「何が何でも」

画像の説明 2016年4月9日、韓国全国で史上最大規模の公務員試験が実施される。応募者は22万人を超え、前年を3万人以上上回った。青年の雇用問題が深刻な韓国では空前の公務員試験ブームが起きている。

2016年4月5日、公務員試験の受験生による前代未聞の政府庁舎侵入事件が発覚した。

コンピューターを操作して「合格」に

韓国の警察庁は、ソウル中心部にあるソウル政府庁舎に侵入して、公務試験の合格者名簿を偽造した容疑で20代の男を摘発した。

前代未聞の事件の顛末はこうだ。

2月27日の土曜日、この男は偽造した身分証を使って政府庁舎に 侵入した。公務員試験を所管する部署の部屋に入り込み、受験したばかりの「7級公務員試験」の筆記試験の自分の成績を修正して「合格者」となるようにした。筆記試験結果を検証する過程で犯行が発覚した。

マンガのような犯罪だが、本人はそれだけ必死だったのだろう。内部に協力者がいたという見方もある。

この事件は、2つの意味で衝撃的だった。

1つは、公務員試験がこれほどまでに過熱していることだ。このニュースを報じた6日朝のラジオでは司会者が「これだけの意欲と行動力があれば、その力を他のやり方で発揮する方法はいくらでもあったのに・・・」とあきれながら、嘆いて見せた。

もう1つは、北朝鮮による挑発行為が繰り返される中で、警備が厳重であるべきはずの政府庁舎に簡単に侵入されてしまったことだ。

それだけ、この男の「合格」にかける熱意がすごかったのもかもしれないが・・・。

2016年3月17日、韓国の主要紙は一斉に1面で前日に統計庁が発表した「2月の雇用動向」について報じた。

「青年失業率が過去最悪になった」

青年失業率12.5%で過去最悪

15歳から29歳までの失業率が12.5%で過去最悪になったのだ。これは1999年6月に現在の基準で失業率を計算し始めて以来、最悪の数字になった。

韓国では、2月に15歳から29歳のいわゆる「青年失業率」が多少上昇する傾向がある。2月は大学の卒業式があり、求職活動者が多く出てくるからだ。

それでも2016年が例年を上回る数字になった。

公務員試験が一因?

「公務員試験の応募者が空前の規模になったことも影響した」

統計庁はこう説明する。公務員試験の応募者が多かったため、失業率が高くなったということだ。

4月9日の試験は、9級国会公務員試験だ。韓国の国家公務員は、長官(閣僚)級、次官級、次官補級の下に、1級から9級までに分かれている。年功制で徐々に級とともに俸給も上昇する。この一番下の9級採用試験だ。

韓国ではいわゆる「キャリア」を採用する試験は別にある。こちらは5級からスタートする。政府庁舎に侵入した男が受験したように、7級からスタートする試験もあり、そういう意味では最も一般的な試験が今回の9級試験だ。

9級公務員試験に22万人応募

全国300か所以上で実施予定の試験への応募者数は22万人強。前年の19万人強に比べて3万人増加した。

失業率を算出する際は、学生や求職活動をしていない人たちは、除外して計算する。韓国では、就職準備のためにわざと留年して大学にとどまったり、就職試験準備のための予備校に通う例も多い。

こうした「在学」「受講」などの場合は、「非経済活動人口」に分類され、失業率の計算からは除外される。この若者たちが、公務員試験に応募した瞬間に「求職活動中=経済活動人口」になって、一気に失業率を高めてしまった。

統計庁の試算によると、前年より受験生が3万人増えたことで0.5ポイントほど失業率を上昇させた可能性があるという。失業率で0.5ポイントいうのは、相当な規模だと言える。

サムスングループより多い志願者

22万人が応募する試験だが、募集人員は4120人。前年の3700人より多少増えるものの、それでも超難関だ。平均競争率は54倍。人気の高い一般行政職の場合、89人の募集に3万6000人以上が応募した。競争率は400倍を超えている。

サムスングループの採用試験でも競争率はせいぜいグループ平均で20~30倍。人気のグループ企業でも最高100倍だから、それより競争率は高いのだ。また、応募者数もサムスングループを上回るそれこそ最大規模の試験だ。

韓国の公務員試験の特徴の1つが応募者の年齢が少し高いことだ。

22万人の応募者の平均年齢は28.5歳。20代が全体の63.8%を占めるが、30代も30%と高い比率だ。アルバイトをしながら何年間も試験を受け続けている若者も多い。

「最近は、一度、民間企業に入社したが、『やっぱり、もっとゆとりのある生活をしたい。夕食は家族と一緒に』などと考えて、公務員試験を受け直す例も多い」(韓国紙デスク)

公務員人気が高いのは、景気回復の遅れと大企業の業績の低迷で、雇用状況はずっと良くないことも背景にある。特に企業が新規採用に慎重になっており、名門大学を卒業しても大企業への就職は極めて厳しい。

さらに、大企業に入社しても「果たして幸せなのか?」と考える若者の多くなっている。

朝早くから夜遅くまでの長時間労働。週末出勤も多く、なかなか人間的な生活を送ることができない。確かに、給与水準は民間企業や金融機関の方が高いが、いつまで勤務できるのか不安だ。

企業や金融機関は、40代で役員になり高額の報酬を得ることも可能だが、「信賞必罰」という言葉1つでいつ会社を去ることにならないか分からない。

韓国メディアによると、2015年に4000人以上が金融機関を「名誉退職」という名称の早期退職で去った。

公務員試験の壁は高く厚い。

水産市場近くの「考試村」

ソウルの南西部にある鷺梁津(ノリャンジン)は、日本人の間では「水産市場」として有名だ。新鮮な魚を市場で買って、近くの飲食店でさばいてもらうことができる。

だが、この市場のすぐ近くの地下鉄駅周辺は、「考試村」として有名だ。公務員試験や各種資格試験を準備するための「予備校」が集中している。

予備校の近くには、寝泊り可能な「読書室」(試験を意味する『考試』とホテルを合わせて『考試テル』と呼ぶ)がたくさんある。日本で言えば、ネットカフェのようなものだ。

多くの若者たちが、考試テルに住み込んで予備校に通いながら試験準備をしている。

一度、考試テルに行ってみた。ネットカフェよりも少し広いスペース。少し厚めのベニヤのような壁で個室風に仕切ってはあるが、隣の部屋で話しをすればすぐに聞こえてしまう。

奥に机があり、横に簡単な本棚兼用の収納スペースがあるだけ。シャワー室とトイレは共有だ。

 入り口を入ってすぐに狭い食堂があった。冷蔵庫があり、電気炊飯器にはご飯の準備がしてあった。ご飯だけは食べ放題だが、おかずは自分で持って来るという仕組みだった。地下鉄駅から5分ほど。広さによって1か月の賃料は30万~50万ウォンだという。

近くの飲食店経営者に話を聞いてみた。

「1990年代までは大学入試予備校がたくさんあった。その後、不動産仲介資格などの専門学校が増え、何年か前から公務員試験を準備する予備校が次々とできた。今は、公務員試験の受験生が中心勢力だ」

韓国紙デスクはこう説明する。

「9級公務員試験に5分間スピーチが導入されてから、スピーチ専門予備校が次々とできた。7級公務員試験には集団討論もあり、筆記試験だけではなくいろいろな対策が必要になった。近く、公務員試験にTOEICも導入されるということで、ますます予備校が繁盛するだろう」

それにしても、韓国の就職は厳しすぎる。知人の有名大学教授に聞いたら、この大学でも卒業時に就職が決まっている学生は半分ほどだ。

激烈な競争を潜り抜けて何とか名門大学に入る。

専攻は2つ以上。学校の成績は重要でまじめに授業に出る。資格も必要で、会計士などが人気だ。大企業を希望する場合、TOEICが必須だ。まず米国留学だ。できれば中国語も学びたいので6か月間は中国にも行きたい。

冗談ではなく、こういう学生がごろごろいる。

親も大変だが、自分で借金をしてひたすら「スペック」と呼ぶ価値向上に努める。仕上げは、就職準備だ。時間を惜しんで勉強をするため、ソウルに自宅があっても、予備校に近い考試テルに住み込む若者も多い。

優秀な学生で強まる公務員志向

こんなに努力をしても、大企業は採用が少ない。入社しても、猛烈な働き方で、とても満足な生活を送ることができない。だから公務員志望が増えているが、何しろ、22万人の応募で平均競争率54倍の試験を突破する必要がある。

韓国の、特に大学生は、ずっと厳しい競争にさらされる。にもかかわらず、報われにくい世代でもある。

最近、日本企業が韓国での採用に力を入れている。韓国の法人や支店で勤務させるための採用ではなく、本社採用だ。

ある大企業の幹部は「英語はできるし大学でしっかり勉強もしている。日本の大学生よりずっと優秀な志願者も多い」と言う。

史上最激戦の9級公務員試験。試験日の4日後の13日は国会議員選挙にあたる。

各党とも、「雇用対策」を重要政策に掲げてはいる。だが、どこまで本気なのか。大手紙「中央日報」(3月30日付)は1面トップで「雇用創出公約、与野党合わせて1100万」と報じた。

4月13日の選挙を前に与野党が一斉に雇用についての公約を掲げているが、合わせると今後5年間で1100万もの雇用が増えると報じた。毎年200万以上も雇用が増える計算だが、実際には、2015年に増えた雇用は33万7000に過ぎず、実現性と誠意を疑うと批判した。

それにしても、この空前の公務員ブーム。雇用不安が強いために起きているが、懸念の声は強い。

韓国紙デスクは「サムスン電子や現代自動車などごくひと握りの財閥に依存して成長を続けてきたが、半導体やスマートフォン、自動車に続く有望商品が見えない。今こそ、優秀な若者を企業に取り込んで将来に備えるべきなのに、公務員志向は毎年強まっている。経済に活力がなくなっている証拠だ」と嘆く。

だが、若者にとっては、まずは、安定した職業が何より重要なのだ。

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