「メタボ大国アメリカで」

画像の説明 メタボ大国アメリカで大絶賛されている日本の“ある食品”

「こんにゃくという独特の食感と風味をもつ伝統食材を海外で広げたい」
さかのぼること6年前、群馬県昭和村のこんにゃくメーカー「北毛久呂保(くろほ)」社長の兵藤武志さんは県内でもいち早く、こんにゃくを携えて海外に向かっていた。

「スライム?」「食べられるの?」
外国人からは“謎の物体”扱い

北毛久呂保の“一般的”な、こんにゃく

こんにゃく初デビューは、昭和村商工会が参加したドバイの展示会だった。しかし、結果は「惨敗。さんざんでした」と兵藤さん。
「食べた瞬間、口を押さえて言うんです」と兵藤さんが続ける。
「スライミー」

スライムみたいで、ぷよぷよして気持ち悪い。まったく、こんにゃくは口に合わなかったのだ。そればかりか兵藤さんは衝撃の事実を突き付けられた。

「こんにゃくが『食べもの』だと理解されなかったんです」

こんにゃくを見た外国人が、まず言うのは「なんだ、これは!!」。次に言われるのが「食べられるのか?」。こんにゃくは、もはや「謎の物体扱い」だったのだ。

「もっと海外でも認知されていると思っていました…」と兵藤さん。ゆえに「説明が大変」。

「とにかく『植物からできている』ってところから説明しないといけないんですよ」

じつは、世界中でこんにゃくを食べている国民は、ほぼ日本人ぐらい。海外でも、こんにゃくいもは生産されているが、それは、ほぼ増粘剤やペットフードとしてのニーズである。こんにゃくのことは、ほぼ世界中の誰もが知らなかったのである。

その後ロシアの商談会にも行った兵藤さん。やはり「食べもの扱いされないうえに、大不評」だった。

中国人留学生も絶句!こんにゃくの食感は「ありえない」

兵藤さんがショックを受けて帰ってきたころ、群馬県としても海外輸出戦略の機運が高まっていた。

国内でのこんにゃく消費量低下に加えて、近年、LDC諸国の無枠無税措置によって、ミャンマー、ラオスなどからの安価なこんにゃくいもの輸入が急増し、農業者や製粉業者にとって大きな脅威となっていたのだ。

県として、国際競争力を強化するべく、まず、生産者への効率的な機械化体系の導入や大規模化により、生産コストを10~15%低減する目標を掲げた。

さらに2012年には、海外への販路拡大と需要の増加を図るべく、海外輸出に必要な方策を研究するために、県、生産者、製粉業者、加工業者などで構成された「群馬県こんにゃく海外戦略研究会」を設置した。

こんにゃくは留学生に全くウケない

まず研究会が行ったのは、こんにゃくを食べる習慣がない海外で、どのようなこんにゃく料理が評価されるのかを調べることだった。そこで、主に中国、東南アジアからの県内在住の海外留学生を対象とした「嗜好調査」を実施した。

会場にずらりと並んだ、こんにゃく料理を前に、とまどう留学生たち。研究会員として参加していた兵頭さんが振り返る。

「中国からの留学生の女の子が、『これはいったいなに?』と怪訝な顔でしょうゆ煮の玉こんにゃくをジーッと見つめてましてね。食べるか食べないか迷ったあげくに、しょうがないって意を決したような顔で食べてました」

そこで、またしても兵藤さんは衝撃的な場面に遭遇する。

「すぐに吐き出しちゃいました」

日本で一般的に食べられているみそおでん、刺身こんにゃく、玉こんにゃくが留学生たちにまったくウケなかったのだ。「こんにゃく、中国から日本にやってきた食べものなんですけどね……」と兵藤さんは話すが、中国でもこんにゃくを食べるのは南部のごくごく一部。ほとんど食べる習慣が残っていないのだ。

ひどい目(?)にあった女子留学生いわく「プリプリして、まるくて、黒くて、しょうゆで煮た妙な味、気持ち悪いにおい、しかも温かい。こんなヘンなものは生まれてこのかた食べたことがない!」のがこんにゃく。

「とにかく食感は、外国の方には絶不評です」と群馬県農政部ぐんまブランド推進課の大井圭一さんが語る。

「どうも、世界的に、こんにゃくみたいな食感の食べものは存在しないらしいんですよ」

わたしたち日本人が求めるあの「弾力」がありえなくて、さらには「それが温かい」が恐ろしくありえないことらしい。言われてみれば……類するものが思いつかない。

「においもダメみたいです。生臭く感じて、今度は魚だと思われがちなんです」と大井さん。しかし、こんにゃく麺はことのほか好評を博した。

「麺は海外でも一般的なものですし、これならプリプリも新たな食感として受け入れられるようです。こんにゃくをそのまんま持って行ってもなんだこれ、ってなりますけどね」

大井さんが続ける。

「麺なら『食べもの』に見えますし」

こんにゃくは、こんにゃくであることがどうのこうのという前にまずは世界中で「食べもの」として認識されるビジュアルが必要だったのだ。

ついに大ウケ、大人気に!「麺」「米」「タピオカ」など代替がカギ

「こんにゃく麺焼きそば」。麺の太さや、匂いをなくすなどの工夫を重ねて、中国や東南アジアでも大人気

研究会では、嗜好調査の結果を踏まえて海外向け商品を開発した。なにせ、群馬が誇るこんにゃく「七変化」の技術力(前回参照)。見た目やにおい、色などの海外で「ウケない」とおぼしき要素をクリアして、嗜好に合ったものをと完成したのが「こんにゃく麺やきそば」「こんにゃく米チャーハン」「タピオカ風こんにゃくミルクティー」。海外でも一般的な料理の一部をこんにゃくで代替する方法がいちばん好まれやすいと考えたのだ。

これらの商品を携えて、2013年、研究会の構成員は「香港フードエキスポ」に出展した。やはり、こんにゃくは「現地でまったく知られていない」状況にもかかわらず、工夫を重ねた「こんにゃく麺焼きそば」が大人気。

「やっと大ウケしました」(兵藤さん)

こんにゃくがおいしくて、低カロリーで、ヘルシーな食材であることが、健康に関心の高い層におおいにアピールできたのだ。

そうなれば。やはり目指すはあの国だ。メタボ王国・アメリカに殴り込みである。

「肥満が社会問題となり健康志向が高く、ベジタリアンも多いアメリカはこんにゃく輸出の有力なターゲット。まずはこんにゃくを知らないアメリカ人の嗜好にあったメニューを知る必要がありました」(大井さん)

「低カロリー」「グルテンフリー」でニューヨーカーも次々虜に!

「こんにゃくアンテナカフェ」店内に飾られた、群馬県作成のこんにゃく普及タペストリー。日本のこんにゃくが、アメリカ人のスリム化に貢献できるか!?

群馬県は2014年、いよいよニューヨークに打って出た。ウエストビレッジに「こんにゃくアンテナカフェ」を設置したのだ。

こんにゃくをアメリカ人の肥満撲滅に役立てたいという日本人オーナーの光野幸子さんと、群馬県出身の小林昇さんが共同経営する日本食材を中心に提供するレストラン「TOKYO TAPAS CAFE」の協力のもと、群馬県のこんにゃく料理の提供、こんにゃく商品の嗜好調査、理解醸成を図ることにした。

かくして、アーティストや、ミュージシャンといった高感度なニューヨーカーたちが集まるエリアに、Konnyakuがデビューした。しかし当初は、アメリカ人もほかの国と同様のリアクション。

「こんにゃくが、なんだかわからなくて、手を出さないお客さんが多かったようです」(大井さん)

なんだかわからない「物体」であるからには、「美味しいですよ」は通用しない。そのうえ、「わざわざ食べる」理由が必要だ。

こんにゃくアンテナカフェのスタッフは、とにかく口頭で「こんにゃくを理解してもらうこと」に努めた。「こんにゃくはベジタブルなんですよ、ポテトなんですよ、身体にいいんですよ、カロリーが低いんですよ、食物繊維もたっぷりとれるんですよ」と説明してまわった。

15ドルもする「こんにゃく米チャーハン」が大人気
やっと大ウケした「こんにゃく焼きそば」

ご飯にこんにゃく米を50%混ぜこんだ「こんにゃく米チャーハン」はニューヨーカー絶賛!

「説明を聞いて、こんにゃくがいったい何なのかわかれば、そして、そのよさがわかれば興味を示して、食べてくださるお客様が増えました」(大井さん)

さらに低カロリー以上に、アメリカ人への効果絶大なセールストークになったのが「グルテンフリー」という言葉だった。グルテンとは、小麦などに含まれるタンパク質の一種。近年小麦アレルギーが増え、セレブの間でグルテンフリーダイエットがブームになるなど、「グルテンフリー」市場が確立されているアメリカにまさにマッチした食材だったのだ。

納得すれば、「未知なるものでも食べてもらえる」。関係者全員が「絶対ウケない」と思っていたはずの「刺身こんにゃく」は、「身体にいいベジタブル」とナットクしたニューヨーカーから意外にも好評だったのだ。

「こんにゃくロール」。ネタに刺身こんにゃくを使用したお寿司

ニューヨーカーたちからの「ヘルシーフード」の支持を得て、こんにゃくメニューの人気は急上昇。とくにこんにゃくヌードル、こんにゃく米チャーハンがそのハートをつかみ、あっという間にレギュラーメニューになった。15ドルと高額でも大人気だ。

シェフも次々とアメリカ人の嗜好に合わせた、こんにゃくレシピを開発した。巻き寿司に薄く切ったこんにゃくをのせたこんにゃくロール、こんにゃくカルパッチョや、こんにゃくゲルを使ったジェルタイプのドレッシング。

こんにゃく入りパン、こんにゃく入りプリン、など、いずれも好評。リピーターも増え、表に飾られた群馬県作成のこんにゃく普及タペストリーの「What is Konnyaku」の文字を見て、店に入る人も増えた。

フランス、ミラノ万博でも大好評!いまやブレイク寸前の「ヘルシーフード」に

好評を受けて、「わけのわからない物体扱い」だったこんにゃくが少しずつ、「ヘルシーフード」として海外へと飛び立ち始めた。

群馬県産こんにゃくのEU、香港、アメリカへの輸出がスタートした。EUについては群馬県から輸出されている農産加工品の多くを、こんにゃくが占めるなど順調に拡大している。

また、大井さんいわく「空飛ぶこんにゃく」を目指す、画期的なこんにゃく商品も誕生した。「レトルトこんにゃく」である。レトルトの中に、こんにゃく麺あるいは、こんにゃくご飯とソースがどちらも入り、そのまま加熱すればパスタやうどん、リゾットが一気に完成する。

「加熱しても、溶けない」こんにゃくならではの強みをいかした商品である。もともとあまり料理をする習慣がない、中国、東南アジアへ市場への展開にも貢献する商品だ。さらに、その利便性から「機内食としての利用も検討されています」と大井さんは語る。

そして、こんにゃくにとっては、和食が世界ユネスコ無形文化遺産に認定されたことが大きな追い風となった。世界各地で「こんにゃく」の認知度が、じわじわとアップしてきたのだ。

ミラノ万博でも「ヘルシーで美味しい」と絶賛

フランスではいま、日本食ブームが起きているなかで、こんにゃくの美容効果に注目するドクターも登場。著書では「日本人女性たちの食を見習うべき」と、こんにゃくの効能の素晴らしさを紹介。

雑誌でも「日本人の女性スリムな体型、肌の美しさ、その秘密は『こんにゃく』である」といった「こんにゃくビューティ記事」が掲載されるなど、いまやこんにゃくは、パリジェンヌからの熱い視線を浴びる食材に。

そして、先月にはこんにゃくが、イタリアで注目を集めた。「2015ミラノ国際博覧会」日本館に出展した群馬県は、現地の人にアピールするべく、こんにゃく料理をふるまった。

イタリアでも、日本食への興味から「こんにゃく」の名前を知る人が意外にも多かった。「こんにゃくがいったいなんなのかは、わかっていなくても『健康にいい食材、美容にいい食材らしいので関心がある』という声が多数ありました」と大井さんが感慨深げに語る。

ステーキとこんにゃくを組み合わせた「上州和牛フィレとこんにゃくのすき焼きスタイル(ミラノ風すき焼き)」

来場者へのこんにゃくメニューは、ミラノの日本料理店「Sushi B」エグゼクティブシェフ・新森伸哉氏によるもの。「紫蘇ペーストで和えたこんにゃくのタリアテッレ、シチリアの赤海老と豆腐のソース」、「上州和牛フィレとこんにゃくのすき焼きスタイル(ミラノ風すき焼き)」などが大好評だった。

「美味しくて、太りにくいのは素晴らしい」「どこで買えるのか」「うちでも作ってみたい」など、老若男女から大絶賛。「こんにゃくと桜ティーのチョコラティーニ」「抹茶とバニラ、こんにゃくのプラムケーキ」「グレープと柚子の2色のソルベとこんにゃくの砂糖漬け添え」などのデザートも人気を博し、ミラネーゼの心もつかんだ。

ミラノ国際博覧会で、ドルチェとして提供された「こんにゃくと桜ティーのチョコラティーニ」にミラネーゼもうっとり

「こんにゃくは、健康に気を遣う人、日本食に関心がある人には確実に届く」と大井さん。

「こんにゃくは、最近、海外のあちらこちで『ブレイク寸前』と言われているんです。『豆腐の次にくる』と。豆腐だって最初は『なんだかわからない』商品として、スーパーのペットフード売り場に置かれていたそうですからね」

群馬県がミラノ国際博覧会用に作成したリリースには「そもそもこんにゃくは、そのままでは食べられない植物を食用にする技術や、食糧保存など先人が受け継いできた知恵の結集」と書かれている。だから「世界のさまざまな食の課題を解決するテクノロジーを持った食材としての地位を築く可能性がある」としたうえで、そこに書かれていたこんにゃくのキャッチコピーに、なるほど、と思った。

「こんにゃくは群馬伝統の未来食!」

どんな食べものにもバケる未来食・こんにゃくが、日本人が思いもつかぬ姿となり、世界各地で愛される日が近いかもしれない。

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