「借金帳消し?」

画像の説明 政府紙幣は突飛な話ではない量的緩和も効果は同じ

お金を刷って国の借金帳消し──。その手段、メリットとデメリットとは

ある人から、お札を刷って国の借金を帳消しにできないかと聞かれた。これは、後で詳しく述べるが、ある程度はできる。

また、これと大いに関係があるが、かつて筆者が政府紙幣の発行を主張したこともあり、しばしばそのメリットとデメリットを聞かれる。

実は、政府紙幣の発行と日銀の量的緩和は、経済効果という観点から見れば、両者はほぼ同じである。

日本の経済学者は、財政学と金融論(金融政策)が縦割りになっており、政府紙幣はそれらの狭間に入るのでキワモノ扱いである。このため、日銀の量的緩和でも理解不足の人が多いのは残念である。

まず政府紙幣はそれほど突飛なものではなく、ほぼ現行制度の中の話である。

かつて政府紙幣を生理的に嫌った与謝野馨氏は、経済財政相時代にとんでもない発言をした。

テレビ番組で与謝野氏は、政府紙幣について「『円』っていうのは使えないんですよ。だから、『両』とかにね、しないと。信用あります? 流通しないですよ」と言った。

これは政府紙幣が現行制度で構成できることを知らずに言ったことで、ある意味法律違反の発言だ。通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律(以下「通貨法」)第二条第一項には「通貨の額面価格の単位は円とし、その額面価格は一円の整数倍とする」とある。政府紙幣は法定通貨であり、その通貨単位を「両」なんて勝手に言ってはいけない。それも現職経済担当閣僚がテレビで公言するのだから困ったものだった。

政府紙幣の発行で得られるシニョレッジ(通貨発行益)とは

通貨法第四条では「貨幣の製造及び発行の権能は、政府に属する」とされ、政府に発行権限があることが明らかにされている。

また、同法第五条第一項は「貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする」とし、同条第二項で「国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする」、同条第三項で「前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣(以下この項及び第十条第一項において「記念貨幣」という)の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める」とされている。同法第六条は「貨幣の素材、品位、量目及び形式は、政令で定める」としている。

これらの規定によれば、政令によって記念貨幣として1万円のプラスチックマネー(紙弊より耐用年数が長く経済的。しかも偽造しにくい)を出すことに問題はない。

たとえば、天皇ご即位○○周年記念として1万円の記念通貨を10億枚発行できる。この場合、政府の損益計算書(P/L)では政府収入は10兆円となる。政府バランスシート(B/S)では、資産側で現預金10兆円増、負債側でその他債務10兆円増となる。ここで、政府収入10兆円をシニョレッジ(通貨発行益)という。

もし法律改正していいなら、頭の体操であるものの、臨時法で10兆円政府紙幣を1枚発行し、日銀に持ち込み、政府預金を10兆円とすることもできる。これなら、新しいお札を印刷することなく、日銀券が自動的に増発できる。発行コストは、実際に大量の貨幣を作らない(一枚作る)のでほぼゼロとなる。

政府紙幣を発行して得られた政府収入をどのように使うかは、政府次第である。冒頭の人のように、国債償還に使ってもいい。すると、政府B/Sで、資産の現預金が減少し、それと同額の負債の国債が消える。また、政府収入を国民にばら撒くことも立派な有効需要創出政策である。実際にばら撒く手間・コストを考えると、すべての人が払う社会保険料を減額することが最も効率的だ。

巨額のシニョレッジを流せば、いずれ物価が上がるのは当然

日銀の量的緩和でも、政府紙幣発行と基本的には同じメカニズムになる。上で書いた政府紙幣発行10兆円に対応するものとして、量的緩和10兆円になる。日銀B/Sでは、資産側で国債10兆円増、負債側で日銀券(当座預金を含む)10兆円増となる。

政府と日銀の連結B/Sを見ると、資産側は変化なし、負債側は国債10兆円減、日銀券(政府当座預金を含む)10兆円増となる。量的緩和は、政府と日銀を統合政府で見たとき、負債構成の変化であり、有利子の国債から無利子の日銀券への転換である。このため、毎年転換分の利子相当の差益が発生する。具体的には、政府からの日銀への利払いはただちに納付金となるので、政府にとって日銀保有分の国債は債務でないのも同然になる。

理解の不十分な人は、量的緩和で日銀は儲けていないと誤解する。負債側は無利子、資産側は有利子なので、10兆円×金利の収入増になる。金利が1%であれば、1000億円だ。中銀関係者は、これがシニョレッジと言う。

政府紙幣の場合の10兆円との違いを言えば、1年で全部もらうのが政府紙幣、長年かけて金利相当で細く長くもらうのが量的緩和である。実は、高校レベルの数学を使えば、毎年金利相当の1000億円の将来にわたる現在価値の総和は10兆円となる。というわけで、現在価値ベースの総和で見れば、どちらの方法でもシニョレッジは10兆円となる。

毎年シニョレッジをもらうか、1年で全額もらうかの違いはあるものの、政府紙幣と量的緩和は巨額のシニョレッジがあり、それが財政を通じて流れるのだから、いずれ物価が上がるのは当然である。

バーナンキ前FRB総裁が、かつて筆者に言ったことには、「それで物価が上がらなければ、中銀が国債を買い尽くしたときに、財政再建が終わって好都合だ。でも、そんな都合のいい話はたぶんない。だから、いずれ物価が上がるよ」。

冒頭の問題意識は、財政再建について量的緩和がどのように貢献できるかというものだろう。そのために、日本の財政状態を整理しておこう(この部分は、2015年2月5日付の本コラム「国の債務超過490兆円を意外と簡単に減らす方法」のリニューアルでもある)。

デメリットはインフレになること
その限界を決めるのがインフレ目標

2013年度末の国のB/Sで見ると、資産は総計653兆円。そのうち、現預金19兆円、有価証券129兆円、貸付金138兆円、出資66兆円、計352兆円が比較的換金可能な金融資産である。そのほかに、有形固定資産178兆円、運用寄託金105兆円、その他18兆円。負債は1143兆円。その内訳は、公債856兆円、政府短期証券102兆円、借入金28兆円、これらがいわゆる国の借金で計976兆円。運用寄託金の見合い負債である公的年金預り金112兆円、その他45兆円。

先進国と比較して、日本政府のB/Sの特徴を言えば、政府資産が巨額なことだ。政府資産額としては世界一である。政府資産の中身についても、比較的換金可能な金融資産の割合がきわめて大きいのが特徴的だ。

アバウトに言えば、しばしば政府の借金1000兆円とされるが、これはグロスの数字であり、ネットの純債務は500兆円である。

しかも、これは政府の単体B/Sの話であり、日銀との連結B/Sで考えれば、純債務はさらに減少する。直近の日銀の営業毎旬報告を見ると、資産として国債326兆円、負債として日銀券94兆円、当座預金239兆円となっている。

ここもアバウトに国債300兆円、日銀券300兆円と見れば、政府と日銀の連結B/Sでの純債務は200兆円になる。

ここまでわかると、政府の財政状況は、あまり心配するようなものでないことが理解できるだろう。

量的緩和が、政府と日銀の連結B/Sにおける負債構成の変化で、シニョレッジを稼げるとして、デメリットもないのだろうか。

それはシニョレッジを大きくすればするほど、インフレになるということだ。だから、デフレの時にはシニョレッジを増やせるが、インフレの時には限界がある。その限界を決めるのがインフレ目標である。インフレ目標の範囲になるように、お札を刷ってシニョレッジを稼げというわけだ。

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