「ここまで来ている」

画像の説明 今、金融システムがITにより本質的に変革する時代を迎えようとしている。

モバイル、クラウド、ソーシャルネットワークによりITの質と量が臨界レベルを超え、その存在が空気のように人間の活動、そしてそれを支える産業の骨組みの基本となってくる。

ITによる効率化により均質化されたサービスが広く大衆に広まった時代から、これからはITにより人・モノの世界と金融の数字・デジタルの世界がつながることによりきめ細かくカスタマイズされたサービスが提供される時代になるであろう。昨今はやりのFintech(フィンテック)は、このような文脈で開発される金融システムのことだ。

これをスマートフォンによるペイメントシステムの開発などという狭い定義で考えると本当のFintechの姿は見えてこない。

変革の波は常に周辺から起こる。ITが技術的、コスト的な垣根を劇的に下げたことにより、周辺から立ち上がるベンチャー企業の提供する新たな製品やサービスが一気に普及することが可能になってきた。ベンチャー企業が開発する一見怪しげなサービスに注目することにより、変革の糸口を垣間見ることができる。

Fintechの一端を理解するのに、このような周辺のサービスが次々と立ち上がるIoT分野に注目してみよう。

現金の代わりとして広く普及したクレジットカードだが、人と金融システムをつないでいるのは相変わらずプラスチックのカードだ。一人で何種類ものクレジットカードを保有していることは珍しくないし、クレジットカード以外に銀行ATMカード、ポイントカード、会員証、など覚えきれないほどのカードがそれに加わる。

全部の保有カードを持ち歩くことは不可能に近い。しかし、これらすべてがスマートフォンのペイメントシステムにより置き換えられるには相当の時間がかかるであろう。そこで、プラスチックカードの煩雑さを解消しようと、ICカード一枚ですべてのカードを使えるようにする「ユニバーサル・クレジットカード」と呼ばれる仕組みが開発されている。

特殊なICカードに種々のカードの情報を記憶させ、電子的に制御された磁気ストライプにより、通常のカードリーダーを介して通信できるようにした。一つのカードを持ち歩くだけでよいという利便性だけでなく、紛失時に悪用を無効とするセキュリティーの高さを謳っている。

2012年創業のCoinが代表格だが、他にもPlastc、Omne、Stratosなどの競合ベンチャーが立ち上がっている。なかでもStratosは、カードが使われる位置を感知して過去の利用履歴から一番利用の可能性の高いカードを示してくれる。Stratosは年契約(会費は年95ドル)なので、サービスを常に改善、付加できる。

ユーザーの履歴行動を分析して、より高度なサービスを提供しようとしていることは明らかだ。顧客囲い込みができれば、支払い方法がスマートフォンに移行してもそのまま顧客をつなぎとめることが可能だという目論見もあるだろう。

与信の自動化にテクノロジーを使う

「ショッピング・ボタン」というサービス

今までコスト的に見合わなかったきめ細かいサービスをIoTにより簡便にして普及させようとする動きのひとつが、「ショッピング・ボタン」と言われるサービスだ。アマゾンの提供するAmazon Dashは、TVのリモコンのような読み取り機を使い、家庭内の日用品をちょうどいいタイミングで配達するサービス。家庭内にある商品のバーコードをスキャンするか、音声で入力した情報がネットでアマゾンのシステムに通信され、その商品が配達される。

同様のサービスをHikuというベンチャー企業が提供している。こちらは、ウォールマートなどの大手小売りチェーンと組み、食料品などより広範囲なものを扱う。GeniCanは、キッチンのゴミ箱に装着される読み取り装置が捨てられる食料品や空き箱をスキャンして、次のショッピングリストを作成する仕組みだ。これらのサービスがどれくらいのユーザーを獲得できるかは分からないが、これから次々と同様なサービスが出てくることは間違いない。

「ユニバーサル・クレジットカード」も「ショッピング・ボタン」もハードウェアを提供するが、根本価値はサービスにある。そして、企業側からすれば顧客の行動履歴を把握することによって、サービスの質と幅を拡大できる。さらに、顧客をより深く理解すれば、顧客の信用度やニーズの理解に新たな次元の知見を加えることが可能となる。

金融機関の与信を自動的に行う仕組み

何十年も前に聞いた話だが、ある日本の割賦販売の流通企業では、商品の配達時に、配送員が顧客の生活現場を見て直感的に疑問のある生活をしていると判断すれば「商品を間違えた」と言い訳をして商品を持ち帰り、本部にそれを報告するような運営をしていた。顧客の平均年齢が低く信用度データが不足していたので、このような状況証拠を判断の材料としていたのである。

金融機関では、このような状況証拠を基準とした与信査定は難しい。これが、スマートフォンの普及により、個人の行動がトレースし易くなったことでより高度な与信判断が可能となる。さらに、IoTの進展によりさらに細かい行動が分析でき、今まで不可能であったようなカスタマイズされたサービスが低コストで提供できるようになるだろう。

利用ベースの課金体系に変化

そのヒントのひとつが最新の自動車保険、Metromileだ。「利用度ベース保険」(Usage-based Insurance:“UBI”)という新しい概念を作った。Metromileの自動車保険に加入すると、ほとんどの自動車にも装備されているOBD-IIと言われるメンテナンス用の端子に差し込む装置が送られてくる。この装置から運転履歴がMetromileのシステムに上がる仕組みになっている。毎日の走行距離によって月単位で保険料金が変動する。

今までのように、あまり車に乗らない運転者が割高な料金を支払う不公平感を無くすという。将来は、運転した場所、時間、走行スピードなどから運転性癖なども加味した料金体系になるであろう。また、付加サービスとして、燃料消費の履歴と節約のヒント、最も低燃費の走行ルートのガイド、故障予知、車の場所の特定、駐車禁止の情報提供、などが提供されている。

さらに、MetromileとUberが提携したのは興味深い。Uberは自分の車を使い、空いた時間にリムジンサービスを提供するサービスである。今までは、サービス提供の運転者は個人の自動車保険と業務上の自動車保険の両方に加入する必要があった。Uberからの業務の情報とMetromileでの走行情報を紐付けることにより、業務時の保険と個人使用時の保険をきめ細かく分けて計算することができる。

Uberのように空いているモノ、空間、時間を細かく分けて利用者に貸すビジネスモデルであるシェアド・エコノミー(Shared Economy)が、これからいろいろな分野で発展していくであろう。それに伴い、きめの細かい金融システムが必要になる。

サービス成功の鍵は顧客を囲い込み、顧客の行動情報をなるべく広範囲に把握することだ。IoTの発展により、顧客行動の間接情報(例えば、上記の運転情報)が飛躍的に増大する。そこで、各サービスがそれぞれ取り込んだ情報を他のサービスとデータ交換して、お互いの領域での顧客サービスを向上させる要求が出てくる。上記のMetromileとUberの提携はその一例だ。

これは、提携のような静的な関係だけでなく、リアルタイムにその都度違う相手とデータ交換される動的な世界にも発展するであろう。日本発のベンチャー企業であるEverySenseは、そのようなデータ交換のプラットフォームを開発している。

ゆくゆくは、データ交換の料金をリアルタイムに計算するような仕組みも開発されるだろう。このように、情報の価値に対し財が生まれる可能性が出てくるため、情報流通経済が大きく変革すると考えられる。

交換するものが太陽電池のような分散的な発電装置からの電力の場合、気象変動や需要変動の予測を元にしたリアルタイムの先物取引のシステムなども必要になってくる。また、地域だけで完結した分散取引システムも普及していくと考えられる。

このように、顧客を最初に囲い込んだサービス提供者が金融システムを取り込み、既存の金融業の領域を侵食していく。

Fintechは金融業者のためだけではなく、IoTなどの新しいサービス業者にとっても重要な課題なのである。

コメント


認証コード0951

コメントは管理者の承認後に表示されます。