「魂を売った?」

画像の説明 2015年10月末に、中国の習近平・国家主席が英国を訪問して大歓迎を受けた。

エリザベス女王がバッキンガム宮殿で晩餐会を開き、デービッド・キャメロン首相はパブで一緒にビールを飲むなど、とにかく丁重に習国家主席を扱った。

中国共産党にとっては、英国のエリザベス女王が黄金の馬車で出迎えて習近平をもてなした姿を人民に見せることができた時点で、大勝利だったに違いない。世界最強の大国である米国に最も近い同盟国が、成長著しい中国に屈したと見えるからだ。

一方、世界中で、英国が中国の人権問題を不問にして、カネになびいたと非難する声も上がった。中国政府は、新疆ウイグル自治区やチベット自治区での弾圧や、人権派弁護士や活動家を拘束するなど、人権を軽視した独裁政治を続けている。英下院など英国内からも同様の批判は聞かれた。

だが英政府はそんな意見に目をつぶり、現実的には中国にひれ伏したと言える。

ただ両国の経済状況を見ればそれも当然かもしれない。英フィナンシャル・タイムズによれば、「前回中国の国家主席が英国に公式訪問した2005年、英経済は中国よりも大きかった。だが今年、中国のGDPは英国の約4倍の規模になるだろう」と指摘している。

どう言われようが背に腹は変えられない。英政府は中国による莫大な投資を喉から手が出るほど欲しており、ジョージ・オズボーン財務相は「欧米における中国のベストパートナー」になりたいとラブコールを送っていた。そして今回、英中間で7兆円超の商談合意がなされた。

こう見ると、中国がアジア投資銀行に対抗して2015年に設立したアジアインフラ投資銀行(AIIB)に、英国が欧米先進国を裏切る形で、誰よりも先に参加表明したのも理解できる。ただ実のところ、こうした英国のなりふり構わぬ動きは、今回の対中に限ったことではない。

●英国はカタールに買収されかけている

他にも英国がカネで骨抜きにされている国がある。中東の成金国家、カタールである。そして投資を歓迎するあまり、実は大変な状況になっているようだ。今、英国はカタールに買収されかけているとの批判もある。

カタールは政府系ファンドなどを使い、特にロンドンのランドマーク的な不動産などにかなりの投資を行っている。英国の老舗百貨店であるハロッズはカタールの政府系ファンドが2010年に買収して所有している。ロンドン証券取引所の20%はカタールが所有し、ロンドンで若者に人気のカムデン・マーケットも20%を所有している。

2013年にオープンした英国で最も高い超高層ビルのザ・シャードはカタールが所有し、ロンドンの最高級マンションであるワンハイドパークもカタールのハマド元外相が英国の不動産会社と共同で所有する。また2012年ロンドンオリンピックの選手村跡地に建てられた居住区もカタールの政府系ファンドが共同所有している。

さらには英国王室にもかなり食い込んでいる。スコットランド北部にある「メイの城」はエリザベス女王が所有するが、その管理費は実質的にすべてカタールの首長が支払っている。またカタールの政府系企業は2014年、エリザベス女王に許しを得て、英国王室主催の競馬大会、ロイヤル・アスコットの公式スポンサーになった。同大会の300年以上の歴史で、スポンサーを置くのは史上初めてのことだ。

といった具合に、カタールの英国への食い込み方は半端ないレベルなのである。そして2014年11月、キャメロン首相はカタールからさらなる投資を取り付けようと、訪英したタミーム首長と安全保障協定に合意して物議を醸した。

●合意された安全保障協力の問題点

カタールといえば、国際テロ組織アルカイダや、米国などからテロ組織指定されているイスラム原理主義組織ハマスといった過激派組織へ資金提供していることが知られている。閣僚の親族がアルカイダに資金提供してレバノンで有罪になったケースもある。

またカタールの街にはシリアで台頭するIS(イスラム国)の旗を掲げたクルマが走っていたり、カタール政府がイスラム国に資金援助しているシンパを見逃しているとの指摘もある。さらにアフガニスタン・パキスタンに拠点を置くイスラム原理主義勢力タリバンの国外で唯一の事務所が置かれている。

こうした批判を受け、2004年以降、カタールはテロ支援を禁じる法律を作ったりしているが、完全に絵に描いた餅であり、これまでに摘発された例もないという。

これまでも軍事的な協力などを行ってきた英国とカタールだが、今回合意された安全保障協力の問題点は、英国からのインテリジェンス提供が含まれていることだ。つまりカタールの治安部隊などが、英国の電波傍受などで情報収集を行う政府通信本部(GCHQ)などと密な協力をしていくという。テロを支援する信用ならない国家に機密情報を提供するとは何事か、との懸念が聞かれたのは言うまでもない。

そしてその裏には、やはり投資があった。首相官邸の発表によれば、今回の協定が合意された際に、キャメロンは「カタールが最近英国に投資した200億ポンド(3.6兆円)を歓迎し、首長に英国全土に渡るさらなる投資機会を考慮するよう働きかけた」という。要するに、そういうことらしい。

こうした一方で、キャメロンは2015年10月、英国がサウジアラビアで獲得していた11億円規模の刑務所関連プロジェクトを一方的に破棄すると通達した。その理由は、サウジアラビアの人権蹂躙(じゅうりん)だという。

まず17歳の時にサウジアラビアで「アラブの春」の一環として反政府活動に参加して、公開張りつけの斬首刑(ざんしゅけい)という判決を受けたサウジアラビア人のケースだ。そしてもう1つが、サウジアラビア在住の英国人(74)が自家製ワインを所持していたために逮捕され、鞭打ち350回の刑を言い渡されていたケース。サウジアラビアは厳格なイスラム教の国家であり、飲酒は禁じられている。

日本人は鞭打ちといってもピンとこないが、鞭打ち刑のあるシンガポールの当局者に以前聞いたところでは、刑執行には医務官が立ち会わないといけないほど過酷な刑である。この英国人の家族も、年配者への鞭打ち刑は死刑と同じ意味であるとコメントしている。

●かなり皮肉な展開

サウジアラビア政府は、英政府の動きを遺憾であるとし、こうした干渉が両国関係を悪化させると強く抗議した。そして英国の最近の動きを意識してかどうかは分からないが、サウジアラビアとのビジネスによって英国内では5万人以上の雇用を生んでいると主張。そして刑務所プロジェクトの破棄で、こうしたビジネスにも影響ができると脅したのだ。

多額の投資を受けるために中国の人権蹂躙行為に目をつぶり、テロ組織を支援するカタールからも次々と多額の投資を受ける英国。そんな英国が、サウジアラビアで人権が軽視されているとして、サウジアラビア政府とのビジネス契約を破棄して抗議を行う――。かなり皮肉な展開ではなかろうか。

現在でも、観光や個人投資などでかなりのカネを英国に落としているサウジアラビアだが、まだ英政府を黙らせるほどではないということだろう。今後の進展に注目したい。

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