「疑惑」

画像の説明 産業革新機構から鴻海へシャープ支援「綱引き」の行方

まるで企業小説のような話である。先週まで、シャープの支援策は政府系ファンドである産業革新機構を中心に話が進んでおり、革新機構による支援でほぼ決まりと目されていた。2月4日の2016年3月期第3四半期決算報告で、何らかの発表があるのではないかとまで言われていた。

しかし、2月3日の午後あたりから、もしかしたら産業革新機構支援の発表は見送りになるのではないかという話が出始めた。そして2月4日当日、夕方から始まる決算報告直前の正午過ぎ、NHKから「シャープ支援は鴻海で決定」というニュース速報が流れ、当日の夜には鴻海精密工業の郭台銘会長が来日し、翌日の提携交渉に至ったのである。

土壇場に立たされたシャープの命運は、今後どうなるのか。今回は、シャープに関する直近の動向を踏まえながら、世間で語られている「3つの疑問」について考察してみよう。

それは、
(1)鴻海のようなアジア外資による買収は、産業革新機構が指摘するように日本の技術流出につながるのか、
(2)なぜシャープは鴻海を選んだのか、そして
(3)鴻海を選んだはずなのになぜシャープは歯切れが悪いのか、という3点だ。

第一に、アジア外資による買収は産業革新機構が指摘するように技術流出につながるのか、という点を考えてみよう。

産業革新機構もシャープ支援策を発表し、家電産業の国内再編による技術流出防止をメリットとしている。しかし、多かれ少なかれ日本のエレクトロニクス産業は各社とも疲弊しており、国内エレクトロニクス企業同士の再編は、弱者連合にしかならない。

日立を中心に東芝、シャープを合わせるとパナソニック規模の大規模な総合家電メーカーが誕生するという話もあるようだが、これは机上の空論に過ぎない。

仮にこの3社の家電部門を統合するとすれば、事業領域がほぼ同一の3社が1つになるので、各部門、たとえばテレビや冷蔵庫、洗濯機など、製品毎ごとの事業部に必ず余剰人員が出る。そうなれば、リストラは避けなられない。

これまでの多くの日本企業の例を見れば、リストラを行えば、優秀な人間から順番に外国企業を含めた様々な会社に散らばってしまう。もちろん、個人に技術がくっついた形でだ。

しかし、企業はリストラした社員に、「どこに行け」「何をするな」とは言えない。そうすれば、コントロール不可能な技術流出が各所で発生することになる。

それに比べれば、ある会社がチームという塊として存続することができれば、リストラに伴う技術流出は起きない。技術は人を通じて流出するものだから、組織を守ること、雇用を守ることこそが最大の技術流出の防止策である。

ルノー・日産は問題なくて鴻海・シャープだと技術流出?

一方で、組織がまるごとアジア企業の傘下に入ることで、「組織的に技術が盗まれるのではないか」という漠然としたイメージも強いかもしれない。しかし、これもイメージの問題、もう少し突っ込んでいえば、アジア諸地域に対する日本人の「奢りの表れ」と言ってもよいかもしれない。

外資による日本企業の大型買収といえば、ルノーによる日産の買収が思い出される。ルノーはフランスの自動車メーカーであり、一般的にフランスの自動車産業と日本の自動車産業を比べれば、競争力が強く技術力も高いのは日本であろう。とすれば、日本からフランスへの技術流出だってあり得るはずだし、日産の関係者によると、実際に技術流出はあったという。

しかし、結果を見ると、オーナーが外資になることによる技術流出のリスクよりも、日産のように、日本企業が日産という「チームの塊」を残したまま経営再建ができたメリットの方が大きかったと言えるのではないか。同じような提携は、フォードとマツダ、GMといすゞでも見られたが、相手が欧米企業だと技術流出は大きな話題にならないのである。

自動車産業の場合、日米欧が産業の拠点なので、必然的に日本と欧米の組合せとなるが、エレクトロニクス産業の場合、産業の中心は日台中韓の東アジア地域であり、組むのであれば、国内であろうと外国であろうと、強いところと組まなければ意味がなく、外資となれば当然アジア諸地域となる。

シャープは高い液晶技術を持っているというが、企業が技術開発に投資するのは収益性の向上のためである。しかし、シャープの液晶技術がシャープの収益性を向上させているのであれば、今のような苦境には陥っていないはずである。

一方鴻海は、世界の4大液晶メーカーの1つを有しており、今さら液晶技術だけのために破格のオファーをするとは思えない。日本の強みは商品企画力だ。こうした能力は組織や文化などの文脈の中で醸成されるノウハウであり、その場に留まる「粘着力」を持っている。こうした粘着性のある知識やノウハウは簡単には移転することはできず、オーナーが外資になっても、モノづくりの現場はこれからも日本に残るだろう。

日本政府や銀行の思惑も?なぜ急転直下の「鴻海」なのか

第二に、なぜシャープは鴻海を選んだのか、について考察する。

1月下旬までシャープの再建は、日本の政府系ファンドである産業革新機構に委ねられると見られていたが、2月に入り急遽鴻海による支援が現実的になった。産業革新機構の提案は、(1)3000億円程度の出資を行い、不足する負債はシャープのメインバンク2行に債権放棄を求める、
(2)液晶事業は日本の液晶パネルメーカーであるJDI(ジャパンディスプレイ)に吸収させる、
(3)将来的に、東芝など他の経営不振に陥った総合電機メーカーの家電部門をそれぞれ分離してシャープと統合し、大規模家電メーカーを誕生させる、というものであり、一番の狙いは日本からの技術流出防止にある。

一方、鴻海提案は、(1)7000億円程度(当初6000億円)の出資を行い、銀行に債権放棄は求めない、(2)液晶部門も含めて鴻海が再建する、(3)シャープという法人・ブランドはそのまま残し、あくまで鴻海傘下でシャープ単独での再建を目指す、というものである。

急遽、鴻海案が急浮上した背景には、シャープだけでなく、日本政府や銀行の思惑も強くあると見られる。シャープの高橋社長は、液晶と家電の分離について否定はしないものの、家電部門の切り売りや再編成には消極的である。

仮に東芝の家電部門と合併しても「1+1=2」にはならない。先述の通り、シャープと東芝では重複する分野が多く、必ず追加のリストラが伴い、規模は縮小し、リストラされた社員によってむしろ技術流出は拡大するだろう。

より日本経済全体への影響という意味で考えると、アベノミクスには円安による外資積極導入が政策として盛り込まれているが、外資による倍額のオファーを蹴って国内産業を擁護することは、政権の方針に反する。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙も「産業革新機構による救済は古典的な『日本株式会社』のやり方」と批判している。また、産業革新機構は前民主党政権時代に発足した政府系ファンドであり、現在の安倍自民党政権にとっては、民主党時代の残滓という見方もできなくはなく、必ずしも政府系ファンドの意向が政府の意向と一致しているとは言えないのかもしれない

また、企業再生支援機構による日本航空の再建にあたって、日本航空は99%の減資を行い、まず日航の株主が経営責任を負ったが、今回の産業革新機構によるシャープ救済案は、シャープに減資は求めず、銀行に債権放棄を迫る、つまり、シャープの株主は責任を負わず、結果的に銀行の株主が痛手を負うという、資本主義経済の原則に反する提案であるため、銀行としても鴻海案に魅力を感じたはずだ。

先月行なわれたソニーの決算発表で、同社はシャープと反対にほとんどの事業で黒字化を果たしたが、これまで稼ぎ頭であったCMOSセンサー事業が赤字に転落した。これはアップル向け需要の減少と見られ、その影響は鴻海にも出ているはずだ。

アップル依存度の高い鴻海としても、「アップル+1」による経営の安定化を図りたいはずであり、ユニークな商品を生み出す現場を持つシャープは、「日本版アップル」に育つ可能性を秘めている(日本では、鴻海の狙いは液晶技術と言われているが、韓国・台湾の足元にも及ばないシャープの液晶に7000億円も出さないと筆者は考える)。

新しいアイディアと商品企画力の強いシャープ、コンセプトを与えられれば最も効率よく設計・製造する鴻海は、考えられ得るベストパートナーであり、シャープは鴻海傘下で日本のアップルになることを目指すべきであろう。しかし、鴻海とシャープの提携交渉は極めて壊れやすいものであり、まだまだ確実とは言えない。

経営陣に迅速な決断は望めないなおも揺れるシャープの危うさ

そして第三に、鴻海を選んだはずなのになぜシャープは歯切れが悪いのか、という疑問だ。

シャープと鴻海の交渉は2012年にも行われ、そのときは決裂した。今回はシャープの本社前で、郭台銘(テリー・ゴウ)董事長が「シャープとの優先交渉権を得た」と発表したが、ことはそれほど簡単ではない。あの記者会見自体にそれが現れている。

郭台銘董事長がインタビューに応じる予定時間は15時であったが、実際には交渉が難航し、17時30分を過ぎていた。また、あの場所はいかにもシャープの敷地内のように見えるが、ぎりぎりシャープの敷地外となる「道路上」で彼は記者会見をしたにすぎない。

記者会見のときにマイクが置かれていたテーブルはシャープのものであるが、これはシャープが鴻海に貸したのではなく、記者団に貸したものであり、あの会見にシャープは一切関与していないという立場を貫いている。

郭台銘董事長は、旧正月に入る前に交渉をまとめようと、2月4日の夜遅くに来日し、2月5日のシャープとの交渉に臨んだが、そもそもシャープが旧正月前に鴻海と正式契約をするのは無理であったと、筆者は考える。

1つは、2012年の決裂について、鴻海はシャープに裏切られたと思い、シャープも鴻海に裏切られたと考え、両社の感情的なしこりは今も残っている。台湾側から見れば、今回の郭台銘董事長の行動は破格の好待遇であり、シャープに対して最大限の誠意を見せていたと映るだろう。鴻海は年間売上15兆円の大企業であり、経営危機に陥っている2兆円弱の規模の会社に、わざわざ董事長が自ら出向いての交渉である。

しかし、日本側から見ると異なる見方ができる。1つには、もともとシャープの経営幹部に対して、まともな経営上の決断を素早くやることを期待するのが間違っている。

そもそもシャープには、いまだに強い製品開発の現場が存在し、問題は経営陣の資質だけである。これは、日本特有の終身雇用の弊害である。片山元社長などは、液晶エンジニアのトップであったが、優れた技術者が優れた経営者の素質を備えているわけではない。

だが、日本では社長職とは、現場で成績を上げた中間管理職に対するご褒美のポジションであり、経営者の資質を問われることは少ない。それでも、これまでは技術的な優位性だけでなんとかなってきたが、経済のグローバル化に合わせて技術だけでなく、国際競争に勝ち抜くための戦略能力が求められていることに、多くの日本の家電メーカーは気づいていない。郭台銘董事長は、自分の交渉相手がそうした「決断のできない」経営幹部だということを前提に、話をする必要があるだろう。

日本企業に礼を尽くさない印象が漂う郭台銘董事長の言動

一般に多くの日本人は、パナソニックやシャープが日本の家電量販店であらゆる商品を扱う総合家電メーカーであるという認識を持っていて、その認識は世界でも共通であると誤解している。実際には、パナソニックもシャープもアジア地域を除けばマイナーブランドである。

しかし日本人、特に大阪人にとって誇りであるシャープに対して、郭台銘董事長の振る舞いは「日本的な意味において」礼を尽くしているとは言えない。たとえば台湾では、オーナー経営者同士が合意すれば、それはすなわち企業間の正式な取り決めとなるが、日本企業の場合、取締会の招集、議事の審議と議決を経なければ、いかに社長といえども「機関決定」ができない。

2月4日に急遽来日して、2月5日にトップ同士で協議をしたとしても、日本企業が正式に企業として意思決定をするためには、取締役会の招集などの手続きが必要であり、「それを無視して契約をしろ」というのは、日本の法律や企業慣習を無視することになる。

鴻海との関係から見えるシャープ再建の行方

さらに、郭台銘董事長は、シャープを足がかりに日本の家電メーカーと広く提携を広げて行きたいのであれば、日本人の商慣習やビジネスマナーを知るべきだ。我々台湾と関わる一部の日本人は、鴻海が台湾でいかに有名な大企業かを知っているが、日本人の多くはそれを知らない。

日本の大企業の社長は、玄関先や道路上で会見を開くこともない。2月5日の夕方、鴻海はシャープ本社近くのホテルの会議室や宴会場を予約するなどして、フォーマルな場所で会見を開くべきであった。あれでは、多くの日本人から信用を得ることはできない。

もっと言えば、派手なネクタイやストールは、台湾や香港、上海などの大企業の経営者にとっては普通のスタイルであるが、日本では派手な衣装はよい印象を持たれない。むしろ、紺かグレーの地味なスーツに、あまり派手でないネクタイを締めた「経団連ルック」の方が、一流企業の経営者として落ち着いた印象を日本人に与えていただろうし、報道陣に対するイメージも違う。

ある日本人の記者は「トップ会談なんだからヒゲくらい剃ってくればいいのに……」とこぼしていた。日本では、お金を持っているだけでは尊敬されない。それは半面、日本企業の凋落を招いた悪い点であり、自らも改めるべきことであるが、早急にシャープとの正式合意を目指すのであれば、日本のマナーに合わせ、日本の世論を味方につけるべきだ。

そのためには、つまらないことかもしれないが、きちんとした清潔感のある地味な身なりと、「経団連ルック」も必要であろう。台湾側から見れば助けてあげる強い側が、助けてもらう弱い側にここまで媚びを売る必要があるのかと思うかもしれないが、「強いものは寛容になり、弱いものに対する敬意を見せる」というのが日本人の美徳である。そして、それが尊敬される大企業になる一番の方法である。

いかがだろうか。シャープと鴻海の関係について語られる「3つの疑問」の背景を考察すると、シャープ再建の行方がおぼろげながら、見えてきそうではないか。

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