「国」

画像の説明 国家って何でしょうか。

私たちは漠然と、同じ言語を話す、ひとつの民族が住む国と考えていますが、実は違います。

国家は、国境線で区切られた領土に成立する政治組織をいいます。現代の国家は、ですからほんらいはまず国境ありきです。
しかしそうは考えない国もあります。ここが問題です。

まず国家には、3つの要素があります。
それが、
1 領土領海
2 統治
3 承認
です。

国境について、私たち日本人は、日本列島という島国に住んでいますから、なんとなく、日本の領土の島に付属するものといったイメージを持っています。

けれど、そういうことがある程度明確にいえるのは、実は、先進諸国の中では日本くらいなものです。諸外国は、いささか様子が異なります。

たとえばフランスです。
フランスは、もともとは、ケルト人が住んでいたところでした。ところが地中海のギリシャが勢力を持ってきたときに、ギリシャ人たちがマルセイユあたりを植民地にして、数多くのギリシャ人たちが入植しました。

ところがギリシャの勢力が弱くなると、今度はローマ軍が入り込み、ローマ帝国によって、ケルト人の都市であったルテティアが、パリと改名させられました。

するとこんどは4世紀頃になってゲルマンの大移動があり、フランス一帯に勝手に諸王国を建国しました。

そのなかで、特に力を持ったのがゲルマンのフランク族で、フランク王国の勢力は、イタリアやドイツ方面にまで広がり、これが西ローマ帝国となって、最大勢力を持つようになります。
ところがこれが内部の家督争いで分裂して、生き残ったのがブルボン朝だったのですが、これが倒されたのがフランス革命です。

そのようなわけで、フランスには、多数の言語と多数の民族が混在しています。

それぞれの民族には、それぞれの固有の言語があり、文化がり、伝統があります。つまり、私たち日本人の持つフランスのイメージ、フランス語を話す美人の産地というのは、フランスのフランコ朝系列の一部の人たちのことです。

いまフランスには、フランス政府やフランス王国よりもはるかに古くからフランスに住んでいるバスク人など別な民族が7つ以上混在しているといわれています。

そういう次第ですから、フランスにとっての国境というのは、フランスの文化が浸透したエリアのことであって、フランス民族の住む国ではありません。

同じことは、かつて西ローマ帝国の一部であったイタリアやドイツにも、同様です。

ナチスドイツの時代に、いまのポーランドも、フランスもドイツの勢力下になりましたが、その時代には、ですからフランスもポーランドも、ドイツ領だったわけです。

支那も同様です。

清朝時代から、トルキススタンやモンゴル、チベット、朝鮮などは、清朝とは別な国でしたが、当時の清王朝の認識としては、それら諸国も版図のうちです。つまり清朝の影響下にある朝貢国は、清朝の一部という考え方です。

清王朝への朝貢国は、すべて清王朝皇帝の家来とみなされ、家来であるということは、それらは清王朝の勢力下であり、領土であり、国境の内という考え方であったわけです。

ですから民族、言語、文化、習慣、肌の色が違っていても、ひとつの国です。その最大の例がジンギスカンのモンゴル帝国です。

こうした思考は、いまの中共政府も同じで、そもそも中共政府の元の紙幣には、複数の言語で金額の表記がされています。
言葉の違いは関係ないのです。つまり、彼らの考え方に従えば、自国の影響下に入った国は、すべからく彼らの国の領土です。

ですから、日本にいて、中共政府の手先になっている人が増えれば、日本は中共の一部になるわけです。

そのためには、ほとんどの国民にそのような自覚がなくても、明らかに中共バンザイと唱える人の声が大きくなれば、事実上、当該国は中共の影響下に入ったことになり、影響下に入れば、そこは大昔からの中共の領土だという認識になります。
これが、彼らの考え方です。

支那事変当時、日本は支那の一部に強い影響力を持っていましたが、けれどもそこを「日本」だと考える人は、おそらく当時もいなかったし、いまもいないと思います。

彼らは「日本が侵略した」といいますが、彼らとの認識の大きな違いは、私たち日本人は、そこを日本の領土にしたとはまったく考えていませんが、彼らの発想では、そこが日本の領土になったと考えるのです。ここが大きな認識の違いです。

つまり、民族や言語や習慣はおろか、政治体制すら、彼らにとってはどうでも良いのです。

要は、影響下にあるかどうか、影響できる状態にあるかどうかが、彼らにとっての国境になります。

そういう次第ですから、中共に関して言えば、それぞれの地域にある軍閥は、必ずしも中央政府のいうことなど聞かず、勝手に行動をしています。

国家を標榜する中共政府は、そうした軍閥の暴走や、支那マフィアの暴走を、国家として責任をもって取り締まることさえできません。

その意味では、中共は、国内統制力が十分に整っていないわけで、我々の感覚からしたら、果たしてそれは国家といえるのだろうかということになりますが、ここがフランスなどの西洋諸国と支那の違いで、フランスなどはそういう点についても国家としてしっかりと責任をもつ自覚がありますが、中共にはそれがありません。

その意味では、中共は国家とさえもいえない、つまり中共も支那にある軍閥のひとつでしかないのですが、困ったことに、戦後、米国がそのようないい加減な中共を、政府として承認してしまったわけです。

つまり国家としての能力を持たない支那共産党という政治団体が、統治能力もないのに勝手に政府を名乗っていたものが、国際的に国家として承認され、いまに至っています。

そしてその中共政府は、清朝などの歴代支那王朝と同じで、「影響下にあるエリアは、全部、自国の領土だ」と考えます。
それが中華人民共和国です。

どのような言語が話されていようが、どのような通貨が使われていようが、どのような文化があろうが関係ないのです。

ですから翁長知事という親中政権ができた沖縄県は、中共政府の考え方からすれば、すでにそこは中共の領土の一部です。

台湾も、ついこのまえまでの馬政権は親中政権ですから、その間は、中共の一部です。

ところが資金的に詰まり、影響力の行使ができなくなってきたから、沖縄の宜保市の選挙では、反中市長が誕生し、台湾でも反中総統が誕生しました。つまり、支那共産党の影響を外れました。

要するに、日本人にとっては、
「国境があって国家がある」ですが、支那においても西洋においても、「国家があって国境がある」のです。

ですから国境は、太ったり痩せたりします。それが「あたりまえ」というのが、彼らの認識です。

それだけに、日本人は、よほどしっかりしていなければなりません。

そうでなければ、気がつけば日本がチベットのように、貧困にあえぎ、プライバシーも私権の保護もなく、若い女性が焼身自殺を繰り返さなければならない国になってしまいかねないのです。

逆にいえば、そのような国が近隣にまで迫っていながら、日本が上古の昔から日本でいられたのは、私たちの祖先が、しっかりとした民族意識を持ち、国を守ってきてくれてきたからなのです。

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