「酒でも飲まなきゃやってられないね」

画像の説明 韓国で1冊の本が話題を呼んでいる。『張成沢の道 神政の不穏な境界人』(アルマ出版)と題され、今年2月に発売された。

張成沢(チャン・ソンテク)は金正恩氏の叔父で、一時は北朝鮮のナンバー2とも見なされていた実力者だった。2013年末に処刑され、今も続く幹部粛清の先駆けとなった。

本は、処刑にいたる過程を中心に北朝鮮の内情を小説仕立てで紹介したものだ。内容には相当の機密情報が含まれている。

筆者は、北朝鮮情報を扱う国家情報院の北韓(北朝鮮)情報第1次長や、駐日韓国大使という情報、外交の最前線にいた羅鍾一(ラ・ジョンイル)・漢陽大学教授(75)だ。先頃来日した羅氏に、「張成沢最後の日々」を聞いた。

北朝鮮のナンバー2として権勢を振るい、金正恩第1書記の後継者として活動していた張成沢国防副委員長は、国家転覆陰謀罪で突然逮捕、処刑された。

処刑の仕方は残忍で、遺体は捨てられ、墓もないと伝えられる。羅教授は「彼の死を知って、彼に関する本を書こうと思い立った」と言う。どうしても分からなかった部分は、自分の想像力で補ったものの、ほとんどは北朝鮮の内部情報を持つ人から「出所を示さない」という約束で提供を受けたものだという。

「北朝鮮では流出を恐れて記録が残されることはないが、張成沢の処刑について『残しておきたい』と私に話してくれた人がいた」(羅教授)とも話した。

脱北した北朝鮮の高官などからの情報も入っているようだ。本は2年間かけて執筆した。280ページで、張が、金正日総書記や自分の妻、周辺の人間に対して漏らした生々しい会話が再現されている。

北朝鮮は現在、相次いで弾道ミサイルの発射を行い、5回目の核実験の準備をしていると報道されている。張は、こういう北朝鮮の核開発と経済建設の並進路線に反対していた。

同書によれば張は、妻で、故金正日総書記の妹の金敬姫らに対して、「中国とロシアを含め、世界のほとんどの国が、わが国の核開発に反対して経済制裁に参加している。核兵器開発と経済は同時に進めることはできない」と、心の内を明かしていた。

さらに隣国・中国については「13億人の人口を食べさせているだけでなく、日本や米国とも張り合い、発展を遂げた」と、北朝鮮が模範とすべきだとの考えを示した。「われわれが少し考えを変えれば、外国の資本と技術で、短時間で韓国に追いつける」と繰り返し語っていたという。

張は中国とのパイプ役となり、たびたび訪中していたが、体制を守りながら市場を改革・開放していく中国式の経済運営に希望を見いだしていたことが分かる。

張は北朝鮮が経済難に陥った1990年代、たびたび海外に行き、経済視察を行った。気が緩むのか、視察先では気を失うほど酒に酔い、「飢えて死んでいく(北朝鮮の)人々が憐れだ」「酒を飲まないと耐えられない」と自分の思いを吐き出していた。早くから体制の矛盾に気がついていたようだ。

羅教授は「金正日総書記が死去して、もっとも地位が危うくなる人物は張成沢だと思っていたが、現実になった」と振り返る。

金正日が脳卒中で倒れた後、病気のためか混乱した指示を出すようになった。ある日、金正日が後継者について意見を聞くため、義理の弟である張成沢を呼んだ。

「革命の後継者は誰がふさわしいと思うか」と金正日は聞いてきた。

張成沢は、すでに金正日の心の中を察していた。海外で気ままに生活する長男の正男や、弱々しさの目立つ2男正哲ではなく、3男の正恩が後継者にふさわしいと金正日は考えていた。

「末の息子さんはいかがですか」。張はそう答えた。

金正日は安心した表情になり「そうだな、末っ子にしよう」と答え、正恩の後継作業が本格化した。

張が金正恩とどんな会話を交わしていたかという記述は見当たらない。

正恩は、権力を掌握した2013年、国家の予算のかなりな部分を、張成沢が管理していることを知る。周辺を調査しようとしたが、「張成沢同志からの承認がなければ応じられない」と拒絶される。張の勢力拡大に苛立っていた正恩は、その一言を聞いて怒りを爆発させた。

まず張成沢の部下を、張の前で銃殺した。張はその場で気を失った。その後、張も処刑された。張は「最後に妻に会わせて欲しい」と懇願したが叶わなかった。

羅教授は、同書の中で、「張の処刑は、北朝鮮への中国の影響力を完全に除去する狙いだった」という中国政府関係者の言葉を引用している。張の処刑は、彼が目指していた中国式改革・開放を金正恩が完全に否定したことも意味する。

北朝鮮の今後について羅教授は、「簡単に予測できない」と慎重だった。

しかし「他の国なら指導者に何か起きても、代替する指導者がいる。北朝鮮はあまりに最高指導者に権力を集中し、徹底的に安全を保っているため、一見すると安定しているものの、金正恩に何かあれば、国家の危機にすぐつながってしまう」と、北朝鮮の権力構造の「もろさ」を指摘した。

さらに、「核開発には大きな費用がかかる。一方で経済開発するのはどうみても矛盾する。無理な目標を追い求めている」として、今の体制は長く続かないとの考えもにじませた。

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