

土肥: 「知識ゼロ、経験ゼロ」だったわけですが、どうされたのですか?

河野: 「このままではいけない」ということで、専門家の人たちに協力してもらうことに。「紙の神様」と呼ばれていて、日本製紙で専務を務められていた角祐一郎さん(現在はTBMの会長)に新素材の開発に携わっていただきました。またビジネス面では、日本総合研究所で名誉会長をされていた野田一夫さん(現在はTBMの最高顧問)に、アドバイスをいただきました。

土肥: 新素材の開発がスタートしたわけですが、難しかったことは何ですか?

河野: 紙を「軽く」することですね。従来のストーンペーパーでできた本がありますので、持っていただけますか? 重いでしょ?

土肥: (本を持つ)た、確かに、ズシッときますね。

開発期間は約5年

河野: ストーンペーパーは水に強いので、お風呂の中で読書をすることができます。湯船に浸かりながら読書……と思っても、重いのでリラックスすることが難しい。

土肥: 風呂の中で英語を勉強しようと思ったのに、英語力よりも腕の筋力がつくわけですね。で、どうやって「軽く」したのですか?

河野: 石灰石の配合が多ければ多いほど、紙は重くなってしまう。ということは、配合を少なくしなければいけません。そこで、紙を引き延ばす工程で、紙の中に小さな空気の粒を入れることにしました。空気を入れることで、軽くすることに成功しました。

「軽く」することはできたのですが、「キレイに印刷することができない」という課題がありました。石灰石の成分が入っているので、どうしても表面がザラザラしてしまうんですよね。その上にインクをのせても、うまく印刷することができません。そこで、どうしたか。表面に数ミクロンの薄い層をつくることで、キレイに印刷することができました。

土肥: だから、触ると「つるつる」しているわけですね。開発を始めたのは2011年ということですが、完成したのはいつですか?

河野: 2015年に宮城県に工場をつくりましたが、そのときはまだ完成していませんでした。試行錯誤しながら、試験運転などを行って……2016年4月に名刺の量産化を始めることに。というわけで、開発に5年ほどかかりました。

既存商品と同じくらいの価格

土肥: 2016年4月にLIMEX製の名刺を発売して、あれよあれよという間に話題になって、11月現在で600社以上が採用しているそうですね。名刺1箱(100枚入り)で、約10リットルの水を節約できる

――となると、環境問題に関心がある企業が採用していると思うのですが、個人的に気になるのは価格。片面カラーで100枚注文すると、価格は1750円、両面カラーで2500円。名刺の相場っていくらくらいなのかなあと思って調べたところ、他社と同じくらい。開発したばかりの新素材ですし、まだ大量生産もしていません。そんな状況なのに、なぜ既存商品と同じくらいの料金で提供できるのでしょうか?

LIMEX製名刺を採用した企業数

河野: 石灰石の価格が安いことが大きいですね。紙のパルプと比べて、半分くらい。ただ、原料だけで比べることはできません。製造工程に違いがあるので、価格を抑えることができていると思っています。

パルプを原料にした紙の場合、製造工程が複雑なんですよね。繊維を取り出して、洗浄して、繊維を毛ばたたせて、繊維を均一に広げて……といった感じで、たくさんの工程を踏まなければいけません。一方、石灰石の場合、原料をシート状にして、それを伸ばして、表面加工を行う。工程がシンプルなので、工場も小さくてすむんです。

土肥: 製紙工場って、ものすごく大きいですよね。工場内に入ると、大きな機械がどーんどーんと設置されています。

河野: 石灰石の場合、工程が少ないので機械も少ない。見学に来られた方の多くは「え、たったこれだけでいいの?」といった感想をもたれているようです。ちなみに、中東の国から来られた方は「ウチの国でもつくりたい」と興味をもっていました。

土肥: あ、なるほど。水を使わずに紙ができるので、水不足に悩んでいる国でもつくることができるわけですね。

河野: はい。中東の多くの国は、紙を100%輸入しているんです。原油価格が安くなっているので、現地の人は「石油ばかりに頼るのではなく、新しい産業を見つけなければいけない」という思いが強いようです。

土肥: 日本って、石油への憧れのようなものがありますよね。「石油がでてくれば、日本も裕福な国になるのになあ」といった感じで。一方、中東の国では「紙をつくれるようになれればいいのになあ」といった憧れがあるのかもしれませんね。

河野: 日本と違って、中東の国はこれまで資源ビジネスを中心にやってきました。ということもあって、「資源」に関してはものすごく感度が高いですね。「石油のほかに何かないか?」といった具合に、常に何かを探している印象を受けました。

CO2の削減に大きく貢献

LIMEXのロール紙
土肥: 石灰石を使って名刺を発売されたわけですが、その他にも何か考えていますか?

河野: すでにクリアファイルなどを発売しています。

土肥: クリアファイル? 紙ではないですよね。

河野: はい、プラスチックの代替えも可能なんです。例えば、カード類やトレーなど、さまざまなモノをつくることができます。ちなみに、レストランのメニュー表。メニューは紙に書かれているけれど、防水のために薄いプラスチックでコーティングしているモノがありますよね。LIMEX製の紙は水に強いので、コーティングは不要。つまり、紙のままで使うことができます。複数の会社から引き合いがあって、すでに商品を納品しました。

土肥: ふむふむ。

河野: 従来のプラスチックは石油系樹脂100%でできていますが、LIMEXは石灰石70%、石油系樹脂30%で構成しています。何が言いたいかというと、CO2を大きく削減することができるんですよね。紙の場合、20%ほど削減することができますが、プラスチックの場合、60%ほど。

土肥: おお、それはスゴい。気になる価格は?

河野: 紙の場合と同じように、原材料が安い。それだけでなく、製造工程がシンプルなので、従来のプラスチックと同じくらいの価格で提供できる予定です。

土肥: 価格が高くないのは、いいですね。「電気自動車は環境に優しそうなので、乗りたいなあ」と思っていても、一般家庭にとっては価格が高いので購入が難しい。そうした現状を受けて、国や自治体は補助金を出したり、減税をしたりしていますが、どうもしっくりこないんですよね。多くの人がどこかで無理をしている感じがして。

ウォームビズも同じ。環境省は暖房時の室温を20度に設定して……とうたっていますが、オフィスで働いている人からは「寒い、寒い」と言って、コートやマフラーを巻いて仕事をしている人がいます。そこにも、やはり無理があるんですよね。そうではなくて、いまの生活スタイルを変えずに、無理のない範囲の中で環境に貢献できる形がいいですよね。

エコロジーとエコノミーを両立

河野: 日本で暮らしているとなかなか実感することが難しいですが、世界は「水不足」に悩まされています。2050年には世界人口の40%が深刻な水ストレスに直面するだろうと言われています。また100年後には、世界の主要な森林が消滅するとも言われています。地球の水と木の資源問題は進行しているんですよね。

こうした問題を、50年後に解決できるのか。その方法を知っている人って、いないと思うんです。もし、解決法を知っていれば、平均気温はこれほど上がっていないはずですから。

では当社ができることは何か。石灰石を原料にした紙やプラスチックをつくっていくことで、環境問題に一石を投じることができればなあと思っています。

ただ、CO2を削減するために、いまの生活の中で何かを我慢しなければいけない、経済を縮小しなければいけない……ではダメだと思うんです。いまと同じような社会的な豊かさを感じながら、自然の豊かさを保っていく。ここがポイントかなあと。

土肥: なるほど。先進国は自分たちの国が発展していくために、資源をバンバン使ってきた。ただ、地球がちょっとおかしくなってきて、途上国がバンバン使いそうになると、「いやいや、あまり使わないで」というのはおかしな話ですよね。途上国の人たちは「お前が言うな」「お前だけには言われたくない」と言いたくもなりますよ。

河野: 石灰石を原料にした紙は、まだまだ改良しなければいけない課題があります。ただ、従来の紙やプラスチック製品がLIMEX製に変わることで、守れるものもあると思うんです。

このような話をすると、既存の紙産業を壊すのではないかと思われるかもしれませんが、そういう意味ではありません。エコロジーとエコノミーを両立させて、新しい需要を生み出すことができればなあと。

しかも、この日本から。

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