「どうなるのかねぇ」

画像の説明 世界経済の牽引役として期待を一身に集めたBRICs。

豊富な天然資源を有するブラジルは中国の急成長によって輸出量と資源価格の両面で多大なる恩恵を受けたが、過去の繁栄も今は昔。高インフレ、レアル安、格下げ、消費減退、マイナス成長など、ありとあらゆる災厄に見舞われている。未完の大国、ブラジルの今を追った。

サンパウロの玄関港として知られるサントス港――。2015年の取扱量は1億1900万トンと南米最大で、パラナ州やマトグロッソ・スル州など内陸州から運ばれる大豆の多くがここに集められる。輸出に占める一次産品の割合が高いブラジルにとって、最重要拠点といっても過言ではない。

だが、その重要度とは裏腹に、サントス港は最も非効率な港湾に選ばれるのではないかと思うほどにインフラが貧弱だ。

荷下ろしの待ち時間は計70時間!

2000年代半ば以降、中国向けの輸出が飛躍的に伸びたこともあって、2004年に964億ドルだったブラジルの輸出額はピーク時の2011年には2506億ドルに達した。だが、輸出の増大に港湾機能の拡張が追いつかず、多くの船舶が沖合での滞船を余儀なくされている。

港湾地区内の動線も非効率だ。幹線道路が石畳のため、荷物を満載したトラックやトレーラーは必要以上に速度を落として走行せざるを得ない。しかも、幹線道路は貨物輸送用の線路と12カ所の踏切で交差しており、貨物列車が通るたびに車列が止まってしまう。

ターミナルでの荷下ろしを待つトラックの車列。先頭の運転手は既に2日以上待っているという

非効率なのは貨物列車も同様で、荷積みや荷下ろしのたびに貨車を切り離してターミナルに送るため、再び貨車が帰ってくるまでに恐ろしいまでの時間がかかる。先行列車がサントス港から出てくるまで、後続列車はひたすら待機しなければならず、その待ち時間は優に40時間を超える。

「朝6時から10時間ここにいるけど、いつ(ターミナルに)入れるか分からない」。車列の先頭にいたドライバーに声をかけるとうんざりした表情でこう述べた。ここで並ぶ前に、港湾地区の外で既に2日半待機していたという。サントス港の処理能力が、いかに限界を超えているかが分かるだろう。

BRICsの一角として2000年代に急成長を遂げたブラジル。中国にこそ及ばないが、2003~2010年の8年間で年平均4%を超える実質GDP(国内総生産)成長率を謳歌した。特に金融危機後の2010年は7.6%という高成長を実現、ブラジルの底力を世界中に印象づけた。

その原動力は、言わずと知れた中国向け輸出の急増と資源価格の高騰だ。

左派政権のばらまき政策で中間層も急増!

鉄鉱石の埋蔵量は世界2位。沖合には深海油田が豊富に眠っている。内陸には農業に適した土地が広がり、大豆やトウモロコシの増産余地も大きい。2000年代半ば以降、中国の旺盛な需要によってコモディティブームが到来すると、資源国ブラジルは「量」と「単価」の両面で恩恵を受けた。

格差の是正を前面に押し出したルラ前大統領が貧困対策に注力したことで、消費市場も大きく花開いた。「ボルサ・ファミリア」などの所得再分配政策や正規雇用の増加によって、2002年に38%だった中間層は2014年には60%まで拡大した。消費主導の経済成長を牽引したのは、厚みを増した中間層の存在が大きい。

経済的なプレゼンスの高まりとともに国際社会での発言力も増した。2009年以降、ともにBRICsを構成する中国やロシア、インドと首脳会議を開催(2011年以降、南アフリカが参加)、2014年7月の首脳会議では世界銀行や国際通貨基金(IMF)の向こうを張って、新開発銀行の創設を発表した。

2年連続で3%を超えるマイナス成長

だが、中国の減速と資源バブルの崩壊で、今では惨憺たる有様だ。

IMFによれば、2015年の実質GDP成長率はマイナス3.8%、2016年もマイナス3.5%と大幅なマイナス成長の見込み。左派政権によるばらまき政策の影響で財政も悪化しており、大手格付け会社は相次いでブラジル格付けを投資不適格級に引き下げた。レアルの減価は著しく、2015年の対ドル下落率は30%に上る。

景気後退に伴って、GDPの6割を占める個人消費も減退している。

数千の衣料品問屋がひしめくサンパウロ・ブラス地区。かき入れ時の11~12月には、サンパウロ周辺や内陸部から大型バスで買い付けに来るバイヤーでごった返す。ところが、11月末に訪れると、賑わっているはずのブラス地区では閑古鳥が鳴いていた。

自動車販売台数は2007年の水準に逆戻り

例えば、女性用デニムパンツの専門店。朝6時に店を開けたが、3時間たっても一人も客が来ていないという。「今年の初めと比べると、一日の売り上げは4割落ちた。ここ数年は売り上げが毎年減っていたが、今年の落ち込みはひどい」。店番をしていた女性はあきらめ顔でこう語る。

サンパウロ一の目抜き通り、パウリスタ通り周辺の高級マンションもこの有様。「VENDE-SE」は「ここ売ります」の意味

30年以上マネキンを売っているという女性も、「長くこの商売をやっているが、今年は最悪。来年も悪ければ、店を閉めるかもしれない」と打ち明ける。ブラジルは1980年代後半から90年代初頭にかけて、年率5ケタに達するハイパーインフレを経験した。その時代よりも悪いと語るところに、深刻さがうかがえる。

自動車販売台数はピークの2012年に380万台に達したが、2015年には前年比27%減の約257万台と2007年の水準まで落ち込んだ。消費の縮小は日本企業にも打撃を与えており、キリンホールディングスは2015年12月期にブラジル事業の低迷を受けて1140億円の減損を実施、1949年の上場以来初の最終赤字に転落した。

深刻な不況下でも公共投資に打つ手なし!

ブラジルは賃下げが難しいため、景気低迷が長引けば失業率が上がる。そうなれば、個人消費のさらなる減少は必至だ。

そうなると頼みの綱は政府による需要喚起だが、憲法レベルで規定された義務的経費の比率は80%と高く、労働党政権の目玉である貧困対策にもブレーキがかからない。不況が深刻化する中での緊縮財政は自殺行為だが、さらなる財政の悪化はレアル安やインフレに拍車がかかるため、公共投資などを減らさざるを得ないのが現状だ。

加えて、国営石油会社ペトロブラスを巡る汚職事件もブラジルの混乱に拍車をかける。

ペトロブラスの幹部は水増しした請負契約を建設会社などと結び賄賂を要求、その資金が政界に流れたと言われている。これまでに与野党の大物やペトロブラス幹部、建設会社幹部などが逮捕された。ルセフ大統領の支持率は10%前後に低迷。議会との対立も深く、政策遂行能力の低下が著しい。

汚職規模は190億レアルと報じられたこともあったが、原子力発電公社や金融機関に飛び火していることを考えると、とてもそんな規模では収まらないだろう。汚職事件の影響でペトロブラスの資源開発プロジェクトも停滞、設備投資の大幅な減少が景気低迷を一段と深刻にしている。

景気悪化に伴って、改善しつつあった治安も再び悪化。レストランに押し入った強盗が客の金品を奪って逃げるなど、サンパウロでは映画のワンシーンのような光景が繰り広げられている。

2014年にFIFAワールドカップ、2016年夏にリオデジャネイロ五輪と世界的な大イベントが相次いでいるのにもかかわらず、目を覆わんばかりの惨状である。

ブラジルではコカインの一種であるクラック中毒が社会問題になっている。奥に見える黒テントの内部ではクラックの取引や吸引で盛り上がっている

ブラジルの転落は「自業自得」との声

それにしても、なぜ坂道を転がり落ちるように転落してしまったのか。中国の減速が引き金を引いたことは間違いないが、それだけではない。「ブラジルの経済状況を説明する重要な要素は中国などの外的要因よりも国内要因、すなわちブラジル自身の問題だ」。米コロンビア大学・新興市場研究センターのマルコス・トロイホ所長はこう指摘する。

事実、ブラジルは資源高で成長を享受していた当時から深刻な課題を抱えていた。その典型が、いわゆる「ブラジルコスト」。複雑な税制や過剰な労働者保護、貧弱なインフラに伴う物流コスト、治安対策にかかるコストなど、ブラジルの経済成長を阻害している様々な非効率のことだ。

税金支払いに要する時間は年2600時間

税制で言えば、ブラジルには輸入税や所得税、工業製品税などの連邦税のほか、付加価値税の一種である商品流通サービス税(州税)、サ―ビス税(市税)などがある。その体系は複雑で、世界銀行によれば、税金支払いにかかる時間は年2600時間と調査対象となっている189カ国・地域の中で最下位。税負担も重く、税負担はGDP比で36%を占める。

「ブラジルの税制はまるでパズル。税関連だけで7人の専門家を置いている」。ブラジルにおける醤油のシェアでトップを誇るサクラ中矢食品のロベルト・オハラ・バイスプレジデントはこう語る。複雑な税制は企業経営者の悩みの種だ。

雇用・労働面にしても、1930年代に制定された時代遅れの労働法で労働者は過度に守られている。給与を引き下げることができないということに加えて、一度与えた便益(食券の配布、出張の日当、基礎食料品の配布など)も取りやめることができず、仮に会社が従業員にとって不利益となる変更に踏み切った場合、労働者は会社を訴えることが可能だ。

ビジネスにおけるこういった非効率の数々が、ブラジルの成長を妨げている面は否めない。

もちろん、一部ではブラジルコストを解消しようという取り組みが始まっている。例えば、冒頭のサントス港では、拡張余地に乏しい従来のサントス港とは別の場所に、新たなプライベート港を作るプロジェクトが進行中だ。

第2サントス港”計画が進行中

サントスは入り江に浮かぶ一つの島であり、その“裏側”にも入り江が多数存在している。ブラジルの資源大手ヴァーレや三井物産が出資する物流会社、VLIはその入り江の一つにあったTIPLAMの拡張工事に着手した。

もともと硫黄の荷下ろし専用の小さな港だったTIPLAM。だが、今回の拡張によってパナマックス級の船舶が停泊可能な4カ所のバース、荷下ろし用のホッパーやベルトコンベヤー、大豆やトウモロコシ、粗糖などを貯蔵する4つの倉庫からなる巨大な港湾設備に生まれ変わる。サントス港のような貨物列車の“滞留”が起きないように、線路もどん詰まりではなくループ状である。

鉄鉱石の生産、販売で世界一の規模を誇るヴァーレ。鉄鉱石を輸送するための鉄道網を持っていたが、2010年に鉄道部門を分離、ファンドや三井物産とともに物流に特化したVLIを設立した。VILはその鉄道網を活用、集荷ターミナルや港湾設備に新たに投資することで、非効率な物流を改善しようと目論む。

「顧客として見込んでいるのはカーギルやADMのような穀物メジャー。2017年以降、収穫時期に合わせて順次、運用を始める」。VLIのファビアーノ・ロレンツィ・コマーシャル・ディレクターは語る。

もっとも、こういったインフラ投資の動きはまだ限定的だ。

ブラジルの投資率(名目GDPに占める公的資本形成の比率)は20%強で中国の45%、インドの29%、インドネシアの33%と比べても低い。ブラジルの投資不足は貧弱なインフラと相まって長年、課題視されてきたが、高金利や政府の規制過多、公的債務などのため投資は盛り上がりに欠けるのが現状だ。

TIPLAMにしても、ヴァーレというブラジル最強の企業が進めたからこそ許認可手続きがスムーズに進んだ面があり、非効率なお役所仕事が効率化しているわけでは決してない。

“資源の呪い”に悶絶するブラジル

本来であれば、経済状況がいい時に成長のボトルネックになっている障害を改革すべきだが、言うは易しでいい時ほど抜本的な改革はできないもの。資源に恵まれた国が資源ブームによって近視眼的な政策に陥り、ブームが去った後に取り残されることを指して“資源の呪い”と言われるが、ブラジルはまさに、資源の呪いに悶絶している。

「ブラジルは何も学ぶことなく無為に時を過ごした。資源高で好調だった過去6-7年の間に、必要なアクションを取らなかったツケが出ている」とトロイホ所長は言う。

ここでは主にブラジルコストに絞って話を進めたが、ブラジル転落の要因には左派政権の経済失策も当然ある。

2010年にルラ前大統領の後を継いだジルマ大統領は2014年の再選を目指して、ガソリン代や電気代、水道代などの規制料金を据え置いた。ところが、2015年に規制料金が徐々に上昇、それに引きずられてインフレが加速した。その結果、インフレを退治するために政策金利を上げざるを得ず、ただでさえ減速傾向にある経済をさらに冷やすことにつながった。その意味においても、ブラジルの混乱は自業自得と言える。

ブラジルコストの解消は遅々として進まず、もの作りの強化など供給サイドの改革も手つかずのまま。豊富な天然資源や2億人の人口を抱えるブラジルの潜在力は疑うまでもないが、未来の大国は未完のままだ。

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